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2008.07.03 06:43 |  旅行 / 宿  |  とりとめのない話  |  masa  | 推薦数 : 0

トルコ・・・

 トルコは、イスラムの国だが、政教分離を憲法で規定していて、イスラムの他の国とは違った感じになっている。最近イスラム色が強い政権に変わって、EU加盟が危ぶまれている。しかし、その繁栄振りは、ダッカと同じ様に、注目されている。
 現在、日本の大成建設がアジアとヨーロッパを分けるイスタンブールのボスポラス海峡に、海底トンネルを掘っている。で、来年には、完成。で、その方法が何と、「沈埋(ちんまい)トンネル」という工法。簡単に言えば、トンネルが入った鉄の大きな箱を、そのまま海底に沈め、その箱をたくさん海底に這わせていくだけ。これだと、短期間に低コストで出来そうだなあ。
 今まで、海底トンネルとのイメージでは、日本の青函トンネルのように、海底のさらに下の岩盤を掘っていくものばかりと思っていたが。
 過去をさかのぼることの1890年、トルコ船エルトグルル号が和歌山県大島沖で沈没し、その時に付近の住民が救い手厚く介護をした。これ以後、日本人はトルコ人の恩人として、ずっと全土で語り継がれているとか。日露戦争で、トルコを占領していたロシアに勝ったことより、更に評価が上がった。トルコでは、日本人を友達になることがステイタスにつながるとか。
 トルコ人から見た日本人のイメージは、「勤勉」「礼儀正しい」「時間に正確」「だましやすい」「頭がいい」「真面目」「伝統を持っている」「商売が上手い」などとのこと。トルコでは、他の外国人よりも5倍以上で買わされていることもあるとか。
 このボスポラス海峡トンネル完成の暁には、更に日本人のイメージがアップするに違いない。
 近い将来、イスタンブールを中心にトルコ旅行をする予定にしているのだが。

*トルコ語を、トルコ人(APU:アジア太平洋大学)から教わっていた。その学生さんの都合で、たまたまトルコに行かないことになってしまった。それも、直前に。で、トルコ行きがタイ行き(1カ月半余)になり、チェンマイに行った。チェンマイも、いい所だった。あの時、トルコにしばらく滞在していれば、いい経験が出来たのではと今でも思っている。トルコ語は、正に、東西の言語の中間(トルコ語で、いいは、イイ、超いいは、チョック・イイと言い、種はタネと言う)。日本語と同じ様に、テニオハがあるし、日本人にとっては、語順も日本語と同じなので、とても覚え易い(トルコの人は、トルコ語が世界で一番難しい言語と思っている。ホラを吹く感じの人が多いので、自分も受けるかなと思っていたのだが・・・?!)。


 

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2008.06.22 10:08 |  研究  |  とりとめのない話  |  masa  | 推薦数 : 0

多言語ボランティア

 大分県庁のホームページで、大分県の外国人留学生在籍状況を調べてみた。
 立命館アジア太平洋大学、別府大学、大分大学、日本文理大学の順に多くなっている。
 国別では(50人以上)、中国1.290、韓国912、タイ240、ベトナム211、台湾176、インドネシア158、モンゴル146、バングラデシュ60、スリランカ57、ミャンマー55となっている。
 大分県全体では、全ての外国人留学生、3.758名(内、APU:アジア太平洋大学が2.453名)となっている。
 全国にも珍しい県となっている。まず、言葉ありきで、国際化の時代、せっかくの人材を大分県はもっと有効に使うべきかと思う。
 来年から、時々、小学校や中学校や高校に行って、総合学習や英語の時間に、「日本語をよく理解する為(多言語)」と題して、ボランティアで、講義が出来ればいいなあと思う。佐伯と大分は、6月28日の高速道路開通で、30分程で行ける距離になっているし。
 大人の場合、既に、外国語アレルギーになってしまっている人が多く、重症で治療が出来ない状態だ。その点、好奇心の旺盛な子ども達は、どの国でも目を輝かしてよく聴いてくれる。韓国の清州市やダッカ市の学校に行った時に、多言語で書いたら、目を丸くしていたかな。日本の子ども達も、同じだと思う。少し期待しているのだが。
 何か、今からの老後の生き甲斐を自分なりにやっと見付けた様な気がする。

http://blog.m3.com/syumi-syounikai/20080530/1

http://blog.m3.com/syumi-syounikai/categories/343


*以下に、上天草(カミアマクサ、kamiamakusa)と、多言語で書いている。

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2008.05.14 09:21 |  その他(医療関連)  |  とりとめのない話  |  masa  | 推薦数 : 0

