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< 学会@北国~ | メイン | 映画 「西の魔女が死んだ」 死とは? >
STOP!(硫水)自殺(モチロン全体もネ)シリーズ(?)ってことで書いておきたいと思ったことを、久々に(?)書いておきたいと思います。
以前の記事に、道産子の子 さんからコメントいただいていました。
そのうち 「ブログ本文で取り上げたい」 と思っていて...でも間が空いてしまいました...(^O^;m(__)m
↓ ↓ ↓
http://blog.m3.com/tenchanoffice/20080517/_m____m1#comments
> 死にたい=生きたいは相変わらず私の中にいます。
> 一生抱えて生きてかなきゃいけないのかしら?
ノッケから、味も素っ気もないコメント(?)で恐縮すが...「一生抱えて生きていくものだ」 って、天ちゃんは考えていますm(__)m。
だって、細胞というミクロのレベルでは...毎日毎日、自分の一部が死んでは新たに置き換わっていますし...
本来、生と死とは共存しているものなんだと思います...。
どうせ生と死とが共存しながら暮らすこと、から逃れられない私たちですから...
いっそ、死にたい とか、生きたい とか、「こだわる」のは止めちゃうってのはどうでしょうか...?(・へ・)
(...とか言うことを、道産子の子 さんに、以前つぶやいたことがあったように記憶しています...?(^^;)
生 とか、死 とか、ある現象(?) or 状態(??)に対し...そう呼ぶことにしたのは、言うまでもなく、私たち自身に過ぎず...
そのある現象(?) or 状態(??)は...そう呼ぶことにしなくても、日々生じている、日々ある、ことでしょう...。
(生 とか、死 とかって言葉(現象、概念、認識)がなかったら...「暮らしている」ってのだけが残るのでしょう...か(?))
よく患者さんに、以下のようなこと(↓)を、折あると囁いて(?)います...
<人間の生涯死亡率、生涯致死率って何パーセントだと思いますかぁ?>
「...(沈思黙考)...100?」
<そう、その通り!(^_^)v>
人は、生まれた瞬間から死に向かっている...だって、人の生涯致死率は100%! ですから(言うまでもありませんけど...(^^;)。
だから、ボク(=天ちゃん)も、アナタ(=患者さん)も、好いても嫌っても(?)、求めようが求めまいが(?)、最後は人間だれだって死ぬ...
天皇だって(?)、首相だって(?)、悪徳○○○だって、キリストだって(...いや再生するんだ、したんだ って言う宗教上の信仰は別にして)、お釈迦さまだって(...死んだんじゃなく入滅したんだ(?)って言いっこなしネ(^^;)...キリがないのでこの辺でぇ...m(__)m。
(ヴァーチャルなゲームのように...スイッチを入れなおしたり、ゲームのリセット・ボタンを押したら、生き返る(!)なんてのは...モチロン論外!(・へ・))
キリストやお釈迦さまのように...説法(?)が何千年という時を経て...今に「生きて」いる(!)、っていうレトリックも、この際ナシで...m(__)m
好いても嫌っても...最後は人間だれだって死ぬ(・へ・)。
(別に人間に限ってもいないワケですが...それもこの際ヌキで...(^^;)
生きていたいといくら強く願っても...死ななければならないこともある...
死にたいといくら強く願っても...どうしても死ねない、生き続けてしまう(?)ってこともいくらでもあります...
モチロン、生きていたいと強く願い、「生きているってこんなに素晴らしいんですネェ~」 って語った人もいます...
死にたいと強く願い、死ねず、「(あの時)死ななくて良かったぁ」 ってつい最近、語ってくださった方もいます。
モチロン、死にたいと強く願って、死んでいった(と思われる)人たちも...いました。
<死んでみてどうだった?> って聞いてみたいと本当に聞いてみたいと思ったことはありますが...モチロン答えてくれるはずはありません...(^^;。
(お釈迦さまだって(?)、死後のことについては決して語ろうとしなかったくらいでしたし...)
(大好きなおばあちゃんに、<死んだら幽霊になって、出てきてね>ってあれだけ固く約束しておいたのに...いまだに現れ出てくれないし、もう13回忌をとっくに回ったけれど夢にすら現れ出てくれない...(^^;)
ですから、死にたいと強く願って死んだのか...確定的なことは言えないのですけれど...(?)(^^;
...中には死ぬ気はない(!)のに、図らずも死んでしまった人もいるでしょう...。
...以上のごとく・・・死ぬことを心配したり、死ぬことで気に病んだりこだわったりするのって、めんどうじゃありません!?(^^;
> 一生抱えて生きてかなきゃいけないのかしら?
> 何か今すべてがめんどくさい。
道産子の子 さんの 「何か今すべてがめんどくさい」 って大正解(?)...なように思えます(^_^)v。
もっとハッキリ言わせてもらえば...めんどくさいから(^^;、そいうのは止めちゃったらいかがでしょう!?
私たちにできることはと言えば...
お迎え = 死、が来るまで、いきているしかできないのだから...(?)
死ぬことを心配したり、死ぬことで気に病んだり、死ぬことにこだわったりするのって...止めにしたら、どうだろう!?
安心して(?(^^;)、お迎え = 死が来るまで...いきている (息している) しかないんじゃない...カナ(?)
