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2008.10.13 10:17 |  生活 / くらし  |  たわいもない話  |  masa  | 推薦数 : 0

上がり下がり・・・

 株価がどんどん下がって、このままでは、世界恐慌になって大変なことになると不安になっている人多い。しかし、第一次大戦後のアメリカから端を発しての世界恐慌の時にも、その後、数年して完全に持ち直している。今回も、そんな感じに思えばいいのだが、なかなかそう思えないのが人間かな。
 落ち込むと、益々、落ち込む人、多い。このままどんどん落ち込んで、行き着いてしまう(息絶えてしまう)何て考えてしまうのだ。日本の経済を見ても、何度かそんな目にあってきているが、日本人の英知でそれを乗り越えてきている。しかし、今度は今度はダメだろうと思い、落ち込むのだ。しかし、結果的には、乗り越えてきている。
 調子よく行くと、このままずっと調子良く行くと思いたいし、そう思う傾向にあるのが大概の人。しかし、いつも調子よく行くはずがない。上がり下がりがあるのが普通。冷静になって考えればいいのだが、調子のいい時は、そう考えない。
 ある資産家の人が次の様に言った。
「お金が沢山入る時には、質素に生活するんです。無駄を出来るだけ省いて。で、収入が少ない時には、収入に見合わない感じで贅沢するんです。」と。
 ある高給取りのドクターの奥さんが言っていた、
「ちょっと油断したら、パチンコに行っているんです。行く所も決まっているので、そこに行って、連れ戻して来るんです。そのままだと、どんどん使ってしまうので・・・」と。(ウーン、これでは、いくらお金をもらっても貯まらないだろうなあ、本人、今までに立派な家が一軒建つ位、パチンコ屋に寄付したと言っていたが・・・?!)
 あるナースが言っていた、
「働けるだけの健康でありさえすれば、人間って、生活していける。贅沢はできないけど、職を選ばなければ、最低賃金をもらえるし、生きることは出来る。何と言っても、働ける体が一番、後は贅沢と思えばいい・・・?!」と。
 ある(大分市の都町の)水商売の人が言っていた、
「3カ月のお金の蓄えがあれば、いい。全くないと、次の準備が出来ないんで。3カ月の間に、次の仕事を見つけてやって行ける。今までもそれで何度もやってきている。病気は困るので、国民保険には、ずっと入っている。健康、一番大切ですね(飲んでないのに、いつも酔っぱらった振りをしていたが)。それと、自分に付いてきてくれるお客さん、宝です。(彼女は、芸人で、お客さんを集めて自分のリサイタルを何度か大きな会場を借り切ってしていた)」
 お相撲さんの世界は、特殊。で、十両になるまでは、全くの無給。十両からは、ポンと大金を手にすることが出来る。横綱や大関になれば、責任もあり、大変。その点、下位の幕内力士になって上がったり下がったりしても、ちゃんと給料はもらえるし、いい生活が出来るので、これで満足して出来るだけ永く力士生活をする生き方だって、あるはずだ。
 日本では、これでも、約9割の人が自分は中産階級と思っているとか。殆どの家が、夜でも電気は付いているし、水がただで飲める。これって、世界の国から見たら、贅沢そのもの。贅沢に慣れてしまうと、歯止めがきかなくなるのが人間かな。
 あるケチな資産家のおばあさんが、お金をあの世に持って行けないので、先々どうしようかと悩んで、夜も寝られないと言う。
 まっ、物事の多くは、中庸がいいのかな。

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2008.10.12 11:18 |  生活 / くらし  |  たわいもない話  |  masa  | 推薦数 : 0

