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一昨日の夕方、天ちゃんが外来を終えて、所内の会議までまだ間のある時間帯でのこと。
Yパパが、天ちゃんたちのクリニックを訪ねてくださいました。
(Yパパってのは、姓名の姓の頭文字がYで、以前からYパパ、Yママって呼ばせてもらってました。)
Yパパとは、本当にお久しぶりの再会、です(^_^)。
Yパパ、Yママの息子さん...仮にM君としておきましょう。
天ちゃんは、親病院で働いていた、ずいぶん以前に、しばらくの間、このM君の主治医でした。
M君は、不登校で気づかれた統合失調症を抱えていました(います?)。
後輩の医師がすでに1年以上主治医を担当していて、この後輩の医師の異動のために
天ちゃんが入院治療の主治医を交替しました。
(親病院で、1年以上の入院というのは、珍しいことでした。)
本当にささいな周囲からの刺激で、すぐに病状が動き、離院や強い興奮に通じるということで、
たっ~くさんの抗精神病薬が投与されていました。
(許可というか、合意無く、病院を抜け出て行っちゃうことを、離院(リイン)と言います(^^;。)
Yママは、M君の発症を機に、学校の先生を退職なさってケアに当たってきました。
M君の入院治療から、退院して外来治療へ、そして再入院、また退院と...
M君の治療の過程では、いくつもの困難と苦労とドラマが生まれたのですが...
それは又の機会に譲るとしまして...(^^;。
天ちゃんチは共働きです。
共働き家庭の食生活を心配してくれたらしく?
Yママ 「料理が趣味だから...」
「やっと誰かに料理を作って食べさせてあげられる気持ちの余裕ができました。」
...ってことで、定期的に天ちゃんに、Yママの手料理が届けられるようになりました。
もちろん通常、親病院では、患者さんからの金品や贈与を受けてはいけないことになっています(^^;。
でも、当時なぜか...看護師さんたちも
「先生のところ共働きで大変なんだし、Yママも趣味なんだから、喜んでいただきなさいよ」
「奥さんも助かるでしょうぉ?」
ということで(大きなお世話!?(^^;)喜んで持って帰って夕食の食卓に
Yママのお料理が度々並びました(^^;。
(実は、天ちゃん自身が助かっちゃったりしていたりして...(^^;)
Yパパは、当時、某高校の校長先生をなさっておられましたが、治療にも大変協力的。
「Mにもっと時間を割いてやりたいんですが...」
といつも後悔なさっていました。
そんなYママ、Yパパに、一進一退のなかなか良くならない(良くできない(^^;)
M君の治療を預かりながら...
<どうかお父さん、定年後の人生にもいろいろとあるのでしょうけど、M君のような症状や障害の
レベルでも、地域で生きて暮らしていけるような活動に関わることを選択肢の一つに...>
<これまでも、作業所を作った、こんな親御さん、地域の家族会の会長さんを担っている、
こんな親御さん...etc.、いらっしゃいますよぉ。>
なぁ~んてお話することがせきの山(?)でしたネェ...(^^;。
...で、冒頭のYパパの訪問の件に戻ります(^^;。
Yパパは、名士さんですから、地元からも請われて要職を務める傍ら...
なんと、M君を初めとした、地域で行き場の無い孤立がちな精神に障害をかかえた人々のために
NPOを過日立ち上げ、そのご挨拶に来てくださった、という次第でした。
Yパパが、理事長さんです(^_^)v。
「どんな形になるか...この年で多額の借金をかかえちゃって。自分が生きているウチに返せるか?」
Yパパと天ちゃんとの会話を聞いていた、女房役の師長さん。
「定年したら、ココに関わらせてもらいたいナッ(^_^)」 ってつぶやいていました。
そうそう、天ちゃんも、ブログで紹介するだけでなく、さっそく賛助会員になっちゃおうっと(^_^)v。
ところで...入退院を繰り返しているとばっかり思っていたM君ですが。
この3年間、何とアパートで一人暮らしを続けているそうです。
それと、以前の記事(http://blog.m3.com/tenchanoffice/20061202/1)の学会の翌日にこの地で開かれた、
べてるのメンバーの講演会を主催した中心は、Mママでした。
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