今日の12:30より、小児科勉強会(毎月1回、火曜の昼に30分スライドを使ってしている)で、「じ」の話をしたら、話した後、大拍手が起きた。こんなこと今まで一度もなかったなあ。かなりインパクトがあった様だ。身につまされた人が多かったのかも知れない(看護師さんは、かなり高い頻度であるみたいだが)。
家族にあれば、若い時からそうなる傾向にある、携帯用の洗浄器がある、美人必ずしも腸美人ではない(ことの方が多いかも知れない?)、40~50代になれば、一度内視鏡検査(S字状結腸の内視鏡検査は簡単)が必要、潜血便は鋭敏だが、陥凹型のガンは見落とす可能性大、痔になった時には、生活習慣病と思って謙虚に反省する必要あり、素人判断は危ないなど。
以下は、私の主治医の先生が書かれた「おしりの衛生10カ条」の内容です。1、毎日お風呂に入る。2、おしりをきれいに。3、便秘は良くない。4、下痢も良くない。5、トイレは力まず、ゆっくりと。6、腰を冷やさない。7、長く座ったままの仕事、ドライブは良くない。8、酒・こしょう・辛子などの刺激物は避ける。9、野菜を食べる。10、間違った治療は禁物。
固定リンク
|
コメント (0)
|
トラックバック (0)
私のつたない体験から、以下の反省点を述べたい。
1、ベストの条件で手術が受けられる様にするべし。
私の場合は、(イネ科による?)アレルギー性鼻炎があったので、それのコントロールをして臨んだ。しかし、高血圧のコントロールは上手くいっていなかったので、まずかった。(手術直前にカゼを引いた為に、熱が出て、中止になることもあるとのことです)
2、薬は、きつく感じればどんどん使用するべきであった。私の場合は、頭痛や患部の痛みに対して、我慢出来ると思えば、服用しなかったが、もっと積極的に服用すべきだったと思っている。
3、入院するまで、ずっと大腸・直腸の内視鏡検査をしていなかったが、40才~50才になれば、どうもなくても、誰しも、(S字状結腸は簡単なので)一度は検査を受けるべきだと切に思う。
4、受診前は、ジオン法で2泊3日で簡単に終わると思っていたが、やはり、専門医から診てもらって、それから具体的に計画を立てるべきであった。それで、職場の同僚にも迷惑を掛けてしまった。それに、素人判断は、危ない。
5、入院生活をしても、それから得るものはそれなりにある。プラス施行で入院生活を送るべきだと思う。自分の場合は、もう「じ」で悩まなくていい、再発はもうないとの思いで、入院中、それなりに痛みがあったが、快い気持ちで耐えていけた。
以上(これで、9回シリーズの「じ験記」を終わります。ノンフィクションなので、お役に立てれば、幸いに存じます。ご愛読、本当にありがとうございました)
固定リンク
|
コメント (2)
|
トラックバック (0)
術後10日目(11月2日、金)
9:20血圧155/103(深呼吸をして測り直すと、136/93になった)、体温35.4度。
テレビを見ると、加藤登紀子と養老猛司が対談している。団塊の世代は、社会を変えようとするよりも、自分を変えるべきだと言う。(少し納得)
今日、広島に原爆を落とした(エノラ・ゲイの)ティベット氏(92歳)が亡くなった。戦争を終わらせる為に落としたと最後まで主張していたとのこと。(事前に、それなりの兵器があることと知らせるべきで、しかも、2つも使用したことは、とうてい理解することは出来ない。唯一被爆した国として日本は、その悲惨さを世界に啓蒙し、もっともっと積極的に核廃絶を常任理事国の国民を中心に訴えて行くべきだと思う)
13:05からのスタジオパークで、Mr.マリックが出演してた。女性の司会者が、パワーをもらってスプーンを曲げていた(大阪万博で、同じ様な感じで、5.000人を対象にそれを証明したのは、有名)。Mr.マリックが、念力を入れると、スプーンがポキンと折れてしまった(以前も見たことあり)。「曲がると思ってしないと曲がらない」の一言は、強烈な一言だった。「ニワトリは、追い込まれると空を飛ぶ。自分も、追い込まれるとアイデアが出る」と言われた。「子どもに、手品を通じて、物事には必ず裏があることを教えることが出来る」とも言った。