高学歴難民

 小さい時から、高学歴を求めて、一生懸命勉強して、首尾良くいい大学に入れたとしても、それで安心という訳にはいかない。特に今の時代は。即戦力が要求される時代、頭でっかちな人間はかえって周りから敬遠されるかも知れない。
 博士号を取ってもちゃんとした就職先がない所謂高学歴難民が現在1万2000人もいるとか。
 学問を究めたい、しかし、生活も安定したい。それが現実に出来ないのだ。非常勤講師代(安い)などで何とか生活費を稼いで(それが年間40代でわずが150万円)、親の世話になりながら生活をしている人が今日のテレビで紹介されていた。
 多くの親は、いい大学に入りさえすれば、何とかなると思っている。しかし、そんなことはない。それは、他の先進国でも共通の悩みとなっている。
 韓国やドイツでは、大学を卒業しても、就職できない人が年々増加し、イギリスでも、単純労働しか見つけられない高学歴者が社会問題化しているのだ。しかも、進学率の上昇で高学歴人口が増えて、高学歴者同士での共存競争が激しくなっているのだ。
 あっさりと、学歴を捨てて別の職業に就くってことも可能なのだが、それまでに多くの犠牲を払って得たモノを捨てることは、そんな人に限って出来ない。東大を卒業して楽しく大工さんをしている人が紹介されていた。何でも学歴が通じると思ったら大間違いだ。自分が何になりたいのか、それが一番の問題だ。
 息子が1週間前に自分に話してくれた、「自分の仕事って、誰でも出来ると思っている。しかし、出来ない。会社にちゃんとしたマニュアルはあるけど、殆ど役に立たない。5人中3人はしばらくして辞めてしまう。ずっといる人も、取り敢えずって感じで就職している。自分にしてもそう。別に他に自分のしたいことをしていて、これは生活の為に仕方ないって感じ。相手の話をちゃんと理不尽でも最後まで聞いてあげることが大切で、それが出来ない人が多い。言ってる本人も理不尽と気が付いているのだが、それを聞いてあげなくて、そのまま頭ごなしで言うと、上手くいかない。自分が折れて、まず、誤ること、それが出来ない人が多い。理不尽に言い張る人、女性に多い。若い人は、こちらの説明で結構納得してくれる感じ。40歳過ぎの男性で、延々と1時間近く苦情を言う人もたまにいる。ヤーさんが一番困るかな。「イヤー、まだ小指を詰めたくないので・・・」何て自分で言って、自分でもおかしさをこらえるのに一生懸命。会社の生命に関わることは、上の人に代わってもらっている。電話だけで、相手の顔が見えないので、気は使うが、その点は楽。体の調子はいいけど仕事で気を使うせいか、よく、腹がゆるくなる」と。
 息子は、大学には行きたがらず、高校の時にも専門学校でも、よく遅刻をしていた。が、今は、全くしていない。そんな変化に息子自身が驚いている。タバコも吸っていたが、今は全く吸っていない。小学校の時には、ファミコンを持つのを私が長いこと禁じていて、家内から、「クラスで持っていないのは、○○だけで、もう、持たせてあげたら。友達の家でファミコンしているし、その話が出来なくて困っているのよ」何て言われたことがあったが。息子には、茶道を小学3年生の終わりから中学1年生の初めまで教え込み、又、極真空手にしばらく通わせていた。今考えると、過去にしてきたそれがいい方向に向かわせているのかな。今は、仕事をしながら、好きなライブ生活に青春をかけることが出来て、幸せそうだ。

 



 

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2008.09.20 16:06 |  生活 / くらし  |  たわいもない話  |  masa  | 推薦数 : 0

5人の街頭演説会

 

