主の法則は完全であるから、
各人が種まきするものを、
自分自身で刈りとるのである
エドガ-・ケ-シ-のリ-ディングより)
「人生は、目的に満ちた経験である」
(エドガ-・ケ-シ)
健康は、我々を、我々の外の事物に連れて行き、病気は、我々を、我々の内に連れ戻す。
(フランス人哲学者 メ-ンドビラン)
「目が見えなくなって不自由でお困りでしょう」と言うと、
「目が見えていた時に、見えなかったものが、
見えなくなって、見えるようになった」と、答えられた。
(盲目になった陶芸家)
知的な才能は、生まれつきと、その教育によって、決まるが、
人物としての徳は、習慣から生まれる。
即ち、ア-トの如く、
それは、繰り返される行動によって、
獲得されるものである。
(アリストテレス)
追加:習慣は性格を創り、性格は、人生を決める(masa)
「日本の人たちは、何不自由なく生きているように思えるけれど、とてもひどい飢えがあるかもしれません。誰からも必要とされていないという恐れ、誰からも愛されていないというひどい貧しさ」
(マザ-・テレサ)
「財産は、頭と心だ」
生きる上で、三つの「ゆ」が大切。
それは、「夢」・「友人」・「勇気」
(ピ-タ-・フランクル)
少しだけの
お金と勇気と涙があれば、
私は十分です。
(チャップリン)
子ども達に、
「生きている」と言うことの
「奇跡」を伝えることが出来るならば、
殆どの問題は、解決に進むでしょう。
(ロバ-ト・ミュラ-博士)
幸福になる為の秘訣は、
好きなことをすることではない。
するべきことを好きになることだ。
(シュリ・サッチャ・サイババ)
われらの大いなる仕事は、
遠方にかすかに存在するものを見るのではなく、
目の前に明瞭にあることを行なうことである。
(カ-ライル 1795~1881)
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十分な文明を持った国(日本)が、
殆ど海外については無知で、
そして、
ある種の感情を伴わなければ、
いまだに海外を見ることが出来ない。
つまり、
憎悪か過度の尊敬か。
(司馬遼太郎)
易しい。
難しい。
どっちも本当だ。
しかし、
難しい道を、踏んで、踏み越えて、真に、難しさを、苦悩した上で、
初めて優しさを知った人でなければ、
本物ではない。
(吉川英治)
胃ガンの手術をして、退院した翌日に、
中村清監督が、練習に現れたんです。
厳しさを身を持って示す。
これが、指導者の原点なんだと、
肝に銘じています。
(瀬古利彦)
感動の体験こそが、
創造性を育て、
人間の心を豊かにする。
(日本文理大附属高校・元校長、堀淳郎)
形にこだわり、
世間のものさしで
ものを見ている限り
人は、自由になれない。
(一休)
生きる上で一番大切なこと
それは、
「思いやり」と「実践」
(ある僧侶)
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5月になった
太陽が明るい。
芝生の緑が鮮やかだ。
あの芝生の上に寝ころんでみたい。
裸でゴロゴロころんだら、
芝生ってどんなに感じるものだろうか?
お母さんは、「お前の肌は、赤ちゃんみたいに柔らかくて、
けがするから無理よ」と言う。
でも、やっぱり、寝ころんでみたい。
それから、一度でいいから、走ってみたい。
走るとは、どんなことだろう。
足の裏が、どんなに感じるんだろう?
腕を振るとは、どうすることだ?
走る時、顔にあたる風と、風が吹いてくる時の風と、
どう違うの?
ああ、走ってみたいなあ-。
いや、走るのは辛抱しよう。
でも、自分の足で、歩いてみたい。
歩くと、どんなことなのか、僕には、わからない。
どんなに頑張ったって、僕の足は、動かない。
だけど、動かなくても、大事な大事な僕の足だ。
戦争で両足を膝から下をなくしたおじさんが、リハビリの病院におった。
かわいそうで、なけそうになって困った。
神様、ありがとうございます。
あんまり動かんけど
僕の手が、僕の足が、ちゃんとあるんですから。
(進行性筋ジストロフィ-症の20歳の人の作文)
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人生は、歳をとっても、カキクコケでありたい
「カ」は、感動
「キ」は、緊張
「ク」は、くつろぎ
「ケ」は、継続
「コ」は、好奇心
子どもで一番大切なのは、好奇心
私の理想とする社会人は、
「カ」は、感謝の気持ちを常に持っている
「キ」は、気配りの精神を持っている
「ク」は、苦しいことから直ぐに逃げない
「ケ」は、謙虚である(自分に厳しく、他人に寛容)
「コ」は、個性的な生き方をしている
ある僧侶が言っていました、
生きる上で一番大切なことは、
「思いやり」と「実践」だと。
勉強の仕方は、
「カ」は、家庭学習(予習を含む)
「キ」は、教室(教科書も大切)(授業中、集中して聴く)
「ク」は、工夫(自分なりに、いろいろと工夫して楽しむ)
「ケ」は、継続(強い気を持ち続けることも大切)
「コ」は、志を立てる(崇高な目的を持つべし)
世の中に出れば、自分で問題を作って解くしかない。
自分にいい問題を作る練習を小さい時からしておくべし。
小児の救急医療では、
「カ」は、仮死
「キ」は、気管支喘息
「ク」は、クループ
「ケ」は、けいれん
「コ」は、呼吸窮迫症候群
それに、熱があれば、髄膜炎、不機嫌であれば、腸重積症
いい病院とは、
「カ」は、金儲け手技でない
「キ」は、気配りがうかがえる
「ク」は、車を置く所が充分にある
「ケ」は、検査が、必要以上に多くない
「コ」は、混まない(待ち時間が少ない)
患者さんから見て、いい医師とは、
「カ」は、看護師さんに、人気がある
「キ」は、気さくである
「ク」は、苦しみをよく理解してくれる
「ケ」は、謙虚である
「コ」は、個人個人を一人一人大切にしてもらえる
(話をよく聴いてくれる)
いい病院食とは、
「カ」は、その人に応じて、カロリーがきめ細かくされている
「キ」は、(見た目が)きれい
「ク」は、口に合う(おいしい)
「ケ」は、計画的(ワンパターンでない)
「コ」は、心遣いが感じられる
(食事が選らべたり、時々、メッセージあり)
いいスナックとは、
「カ」は、金をぼらない
「キ」は、客筋がいい
「ク」は、口が堅い
「ケ」は、謙虚(客の話をよく聞いてくれる)
「コ」は、恋人がいないらしい(後ろに男がいると、客は逃げます)
精神科医(心療内科医)の最大のライバルは、
飲み屋(居酒屋)のおばちゃん(熟女)とか?!