夕方のテレビに、亀田大毅を破った内藤選手が出ていた。収入がない時、奥さんが、月15万のバイトで支えていた。2歳の子どもがいて、400円の子ども服を嬉しそうに買っている。内藤選手が12年間住んで来た立石の人々も、内藤選手をずっと支えてきている。内藤選手は、チャンピオンになれたのは、奥さんはじめ皆さんの力があったからこそと言う。本当に強くなった人は、それまでに世話になった多くの人に感謝し、極めて謙虚だなあと思う。
更にテレビを見ていたら、科学を楽しく教えることで有名人となっている米村伝次郎さんが外国で活躍していた。何と、、ケニアの ナイロビで、披露していた。(素晴らしい)
術後11日目(11月3日、土)
10:00血圧141/94、体温36.3度。
11:10排便後、痛くなり、やむなくこの時のみ、ロキソニン(+マーズレンS)服用する。
12:05○○草総合病院の医療秘書の人が、見舞いに来てくれた。それらしきことを今まで聞いていなかったので、本当に驚いたと言われた(入院直前まで、病院関係者には、3名にしか言わなかった)。
この日は、予定では、東京に行って姉の次女の結婚式に参列して、久々に兄弟で再会するはずであったのだが、それが出来ず、家内と次女だけが出席した。で、暇つぶしにと言って家内が置いていった川柳の本を渡された。その中に、興味ある次の1句があった。
・「課長いる?」返ったこたえは「いりません!」
又、この文化の日は、この病院では、主任会主催の「川柳大会」で入選した作品が、廊下の掲示板に発表されていた。その優秀賞に以下のがあった。
・「電子化で 読めるよ先生 カルテの字」
・「梅干しの 赤さが目立つ 三分粥」
術後12日目(11月4日、日)
8:42テレビで元チャンピオンのプロボクサー輪島が言っていた、「プロボクサーには、謝れる自信と威張れる自信の両方が必要。味方が要らん、味方が要らないと言う人は、カラ威張りの人。弱気を出すのは自信があるからだ」と言った。含蓄のある言葉だなあ。
10:00血圧147/98、体温36.1度。
○○草看護専門学校の先生が見舞いに来てくれた。
16:45テレビで(アマチュア囲碁6段の)民主党代表小沢氏が、突如辞任表明していた。驚いたなあ。(しかし、替えがこれと言ってないので、撤回すると思っていたら、やはり後日撤回になっていたが)
午後早めに入浴して、7階のコインランドリーに行って洗濯をした。乾燥機が終わる頃に、家内が来た。いい結婚式だったとのこと。自分がいなくて残念だったとのこと。又、気になっていた人の心臓カテーテルの結果を聞いた。神の手を持つ小倉記念病院の延吉先生(1982年からの24年間で1人で4万例)からしてもらって、満足しているとのこと。速さはもちろん、あんなに解り易い完璧な説明は初めてだったとのこと(施行後、8時間動けなかった方が大変だったみたいだが)。私の主治医の○じ先生も、正に実績を伴った神の手を持つ先生だなあと思う(とても忙しそうだが)。
21:30主治医、東京での学会から遅くなって帰って来て、診察後に、明日退院となる。(次回15日9:30予約)、
術後13日目(11月5日、月)
9:15過ぎに受け付けに行き、お金を払い、9:30過ぎにお薬をもらい、10:00前には、家内のいるホテルに着いた。
その途中、乗ったタクシーの運転手さん(60才近くの人)から、興味ある話を聞いた。
「・・・いや、私の場合は、首のヘルニアがあって、手がしびれるんでしない訳にもいかなくて、80日間も入院していましたよ。術後21日間は、天井見るだけで、寝返りも出来なくて、全然動けなくて、ホントに地獄でした。1日が長かったです。排尿排便が一番難儀でした。動かないんで便秘にもなって、あの時のきつかったこと、浣腸してもらってスッキリしましたが・・・」
自分の場合、入院15日間、手術自体はたいしたことなかったが、それまでの緊張感、その後の頭痛と患部の痛さ、いろいろあったけど、もう、痔で悩まなくていいと思えば、今の痛さは、次第に軽くなっていることだし、我慢が出来る。術後20日間までは、大出血が起きる場合もあるとのこと。又、ガーゼの汚染は、術後3~4週間続くが、徐々に減少してくるので心配は無用とのこと。
個室に入れて、食事も美味しく食べられて、いい病院でいい医療も受けられて、経過が順調で、ホントに良かった。万歳!!万歳!!万歳!!