 本日(9月20日、土)の14:00から、熊本市の熊本バスセンター角ななめ前の辛島公園で、5人の自民党の総裁候補の演説会があった。この様な5人による総裁立候補街頭演説会は、今回は全国16ヶ所で行われ、演説後直ぐに熊本駅から鹿児島会場へ行かれた。
 しかし、兎に角、この時、とても暑かった(台風明けで、とても日差しが厳しかった)にも関わらず、それなりに沢山の人が集まって聴きに来ていた。マスコミの人が多い感じだが、護衛って感じの黒いスーツの服の人も目立ったかな。高齢者の人が多かったが、よく見ていると、若い人の中には、演説を聴くと言うよりもデジカメで写真を撮って(暑いので)サッと帰る人が少なからずいたかな。
 初め壇上に5人の人が並び、それから、石原→小池→麻生→石破→与謝野の順に、一人ずつ10分間ずつ話された。ほぼ各人時間通りに始まり、ほぼ時間通りに終わり、最後に又5人が壇上に並んだ。お互いの候補の意見の違いに付いての話やお互いの批判は、全くない。民主党の意見に対しての強い批判は、石破さんが一番強かったかなあ。自民党の不祥事続きに対しての丁重なお詫びの挨拶は、誰もしない感じだ。あるのは、自民党をお願いします。今からの自民党を見ていて下さい。私に頑張らせて下さい。本当に頼りになるのは、自民党ですって感じの内容だったかな。演説者の内容が少しダブルのもあり、総論はなるほどと思うのだが、具体的な内容となると言及を避けている。消費税率、全く出てこない。天下りの問題、全く出てこない。
 土台、初めから麻生さんって決まっているのに、何か不自然な感じだ。今回の総裁選びの投票にしても、自民党党員全員でするべきだと思うのだが、どうも、急いでことを済ましたい感じに思えてならない。総理が決まっても、直ぐに解散かな?大事な法案が目白押しって感じなのに、特に今は問題山積なのに、支持率を上げる目的でこんなことが遠回りでされているとしたら、こんな政治家の集まりで将来の日本、大丈夫って感じどうしても思えませんけど・・・(演説者の中には、官僚の批判をしていた人もいたけど)。
 石原さんは、小学生が公園で殺害されることから始まって、今の日本の姿が異常って感じで言われ、日本人の生き方の問題などを話し、小池さんは、北京オリンピックでの女子ソフト金メダルの話などから始まって、3年間の環境問題の経験を強調し、麻生さんは、熊本人のエコロジーでの大賞獲得や、北京オリンピックでの活躍を絶賛することから始まって、日本は、戦後、いろんな試練を日本人の英知で何とかこなしてきており、貯蓄額が多いし、長寿世界一で、将来は元気なお年寄りで、外国からうらやましがられる存在なるだろうって感じで言って、明るい日本の将来像を訴え、石破さんは、インド洋での実際の厳しい給油活動の内容を紹介し、東チモールでの自衛隊の紳士的な行動を報告したりし、与謝野さんは、経済が一番大切って感じで言われ、年金・医療・介護に、国民の痛みの協力が必要(消費税アップのことかな?)などと、演説されていたかな。(マスコミの人が、自分の隣で一生懸命にノートに書き込んでいたが、私にはそんな元気はなかった。)個人的な私の感想を言えば、石原さんも与謝野さんも、高学歴で取り巻きが多いので、やはり今までの総理とあまり違うことなく、官僚的な考え方で、さほど期待できないのでは?小池さんには、彼女の書いた「アラビア語が3日間で覚えられる」って感じで書かれた本を持っていて、勉強させて頂いたが、エジプトにいた関係でイスラム世界のことにも通じて、この人がホントに総理になると面白いかなとは思うが、全くの未知数。石破さんは、真面目で何となく信念を持っている感じに思ってはいるが、頭が少し硬い感じかな。麻生さんは、吉田茂氏が「馬鹿野郎解散」何てことになっている様に、又、失言がどんどん出てきて、それで命取りになりそうな感じもしているが。オリンピックのクレー選手だったことや漫画オタクであることより、若者には受けるかも知れないが、総理となるとどうだろうか?元中曽根総理は、そんな麻生太郎さんを、吉田茂氏と比較して、まだ、全く足元にも及ばないって感じで言われえいたが。  
 しかし、この炎天下の暑い中、正装で、その場に1時間以上いて、多くの有権者に最後まで笑顔を振り撒きながら低姿勢で親しく握手をしている5人の姿、立派でした(これも仕事と言えばそうかも知れませんが)。

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 自分の周りに、35歳前後でなかなか結婚に踏み切れない感じの女性が何人かいる。
 で、そんな女性と話すと、今は、3高ではく、3低だとか?
 で、何のことか初めは分からなかったが、・・・。
 まず、男性が威張らないこと。つまり、今は、もう亭主関白の時代ではなく、共稼ぎの時代であれば、育児も食事も、積極的に出来ないとダメってことらしい。つまり、「低姿勢」の男性を望むとのこと。
 次に、会社が首になっても又別の会社で仕事をして、ちゃんと生活費を稼いでくれる男性、体丈夫で長持ちする感じの男性、つまり、「低リスク」の男性がいいとのこと。
 で、最後に、奥さんの稼ぎや母親代わりに頼られるなんて、まっぴら御免って感じだ。自分で布団の上げ下ろしは当然、食べたら台所まで運ぶ、部屋を片付ける、奥さんがいなくても、一人で食べていける必要あり。つまり、妻に対して「低依存」の男性であること。
 ウーッ、時代も変わったなあ。