免疫学の裏話

 北里柴三郎は、コッホの元で破傷風の抗毒素を発見したことで超有名な人。血清療法を記した論文が、コッホの元で研究していたベーリングと北里の名前で提出された。北里は、破傷風の血清療法を中心に、ベーリングは、ジフテリアの血清療法を中心に研究していた。で、不思議なことに、1.901年から始まった(第1回目の)ノーベル医学生理学医賞には、ベーリングだけがもらって、北里はもらえなかった。同時にもらってしかるべきと思われたのだが(なしか?!)
 抗毒素は、毒素に対しての抗体で、正に、免疫学の具体的な走り。それまでの免疫学で偉業を為してきた人が、ジェンナー(種痘の発見者)→コッホ(結核菌、コレラ菌を発見)・パスツール(ワクチンの名前を提唱)・メチニコフ(マクロファージの名前を提唱)→北里・ベーリングと連なる感じであったのだが。
 ところで、北里は、熊本県阿蘇郡大字小国(おぐに)町北里出身で、Kitazatoと書くべき所を、ドイツ語読みで、北里と呼んでもらう為に、Kitazatoでなく、Kitasatoとしたとのこと。知らない日本人は、何故、Kitazatoとしないのかと不思議に思うだろう。濁らない場合は、Kitassatoと書くだろう(フランス語だと、キタザトをKitasatauと書くのかな?)。
 ノーベル賞をもらった利根川進氏、彼は、元々は免疫学をしていた訳でなく、カリフォルニアでウイルス学をしていた。その後、スイスのバーゼルにあるバーゼル免疫学研究所で「遺伝子の再構成によって抗体の耐用性が生まれる」ことを証明した。この時の所長が、ネットワーク説でノーベル賞を取ったヤーネであった。
 利根川氏が赴任した直後に、「北里を知っているか?」とヤーネ氏は尋ねた。利根川氏は、「名前は知っているが、何をした人かは知らない」と応えた。利根川氏がノーベル賞を取った時に、ヤーネ氏は、祝電を打った。それには、「You accomplished what Kitasato started.」とあった。北里が発見した抗体の秘密を利根川が解いたと言う意味と、北里が受賞できなかったノーベル賞を受賞したと言う2つの意味を込めて。

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2008.04.16 08:09 |  生活 / くらし  |  とりとめのない話  |  masa  | 推薦数 : 0

消防署との懇親会

 外来の救急に関わる病院の看護師とドクターと、いつも救急車での搬送や、救急の講習会でお世話になっている消防署の人との懇親会が、平成20年4月14日(月)の19:00からあった。病院のドクターは、殆どが出席し、消防署の方も、担当の半分近くが参加していた。
 小児の救急での搬送がとても困っていたそうで、2時間近く掛けて送らないといけなかったのが、近くの病院に小児科医がいることで、とても良くなったと言われた。救急隊の人達は、総務省(昔の自治省)に所属し、定年は60歳で、その後の5年間の心配もそれなりにしないといけないと言われていた。
 和太鼓とハーモニカを老人施設で時々演奏していると言ったら、ある人が、「和太鼓とハーモニカが好きな人は、ホントに音楽の分かる人だ」と言った(ホントかな、しかし、嬉しかった)。で、私も負けずに、「アメリカでは、救急救命士は、子どもの最も憧れる職業ですよ。医者じゃないです。9・11で亡くなられた救急救命士、正に、アメリカでは、ヒーローになっていますヨ・・・」と言い返したが。
 懇親会は、病院側の圧倒的パワーって感じで、私の篠笛から始まり、整形外科の先生の体をはっての?(今回初公開の)演技「与作」や、院長の女装をしての唄、終わりは、私の3本締めで終わった。年に2回したいですねとの消防隊の感想であった。
 時間の使い方は、3つある。その内の、「仕事の時間」と「遊びの時間」の使い方は、イスラムの世界では、生きる上では、大したことない。最後の3つ目が極めて大切で、この様な人と人との親睦で時間を使うこと、これが一番価値があるのだ。
 それにしても、日本の場合、アルコミニケーション、独特のストレス解消の仕方だと思う。これ、日本の誇れる文化かな。

http://blog.m3.com/syumi-syounikai/20080410/1

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2008.02.22 15:23 |  とりとめのない話  |  masa  | 推薦数 : 0

