日曜に入院した子が、2泊3日で昨日退院した。来院時、白血球が3万近くあった。血沈も、来た時は、正常だったのに、帰る時には、1時間が45にもなっていた。しかし、(葛根湯+黄連解毒湯の注腸が効いたのか)白血球数も正常化し、CRPも2で、元気良くなったので、抗生物質を処方して帰した。来院した時、ピリピリっとする動作があると言うことで、熱性痙攣の疑いで入院したのだが、皮膚の色が良くなく、元気なかったのに、咳はその割には少なく、肺の聴診所見も大したことはなく、どうしてかなあと思っていた。
母親が、生まれたばかりの乳児を抱えていて来れなく、連れて来た人が祖母だった。で、入院後にしばらくして言われた。母親がフィリピン人ですと。それで、顔色が黒ずんで見えたのだ。なるほどと思った(子どもさん、右下腹部に、フィリピンにいた時に腸重積で診断が遅れた為に、回復手術をして、その跡があったが)。
かってある大学病院で、救急で帝王切開した子がチアノーゼがあると言うことで、大騒ぎになった。しかし、その割には、元気がいい。何がおかしいのかと、多くの医者が動員されて考えている時、妊婦に付いてきた母親が、何か言いたそうな顔をしていた。
蘇生が何だかんだと騒いでいる時、その祖母が分娩室の入り口に来て、「あのー、子どもの色のことで悩んでいるのでは?早く言うべきだったのですが、実は、父親が黒人ですので・・・」と。その後、慌てていた多くの医師が急に姿を消してしまったのは、言うまでもない。
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平成19年○月○日、8歳の女児が嘔吐で午前中に来院、39度以上の熱あり、頭痛あり(下痢と腹痛なし)、お腹も凹で、心音や股動脈音が異常に高く、無欲状顔貌で元気ない。今流行の(ノロウイルスによる)急性胃腸炎かと思い、点滴施行。尿アセトン強陽性で、CRPの増加はなく、白血球数やや減少(ウイルス感染所見)。
点滴しても、なかなか一般状態が収まらない。髄膜刺激症状(頭を前に曲げると痛がる)も、疑わしい(ウイルス性髄膜炎の場合は、細菌性髄膜炎ほど、典型的に髄膜刺激症状が出にくい)。しかし、(髄膜炎の時によく経験するが)点滴して頭痛が強くなった感じだ。今までにアセトン血症嘔吐症の既往はない。
で、一応、外来と入院で、それぞれ1回、漢方薬(葛根湯+五苓散)の注腸をする。少し改善するも、きつそうにしているし、熱も下がらない。明日、状況が改善していなければ、CT検査して髄液検査もしますと説明する。
21:00に、様子を見に行き、髄膜炎の可能性大だと説明した。手足の先が熱く、眼球充血して顔面紅潮し、脈は洪脈で、熱証の典型的な状態。で、21:15に、葛根湯+黄連解毒湯を注腸する。
翌日の3:00にも、同じ注腸予定が、37度以下になった為に、注腸中止とし、朝から内服の錠剤に変更する。昼食もよく摂り、嘘の様に軽快している。で、めでたく、全く頭痛なく食事も摂れるので、2泊3日で退院となった。
兄(当時7歳)が同じ様に、昨年の9月に、高熱と嘔吐と頭痛があり、髄膜刺激症状がある為に、(ウイルス性)髄膜炎を疑われ(この時にも、下痢と腹痛なし)、髄膜炎で入院して、私は同じ様に漢方薬で注腸して、2泊3日で退院させている。
どうしてこんなに漢方薬が効くのだろうか。
黄連解毒湯の注腸を、アデノウイルス感染症や熱が高くて興奮気味な子どもによく使用して、多くの例で著効している(2年前に、川崎病にも、使用して著効した)が、インフルエンザ脳症にも、恐らく効果があると私自身は、思っている。
西洋医学では、熱冷ましの薬として、アセトアミノフェンしか日本では使われていない。理論的には、38.5度以上なると、ウイルスも次第に増殖が抑えられてくるのだが。又、アセトアミノフェンは、痛み止めとしても小児では頻用されている。原則5日間、座薬は1日1回、内服は1日2回と書かれている。小児に対する安全性は確立していないとまで添付文書に書かれている。