*私の入院したこの大腸・肛門専門病院、評判を聞きつけて、県外からも多くなっている。それに、ドクターの教育機関的存在にもなっている。読売新聞社発行の2007年版の病院の実力なる本によれば、直腸ガンの手術件数が年間82(全国で21位?)、肛門括約筋温存手術件数が年間54(全国で6位?)となっている。スゴイ病院だなあ。
続きを読む
固定リンク
|
コメント (0)
|
トラックバック (0)
術後7日目(10月30日、火)
9:22血圧142/94、体温36.7度。
9:28薬剤師さんが来て、今後の薬に付いての説明あり。
10:40(初めてお目にかかる)ドクター回診、「傷はきれいですヨ」とやはり同じ感じで言われて、一安心。
家内14:40~19:10までいて、洗濯する。
21:00過ぎに主治医来る。説明あり。
術後8日目(10月31日、水)
9:25外来部長回診して処置。
9:30血圧146/95、体温36.3度。
9:28薬剤師さんが来て、今後の薬に付いての説明あり。
10:40(初めてお目にかかる)ドクター回診、「傷はきれいですヨ」とやはり同じ感じで言われて、一安心。
家内14:40~19:10までいて、20:00過ぎに就寝。
暇なので、テレビをよく見る。女性の品格について、その本の著者が出演していて、黒柳徹子と対談していた。昨日は、生きる上で、「求めない」ことの生き方に付いて取り上げていた。日本人は、近頃、品格の高い人が少なくなった感じがする。品格は、点数に出ない。しかし、人として生きる上で、大切なことだと思う。特に、礼節を尊び、和を大切にしている日本においては。昨今、有名人で品格のない人がブラウン官をにぎあわせている人が多い様な気がするなあ。専門職の人の中にも、品格のない人、確かにいるなあ。自分の姿はなかなか客観的に見れないので、自分も裸の王様にならない様に気を付けよう。
掃除の(65才過ぎと思われる)おばちゃんと話したら、とても考えさせられた。「・・・もちろん、パートですよ。家にいても何もすることがないから、こんな感じで掃除に来るの、こちらも気分転換になって、とてもいいですヨ。歳とっても、働ける内は、こんな感じでちょっとでも働いた方が自分の為にもいいんで・・・」上品な口調でそう言われる品のある顔立ちをしたそのおばちゃん、正に、人生の生き方の手本だなあと思った。
術後9日目(11月1日、木)
9:05血圧140/90、体温36.3度。
9:50主治医来て、傷口を見て、月曜に退院らしきことを言われる。
11:45(初めてお目にかかる)ドクター回診、処置。
午後、気分転換に7階に上がって景色を見ていたら、70過ぎのおじさんがいて、お互いに話をして、面白かった。
「どちらからですか?」
「○草から、ここの病院がいいと周りが言うんで、来た」
「お仕事は?」
「船乗りだった。高校にも行かず、中学を出て直ぐに仕事をした。40年間、55才まで。退職金が3.000万あって、年金が月に25万も入るんで、それから全く仕事をしなくて、カラオケ行ったり競艇に行ったり魚釣りに行ったりと、遊んでばかり。ビールは、朝から毎日飲んでいる。舟を持っているんで、それでよく釣に行って、釣った魚は、近所に配っている。女房に働かせて、自分の年金は全て自分の遊びで使うんで、バチがあたって、退職後に糖尿が出るようになって、○○ガンにもなり(手術してそれは完治)、血圧も高く、そして、痔にもなって・・・」
「腰椎麻酔後に頭が痛かったですか?」
「いや、痛いと言う人がいるけど、自分はそれは全くなかった」
「手術した所は?」
「痛くないと聞いていたが、やはり、痛いなあ」
「結構な生活をしてますネ、いつ死んでももう悔いはないでしょう?」
「(ニコニコして)悔いは、ないなあ」
この日、16:00過ぎにRKKテレビを見ていたら、熊本城築城400年記念で、八代亜紀が出演していて、熊本城を描いた絵を熊本市に寄贈していた。(素晴らしいなあ・・・拍手)
