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精神科医が読み解く教基法(9)

天ちゃん / 2006.11.27 23:57 / 推薦数 : 1

これまで教基法シリーズを連載してきまして、現憲法等に抵触する改正案の条項が、いろいろあるナァ
って感じていることはすでに述べたとおりです。

一通り、新旧対照表の条文についてコメントを終えたら、現憲法等に反しそうな点について
記事にしてみたいと思っていました。

すると、日弁連から出されたこのテーマにピッタリの「意見書」がありましたので、
興味のある読者には、詳細はそちらを読んでいただくことにし、今回は、その要旨を
ご紹介したいと思います(本文19頁です)。
餅屋は餅屋ってことで...(^^;)
(もう4年も前に、ちゃんとこういう「報告書」が出されていたんですねぇ...
「医者ボケ?」「医療ボケ?」していた自分を反省~m(_ _)m)

「新しい時代にふさわしい教育基本法と教育振興基本計画の在り方について(中間報告)」に対する意見(日本弁護士連合会、2002年12月6日) http://www.nichibenren.or.jp/ja/opinion/report/data/2002_37.pdf

まず、総論的なこととして...
「国の人材づくりを教育の目的とすること」に問題があることを指摘しています。
憲法によって示された国民主権基本的人権の尊重永久平和主義などの
基本原則の実現を進め、教育の権利を保障するための教育の基本的な在り方を定めた
準憲法的な意味を持つ法律だから、というのが理由にあげられています。
現行法が、戦前の「人材づくり」政策の反省の上にたって作られた意味は、いまだ失われておらず、
それをなし崩し的に変更しようとしていると指摘しています。
それと、この意見書を読んでいて気づいたのですが、
改正案の前文で気づいたのですが...出だしの主語が、「我々日本国民は」となっています。
日本においても、さまざまな民族、出身国の人が生活し、公教育を受けていますが、
「日本国民の育成」を、あるいはそれのみを、教育目的に掲げるのは、時代に逆行していると思います。
(現行法は、「われらは」でした!)
http://blog.m3.com/tenchanoffice/20061110/2

改正案第2条と関連して...
「公共の精神」「伝統・文化の理解と尊重」「郷土や国を愛する心」といった
憲法の価値理念を越えた内心の領域にかかわる、一義的に枠づけられた既存の価値意識を
教育目標に掲げ、これを教え込もうとすることは、内心の自由・良心の自由を侵害しかねない
子どもたちに既存の価値意識を押し付け・教化するのではなく、
自発的・主体的な参加の能力と機会を確保することにより、新しい社会の創造の可能性を託すべきである。
憲法19条(思想および良心の自由)
20条(信教の自由)
21条(集会・結社・言論の自由)
23条(職業選択の自由)
に抵触し、許されない。
国際社会への貢献を言うなら、多民族・多文化共生教育こそが必要である。

改正案第4条(教育の機会均等)に関連して...
エリート教育振興を目指しているのではないかと懸念が表明され、
子どもの権利条約28条1項http://www6.ocn.ne.jp/~ncrc/doc_1crcj.htm#1_28
同29条1項http://www6.ocn.ne.jp/~ncrc/doc_1crcj.htm#1_29
サマランカ宣言http://www.geocities.jp/sagasusumerukai/page019.html
などに抵触するとしています。
改正案第4条2項の「障害者など教育上特別の支援が必要な者に関する規定」に関連して...
やはり、普通学校・学級から分離された教育を志向するものとも解されるとし、
「障害者の機会均等に関する標準規則」(国連総会1993年)
サマランカ宣言
に抵触することを指摘しています。

改正案第5条「義務教育」では、「義務として強制する教育」、つまり、
戦前の国家に対する国民の公法上の義務としての「義務教育」(=強制教育)を含むのにならないか
と懸念が表明されています。
また、3項に関連して...「適切な役割分担及び相互の協力の下」とは、
義務教育国庫負担費の縮減を狙ってきている国の動きから、
国はナショナルミニマムの一部の責任しか負わないつもりではないかと懸念を表明しています。

現行法第第5条「男女共学」の削除に関連して...
男女共学の趣旨が広く浸透し、性別による制度的な教育機会の差もなくなっている、とは
到底言える状況にないとの認識を示しています。
高等教育での専攻領域の男女間のアンバランス、女性教官が少ないことなど、
真の男女平等教育実現の観点からは数多くの問題があるので、
「男女平等社会における教育は本来男女共学であるべきである」という意味での
男女共学を求める今日的意義は失われていないとしています。

(続く...)

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