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”希死念慮”の諸相

天ちゃん / 2008.06.09 07:30 / 推薦数 : 3

STOP!(硫水)自殺(全体のもネ)シリーズ(?)ってことで、記事を続けています。

以前の記事...自分が可愛そうじゃぁないか、にtomoさんからいただいたコメントに触発されて、今日の記事を書きます。
    ↓       ↓       ↓
http://blog.m3.com/tenchanoffice/20080603/2#comments


> 今日の希死念慮のお話なんですが、私も今久しぶりに味わってしまっているところです。
> 突然頭の中に声がして
> 「この世の人間は、すべて一秒一秒死に向かって歩いている。だったら、お前が今死んで何が悪い!」
> なーんて言葉が降ってきて、その後常に心の中
> 「死ね、死ね、死ね」と言う言葉が鳴り響いていてつらいです。
> このところ、割と調子が良かったもので久しぶりにこたえています。
> でもそのつらさは、私がその考えに抵抗しているからであると思うので、今日のお話のように、自分をかわいがることが少しはできているかなあ、と思っているところです。
> どんな考えが起こっても自殺だけは絶対するもんか!と固く心に誓いました。


一口に希死念慮と言っても...さまざまなタイプ(?)があることに気づきます。

希死念慮とうつ病の意味、では...生命活動をすべて止めて、疲労困憊した心身状態から回復していくためのシグナル、切り替えスイッチ、とでも呼びたいような意味がある。

そんなことをご紹介しました。
    ↓       ↓       ↓
http://blog.m3.com/tenchanoffice/20080530/1


上記tomoさんが自己開示してくださった希死念慮)は、自ら心の中に生まれ出てくる思考や感情、ってことで...自生思考・自生感情、とでも呼べるタイプと思いました。

また、落穂拾い、の記事では、絶滅危惧種IA類さんの自己開示くださった、そして対処法までご紹介くださった、希死念慮について記事本文でご紹介しましたが...
    ↓        ↓       ↓
http://blog.m3.com/tenchanoffice/20080517/_m____m1

これも、自生思考タイプと呼べそう...でした。

これらに、「いくら無視しようとしても、取り払おうとしても、必ず心の中に湧き上がって出てくる...」「そしてそれに悩まされる」って要素が加味されますと、強迫観念や思考タイプ、って呼べるでしょう...。

希死念慮対語って...ハテナ?(^^;...希生念慮とでも造語が許されるとして(?)、そう呼んでおくことにしますと、以上のタイプは、希死念慮の方が希生念慮凌駕しているタイプ、とでも位置づけられるでしょうか...?

つまり...希死念慮 > 希生念慮

これももちろんいつも、ということではなく、希死念慮が生じているときの、その瞬間に、って場合も含む、ってことで...。


一方、この落穂拾いの記事にコメントくださった道産子の子さんの場合のように...希死念慮 ≒ 希生念慮、ってまさに両価感情(アンビバレンス)とも言えるタイプ希死念慮もあります。
     ↓       ↓       ↓
http://blog.m3.com/tenchanoffice/20080517/_m____m1#comments


典型的には、思春期・青年期に多い...生きるとは? 死ぬとは? といった哲学的・実存的悩みっていうタイプ希死念慮(?)もあり...

この場合は通常...希死念慮 < 希生念慮、でしょう。


別の視点からのタイプ(?)分けもあります...。

上記、tomoさんの場合も、絶滅危惧種IA類さんの場合も...希死念慮自分の心・頭のに(あるいは、から)生じてくるもので、あくまで自分の心・頭の居座る(?)もの、でしょう...

> 「死ね、死ね、死ね」という言葉が鳴り響いていてつらい

...というように。

一方で、

>  「この世の人間は、すべて一秒一秒死に向かって歩いている。だったら、お前が今死んで何が悪い!」

という言葉が、自分のから自分に入ってくる...

あるいは、そういう風に、自分の周りの人が見ている...あるいは言っている...(と思える

> 「死ね、死ね、死ね」と言う言葉が

自分の耳を通じて、声として入って来る...そうして、

> 鳴り響いていてつらい

...という構造で、結果的に、希死念慮が生じる、っていうタイプもあります。

そして実際には周りの人はそう見ていない、言っていないってことが確認できた場合、幻声、と呼びます。

この幻声の場合は、希死念慮は(ほとんど)なくても、その幻声「支配されて」結果的に死んでしまう...そういう場合もあるでしょう。

以上の構造で、まぼろしではなく...実際に周りから思われている、言われている場合だってありえます。

そして、今日悲しいことに増えているようです...(?)。

ブログのコメント欄に「死ね!」と実際に書かれてしまったことで起きた「事件」ってのも最近ありました...(>_<)

職場いじめやハラスメントってことでも、あり得るでしょう...(>_<)。

今述べたような希死念慮は...自分(自己・自我)への所属感の強弱で、また現実~非現実のスペクトル(連続帯)のどこに位置づけられるか...といった点から分けることができるでしょう...。


以上に触れたように...”希死念慮”と一口に言いましても、いくつものタイプがあって、多様なことが分かります。

それぞれのタイプによって...対処法・対策の採り方も異なってくる点はあります。

ですが、希死念慮ってことではどれもつながっている、連続体でもあります。

以前にどなたかが、コメントくださったように、いずれの場合でもその希死念慮によって、裏腹にある希生念慮を意識することができる、「健康」なときは存外そんなことは意識に上らない...ってものなんだろうと思います。

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