かって(小児救急と言う)仕事ばかりで、滅入っていた。幸いに、(突如、辞めることになり)踏ん切りが付いた感じで、それを機会に、55歳にして、独りで海外旅行をすることになった。
平成16年(2004年)の9月から、今の職場に就職する(翌年の8月)まで、タイ→ニュージーランド→韓国の釜山市→バングラデシュ→マレーシア→インドネシア→イタリア→カナダと一人旅した。
55歳で、ギリギリと思った。つまり、海外旅行の経験を出来るだけ早くしておくべきだったと思ったのだ。そうしないと、(お金をあまり掛けない感じの地味な個人での)海外旅行が出来ないと思ったからだ。
実際に行かないと分からない。経験しないと分からない。医療と同じだ。どんなにいいガイドブックを見ても、書き切れないし、大切な事を落としていることもあるし、それに、書いた人が偏見めいて書いていることもあるから。又、読む方の各人の受け止め方も違うだろうからして。
それまでは、忙しくて、ロングステイが、なかなか実行にうつせなかった。(それまでに、短い旅行は、シンガポール、韓国、オーストラリア、カナダ、韓国の浦項市、韓国の清州市、ハワイと、7回していたが)
仕事仕事、イライラ、トラブル、睡眠不足、仕事仕事、イライラ、トラブル、睡眠不足、高血圧、高脂血症、仕事仕事って感じで、永く年限が過ぎた・・・。
若い時に、もっと旅行すべきだった。それも、出来れば、東南アジア中心に、個人旅行を。安いゲストハウスめいた宿泊先の方が、得るものが多いし、面白い。そこにいる人との出会いで、得るものが多い。
若い時に、外から日本を眺めてみること、とても大切だと思います。言葉も、体当たりで覚えた方がいい。
20歳では、20歳の感性で楽しめる。40歳では、40歳の感性で楽しめる。60歳だと、もう、60歳の感性でしか楽しめない。基礎は、若い時に培っておくべき。
今年、(家内と一緒に)トルコ行きを決意した。5月に行くつもり。イスタンブールだけに15泊して、そこにいるトルコ人と話をしてみたい。
トルコ語の勉強(APUの学生で、クシャダス出身のトルコの女性から、教わった事あり)を、再び始めた。
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昨年末から上右2の刺歯(今まで、何度か抜けている)の所に、歯肉炎が出来て、歯科口腔外科で処方された抗生剤を服用して、経過をみていた。で、年明けの昨日(4日)受信した。段差があるので、そこに細菌が付きやすい感じになり、場合によっては、刺歯を抜いて、し直さないといけないかも知れないと言われた。(少し、落ち込む)
歯肉炎の原因も、歯に原因があるだけでなく、食事や運動や睡眠に問題があったり、体質的にそれになりやすい人、ストレスによる免疫力低下など、いろんな原因があるのではないだろうか。なってしまえば、それなりに治さないといけないが、その予防の具体的な対策となると、個人個人で違うだろうから、突き止めるのは難しいのではないだろうか。
多くの日本人が晩年、生活習慣病で悩んでいるが、それって、ドクターにしてみれば、しっかりとその人の生活を見てる訳ではないので、きめ細かい具体的なアドバイスとなると、難しいと思う。
虫歯にしても、よく磨いていないのに、殆ど虫歯のない子もいれば、1日三回食後に磨いてきているのに、虫歯がしっかりと出来ている子もいる。
昨日、血圧を測ったら、133/83だった。下がった理由として、一番は、体重を落としたことだと思う。それに、一応、退職したことなどで、ストレスが以前ほどなく、夜もよく眠れているから。
血圧が高い時、今のに○○○を追加したらなどと、いろんなアドバイスを受けていた。しかし、血圧の薬の副作用でも悩んできていたし、自分の場合は、精神的な要因が大きく、又、体重を落とせば、血圧が下がると信じてきていた。で、たまたまかも知れないが、やはり、それが当たりって感じになっているけど。
西洋医学の多くは、対症療法。やはり、元を治さないと根本からは、治らないと思う。原因がはっきりしない中でも、それなりに原因療法で治そうと努力するべきなのだ。
癌の切除をしても、再発することが多いみたいだ。その原因として、それまでの生活を謙虚に振り返って、改善するべき所は、しっかりと改善して行くべきなのだ。
自分の体は、自分で責任を持って守る姿勢が一番大切だと思うけど。
*もう、他界されてしまったが(女性)、生命保険の仕事をされていたが、思った様に保険が取れないと、血圧が上がって頭をよく痛がっていた。大きい保険が取れると、嘘の様に、症状が取れていたなあ。
*ある政治家、賄賂が暴露されて牢獄に入ると、血液検査が正常になり、出ると、又悪くなっていたとのこと。再び入ると、改善する。出ると、周りからの接待などで、食事のコントロールが上手に出来ないのが原因とのことだったらしいけど。
*高戸神社から病院を撮っている。