漢方薬には、熱冷ましとして10種類以上もある。熱冷ましとして保険が効くエキス剤以外にも、ギンキョウサンやソウギクインや安宮牛黄丸など、保険が効かないが、中国では頻用されているものもある(中医学では、清熱剤の代表的なものに、白虎湯や黄連解毒湯があり、突発性発疹症では、しばしば白虎加人参湯を与えて、3日間の熱の期間が短縮できているが)。 実の証の人の熱には、強い熱冷ましでも対照療法的に対処できるが、虚の証の人が微熱でも熱く感じる場合には、西洋医学では、適切な薬はないと思われる。
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勤務医にとっては暗い感じになっているが、私にとっては、さほどそんな風には感じていない。田舎の病院なので、単身生活はそれなりに大変だが(毎朝朝食を作り、洗濯もそれなりにしているが)、次第に慣れてきて、それなりに楽しんでいる。
慣れたいいスタッフに囲まれて仕事がし易いし、それに、沢山の給料をもらって気の毒に思っている。
確かに、拘束時間は長いが、しかし、田舎なので、患者数は多くない。それでも、昨日の土曜は、20人近く来たし、今日も、少なくとも10人は来そうだ(既に、3人点滴をしたが)。
昼から帝王切開が急に入って、手術となった。無事に15時過ぎに女の子が生まれた。2700gちょっとで小さかったが、とても元気。手足が少し白っぽくなっており、胎盤が石灰化していて、胎盤機能症候群って感じである(母親39歳で、前回は、他病院で帝王切開)。
手術場でのスタッフは、団塊の世代の産婦人科の医師1人以外に、手洗いをした看護師3人、手洗いをしない外周りの看護師3人(その内の主任が、ピッタリと患者さんに傍に付いており、も1人は記録記載係、も一人はアチコチ走り回っている)、そして、助産師と私の9人。
バックグランド曲として、12月5日の帝切の時は、小椋桂の曲が流れていたが、今日は、フルートとハープで、滝廉太郎の荒城の月などが流れている。
現在、産科医と小児科医が少なく、特に、田舎の病院は全国の多くの箇所で問題になっているが、今の所、私の病院はそれなりに安泰。しかし、団塊の世代の医者がいなくなると、どうなるのか心配・・・。
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平成○○年9月9日の救急の日、○歳の男の子が後頭部打撲でその部位が膨隆し、早朝来院した。顔面蒼白、打撲直後には足がふらついていたとのこと。CT、頭部レントゲンにて正常で、ホットしたのもつかの間、嘔吐多量にあり、頭痛も激しい、直ぐに当院のICUに収容。SpO2が90以下まで下がる。酸素を与え、ステロイド剤のデカドロンを入れて、脳浮腫軽減をする。しばらくすると、眠った状態になる。徐脈なく、心音強くないことより、経過良好と判断する。昼過ぎにパッチリと目が覚める。膨隆部位のみ痛いと言う。夕食も半分摂る。翌日の早朝、著変ないので退院とした。
同じ救急の日、16:00過ぎに○歳の女の子が喘息で来院、1時間近く掛けて山を越えて来ている。吸入し、200ml点滴し、少し改善した所で一抹の不安を抱きながらも(入院の用意をしてないこともあり、深夜ひどくなれば入院の用意をと言って)帰す。心配が適中し、翌朝1:30分に来院、急いで自家用車でゆられながら山を越えた来たせいもあるのか、嘔吐して顔面蒼白(ネオフィリンは投与していない)。SpO2も90を切っている。呼吸音小さい。大発作と判断して、直ぐにICUに入院。アスプ一ルの持続吸入、酸素、ステロイド剤など使用、一応落ち着いて私が病院を出たのはちょうどその1時間余後。
