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前回の記事(↓)の続き、です。
↓ ↓
http://blog.m3.com/tenchanoffice/20081201/1
一夜明けて...
東北地方で長らく精神科病院のトップを務めあげられた後、第二の人生を沖縄で暮らされている...天ちゃんの大先輩(A先生とします)から、お誘いいただいていました。
そもそもは...最近出版された、A先生の翻訳書(専門書です)を...
「沖縄に来るんなら、届けるね。届けるから、買わないでね。」 ってことで...
天ちゃんは、出版されたことを知っていましたが、まだ購入してなかったんです(^_^;)。
前回の記事(↑)に書きましたように...なぜか、宿泊先を、懇親会の会場のホテルと勘違いして、ご連絡してあり(^_^;)...朝からご迷惑をおかけしてしまいました<m(__)m>。
この土曜の午前中は...超ハイペースの平和ツアー(?)でした。
まずは...嘉手納ベース(→)
この写真は、道の駅、から撮影しました。
遠くに軍用機が2機納めてあるのですが...ちょっと判別できないかも知れませんね(^_^;)。
次の目的地に向かう途中、サトウキビ畑が、道路の左右に広がりました。
「(天ちゃん)先生さぁ...沖縄戦の後に、サトウキビがすくすく伸びたっての知ってる?」
<...(?_?)>
「死体がいっぱい転がっていたからねぇ...」
後は、お互いしばらく無言...
サトウキビも、土産として、子供たちに買って帰ったのですが...小さい頃、沖縄物産展で買ってかじって、大好評でしたが...
実は、この(↑)エピソードを話してしまったからか...(?) 今のところまだ、だれも手をつけていません。
A先生の気に入ってらしゃるという...勝連城跡、に。
”万里の長城”を思わせました。
石の城壁に上って、海の方向に目をやれば...よく晴れて、昨日までの天候と気温がうそのような、平和な美しい沖縄の海岸線と海...が広がりました(^^)v。
その後、平和祈念公園、に寄りました。
←この写真には、アルファベットで名前が刻まれています。
「記念」公園デハナク、「祈念」公園デアルように...
国籍を問わず、戦争で亡くなった方々の名前が、刻まれているからです<m(__)m>。
「記念」というように...過去のものとして思いやる、ノデナク...「祈念」とは、今の地点から今と未来に思いを届けようとする...思いの向うベクトルが違うんですね。
そのネーミングに沿って、沖縄の、そして日本の近未来のイメージが、フッと浮かんできたりしました...。
不発弾が地中に埋まっているところも見ました。
沖縄にいまだ残されている不発弾の処理には、これから50年はかかるそうです(>_<)。
沖縄の地に立つ自分の足元には、死体と不発弾の山が埋まっている...何かリアルな体感として伝わってきました。
その後...ひめゆり学徒が海に身投げした地点...は時間の関係でスッ飛ばしまして...<m(__)m>
ひめゆり平和祈念資料館へ...
「(天ちゃん)先生さぁ...僕は2度行っているけれど...あんな惨いのを見たくはないから...ひとりで行っといで。」
・・・ということで、献花束を購入して、沖縄戦殉教者医療人の碑などをお参りして...
沖縄陸軍病院第三外科壕跡(→)を覗いてきました。
写真(→)の中央に、黒い穴が見えるでしょうか?
そこが、外科壕(病室代わり)の跡、です(>_<)。
この壕の中で、天ちゃんたちの大先輩の医師たちや看護師たち、そして、看護要員であったひめゆり学徒たちが、懸命に傷病兵たちの治療(するほどの機材や物資は窮乏していたそうですが)や看護に当たっていた...その跡、です。
修学旅行生や...○○ギャルたちも、い~っぱい来ていましたが、その後に入場したひめゆり平和祈念資料館内は、し~んと静まりかえっていて...
そういう鬼気迫る迫力が、確かに、ここには、ありました。
道を隔てて反対の...喫茶店で待っていてくださったA先生から2冊(?)の手土産を、いただきました。
「こっちは帰りの機内用に...それとこっち...。」
(つづく...)
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