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(第98回)看護師国家試験発表があって、病院の斜め前にある「上天草市立上天草看護専門学校」の合格者は、39名受験して38名合格となっていた。合格率が、全国平均90%ちょっと切っている。昨年は、90%ちょっとで、今年は、問題も難しかった感じだ。昨年は、2名が不合格(一昨年は、現役が全員合格)が、今年は、現役が1名不合格。 (上)天草市にあって、人口わずか5000人しかいない所の(龍ヶ岳)町にある看護専門学校が、全国相手にいい成績を上げているなんて、ホント、嬉しい。 今年は、昨年と違って、基礎的な問題が結構あったかな。講義で、発生学・生化学・免疫学をそれなりに教えていたことが少しは役になったかな(国家試験前に、その為の特訓講義をしたが)。 卒業して国家試験に合格した看護師さんの就職率は、100%だ。この不景気の時代に、今まで頑張ってきた甲斐があったって感じだ。 成績悪かった子も、最後に合格すれば、帳消しかな。イチローも、最後に最後に一番肝心な時にヒットになって、完全に帳消しになったなあ。 入試なんて、最後に帳尻が合えばいい訳で、それで多くのことを犠牲にする必要はない。 私が今年受験した看護学生に試験前に言ったこと、「もう、諦めなさい。もう間に合わない。ただ、体のコンディションを整えて、出来る問題を落とさない様にすること。後は、祈るしかない。落ちても、それで人間性が否定される訳ではない。ただ、国試の勉強が足りなかっただけと思うべき。永い人生、落ちても、そんなことたいしたことないから・・・」と。 この助言、効いたかなあ・・・?!
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佐伯での姪の結婚式(15日)で4泊してきた。帰る時、勘違いで、バスに乗り遅れて、昨日(16日)20:05の熊本バスセンター発の最終便で帰った。松島からはクシーに乗り、22時をとっくに過ぎて、アパートに着いた。
乗り降りの時間を短縮する為に、最初と最後をタクシーで利用しても、6時間半以下に出来ない。以前いた大川も、西鉄大牟田線やJRが直接利用できなくて不便だったが、自分の住んでいるこの龍ヶ岳町も、天草では一番道路事情が良くない様だ。
私が来た時から、アパートの前の道路の工事が途中で中止になっていて(見通しがよくないので、時に交通事故があったりして)、それが、3年7カ月後の今になって、何か一生懸命に工事を再開して、その続きをしている感じだ。途中で工事を中止した場合、それに携わる土木関係の人は、この不景気で仕事のない時に仕事があって潤うかも知れないが、それを直接利用する周りの住民にとっては、利用できるまでになっていないと、工事する意味が何もないのだ。
ある代議士が、「新しい土木工事があることで、日本がやっと立ち直れる。他に手段がありますか?」何てテレビで大見栄を切った感じで言っていたけど、何か、おかしいんじゃないのかなあ?病院存続がそんな感じで言われるのなら理解できるけどなあ・・・?!
*写真は、次女のバイオリンケースと、竹田の交番と、披露宴での初めの新郎新婦の入場式の時に、「越天楽(えてんらく)」を演奏している私。
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大浦天主堂の前で、家内の写真を撮り、ホテルに行ってチェックインし、電車で、湊公演会場まで行った。電車の中も、スゴイ人人人だったが、降りてからも大変だった。前に進めない。
家内とはぐれそうになって、手を取って先に進んだ。見ると、そんな感じの人が沢山いた。で、お腹が空いていることに気が付いた。ところが、通りの両脇の店、どこも一杯で、並んでいる。が、不思議に空いた店があったので、そこに入った。不思議に、こんな時に空いている店だと、美味しくないのかとつい思ってしまう。本場のチャンポンを食べようと張り切っていたが、座って待っている人が、まだ、全く食事を摂っていない。どうも、30分ぐらい待っても食事にありつけそうにない。仕方なく、時間がないのでと店の人に断ってそこを出て、立って食べることにした。見ると、歩きながら食べている人が、少なくとも、5人に1人はいたかな。新中華街での名物のモノを食べたが、とてもとても美味しかった。
で、人人人の間をやっと進んで、湊会場まで行った(会場が他にも数カ所あり、胡弓の演奏など、同時進行でいろんな出し物が披露されている)。ステージでのそれを見ることなく、時間が遅いこともあり、やむな帰る事にした。肝心のパレード、見たかったが。又、いつか来たらいいかな。
毎年、どんどん、こんな感じでふくれ上がっているのだなあ。スゴイなあ。
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○○先生が志を高く持って仕事をされていること、素晴らしいと思います。やはり、人間、モチベーションが高くないと立派な仕事は出来ないですね。
先生が、周りに日本語をそれなりに教えていること、そこまでは自分は出来ませんでしたが。先生は、空手黒帯(しかも2段)ですので、是非、それを披露すると絶対に受けると思いますが。
クルド語の数の数え方、アラビア語でなくベンガル語やヒンディー語に似ていますね。
言語の習得も、その場で実践するのが一番能率的ですね。イラク弁で、「どこ?」を「ウェーン?」、英語の「good」を「ゼーン」、「これは何?」を「エーシ ハーダ?」、「お元気ですか?」を「シュローナク?」と本には書かれていますが、実際はどうですか?