又、この日、テレビで見ていたら、1968年、エジプトのアブ・シンベル神殿がダム建設に伴って埋没する運命にあった時に、エジプト政府が世界から猛反発にあって、苦肉の策が、建物を1万6000個に切り刻んで、それを別の個所で再生している。それが完了するまでに4年間も掛かっている。春分と秋分の日だけ、奥行き63mの場所にあるラメセス2世が太陽の光で輝き、それを見る為に多くの人が毎年世界各国から集まるとのこと。人間って、凄いなあと思う。
固定リンク
|
コメント (0)
|
トラックバック (0)
術後5日目(10月28日、日)(又、昨日と同じ様な状態になってはいけないと思い、マグミット(カマグ)を1日3回、寝る前に便が良く出るベンコール3錠飲むことにする)
2:00ナース懐中電灯を付けて見回りに来る。
3:40ナース懐中電灯を付けて見回りに来る。
7:49ナース、「お変わりございませんか」と言って様子見に来る。
8:00朝食(入院中、私の場合は、とても食事が美味しくて、全て完食した)。
9:25ナース来て、測定。血圧140/94、体温35.9度。
9:30日曜で、回診がないとのことで、自分で1日1回の軟膏を付ける。
10:00トイレ掃除のおばちゃん来る。
12:10昼食。9:36ナース来て、体温36.3度、血圧152/108。
13:20(朝食後に排便あるも、多くなく、昼食後、昨日と同じ感じになると予想し、これはヤバイと思い、ひどくならない内にナースコースして、浣腸を願い出る。直ぐに担当でない美人のナースが来て、浣腸60ml。昨日と同じ感じで、排便後、爽快感。(しかし、この時、明日からは、自力で出せる様に極力努力しようと決意する)
14:25ナース様子見に来る。
14:30肛門部が痛くなり(今までも痛みはあったが、痛み止めを使わなくて頑張れた。しかし、今回は、頭痛がなくなったせいで意識が肛門に集中してしまったせいか、我慢できなくなり)痛み止めのロキソニン(+マーズレンS)を使用。30分して痛みが軽減し、その後、この日は、痛み止め使用せず。
19:15ナース測定に来る、血圧149/99。
入浴後、直ぐに就寝(19:50)。
この日は、幸いに、例の頭痛なし(横になってばかりいた、この先も腰椎麻酔の副作用によると思われる頭痛なし)。家内が13:30~19:45まで来ていて、洗濯をしてくれた。
術後6日目(10月29日、月)(術後、初めて室外に出る)
4:30排便後に、肛門部位の痛さに我慢できなくなり、痛み止めのロキソニン(+マーズレンS)服用。その後、痛みが軽くなったので、この日は、これ以後痛み止めは、服用せず。
下剤のせいで、便が下痢がちになり、この日4回、排便。(幸いに、自力で出来、ナースの世話にならずに済んだ。ナースの話では、浣腸しても出ない場合には、ナースが手を入れて出すとのこと、・・・これだと、自分の場合、後で精神的ダメージが起きそうだなあ)
10:10(主治医外来診察で忙しい為に)別のドクター回診して、処置。「傷口きれいですヨ、しばらく痛いですけど、頑張って下さい」と言われた。
10:40売店に行き、感激。何と、持ち運び便利な簡易な「携帯用おしり洗浄器」発見。タイに行った時に、こんなものがあればとイメージをずっと持ち続けていたのだが、それが現実に目の前にあってビックリ(1.029円)。何と、他の人にもあげようと思って、6つも買ってしまった(これで、海外でどんなトイレに行っても、旅行できるぞと思って嬉しさ一杯だった)。
帰りに、ナースステーションの前にある体重計で測ったら、体重が67Kgちょうどであった。(期待に反して)全然やせていない。どんな時にも、食欲旺盛で、病院から出される食事は、全て食べているからなあ。
家内、14:20~19:50まで病室にいた。
この日、教育テレビで、女性の尿失禁に付いて専門家が話していた。成人女性の約4分の1が、尿失禁を経験し、その内の10分の1しか、医療機関を受診せず、しかも、受診するまでに平均9年も掛かっているとか。この病院の様に、大腸肛門専門病院かつ泌尿器を専門にする病院、(恥ずかしさを伴っての)需要が多いだけに(一般の病院だと、配慮がそこまでなされていないので)、もっと多くあるべきだと思う。
