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以前山谷の城北福祉センター診療所に何回か行った時に、通った道沿いに待乳山小学校があった。地図をみると他にも待乳山の名前を持つ保育園などがあるらしい。
名前からすると、何か引き裂かれた母子の悲しい物語があるとか、今の乳児院のようなものがあったのかとか、想像を逞しくしていました。
先の記事にあったように、石浜・橋場、今戸付近を見に行った時に待乳山聖天の前を通った。中に入って見なかったけれど、緑の多い、きれいなお寺のようでした。
思い立ってこの地名の由来を検索したら、次のような記載がありました。
http://www.aurora.dti.ne.jp/~ssaton/taitou-imamukasi/imadobasi.html によると、
待乳山は元来「真土山」と書いた。沖積低地部には珍しい洪積層の台地だそうだ。洪積層は本当の土なので、真土山と呼んだという。それがいつしか待乳山となった。この辺りで瓦や土鍋など焼き物が盛んで、「今戸焼き」が有名なのも土が豊富で適していたのだろう。
とのことで、私が色々考えていたような悲哀に満ちた物語などはなかったようで、安心したような、気が抜けたような。
待乳山も住居表示にはもう残っていない。住居表示整理で、貴重な町名がどんどん消えていくけれど、こうした地名はむしろ復活して欲しい。
待乳山小学校も、少子化に伴う統合で、東浅草小学校に改称してしまった由。何だか残念です。
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