(以下は、インターネットからの引用)最近の女性が自分のパートナーに求める条件。10数年前のバブル時代に一流企業に勤めていたOLたちが、自分の結婚相手の条件として求めた「3高」(高身長、高学歴、高収入)にかわって用いられている。その内容は、低姿勢、低リスク、低依存である。「低姿勢」は、いつもレディーファーストで気分よくさせてくれること、「低リスク」は、いつリストラされるかわからない一流企業勤めより、公務員のように倒産することなく安定していること、「低依存」は縦の物を横にするときも妻を呼ぶようなパートナーではなく、自分が忙しいときには洗濯も炊事も掃除も買い物も全部自分でやってくれるような男性ということである。かつてのようにパートナーに「経済力」を求めるのではなく、「家事への協力」や「仕事への理解」に重点を置くようになっているのである。

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2008.09.08 14:00 |  その他(一般)  |  たわいもない話  |  masa  | 推薦数 : 0

湯川秀樹・・・

 9月7日は、日本で初めてノーベル賞をもらった人、湯川秀樹が亡くなった日だ。今までに日本では、文学者の川端康成や大江健三郎、首相の佐藤栄作など、12人がもらっているが、その中でも、この湯川秀樹の功績は、群を抜いていると思う。
 何故なら、戦後に、日本人の多くが自信を失っている時に、独創的な発想で、「中間子理論」を打ち立てたからだ。
 湯川秀樹がノーベル賞を授与されたのは、私が生まれた年の1949年(昭和24年)。小さい時に、湯川秀樹の話を、私の父から何度も聞いた。
 彼は、初めは結婚する気はなかったそうであるが、結婚すればお金のことを心配しなくていいし、好きな物理の研究を思い存分出来る
と考えていたようであった。その時見合いをした相手に湯川が思った以上に気に入って、一目惚れって感じで結婚して、婿養子になって、小川の旧姓を湯川に変えている。
 私と同じ、3人男の末っ子。理数系は強かったが、それ以外は出来なくて、大学の道も諦めかけていた。その時の旧制3高のクラスの同級生に、朝永振一郎がいた。
 湯川と朝永とは、正にライバル同士で、物理の成績は、共にずっと100点が続いていた。共に、京都大学の物理学に進む。性格は正反対で、湯川は、やや気性が荒く、朝永は、常に冷静なタイプであった。
 湯川が中間子理論を発表した時には、周りから認められなかったが、朝永だけがそれを高く評価した。で、実際に、その後に中間子の存在が実証され、湯川の中間子理論が正しいと証明された。晩年、湯川は、アインシュタインの影響を受けて、世界の平和運動に加わって活躍している。
 朝永も、湯川のノーベル賞受賞後に独特の考えを打ち出し、今度は、それを湯川が後押しをして、目出度く、日本で2番目のノーベル賞受賞者となっている。
 朝永が先に亡くなってしまって、その時、湯川は、最良の友を失ってとても悲しんでいる。

*私の場合、湯川の話を聞いていて、小さい時、養子にも憧れた時がありましたが・・・?!

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2008.09.05 09:59 |  生活 / くらし  |  たわいもない話  |  masa  | 推薦数 : 1