又、別の日の「じ」に付いての専門家の話では、・・・ある会社で調査したら、悩んでいる疾患の一番は、「水虫」で、次が「肩凝り」で、3番目に、「痔」とのこと。痔の経験のある人は、日本人の2~3人に1人はいるとの統計もあるらしい。その痔の半分は、痔核で、40代~50代に多く、男女差なし。ジオン法(外痔核には無効)などと言って、短期で治る新しい方法もあるが、再発もあり、もう痔でなやみたくなければ、(職場に復帰するまでにそれなりに日数を要するが)結さつ術しかない。切れ痔は、20代の若い人、特に女性に多く、10人に1人が手術している。痔ろうは、30代の男性に多く、半分は手術になっている。
11:05の仰向けになってのベッド上での手記
3階に行った。ずっと横なることが多かったので、少しフラフラした。月曜の10:30過ぎに来た所だ。今から手術をしないといけない感じの人が沢山座っている(家族を含めて)。又、病棟の廊下で(膳を下げる時に)顔を合わせていたおばあさんが、娘さんらしい人と一緒になって荷物を運んでいる(今日退院かなあ?)。
1週間前、不安だったなあ。経過が良くてホントに良かった。この1週間、自分なりによく頑張ったと思う。説明する人が病院内を説明している。自分も説明を同じ様な感じで受けたはずだが、緊張していたのか、覚えていない。
入院時に1週間後に想像していた心境、その通りになっているかなあ。
固定リンク
|
コメント (0)
|
トラックバック (0)
術後3日目(10月26日、金)
5:10に目が覚める。この時点では、頭痛なし。しかし、8:30から、昨日同様の後頭部痛。かなり強烈。(横になる安静が足りなかったのか?)
9:05、テレビで、20歳の亀田興毅が、亀田家を代表して、延々と記者の質問に1時間以上答えている(80分間)。「世界一のおやじ・・・」と言った時には、こちらも涙す。9:18抗生剤の点滴を開始する、この時、体温36.7度、血圧162/104(血圧計は、器械が数字を出すものを使用していて、自分の場合は、下の値は、5点でなく4点を拾っているのではと勝手に解釈する)。(術後3日目まで、1日に、抗生剤の点滴、止血剤+ラクテックG500ml、抗生剤の点滴が3本施行された)
10:15、外科部長(初めに外来で診て頂いた先生)の診察と処置あり。「傷は、きれいですヨ」と説明あり。
いつもの如く、11:40売店の人がボトルを売りに、いつもの如く、いけ面の兄ちゃんが12:05テレビの番組表を持って張替えに来る。12:05減塩食の食事が(これから退院時まで)出される。
14:30頭痛強くなる。血圧157/96、14:43掃除のおばちゃん来る。
17;40入浴。18:30夕食。
18:00過ぎに家内来て、20:00前にホテルに帰る。
21:00主治医来る。
術後4日目(10月27日、土)(かなり詳細に記載、頭痛を少なくする為にと思ってこの日は、水分を頻回に摂る様に努める)
1:45排尿時に肛門部の痛み強い、ガーゼ交換、飲水。
2:13ナース様子見に来る、飲水。
2:30排尿、飲水。
3:46排尿、飲水。
4:40目がさえてしまって眠れなくなり、仕方なく、携帯でFM山口をイヤホーンで聴く。
5:20飲水。
6:40排便しようとするも出ず、ガーゼ交換、内服薬(漢方薬と降圧剤)服用。
7:12ナース様子見に来る。
7;30後頭痛あるも、この3日間で一番軽い(ので、ホットする)。
8:00朝食。
8:10主治医来る。
9:36ナース来て、体温36.3度、血圧152/108。
9:50より排尿排便するも、何度も排便したい感じになり、しばしば行くも、便がガーゼに付いている(失禁状態)。何か重苦しい感じ。
11:40主治医が診察と処置に来たので、「失禁したみたいにガーゼに便が付いているんですが」と言うと、主治医(さすがに名医の一言)「便が貯まっているんです、後で浣腸しましょう」と言う(そう言われれば、そうかと思った)。
12:15昼食。(嘔気は全くない)