病院ホームページ作成

 病院のホームページ作成をもう1年近く自分が手掛けている。で、それで募集して、2名採用出来たとのことで、早朝に事務長がお礼を言いに来た。で、先日の事務長が出席したある会合でも、当病院のホームページの話題となり、それをそこに勤務しているドクターがしていると言うことで、尚更、周囲が驚いたとのこと。
 まあ、そんなにスゴイホームページではないのだが、「アフタ5のページ」などで、病院の雰囲気が多くの人に分かって頂ければいいかなあと思っている。
 私がここに来てから、不在の小児科と整形外科が充実して、又、各科の先生方も優秀な先生が多く、今が病院としてはとても充実していると思われる。入院ベッドが不足して、入院のやりくりが難儀している。しかし、ベッドが空いて困ると言うことは全くない。
 泌尿器科の先生が4月から来れば、更に充実して行きそうだ。

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2008.02.12 08:32 |  とりとめのない話  |  masa  | 推薦数 : 0

寒い中を・・・

 2月10日(日)の19:00過ぎ、熊本の繁華街の「下通り」の一角で、寒い中、又、騒音の中で、力強くかつ早いテンポで「津軽三味線」を弾いている青年がいた。若い人は、無視して通り過ぎる感じに思えた。年配の人になると、ちょっと青年の方を向いて通り過ぎる感じだ。立ち止まる人が、年配の人の中に時々いる。しかし、大半は、傍若無人って感じだ。
 目の前で津軽三味線のばち捌きを見たこと、これが初めてだった。素晴らしかった。
 その青年に尋ねると、既に13年間のキャリアがあるとのことで、時々ここで弾いているとのこと。自分の師匠はもちろんいるし、自分にも弟子がいると言われた。
 カナダやイタリアに行くと、路上で、アチコチで演奏している。この人がもしもそんな所ですれば、すごい人だかりとなるだろう。
 冬の寒い中、息子がギターを持って演奏していた。見に来ないでと言われ、私は息子が路上で演奏しているのを見たことは一度もない。
 高校の時にバンドを組んでいて、大分のライブハウスでよく演奏していた。そんな息子が言っていた、「佐伯の人は優しくて、足を止めて聞いてくれる人が多いし、励ましてくれたり、予想以外のお金をくれたり、楽しい・・・」と。その息子の姿と何かダブって見えてしまった。

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2008.02.08 13:11 |  とりとめのない話  |  masa  | 推薦数 : 0

看護学校講義

 看護学校2年生の小児科講義20回分が終わった。これにかなりのエネルギーを使ってきているし、今からも使って行くつもりだ。今までの内容と比べると、今回が一番良かったかなあと思うが、まだ、反省することも沢山ある。
 前もって1年間の予定表を上げ、いつどこをするかが講義前に分かる様にしている。スライド中心で、教科書を使わないこともある。講義の終わりに試験をし、スライドの試験もしばしばし、まとめの試験はしていない。自分の生き方として、今を真剣に出来ない人は、後でも出来ないと言うのが私の考え。
 初めからスライドを使って説明するのが多いのだが、今日は、1時間余を使って、黒板の端から端まで一杯を使って、生化学と免疫学を話した。国家試験に出る出ないでなく、どうしてもこれだけは覚えていて欲しい所を強調した。
 ふと1時間近く話した後、学生の方を見てみると、数人がうつぶせになって寝ていた。黒板の方ばかりを見て書くことに一生懸命で、学生の方をしっかりと見ていなかったのだ。
 宮医大で(小児科の教授と一緒によく医学生の講義に行き、少し自分も話していたが)講義した時、後で医学生からドッと質問が来た。医学生の目付きが真剣そのものだった。看護学生、確かに、試験をしてもちゃんと理解していると思える学生もいるが、さっき強調して言ったのを出しているのに、全く出来てない学生もいる。
 何やかんや言っても、ほぼ皆卒業出来、看護師国家試験に例え落ちても、再チャレンジで殆ど合格して行く。
 自分の事を考えても、受け身でしか聞いてなかった講義内容、殆ど覚えたないなあ。やはり、本腰入れて、真剣になった時にやっと身に付いた感じがしているが・・・。
 講義料、100分で2000円もらっている。時間内なので、無料でもいいと思っているが。


以下は、かって国試前の3年生に渡したもの。

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2008.01.22 10:14 |  とりとめのない話  |  masa  | 推薦数 : 0