どうせ生きるなら...生きていることを謳歌しよう! なぁ~んて、とても天ちゃんには言えません(^^;。
(...だって、天ちゃん自身、今生きていることを謳歌しているかな? なぁ~んて云十年(?)ぶりかで今自分に問いかけてみましたが...とても心もとない...から(^^;。)
上(↑)で禁じておきながら...(^^;、レトリックを使うと...
死んだように生きていること、ってあると思います...(>_<)。
生きているんだか...死んでいるんだか...よく分からないような日々、って結構ありません...?(^^;
<こりゃぁ、明日の朝、生きているか分からんナァ...>
<今夜死んでいるってことって...アリかもナァ...>
...とごくたま~に、天ちゃんだって思うことがありました...
そういうときに限って(?)、翌日チャッカリ(?)いつもより気持ちよく目覚めちゃったりするもので...(^^;
でも一晩寝るってことは、昨日の自分が死んで、今日の自分が生まれる...とも、夜寝ている間は死んでいたも同じ、と表現することもありますし...(?)
そう言えば、眠るように死んだ、って言うこともありますネ(?)。
生きたい = 死にたい、って揺れることは...ポジティブ(?)に言えば、大変人間らしい、実存的な?哲学的な??悩み、と言えます。
その一方、茶化してネガティブ(?)に言うことを許していただくなら...単なる趣味みたいなものかも知れません...(?)
趣味として続けたいなら、続けてもいいでしょう...
なぁ~んだ趣味か!ってことで、趣味に耽っているくらいなら、今夜グッスリ寝ぇ~よぉっ! ってのもいいでしょう...(丸で死んだように...)
どちらを選ぶか選ばないかは...モチロン読者次第...(^^;
...ってところで手を打っておくのって、どうかなぁ...?
(...天ちゃんは遠い昔(?)、そんな辺りで手を打ったのを覚えています...(^^;)
...煙に巻いちゃったカナァ...(?(^^;)
道産子の子 さんからは、「(天ちゃん)先生、相変わらずネェ~ッ!」 とか言われちゃうかもネ(?)...(^^;。
(コメント待ってま~~す♪)
モチロン、命の守り手(?)である医師としては、「できる限り(本当は「すべての」としたいところですが...)」早すぎた死(premature death)、死ななくていい死、は防ぎたいって価値観はあります(^O^;。
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コメント
コメント一覧
私の場合、最近なんというか一種の諦念みたいなものがあります。
「生まれちゃったんだから、理由はどうあれ死ぬまで生きるしかねーよなぁ」
って感じです。希死念慮が出てるときもその感覚が実はあります。
今自死する必然性を見つけることができないんですよ。もちろんその逆の生きる必然性も見つけることもできませんけどね。
そもそも生き死にに理由付けなど無意味だと、今の年齢になってそう思います。だって生きることに理由を探してる動物って人間だけですよ。不自然じゃないですか。
それにどうせ放って置いても人間、いずれ死にますから。しかも死に方も死に場所も選べないでしょ?自死の場合だって、その方法で死ねるとは限らないんですから。
自然に身を委ねる。それが自然な生き方、死に方なのかなぁ、と最近絶滅危惧種IA類は思うのです。
今日、例の友人から、「もしも心理的な危機が来たら、必ずあなたに連絡する。身体的に何かあって、救急のお世話になる事態になっても、連絡先はあなたのところを言うから」と言われました。最近過量服薬やいろいろあって、無意識の死にたい気分があることは感じていて、どうしたものか・・・と思っていましたが、私の存在がストッパーになれるかもしれない・・というかすかな望みが感じられました。「それは絶対にお願いね。もしあなたが一人で死んでも、家族でもない私は部屋に入ることはできないんだから。それに、死んだあなたを私が見つけることだけは嫌」と言いました。
どうせいつかは死ぬこの人生、死ぬまで生きよう・・と思って欲しい。去年年長のかけがえのない友が、ガンで亡くなり、彼女は最期まで生きたくて、そして死んでいったことを思うと、死に捉われずとは言え、大切な友には自死も、アルコールによる死も、絶対に許せない、承服できないと思ってしまいます。
> 「生まれちゃったんだから、理由はどうあれ死ぬまで生きるしかねーよなぁ」
「何で生きなきゃならないんですか?」 <生まれたから(^_^)v> 「...(キョトン)...」
天ちゃんも、最近は、それしかないかな?って思ったりしています。
> どうせいつかは死ぬこの人生、死ぬまで生きよう・・と思って欲しい。
そうなんですけどネェ~~
その想いが届かないこともほんの時たまありました(>_<)。
> 今日、例の友人から、「もしも心理的な危機が来たら、必ずあなたに連絡する。
> 身体的に何かあって、救急のお世話になる事態になっても、連絡先はあなたのところを言うから」と言われました。
それは「有り難い」ことですネ。
ですが、<そんな物騒なときの連絡先じゃぁなく、もっとホンノリ落ち着いた交流がしたいワァ~~>(?) <そうなるには、「治療」が先決かも?...>
> 絶対に許せない、承服できないと思ってしまいます。
それはそうなんですけど、万が一、(結果論ですが...)そういう事態になったとしても、相手も自分も、トコトンまでは責めない...
(自分の方が生きている場合)今後に活かそうと思うようにしてきました...。
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