12:30食事をした後に思苦しい感じが次第に増幅されて行った感じで(頭痛と腹痛と患部痛で)、病室内をウロウロし、いても立ってもいられない状態となり、正にピンチ状態。医療従事者が一番忙しい時なのに、「きついので浣腸をお願いします!」とナースコールする。担当のナースが来て(その間が凄く長い様に感じられたが、実際は、1分位か?)、60mlのグリセリン浣腸。こらえ切れずに直ぐにトイレ直行。もう、肛門の痛みを忘れた感じで、大量に排便。正にこの時、歴史が動いたって感じで、その後、嘘の様にスッキリする(お産の後も、こんな感じなのだろうなあと想像する)。
13:20~13:55○○草総合病院の看護部長さんが花とお菓子を持って見舞いに来てくれた。(落ち着いた後で、良かった)
14:20ナースが来て、血圧152/102。この時、頭痛なく、腹痛なく、しかし肛門痛あり。
14:45漢方薬服用。
14:50掃除のおばちゃん来る。
16:30家内来る。
18:15夕食。
18:45降圧剤、マグミット(カマグ)、漢方薬を服用する。(便は、硬くなく、軟便がそれまでもあっていたので、下剤を飲んでいなかったが、又、同じ思いをしたくなかったので、この時から、下剤服用する)
19:15入浴。
19:30ナース来て、血圧149/91。
19:40家内帰り、直ぐに、就寝。
(一時は、どうなるかと思いました。後でナースに尋ねると、こんな感じで浣腸するケース、多いとのこと)
固定リンク
|
コメント (0)
|
トラックバック (0)
術後2日目(10月25日、木)
5:05に目が覚める。顔を洗う。5:28排尿。6:40伸びた髭を剃る。7:49主治医(指導医で、先生の名前が、○じとなっている)だけ診察に来て、ガーゼを剥がして診て、「きれいですよ」と言われる。
8:00朝食(常食)。8:20頃から頭痛があったが、次第に強くなってくる。後頭部が左右差なく同じ様に痛い。麻酔後、言われた様に横になって朝まで安静にしていたのに、高血圧のせいもあるのかなあ?入院してからずっと血圧が高いので、血圧のコントロールが術後もずっと今から必要だと思う(っかなり、自分の場合、メンタルな面が大きいと思われる)。しかし、この痛みは、血圧の時の痛み、睡眠不足の時の痛み、風邪気味の時の痛みとは、明かに違う。首を曲げると少し軽くなる。横になっていると明らかに軽くなる。水分を取るのが少なかったのか、もっと横に徹底的になっておくべきだったのかなどと考えてしまう。9:14抗生剤の点滴(30分で終了)、その後続けて止血剤の点滴(ラクテックG500ml)、9:16血圧153/106。10:00例のごとくトイレ掃除のおばちゃん来る(向こうが気を使っているのか、いつも顔を合わせない)。12:10主治医来て、処置をする。12:18昼食。
13:18に家内に携帯で電話すると、家族の一員であるアズキが亡くなっていた。
・・・・
しばらく、落ち込んで涙が自然と出て来て、しばらく涙が止まらなかった。
やっと気を取り戻して、メイルを家内に送る。家内からその間何度も携帯で電話があったが、応えることが出来なくて、応じなかった。
14:30ウサギのこともあってか、血圧170/104となっている。「何ででしょうかねえ、高いですネエ」とナースから言われる。14:50に、例のごとく部屋の掃除のおばちゃんが来る。16:30抗生剤の点滴をして、昨日と同じ様にヘパロックする。
18:00過ぎに夕食。20:15、昨日のシャワーと違って今日は、浴槽につかる。20:30就寝。21:10主治医様子を伺いに来る。血圧が高いので、減塩食にとナースに依頼した関係で、主治医が、「塩分5gでいいですか」と確認に来た。
午前中の強烈な頭の痛いのは、腰椎麻酔の影響らしく、半分近くの人がそうなるらしい。長く続く人は、1週間も続き、術後1日目よりも2日目か3日目頃からなることが多いらしい。横になると確かに楽になるが。それと、排尿時、肛門部が痛い。ガスをする時も。オナラの音は、低音から本来の振動数に少し戻ってきた。
続きを読む
固定リンク
|
コメント (0)
|
トラックバック (0)
術後1日目(平成19年10月24日・火曜日)
(家内が一晩、付き添って看病してくれた)