思い込んでしまうと・・・

 中国人は嫌い、韓国人は嫌い、イスラム教徒は嫌いって感じで言われる日本人、少なからずいるかな。
 私は、国としての中国や韓国は、確かにちと問題があると思います(日本も、いろいろ問題がありますネ)。日本に来ていた韓国の人(大学生)が、「日本に来るまで、日本を誤解していた。日本で学んでいる韓国人(大学生)、皆、同じ様に思っている。日本人にすまなかったと。又、韓国での日本に関する説明書に、日本人は建前と本音が違うと書かれていたので、よけいに、変な風に初めに思ってしまう・・・」と言われていた。
 しかし、個人的に付き合うと、そんな偏見は、吹っ飛びます。トロントに行った時に、語学学校で一番親しくしていたのは、コンピューターを専門にしている韓国の青年だった。お茶の関係で韓国の東側にある浦項(ポハン)市と言う所に行って、ホームステイした時に、とてもよく歓迎され、今でもありありと思い出すことが出来る。韓国の真ん中にある清州(チョンジュ)市に行って演奏した時にも、とてもよくしてもらった。いろんな人と一緒に食事をして、韓国の人がもてなすことに一生懸命であることを知った。釜山に、3週間程行って、ハングルを勉強に行った時も、韓国人と親しくなり、いい思い出が出来ている。
 中国の人とは、(福岡県にいた時も今の熊本でも)中医学を教わり、ホントに大変有り難く思っている。個人的には、皆、基本は同じだと思っているし、私には中国人や韓国人に対しての偏見は持っていない。が、実際に中国に行った人の話だと、特に、トイレ事情などを耳にして、都会はいいが、地方には、あまり行きたい気になれないが。
 イスラム教徒とは、親しくしていた人が多いし、いまも親しく付き合っている。日本のマスコミの敵視する報道にいつも怒りを覚えている。キリスト教徒にしても、キリスト原理主義的な行動をとる国もあるではないか。チベットの仏教徒にしても、テロめいたことを起こしている。それを、イスラム教徒だけ敵視するのはおかしいと思っている。イスラム原理主義の行き過ぎた行動には、大半のイスラム教徒自体が、困っているのだ。
 ダッカの人(9割がイスラム教徒)や多くのイスラム教徒のインドネシア人と接してきて、イスラム教徒に対しての偏見はない。
 やはり、国単位の交渉でなく、民間での草の根外交が、もっともっと積極的に行われるべきだと思っている。
 実際に、その人に接して、経験するしかない。その国の商売人や夜の仕事をする人ばかりを見て、判断するべきではないと思う。
 田舎に行けば、どの国の人も、優しいし、相手を思いやる気持ちは同じ様な気がするけど・・・?!
 川辺ダムのことで、熊本県が騒いでいるけど、現地の人の多くは、反対している。上に行けば行くほど、現地の実態を知らないだけに、ダム建設の方向に動いている現象と何か似ている感じがしているけど。

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2008.08.09 09:03 |  生活 / くらし  |  たわいもない話  |  masa  | 推薦数 : 0

北京オリンピック開会式

 昨日の夜の21時からNHKで、北京オリンピックの開会式の模様があった。「鳥の巣」での中国人の英知を集約した感じの(素晴らしい)いろんなエクジビションがあった後に、各国が入場。これが長かった(全部見たが)。
 ギリシャを先頭に開催地中国までの204カ国の入場。自分が小学生の頃は、世界の国は100ちょっとしかなかった様に記憶しているが、今では、その倍。フランス語・英語・中国語の順で名前が紹介されていた。
 台湾を、チャイナーズ・タイペイ、香港をチャイナーズ・ホンコンと紹介されていたかな。又、カリブ海や太平洋に浮かぶ島々、アフリカの国々、沢山あって、覚え切れない。名前が似ていて、紛らわしいのが多いなあ。名前が紹介される度に、その英語の発音を確認する為に、辞書をしばしばめくっていたが。
 カリブ海に浮かぶドミニカ共和国とドミニカ国、アフリカのギニアとその隣にあるギニアビザウ、更に、アフリカには、赤道ギニアもあるのだ。コンゴ共和国とコンゴ民主共和国。アフリカのエリトリアとバルト海沿岸のエストニア、今紛争中のグルジア(英語で、ジョージアと紹介されていたが)の隣のアルメニアとヨーロッパのアルバニア。アフリカのアンゴラとヨーロッパのアルドラ。インドの西にあるモルジブとルーマニアとウクライナの間にあるモルドバ。間違えやすいなあ。
 又、和製英語(アクセントも含めて)と実際の英語の言い方にかなり食い違っているのがある。フランス語と英語と現地の言い方でも、かなり違った感じでの言い方もあり、正確な発音まで突き止めると、数が多くて頭が痛くなりそうだ。
 0:00近くになってやっと204カ国の入場が終わったが、中国は1時間遅れだろうが、それにしても、こんな遅い時間に延々とするなんて、13億人を抱える今の中国って、逞しいなあ。