私の考えるいい妻とは、
「カ」は、金遣いが荒くなくて
「キ」は、近所付き合いが上手で
「ク」は、苦労を喜んで共にしてくれて
「ケ」は、健康で
「コ」は、子育てが上手
私にとっては、こんな部下(女性)がいいけど、
「カ」は、かれんで
「キ」は、気が利いて
「ク」は、口数が少なくて
「ケ」は、謙虚で
「コ」は、それでいて個性的
仕事の出来る人は、気が強い人が多いですネ・・・?!
地域を活性化するには、
「カ」は、観光に力を入れる
「キ」は、企業を誘致する
「ク」は、組合と理解し合う
「ケ」は、(皆が)結束し、計画的に
「コ」は、交通の便を整える(子育てが上手く出来る様に)
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黒 柳 徹 子(昭和62年4月5日の毎日新聞掲載の彼女のエッセイより、この原稿を今も大切に保存しています)
もう30年近く(正確には、半世紀近くとなるが)、私は病気をしていない。
特にこの12年間は、「徹子の部屋」という毎日のテレビ番組を持っていて、更にその前に、3年間の、これも毎日のナマ放送の司会をしていたから、合計で15年間、毎日テレビに出ていることになる。
その間、だたの一日も病気で休んだことがないというのは、自分でも(他に、自慢出来ることなどないけれど、なかなかのものだ!)と思ったりしている。
私は、30年前の「あの日」から病気をしなくなった。
私は、NHKで、テレビの為の養成を受け、NHKの専属のテレビ女優として、この世界に入った。初めの頃は、「お前の個性は邪魔だ!」と言われて、ずいぶん悩んだ時期があった。
個性が邪魔と言われても、若い私には、自分の個性がどういうものなのかもわからず、ただオロオロとスタジオの隅で過ごした。
「もう、帰ってもいいです!」と降ろされて、一人だけ、スタジオの外の廊下で、同級生の俳優たちの終わるのを、本を読みながら、待っていたことも、しょっちゅうだった。
その内、世の中が、突然、「個性の時代!」に入った。とたんに、みんな、「さあ、貴女の個性を出して下さい!」と言い、仕事は次から次と押し寄せた。
私は、途方に暮れた(出しなさい、って言われてるものが何なのか、わからない!)。それでも、私は、皆の言う通りに、一生懸命にやった。
寝る時間は、殆どなくなった。
ある日、私は、「過労」と診断され、その日の内に入院ということになった。
どの番組のディレクタ-も、「自分のだけは、休まないで」と言った。でも、お医者様は、「死ぬよ」と言った。
私は、仕方なく、全部のテレビとラジオのレギュラ-番組を休んで入院した。先生が、テレビを部屋に入れて下さった。
当時は、全ての番組がナマ放送だったから、私は、私がいないとどんなことになるかしら、と心配しながら自分の番組を見た。
私が司会をしていた番組に、私の知らない女の人が出て来て言った。 「さあ、今日から、当分、黒柳さんの代わりに私がやります。さあ、始めましょう!」。それだけだった。
私が、渥美清さんと夫婦をしているドラマでは、隣の奥さんの役の人が、渥美さんに聞いた。
「奥さん、どうしました?」。渥美さんが、答える。「実家に行っています!」。そして、ドラマは、私なしに、どんどん進んで行った。
他のものも、似たりよったりだった。
私は、ブラウン管を見つめながら、考えた。 「・・・実家に行ってます」---この言葉が、耳から離れなかった。
1カ月後に、病院を出る時、私は、はっきりとした考えを持っていた。
一つは、もう、絶対に病気をしないこと!。
もう一つは、自分しかやれない仕事をなんとか見つけよう!。
私は、先生に聞いた。
「死ぬまで、病気をしないのは、どうやるんですか?」
先生は、笑って、「生まれて、初めての質問だな」と言ってから、こう言った。
「一つしかない。自分の好きなことだけ、やるんだな。自分が進んでやろうとする時には、どんなに疲れていても、寝れば、治る。いやだいやだと思いながらやっていると、疲れは寝ても取れない。やれるかい?」
名医と言われる先生のお言葉だった。
私は、そうしようと、心に決めた。
あの1カ月は、私に、人と自分を比べることの愚かしさ、命の大切さ、いつも自分らしくあること、なども、しっかりと教えてくれた。
人生の入り口にボンヤリ立っていた若い私には、こんな当たり前のことでも、早く教わったのは、有り難かった。
あの退院の日に、私は、少し、大人になった。
*ある人の話では、黒柳徹子さん、玄関に入ってから、応接室で話をして、その用事が終わって、玄関のドアを閉めるその直前まで、ズ-ッと、途絶えることなく、話をされるとのことです。
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