腰椎麻酔後、翌日の朝まで、横にはなれても立つことができない。しばしば、ナースがおむつをした状態での術後の患部の状態を見に来る。朝、1:30に目が覚める。排尿できないのだ。しようとしても、肛門が痛くて、出来ない。横になった状態でやっと1回だけ時間を掛けて成功した。昨日、主治医は、取れない時は導尿しましょうとは言ったが、出来れば、しなくてこしたことはない。これ正に、自分では学校に行こうと思っているのに、体がそれを拒否して、嘔吐や腹痛などの消化器症状が出る不登校の場合と同じなのだなあと思った。
ガスが大腸に溜まっているが、排ガスの時の痛さを考えると、出来ない。6:45での血圧160/105。ナースが朝からしばしば来る。オムツがはずれ、薬の説明を受ける。又、入浴やガーゼの交換の仕方などについても説明を受ける。(A4版8ページからなる「肛門の手術を受けられた方へ」との小冊子に添っての説明が詳しくあった)7:42に、ガスが無事に出た(音は極めて弱い)。トイレ洗面のみ歩行できることになっていたので、やっとベッドから立ち上がってトイレで排尿する。そこで思った。排尿時の肛門の働きの偉大さを。つまり、肛門を閉めてから、排尿が上手く出来る。排尿は、肛門の力を借りらずには、できないのだ。こんな簡単な事に、今まで気が付かなかったなあ。(基礎医学で教わっているのだろうが)
8:00に朝食、五分粥の朝食、9:45に麻酔医来る。10:00にトイレの掃除のおばちゃん来る。10:05に、薬剤師さんが来て、詳しく薬についての説明あり。「いつも飲まれている漢方薬も併用していいですよ」と言われて、ホッとした。(入院中、漢方薬としては、五十肩にもなっていたこともあってケイシブクリョウガンカヨクイニンを、それに、しばしば使用していた大黄の含まれるトウカクジョウキトウとサンオウシャシントウを自分なりに組み合わせて、服用していた。又、降圧剤としては、中止していたアンギオテンシン2受容体拮抗物質のニューロタンを飲み始めた)
11:30に主治医回診。11:45に若い男性がテレビの番組表を持ってくる。11:50に売店のおばちゃんが飲み物の催促に来る。12:15に五分粥の昼食。13:00に○○草病院長が来て、診断書を持って帰る。14:30に、掃除のおばちゃんが来る。
その状況で、自分がベッド上で横になってエンピツで書いた内容、・・・
「人が何人もやって来る。ガーゼも、自分で1日5回も交換しないといけない。午前中ホントにきつかったが、1時間1時間、確実に楽になっていった。ウォッシュレットでピリッとする時あり、食事は、明日から常食だ。入浴は、主治医は、今日からシャワーでなくて浴槽に入ってもいいと言われた。傷がきれいだと言われた。恐れていた頭も痛くない。ガスも順調に出る。私が順調に行っていることを確かめて安心した感じになって、家内は、ガンで元気のないウサギを心配して13:50に帰って行った。
家内の話では、病院に来る前、アズキ(ウサギの名前)が、自分に寄って来て、じっとしているとのこと。こんなこと、今までなかったと言う。心臓の音が1分間に40位になっていて、呼吸数も少なく、もう、駄目かなあと思っていると、又、元気になって、食べ出す。食べないと生きられないということを知っているかなあと言う。そんな話のやり取りを家内と別れ際にして帰って行った。
20:00前に主治医来る。又、ナース、2時間おきに来る。
固定リンク
|
コメント (2)
|
トラックバック (0)
410号室を15:20に出て、16:20に戻ってくる。手術は、
約20分、時々、麻酔する異常に膨張してくる人がいるので、その場合は、30分掛かると主治医から前もって言われていた。
手術室に入ってから、私は、篠笛を吹く時にする様に、目を閉じていた。いよいよ手術が始まった。腰椎麻酔、何と皮膚の表面のごく限られた一部しか痛くない。針先の奥の方は、全く痛くなかった(点滴された時の方が、明らかに痛かったなあ)。直ぐに効いてきた感じで、うつ伏せになって手術。手術がどこまで行っているのか、詳細に説明してくれる。「もう直ぐ、始めのが終わります。もうちょっとですよ」・・・「最後の一つです。もうしばらくの辛抱です。お腹、大丈夫ですか?」などと手術中に、度々声を掛けてくれるので安心出来た。恐らく、メスが入ってメスを置くまで、15分も掛かったかなあと思った。終了後に、実は、もう一つあったと説明を受ける。(後で、手術の状況の記録を見せてもらうと、4時(Ⅲ3度)と6時(Ⅰ~Ⅱ度)と7時(Ⅱ~Ⅲ度)と12時(Ⅱ度)の4つあり、6時は、結さつ術のみ、あとの3箇所は、半閉鎖式となっていた。)