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2008.07.21 10:22 |  その他(一般)  |  たわいもない話  |  masa  | 推薦数 : 1

続々々・たわいもない話

 小学6年生の時、担任の先生から、「静脈には、弁がある」と教わった。
 中学2年生の時、第2分野(生物)の先生から、同じ様に教わった。その時、「先生、肺静脈には、弁があるのですか?」と質問した。生物の先生は、「わからない」と言った。先生が知らないことに、驚いた。
 風邪を引いた時、往診に来てもらった主治医の小児科の先生に同じ質問をしたら、「心臓と肺の距離が短いので、多分ないと思いますよ」と教えて下さった。
 高校1年生の時、生物でそこをちょうど通った時に、同じ質問をした。高校の生物の先生は、「わからん」と言った。次の生物の時間、生物の先生は、電話で保健所の医者に尋ねていて、その返事では、“多分、ないんじゃないか”とのこと。
 医学部に入った。解剖実習の初めの頃、第1解剖の助教授に同じ質問をした。「ない!」と先生は、きっぱりと言った。
・・・・万歳!!!・・・・・

 解剖した(胎児を二人で一体、成人を四人で一体)。弁は、四肢以外には、見当たらない。
 医学書(医科生理学展望)を読んだ。「四肢の静脈の内側には、ところどころにひだができて、静脈弁を形成する。これは、逆流を防ぐ仕掛けである。静脈弁の働きを初めて明らかにしたのは、William Harvayである。極めて細い静脈と幹部静脈、脳と内蔵の静脈には、弁がない。

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2008.07.20 09:59 |  その他(一般)  |  たわいもない話  |  masa  | 推薦数 : 1

