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週末は、しばらく帰っていなかった実家に帰ってきました。
...と言うか、実家にはついでに寄ったというのが本当のところ。
天ちゃんが医者になった、そもそものキッカケ(?)になった、伯母が急死し...
その告別式に参加してきたんです。
伯母は医療職を定年まで勤め上げ...
「お一人さまの老後」(上野千鶴子)よろしく、大都市の繁華な街の、マンションで特に病気をかかえることもなく、元気に暮らしていると把握していました。
新聞受けに新聞がたまったのを、マンションの管理人さんが不審に思い、警察官と入室したところ、湯船で息絶えていた。
そんな亡くなり方だったと、聞きました。
実家の母によれば...思えば、死亡推定日の頃に、「湿疹ができて医者に通っている」といった電話でのやりとりをしたが、それが、最後だったそうです。
「どっかしら具合が悪かったのかもネェ~~(?)」
文字通り、PPK(ピン・ピン・コロリ)だったのかは多少、ハテナ?なんですが...
生前伯母が望んでいた理想に近い人生の幕引きだったんじゃぁないかなぁ...(?)
ところで。
告別式は...神式、でした。
実は、道路事情で、告別式には身内の席に座っていないといけない天ちゃんだったのですが...
会場に着いた途端、「お焼香」...とは言わずに、玉串奉奠(たまぐしほうてん)と言うのが神式らしいですが...(^O^;)
その最後に当たっちゃいまして...「お焼香」に慣れていた天ちゃんは...塩が盛られていたのですが...3回「お焼香」してしまいました。
(玉串でなく塩なので、これを何と呼ぶのでしょう...?)
ふるまいは...もちろん(!) 「一礼、合掌、一礼」したのですが...
実は、神式の場合、「二礼、二拍手(音は出さない)、一礼」なんだそうで...(後でオヤジに教えられました(^O^;))
従兄弟なんかは、この天ちゃんの振る舞いを見て気づいて...参列者席(?)で「噴出しそうになるのを必死でこらえていた」そうです(^O^;)。
伯母の生家は、某神社の参道にあり...その昔はたぶん神様のマツリゴトに従事していたらしく、その土地の中でも特殊な墓地に入ることになったのですが...隊列を組んでお墓まで納骨しに行列するのが慣わしのようで...
天ちゃんは、その行列の先頭の提燈(を立てる長い木にぶら下げられた)持ちの役回りを務めました。
玉串奉奠は...このお墓で、墓前にて行われました。
この時は、モチロン! 「二礼、二拍手、一礼」で(^^)v。
ちなみに...神式では、告別式を、葬場祭(そうじょうさい)って言うようです...。
「喪の仕事(作業)」には、こうした儀式が、癒しの仕掛けになっていると、精神科になってからたびたび実感します。
(おじいちゃんはうまかった:http://blog.m3.com/tenchanoffice/20060529/1
時にはエクソシスト:http://blog.m3.com/tenchanoffice/20061204/1
その後:http://blog.m3.com/tenchanoffice/20061214/1)
もう何年も会っていなかった親族や近隣の方々と、故人の思い出語りに耽る時間をしばし過ごして、日帰りしてきました(^O^;)。
ナビのない(^O^;、往復の道順は...頼りの事務長さんに教示してもらっていましたので、特に復路はスムーズでした(^^)v。
PS:
そう言えば...今日は、桃の節句、儀式の日、でしたネ(^_^)v。
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昨年2月2日に祖母を脳梗塞で亡くしました。経過はたけちゃん先生のところで、詳しく書いたので略しますが。
祖母が息を引き取ったのは2月2日の昼間でした。
私は息を引き取るときには、祖母に会っていなかったのですが、その前の晩に付き添っていたんですよ。
脳浮腫が徐々に進んで、反射も少しずつ無くなっていくのですが、左脳が機能しているという CT の所見が出ていたので、一晩中祖母と話をしていました。
いや正確にいうと一方的に話していただけなんですけどね。たぶんそれが私にとっての『喪の仕事』だったんだと思います。
いろんな話をしました。私がまだ子供だった頃のこと、先に亡くなっていた祖父とのこと、最近の親父の健康上好ましからぬ習慣のこと、祖母が私の実家で暮すようになってからのいろんなこと。
そのためか、お通夜、葬儀の時も静かに祖母を送ることができました。
あぁ、それと亡くなった祖母の横で、仲の良い従兄弟と一晩一緒に寝させてもらえたのも、よかったのかもしれません。
絶滅危惧種IA類さんのお話を聞いて、うらやましくなりました。
私は前夫を6年前にガンで亡くしたのですが、夫がなくなる2~3日前から私の行動がおかしくなり、精神病院へ入院。最後を看取ることもできませんでした。
その時の診断名は「心因性乖離障害」です。未だにその頃のこと(入院生活も含め)を思い出すことができません。そのことを思うと、自分の弱さが悔やまれてなりません。
実は私も、夫の叔父のお葬式に一日がかりで参列してきました。慣れた仏式でしたが、慣れもあってか流れ作業に乗せられて進んでいくみたいな一日、とっても疲れました。
伯母様は『おひとりさま』だったご様子ですが、そのような最期の迎え方は決して惨めだとは思いません。私も将来は『おひとりさま』になって、淡々と生き、お迎えが来たら静かに行こうと思っています。伯母様のご冥福をお祈り申し上げます。
お三方のコメントを拝見するにつけ、本当にいろんな「形」があるもんですよねぇ~。
> そのことを思うと、自分の弱さが悔やまれてなりません。
いかに、その時が大変だったのか...、許容限界を超えてしまうほどの体験だったのですから。
貴重な体験をご紹介くださって、どうもアリガトウございますm(__)m。
> 天ちゃん先生もでしたか、お葬式。
当クリニックの外来患者さんも、例年になく、この2月中にお葬式だったっていう報告が続きました。
天ちゃんたちの地方では(でも?)この2月は大変厳しい天候でしたので...そういう影響があったのだろうなぁ~んて納得(?)しています。
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