「タマーム(フスハー)」(バッチリ)ですか?
(アラブ政界共通の慣用句)アッラーイサッリマック(女性には、アッラーイサッリミック)(英語の、May God bless you!の意味かな?!)!
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トルコは、イスラムの国だが、政教分離を憲法で規定していて、イスラムの他の国とは違った感じになっている。最近イスラム色が強い政権に変わって、EU加盟が危ぶまれている。しかし、その繁栄振りは、ダッカと同じ様に、注目されている。
現在、日本の大成建設がアジアとヨーロッパを分けるイスタンブールのボスポラス海峡に、海底トンネルを掘っている。で、来年には、完成。で、その方法が何と、「沈埋(ちんまい)トンネル」という工法。簡単に言えば、トンネルが入った鉄の大きな箱を、そのまま海底に沈め、その箱をたくさん海底に這わせていくだけ。これだと、短期間に低コストで出来そうだなあ。
今まで、海底トンネルとのイメージでは、日本の青函トンネルのように、海底のさらに下の岩盤を掘っていくものばかりと思っていたが。
過去をさかのぼることの1890年、トルコ船エルトグルル号が和歌山県大島沖で沈没し、その時に付近の住民が救い手厚く介護をした。これ以後、日本人はトルコ人の恩人として、ずっと全土で語り継がれているとか。日露戦争で、トルコを占領していたロシアに勝ったことより、更に評価が上がった。トルコでは、日本人を友達になることがステイタスにつながるとか。
トルコ人から見た日本人のイメージは、「勤勉」「礼儀正しい」「時間に正確」「だましやすい」「頭がいい」「真面目」「伝統を持っている」「商売が上手い」などとのこと。トルコでは、他の外国人よりも5倍以上で買わされていることもあるとか。
このボスポラス海峡トンネル完成の暁には、更に日本人のイメージがアップするに違いない。
近い将来、イスタンブールを中心にトルコ旅行をする予定にしているのだが。
*トルコ語を、トルコ人(APU:アジア太平洋大学)から教わっていた。その学生さんの都合で、たまたまトルコに行かないことになってしまった。それも、直前に。で、トルコ行きがタイ行き(1カ月半余)になり、チェンマイに行った。チェンマイも、いい所だった。あの時、トルコにしばらく滞在していれば、いい経験が出来たのではと今でも思っている。トルコ語は、正に、東西の言語の中間(トルコ語で、いいは、イイ、超いいは、チョック・イイと言い、種はタネと言う)。日本語と同じ様に、テニオハがあるし、日本人にとっては、語順も日本語と同じなので、とても覚え易い(トルコの人は、トルコ語が世界で一番難しい言語と思っている。ホラを吹く感じの人が多いので、自分も受けるかなと思っていたのだが・・・?!)。
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大分県庁のホームページで、大分県の外国人留学生在籍状況を調べてみた。
立命館アジア太平洋大学、別府大学、大分大学、日本文理大学の順に多くなっている。
国別では(50人以上)、中国1.290、韓国912、タイ240、ベトナム211、台湾176、インドネシア158、モンゴル146、バングラデシュ60、スリランカ57、ミャンマー55となっている。
大分県全体では、全ての外国人留学生、3.758名(内、APU:アジア太平洋大学が2.453名)となっている。
全国にも珍しい県となっている。まず、言葉ありきで、国際化の時代、せっかくの人材を大分県はもっと有効に使うべきかと思う。
来年から、時々、小学校や中学校や高校に行って、総合学習や英語の時間に、「日本語をよく理解する為(多言語)」と題して、ボランティアで、講義が出来ればいいなあと思う。佐伯と大分は、6月28日の高速道路開通で、30分程で行ける距離になっているし。
大人の場合、既に、外国語アレルギーになってしまっている人が多く、重症で治療が出来ない状態だ。その点、好奇心の旺盛な子ども達は、どの国でも目を輝かしてよく聴いてくれる。韓国の清州市やダッカ市の学校に行った時に、多言語で書いたら、目を丸くしていたかな。日本の子ども達も、同じだと思う。少し期待しているのだが。
何か、今からの老後の生き甲斐を自分なりにやっと見付けた様な気がする。
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北里柴三郎は、コッホの元で破傷風の抗毒素を発見したことで超有名な人。血清療法を記した論文が、コッホの元で研究していたベーリングと北里の名前で提出された。北里は、破傷風の血清療法を中心に、ベーリングは、ジフテリアの血清療法を中心に研究していた。で、不思議なことに、1.901年から始まった(第1回目の)ノーベル医学生理学医賞には、ベーリングだけがもらって、北里はもらえなかった。同時にもらってしかるべきと思われたのだが(なしか?!)