続々・たわいもない話

 今までに、いろんな試練があった。
 私の吃音(どもり)は、いつに始まったのかはっきりしない。小学校1年生の時には、どもっていなかった様だが、小学校2年生頃からどもりだした様で、全く精神的なものであった。つまり、人前では話せないものの、家に帰って話す時とか、緊張していない時には、全くどもらないのである。人前で話す時にしても、パターンはいろいろ変わり、本を読む時には全くどもらないのに、人前で喋る時には全く話せなくなる。そうかと思うと、本を読む時にどもり、人前で話す時には、全くどもらなかったりと、パターンが変わるのである。緊張していなければどんな状態にあっても全くどもらないのはいつも同じだった。
 佐伯小学校の時、(塾には全く行かなかったが)成績のよかった自分は、人前で話したり役員にならないといけないことが多く、クラスの委員長になることが最も苦痛であった。それでも、委員長になることが多く、何度恥をかいたことか。
 小学校6年生の時、あまりにも自分のどもりがひどいので、担任の先生から、専門家の矯正を受けてはとも言われた。親は、深呼吸をしてとか、ゆっくり喋ればいいとか、いろんなアドバイスをしてくれたが全く無効であった。
 今考えれば、以上の治療法は、自分に関して言えば全て誤っていたのであり、その時、周りがほったらかしておいてくれたなら、永いこと苦しまなくてもよかったのにと思う。つまり、子どもがどもりを意識した時から、どもりを治そうした時から、どもりが始まるのであり、自分がどもることを意識させないようにするのが本当の治療であったのだ。
 どもりはマンモス校の鶴谷中学に入っても、全く治らず、中学1年生の時に、社会の先生が、教科書を全員に読ませていたが、これが学校での最もいやなことであった。それで、社会は、小学校の時には最も好きで得意な科目であったのに、最も嫌いな科目となってしまった。国語も読むことが多い為に、嫌いであった。
 人前で普通に話せたらどんなにいいだろうかと、延々と思ってきた。高校の時には、全く人前で読めない状態になってしまった。医者になって、学者になれば(自分としては、医学部は難しいので、浪人してまで医学部に行く気はなかった)、人前で話すこともないし、いい研究さえしておれば、それで自分の能力が発揮できるだろうと思って、医学部を受験したのである(国立以外に受けなかった。それも、6回目でやっと2期校に合格したのであるが)。
 浪人生活の中では、あてられて読ませられて、見知らぬ人の前で恥をかくのが、何よりも苦痛であった。大学の時には、代読というのが簡単に出来る為(出欠の返事も、代弁が状態化していたが)、英語の時間に自分が読むようにあてられたら、代わりに読んでくれと頼んだこともあった(頼んだ人とは、今も懇意にしていて、自分の結婚式の時に、祝辞を述べて頂いたが)。
 女性から、自分がどもることを知られるのがいやでたまらなかった。服や車やその他の外見で自分を飾っても、喋ればすぐにばれるとの認識のもとに、自分を外見で飾る習慣が付いてなく、それが今でも続いている?(自分の価値を知ってもらっても)自分が女性にもてるなどと思ったことは、結婚するまでは全くなく、本当の自分の姿を知ればどんな女性も逃げてしまうと堅く信じていた。自分がある人を好きになっても、自分の言語障害を知れば、その女性は必ずいやになると思っていた。それで、いつも片想いであった。今の自分の妻には、自分のこのハンディーを言ったのに、(鹿児島出身の武士の家系の出の妻は、この時、鶴丸高校→鹿児島県立短大→養護学校の寮母をしていたが)全然気にしていない様子で、本当に気にしていないのか、気にしていない素振りを見せているだけなのか、それがいつも気がかりであった。どもる自分を本当に好きになってくれていることを知った時、自分の価値が本当に分かる女性がこの世にいると思い、本当に愛されていることを知って、この人以外にないと思った。
 県病の時も宮医大の時も、読むとどもる為に、学会発表では原稿を持っていても、それを見ることはなかった。宮医大の時には、しばしば(卒後1年半にして、既に文部教官になっていた為)医学生の講義をし、いつも原稿なしであった(あるとどもって話せなくなる為に、全て頭の中に入れて話す訓練が続いた)。私の講義はすこぶる好評で、「第二外科の富田教授と田原先生の講義が一番うまい!」と医学生から言われた時、そして、医学生から胴上げをされた時、自分の生きる道は、大学に残っての医学生の為の教育だと思った(小児科病棟で、宮医大生の一人一人に、手取り足取り、聴診や触診や打診を教えていた)。
 教師とは、教師が身を持って示すのが本道だと思っていたので、「医師とは、患者の為に存在するもの、若い時に医師が患者の為に最高に出来ることとは、研究ではなく、そんな暇があれば、体力があるのだから、急患の一人でも診た方が世の中の為になる」との価値観のもとに、(新生児・未熟児医療を含む小児の救急医療が最も遅れていると思われる)大分県南の自分の故郷佐伯に帰ることにした。しかし、その時、自分の最も好きな直に医学生に教える教育と言うものを捨てなければならなかった為、残念でならなかったが、人間何かをしようとする時には、必ず何かを捨てなければならないとも思い直して、佐伯に帰ってきたのである。県南で最も遅れている新生児・未熟児を含む小児救急と大学で学んだ先天性心疾患の早期発見を体の続く限りしようと思って、大学を去ったのである。
 平成2年5月12日に、佐伯カトリック幼稚園で、「21世紀をよりよく生きる為に」と題して、親御さんの前でペラペラと自分を例にとって講演をした。幸せであった。

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2008.07.19 10:57 |  その他(一般)  |  たわいもない話  |  masa  | 推薦数 : 0

