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< Re: gookuuさんへ | メイン | 「患者の語り」 milkyさん >
今日は、夕方から、頼りの事務長さん同伴で、T大に講義しに行ってまいりました。
そこの卒業生とは接したことがありますが...
現役のT大生とは、天ちゃんも、頼りの事務長さんも、お仕事するようになってからは、記憶では、たぶん初めて(?_?)。
講義のテーマは...うつと自殺(@_@;)。
ちょっと(かなり?)ヘビーなテーマですが...これは、学生さんたちが選んだテーマです。
遅い時間にもかかわらず、20数名が、講義を聞きにきてくれました(^^)v。
ご自身が、あるいはご家族が、はたまた身近な友人・知人が、”うつ”の経験者だったりして...
実は、このテーマは、他人事ではない! ってことと同時に、今回の連続講座のテーマの中で最も関心の高かったものだそうです。
うつ、あるいはうつ状態とうつ病や精神疾患との違い。
うつ病の診断と治療、復職について。
似て非なる病気である、躁つ病について。
自殺の急増した「1998年問題」につて。
増勢に転じた「1995年問題」について。
そして、そうした増加の背景に何があったのか。
時間の関係で(打ち合わせたときの内容をすっかり忘れていて30分余計にパワーポイントを準備していっちゃったので(^_^;))、労働関連自殺の増加とその背景や、予防対策については尻切れトンボになっちゃいましたが...<m(__)m>。
最後に、予防にも通じ得る、対処力を身につける、コミュニケーショントレーニングについて、学生さんの協力を得ながら、デモンストレーションしてきました。
(いずれのテーマも、ほとんどを、このブログで記事としてすでに取り上げてきたものばかり、ですが...(^^)v)
そして!
何より、今回の講義に出かけて行って嬉しかったのは...
天ちゃんが医学生時代に出入りさせていただいていた、ある基礎医学的な研究室で、つたない実験助手(?)をさせていただいたこともある、先輩が聴きにきてくださったことです(^^)v。
相当、恥ずかしかったです(^_^;)。
この先輩の先生は、このT大で現在、教職につかれています(^^)v。
「(天ちゃんの本名)くん!(^^)v」
...って声をかけていただいたときには、その昔が蘇り、気持ちがリフレッシュされました。
(拙い講義を初めから終わりまで、また終了後には、刺激的なご質問もしていただき...M先生、本当に、ありがとうございました<m(__)m>、この場をお借りして。)
(それにしても、相当大きな大学のはずなのに、よくもまぁ、こんな天ちゃんの講義予定を”発見”してくだいました。)
講義後は、今回の参加学生の中で、今日のテーマに沿った、フィールドワークを計画し、数班に分かれてそのフィールドに出かけるための打ち合わせ 兼 食事会に参加してさきほど帰宅しました(フゥ)。
今回のテーマに沿ったフィールドワークを希望してくれた学生さんが一番多かったそうです(^^)v。
学生さんたちの質問は、素朴ではありましたが、そういう素朴な質問に、天ちゃんたちも刺激をもらうことができました。
頼りの事務長さんと、さっそく、フィールドワークの打ち合わせを熱心にしていました(^^)v。
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コメント
コメント一覧
私事ですが、こちらでも何度かご相談申し上げていた、擬似家族であり、主治医でもあり、勤務先の院長でもあった方が亡くなりました。自殺ではなかったのですが、自殺に近い病死(アルコールによる肝疾患の合併症での死)でした。亡くなる数時間前まで付き添い、翌々日孤独死を私が発見しました。
どうしても病院に連れて行くことが出来ませんでした。生きようという気力がなくなっている、「死にたいという思い」の強さに敗北しました。死なせてしまいました。死なれてしまいました。
今は廃院手続きを取った診療所の、患者さんへのフォローや、様々な事後処理に忙殺されています。昨日は10時間連続勤務でした。トイレに一度立っただけでした。精神科の事務の仕事は天職と思っていましたが、仕事もまた探さないといけないんですね。もう何の責任もない(?)スーパーのレジ係にでもなろうかなぁ。
私自身が主治医を失ったわけで、これからどうするかなぁ・・・と考えています。かかりつけの内科では、同じ薬は出せないと言われました。別の抗うつ剤や眠剤なら出せると・・・。でも、今の処方で何年もずっとうまくコントロールしてきているので、薬が変わるのは困るのです。やはりどこか精神科を探さないといけませんね。
「いのちの電話」相談員の養成講座を受講中の者です。
今日の講義で「ザイゴウ妄想」という言葉が出てきました。
が、よくわからなかったので、帰宅して調べようとしているうちに
天ちゃん先生のこのHPに出会いました。
自殺予防に関する記述も多く、今学んでいることに
とても役立ちます。
ありがとうございます。
実は教えていただきたいことがあります。
あまりに突飛な質問なので
誰にも聞けないまま、しかし悶々とし時を過ごしています。
「どうして、自殺は予防しなければならないのでしょうか?」
いのちの電話活動の主旨は
悩みを抱えているお相手の気持ちに添うことだ、と
学んびました。そのとおりです。
しかし、どうして自殺を望んでいる人にだけは
その人の希望に添わずに
自殺を止めなければならないのでしょう??
もちろん私だって、誰かから自殺をほのめかされたら
必ず止めると思います、心情的には。
しかし、あえて誤解を恐れずに言えば
死にたがっている方には死んでもらってもいいんじゃ
ないか・・・と。
死にたがっている方の多くは
うつ病だったり経済破綻を抱えていたり・・
社会的にも健全には暮らせない方たちが多い。
そういう方たちを、しかも本人が死を希望しているのに
生きてもらうことには、どんな意義がありますか?