鈍感力って・・・

 渡辺惇一の話では、鈍感と鈍感力とは、全く違うとのこと。鈍感は、そのまま鈍感って感じで、鈍感な人とは、いろいろ言ってもピンと来ない人。鈍感力とは、こんな時代だと、最も必要とされるかも知れないが、例えば、昨日いやなことがあっても、翌日それを引きずることなく、元気で又働けること。
 ムゥー、言うは易し、しかし行うは難しとは、このことかな。ある外科医の先生の言だと、「いや、いやなこと沢山あるけど、それを引きずっていると、仕事が出来ませんから・・・」と言っていた。
 患者さんに今までのデータから、「このまましていれば、後数カ月しかもたないと思います。手術した場合、上手く行かない確率の方が高いが、上手く行けば、その後何年も生きられる可能性が高いですが、どうしますか?」と尋ねると、直ぐに返事が来ないことが多く(いろんな他の医療機関の意見なども聞いた後に)、次第に悪化して行った状態で、手術を頼まれるケースがある。しかし、前の確率よりも低い状態で手術することになり、やはり、結果は悲惨なことが多い。
 術後に亡くなると、大学だと剖検までお願いして、毎日何をしているのか分からない状態にまで外科医は落ち込む。
 そんな先生が現在開業して、元気に頑張っておられるのを年賀状で知って、嬉しくなった。
 鈍感力、確かに、必要だなあ。昔と比べると、私もこの鈍感力、少し付いたかなあ。しかし、上手く行った症例の方が圧倒的に多いのだけれども、何故か、上手く行かなかった症例、後遺症の残った症例の多くが、今も脳裏を駆けめぐっているなあ。


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2008.01.06 12:26 |  とりとめのない話  |  masa  | 推薦数 : 0

大統一理論

 自然界には、4種類の力があるとのこと。「重力」と「電磁気力」と「強い力」と「弱い力」の4つが。
 「電磁気力」と「弱い力」は、数千億度よりも高い温度では、同じものになってしまう。この2つの力を同じ力に扱うことが出来ると言う理論が、「電弱統一論」で、理論を導き出した2人の物理学者ワインバーグとサラム(2人は、1979年、これでノーベル物理学賞をもらっている)の名前を取って、ワイン・サラム理論とも言われる。
 更に高温では、この2つの力と強い力が同じ形で記述できると予測されている。この3つの力を統一的に表現するのが、「大統一理論」である。が、これは、研究途中のモノ。
 更に、重力までの全ての力を一つの理論で説明するのが、「超大統一理論」と言うのも提唱されてはいるが。
 一方、この考え方とは関係ない感じで、物質を作り上げている基本粒子が実は紐の振動であると言う考え方があり、これが、「超ひも理論」と言われ、以上の4つの力が統合されて理論付けられるかも知れない。
 まあ、私には、何のことだか、サッパリ分かりませんが。

 ところで、我々の住む銀河は、アンドロメダ大星雲といつかは合体する運命にあり、次第に近づいているとのことだが、その距離が初め90万光年と言われていたが、次第に長くなり、200万光年、210光年、230万光年、240光年となり、最近、293万光年と書かれたのまで見た。又、今は、アンドロメダ大星雲と言わずに、アンドロメダ座大銀河と言うべきとか。
*アンドロメダ座大銀河は、アンドロメダ座の主人公アンドロ姫(近くにあるカシオペア座のカシオペア王妃の娘)の膝のあたりにあり、くじらから襲われるのを勇敢なペルセウスが助ける感じでロマンチックに語られているが・・・。

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2007.12.31 18:20 |  とりとめのない話  |  masa  | 推薦数 : 0

今年も終わりですね。

 今日で、2007年は終わりだ。平成19年も終わりだ。来年から、2008年で、末広がりの8が付いているし、平成20年で、平成もやっと成人となる。
 昭和天皇が亡くなられた時、臼杵に家族旅行していた。テレビを付けると、崩御されていた。崩御という言葉も、この時、初めて知った。それから20年目と言うことになる。
 平成元年のその時には、既に、3人の子どもが生まれていた。家族5人でどこに行くのも大変で、子どもが早く大きくなってくれないかなあと思っていた。電車に乗っても、次女と長男が代わり交代にしばしばトイレに行って、家内が難儀していた。
 その3人目の一番下の息子も、既に22歳となり、それだけ自分が歳を取ってしまっている。
 来年の5月が59歳で、体力に不安を感じる歳にならざるを得なくなっている。もう、昔の様にがむしゃらに頑張れなくなっている。頑張れば、直ぐにダウンしてしまう体力になっている。
 それでも、まだ、年末・年始だけは、頑張ろうと思っている。
 1昨日は、小児科の患者さんが13名来た。昨日は、64名来たし、深夜に1歳の子がけいれん重積でICUに入院した。今日も、1歳の子どもが熱が下がらなくて(40度が5日目)、入院した。外来は、20名を越えた。1日、2日、3日は、どうかな?
 今年が昨年一昨年と違うところは、家内が病院の前のアパートに帰るといて、食事を作ってくれること。ウサギが昇天してくれたお陰で、いい思いをしているかな。


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