昨日と同じ感じで、主治医19:30ちょうどに来て、「うまく行っています」と説明される。
足がしびれた感じが次第に軽減して行く。何だ、これだけのことか、たいしたことないなあ、痛みもそんなにないしと、術後の翌日までは、そう思った(しかし、それは少し甘かった・・・)。
固定リンク
|
コメント (0)
|
トラックバック (0)
入院1日目(平成19年10月22日・月曜日)
10:40過ぎに病室に行くと、「私、○○草看護専門学校の卒業生です」とわざわざ自分の部屋まで来て、顔立ちの整った品のある○階の師長さんが挨拶に来た。顔を見られるだけでも、場所が場所だけになんとなく恥ずかしい。
担当のナースがその後直ぐに来て説明をしてくれる。心電図・胸部レントゲン・血液・尿の検査をする。昼は五分粥。13:30から担当のナースが毛剃り。何故か、担当のナースだと恥ずかしさがない(ここに勤めて15年目の超ベテラン?)。15:00前に、掃除のおばちゃんが二人来る。「どこが悪いんですか?」と言われたので、「痔です」と言うと、「ちゃんと座れているので、どこが悪いのかなあと思いました」と言われる。(そうか、多くの人は、入院時、痔の痛みで座れない状態にあるのだなあと思った)
16:00下剤を6錠も飲む。18:00夕食。19:30に麻酔医が部屋に来る。20:00に主治医(患者側が決められる)が部屋に来る。21:00に担当のナースが再び来て、今の自分の状態を詳しく尋ねられた。(手術前、イネ科によると思われるアレルギー性鼻炎に罹患していたので、その治療をしていた。又、風邪を引かない様に注意していた。血圧も、上手くコントロールしていたつもりであったのだが・・・)
入院2日目(手術当日)
いつもの習慣で、5時前に起きる(個室)。水を沢山飲む様に言われる。7:15に担当のナースから便を出すための座薬をしてもらう。7:40に下痢便。8:00朝食。9:15にグリセリン浣腸100ml。3分待てずに、2分でギブアップして排便(水様)。この時、自分の舌を診ると、縦に溝が入り、肥大して、歯痕舌で、脾虚の状態になっている。9:50過ぎにS字状結腸内視鏡検査の為に検査室に行き、そこで血圧測定すると、上が170、下が100もあるとのことで、中止となる。部屋に戻って測ると、上が180にもなり、下が110もある。その後、点滴を左上腕背側にする(この注射が、一番痛かったが)。部屋でしばらく安静にし、何度も測り直し、150/90となった所で、再び検査室に行く。検査室では、やはり高くて、170/110。どうもないと言ったせいもあるのか、検査をしてもらえた。テレビ画面を見ながら。何と、5分足らずで(3分ぐらいかなあ)終了。そのまま外来に行き、12:00から主治医の診察(30秒もあったかな)と説明を聞く。「大きいですね」と言われる。S字状結腸までの内視鏡の検査では、痔以外にないと言われて、万歳って感じになった(実は、血便がしばしばあっていたので、ガンを恐れていた)。主治医は、「あくまでも見た範囲の肛門からS字状結腸までの40cmの距離までですが」と付け加えられた。
12:10に家内が病室に来る。手足の先が冷たくなっていると言う。13:30にアタラックスPを服用する。手術は、14時からの予定であったが、血圧が高かったこともあり、しかも、今日は7件も手術が午後からあるとのことで、一番最後の17時頃になると言われる。
昼食はない。術後3時間は、水分も飲めないと言われる。
17時と思っていたら、予定よりも手術が早く終わったとのことで、15:20に搬入となる。(以下、術後に、私の口頭で家内記載)
固定リンク
|
コメント (0)
|
トラックバック (0)