抗毒素は、毒素に対しての抗体で、正に、免疫学の具体的な走り。それまでの免疫学で偉業を為してきた人が、ジェンナー(種痘の発見者)→コッホ(結核菌、コレラ菌を発見)・パスツール(ワクチンの名前を提唱)・メチニコフ(マクロファージの名前を提唱)→北里・ベーリングと連なる感じであったのだが。
ところで、北里は、熊本県阿蘇郡大字小国(おぐに)町北里出身で、Kitazatoと書くべき所を、ドイツ語読みで、北里と呼んでもらう為に、Kitazatoでなく、Kitasatoとしたとのこと。知らない日本人は、何故、Kitazatoとしないのかと不思議に思うだろう。濁らない場合は、Kitassatoと書くだろう(フランス語だと、キタザトをKitasatauと書くのかな?)。
ノーベル賞をもらった利根川進氏、彼は、元々は免疫学をしていた訳でなく、カリフォルニアでウイルス学をしていた。その後、スイスのバーゼルにあるバーゼル免疫学研究所で「遺伝子の再構成によって抗体の耐用性が生まれる」ことを証明した。この時の所長が、ネットワーク説でノーベル賞を取ったヤーネであった。
利根川氏が赴任した直後に、「北里を知っているか?」とヤーネ氏は尋ねた。利根川氏は、「名前は知っているが、何をした人かは知らない」と応えた。利根川氏がノーベル賞を取った時に、ヤーネ氏は、祝電を打った。それには、「You accomplished what Kitasato started.」とあった。北里が発見した抗体の秘密を利根川が解いたと言う意味と、北里が受賞できなかったノーベル賞を受賞したと言う2つの意味を込めて。
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外来の救急に関わる病院の看護師とドクターと、いつも救急車での搬送や、救急の講習会でお世話になっている消防署の人との懇親会が、平成20年4月14日(月)の19:00からあった。病院のドクターは、殆どが出席し、消防署の方も、担当の半分近くが参加していた。
小児の救急での搬送がとても困っていたそうで、2時間近く掛けて送らないといけなかったのが、近くの病院に小児科医がいることで、とても良くなったと言われた。救急隊の人達は、総務省(昔の自治省)に所属し、定年は60歳で、その後の5年間の心配もそれなりにしないといけないと言われていた。
和太鼓とハーモニカを老人施設で時々演奏していると言ったら、ある人が、「和太鼓とハーモニカが好きな人は、ホントに音楽の分かる人だ」と言った(ホントかな、しかし、嬉しかった)。で、私も負けずに、「アメリカでは、救急救命士は、子どもの最も憧れる職業ですよ。医者じゃないです。9・11で亡くなられた救急救命士、正に、アメリカでは、ヒーローになっていますヨ・・・」と言い返したが。
懇親会は、病院側の圧倒的パワーって感じで、私の篠笛から始まり、整形外科の先生の体をはっての?(今回初公開の)演技「与作」や、院長の女装をしての唄、終わりは、私の3本締めで終わった。年に2回したいですねとの消防隊の感想であった。
時間の使い方は、3つある。その内の、「仕事の時間」と「遊びの時間」の使い方は、イスラムの世界では、生きる上では、大したことない。最後の3つ目が極めて大切で、この様な人と人との親睦で時間を使うこと、これが一番価値があるのだ。
それにしても、日本の場合、アルコミニケーション、独特のストレス解消の仕方だと思う。これ、日本の誇れる文化かな。
http://blog.m3.com/syumi-syounikai/20080410/1
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