ほとんどのテーマでは、
相手の希望するように添うのが「親切」と定義されているのに
どうして自殺に関してだけは
本人の希望と反することを進めなればならないのでしょうか?
哲学的な質問ですみません・・・
いのちの電話の相談員養成講座を受けておられるのですね。私もそういう方向に進もうかとも思っているところです。頑張ってくださいね。
何故死にたい人を死なせてあげてはいけないのか・・・。私が思うには、死にたい人は、死にたいと思う何らかの理由が解決すれば、必ず生きていけるに違いないから・・・です。うつ病で死にたくなるのは「症状」です。うつが良くなれば死にたくなんかなくなります。借金苦で死にたい人は、借金が整理されて何らかの手立てが取れれば、生きていけます。その方法があるんです。だから、自殺は予防すべきと思います。生きてさえいれば、そして、必要な援助を受け、死にたいほどの苦痛がなくなれば、人は必ずまた生きていく方向へと進むのが本来です。人の心臓は、どんなつらい時でも確かに鼓動を打ち、意識しなくても息を吸いまた吐きます。それが生き物の自然です。人も自然の一部なんですから。
本当に我が身の半身と思っていた人に死なれてしまった私が言っても説得力はないですが、死んでしまった彼も、最後まで死にたいと生きたいの間を揺れてました。何も食べられなくなっても、飲み物を求め、死の直前には私の作って帰ったおかゆを食べようとしていました。人はそういう揺れる存在です。命ある限り、必ずまた笑える日が来ます。その日のために、今死ぬことはもったいないのです。
今死にたい命を支えること、そして未来に希望を見出していかれるよう寄り添うこと・・・相談員の役割は大きいです。どうかよき相談員になってくださいますよう、祈っております。
新潟県の松之山町というところをご存知ですか?
高齢者の自殺率が異様に高いところなんです。
どうも、自殺を許容するような美化するような(?)
文化的な背景があるらしいんですよね。
新潟県は、一生懸命努力されて、
最近はかなり減少したんだそうですが・・・。
「何故自殺は止めなければならないか」は
私にとってはどうも、
哲学上のテーマのような気がしており、
まだすっきりとは腑に落ちていません。
人さまのお話をきちんと聴ける相談員になりたいと思います。
精進します。
ありがとうございました。
とくに、うさぎさんのご質問~ご疑問は、大変大事な問題意識を含んでいます。
回答の一つは、ちこさんがすでに、コメントくださっていますが、今後、当ブログ本文中で、必ず扱わせていただこうと思っています。
<参照>さきほどアップした本日の記事のPS2.
たびたびのコメントで・・・。
最近思いつくことが,たくさんあって,
「質問したいなあ」「どうなのかなあ」という思いのままにメールをしている次第です。
あつかましいようですが,ご勘弁下さい。
ちこさんのご質問は,本当に哲学的で,たくさんの皆さんが抱かれている疑問ではないかなと思います。
実際私も,ウツにならなければ,
「なぜうつ病の人達が自殺されるのか?」
「なぜ,悲観されたり,気持ちが落ち込まれたりするのか?」
分かりませんでした。
けれども,実際に自分がウツになってみて,少し分かってきた気がするのです。
ウツ病は,「脳の病気」で,「脳の元気を出す物質」が少なくなっている状態。または,「脳の元気を出す物質が出にくくなっている状態」。
こうとらえた時に,目から鱗・・・。
何故自分がしんどくなるのか,何故憂うつな気持ちになるのか,納得できたのです。
だから,今自分に起こっているマイナスの感情(不安,恐れ,悲しみ)は,うつ病にかかった脳が生み出しているものであり,自分本来の感情ではない・・・。
そう認識できたのです。
「うつ病」は「脳の病気」ととらえなおすことで,
「自分の性格が弱いからこうなった」
「自分は真面目人間だからこうなった,情けない」
と,自分を責めることが少なくなりました。
こういうことは,本当に知ってよかったなあと切に思います。
うつ病の方は,うつ病がきちんと治療されれば,「死にたい」とは思わなくなる方が多いのでは?
「治療さえすれば」マイナスの感情は,少しずつ消えて,本来のあり方に戻るのでは・・?
そう考えています。
長々とすみませんでした。
お前のような人の傷みもわからぬヤツは人間じゃない!
みたいな反応をされちゃうことも覚悟で質問したのですが、
誤解しないで対応してくださって感謝です。
知人がうつを発症して、休職3年目です。凄く心配です。
たまに携帯電話を鳴らしてみるけれど、出てはくれない。
ただ、着信音や留守電メッセージなどがその都度変わっていて、
少なくとも生きて、携帯の設定を変えたりはしてる証しだな・・と
ほっとするような思いもしながら、何もしてあげられない自分が不甲斐ないです。
誰にも死んで欲しくない。
それが正直な私の気持ちです。
でも一方で、どうして自殺だけはその人の気持ちに添うように
しちゃいけないんだろう・・・って
哲学してしまう自分もいます。
「いろいろ悩んだけど、自殺しようと思う。家族にも迷惑かけるけど、
これが一番納得できるやり方なんだ」
みたいな台詞を言われたとする。
その「自殺」部分が、「転職」「離婚」「転居」などだったら
「そっかー。ずいぶん考えたけど決意したんだね。
大変だろうけど、頑張って!」と励ましますよね。
どうして、その二文字が「自殺」のときだけは
そうはいかないんでしょう??
取り返しがつかない、家族に多大な影響がある、
という意味では同じことだとおもうんだけど。
うつ、という病気がそういう気持ちにさせている、
という回答は納得しました。
では、うつとは関係なしに自殺を決意した場合は
どうなんでしょう??
予告くださってる天ちゃん先生のブログ内回答記事、
楽しみにお待ちしています。
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