続・たわいもない話

 医師として自分が適確か、これに自分は悩んでいた。大学に入学した当時は、自分も受験の落とし子だったかなあと思っている。専門1年と2年で基礎医学を学んでいる時は、医者よりも大学に残って学者になりたいと思っていた様だったが、専門3年と4年で臨床修練をする様になると、臨床医にも憧れる様にもなった。正直、入学時には、クラスの半分近くが、(自分も含めて)医師としてどうかなあと思っていた。
 二期校コンプレックスで、もう一度受け直すと言う人が結構いた(夏休みが終わる頃になると、少なくなったが)。まかり間違ってここに来てしまったって感じで言う人もいた(が、教養1年での前期の試験が終わった頃になると、それも消失)。いつまでも、自分は秀才だと言い続けていた人もいた(が、専門課程でしばしば追試を受けることが多くなると、ピタッと言わなくなっていたかな)。しかし、時間と共に、受験により作られた間違った呪縛が、次第に崩れて行った。
 医学部の場合、6年間もあると、出来る人と出来ない人の差、大きい。(実技のない)医師国家試験の実力と、実際の力は、私自身は、余り関係ないと思っている。例えば、心電図は読めても、コミュニケーションの取り方や患者さんの受けは、別物。医師の場合、病名が付かなくてもそれなりに決断しないといけないことが多い。
 医師になり、30年経って、久し振りに同窓会で会ってみると、何やかんや言っていろんな問題があっていた人も、スッキリと水に流された感じで、皆、立派な医師になっていた。昔スゴイ秀才だった人も、何年も留年し続けていた人も、殆ど関係なしって感じになっていた。つまり、長い年月を伴ったいろんな体験が立派なプロたらしめているのだ。
 勤務医は勤務医で、開業医は開業医で、研究医は研究医で、それなりにプライドを持っている。性格が暗かった人も、別人の様に明るくなっていた。
 教師にしても、同じだと思う。いろんな現場の経験から、一つずつモノにしていけると思う。同僚の教師よりも、受け持ちの生徒から学べることの方が多いはず。出来る子よりも、落ちこぼれの子どもから学べることの方が多いはず。そして、親御さんからも沢山学べるはず。その時に大切なことは、自分が絶対に正しいと思うことをせずに、沢山の人から聴く耳を持つことだと思う。相手の立場に立って考えられるゆとりを持てることが大切だと思う。
 自分が中学の時は、1学年500人以上もいて、県南では最大数の学校だった。11クラスもあったせいか、クラス毎の成績を気にする教師が多かった。
 自分のクラスの担任は、技術家庭科のK先生だったが、野球部の監督をしていて、それに一生懸命って感じの先生だった。数学には、新米のM先生が教えに来た。初めの先生の自己紹介の時間に、黒板に、趣味の所に「パチンコ」と書いていたのを、グルグル回って見に来ていたH校長(その後、佐伯鶴城高校の校長になる)が、サッとその部分を消して何も言わずに立ち去ったのを今でもしっかりと覚えている。この新米のM先生、数学では、採用試験で1番だったとの噂だったが、黒板を見て話し、それも早口で言うので分かりにくかった。授業が終わると自分が質問すると思って走って逃げていて、自分はそんな先生をよく追い掛けていた。で、トレイに入り込んで、出てくるのを待っていたこともあったが、人のいい先生で、尋ねると親切に早口でいつまでも教えてくれていた(クラスでの評判は最悪であったが)。
 隣の担任の先生で、社会が専門のK’先生がいた。自分の社会のY先生も学年長でいい先生だったが、このK’先生の授業は素晴らしいと受け持たれていた隣のクラスの(自分の友達の)S君(彼は、その後、附属中学→上野丘高校→東大→大学教官と進み、今も毎年、個性的な年賀状を頂いているが)が、しばしば話していた。黒板に書かれたのを書き写した彼のノートを見て、凄いなあと感心していた。自分は軟式テニスに入っていたが、このK’先生は、テニス部の顧問で、自分とははるか遠い存在の様に思っていた。案の定、翌年、附属の先生として転勤されて行った。
 学校がマンモス校だけに、警察沙汰になったり、いじめがあったり、いろんなことがあった。そんな中でも、学べることが一杯あったと思う。新米の先生の中でも、理科の第2分野のH先生、初めの試験問題、時間も足りなくて、問題も良くなかったけど、飛躍的に進歩をして、1年後には、全く違った感じの先生に変身していたなあ。
 教師から教えてもらった教科の具体的な内容のことは殆ど覚えていないが、今でもはっきりと思い出せるのは、個性的な先生。それ等の先生の生き方(意気込みや個性的な動作など)が、しっかりと脳裏に刻まれている。

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