大都会でなくても、子どものいる所、数は少ないが、やはり本当の小児の救急はある。直ぐに1日だけでも入院させて様子を見ることの意味、とても大きいと思われる。
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○月24日(金)、19時過ぎから、山道を救急車に乗って、40分間余掛けて、11カ月の頭蓋内出血の子の搬送した。CTにて、出血の所見があり、一般状態も良くなかったので、途中でけいれんでも起きたらいけないと思い、自分が付いていった。
嘔気がしてきつかったが、何とか。又、帰ってからも、気分がしばらく良くなかった。「救急車で40分以上とばして行くのって、この歳(58)になると、もうきついよ」とスタッフに言うと、「若い人でも、あの山、きついですよ」と返事が返ってきた。
その年齢年齢で出来ることがあると思う。歳を取れば、それなりに適した仕事があるはずだが、田舎にくれば何から何までしないといけない状況になっている。
田舎に医者が来ないと言うが、政府は、今までなかなか医師を増やそうとしなかった。来年から、年間最大245人医学部入学者を増やすとのことだが、その人達が稼働し出すまでに今から10年掛かる訳で、又、それだけの数で足りるとはとうてい思えない。多くの人の非難をよそに、医療費を抑え込み、入院ベッドを抑え込み、悪名高きス一パ一ロ一テ一トを維持しようとしている。医師の数が年間8000人増えても、医師が年間4000人亡くなっており、新しく医師になる人の3000人は、女性で、その女性がまともに家庭に入っていけば(医療をしなくて研究をする人も少なからずいる訳で)、この高度医療でどんどん割合的に必要とされるドクタ一が増えるべきことを考えると、むしろ、医師の数は殆ど増えてないになるどころか、減少傾向にあるかも知れない。現実に、アチコチの医者不足が益々多くなっているではないか。
大学での外科系の入局者は、極端に少なくなっていて、訴訟も多くなり、場合によっては刑事事件にまでなるケ一スもあり、勤務医でうつ状態になっているケ一スも増加しているとのこと。
この先の医療事情、暗いなあ。
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22時ちょっと前から搬入して腰椎麻酔、22時30分から執刀、搬入直前まで、産科の先生は家族に、どうして帝王切開(帝切:カイザ一)をしないといけないかを延々と説明していた。
22時過ぎているというのに、こんな田舎の病院で、産科のドクタ一(団塊の世代)と(手洗いをして)手術の介助をするナ一ス3人と外周りの3人、つまり、手術場の師長と主任(この病院では、外来も兼ねている)と記録をするナ一ス、それに、助産師と学生二人と小児科医の私、総計11人。
執刀前に産科医に「CPD(児頭骨盤不適合ですか」と尋ねると、「正確には、この写真の様に狭骨盤ではないんだが、誘導してもどうしても下がってこないんですよ。portioが硬いんですよ、で、こんな場合は、広義ではやはりCPDと言うんですが」と私に説明してくれた。一人でこの病院で15年間も頑張ってきている先生の一言一言は、沢山の経験に裏付けされた最適な判断と思われる。
何かないなあと思っていたら、いつものバックグランドミュ一ジックが流れていない。「先生、音楽はないんですか?」と尋ねると、「ああ、忘れとった」と言う(急に手術になった為か)。CDを取りに行かせて、持って来させて直ぐに落ちつくいつもの音楽が掛かる。手術中も、常に母親に安心する言葉を投げかけている、「小児科の先生も来ているし、赤ちゃんも、元気にしている、もうすぐ可愛い赤ちゃんが生まれるよ、どっちかな、楽しみだね(この先生の主義で、ここでは教えない)」などといつもの口調。
子宮にメスが入る前に、その合図があった。皆、緊張している。23時ちょっと前に出て来た。元気にないてる。ホッとする。「男の子だよ、おめでとう」とドクタ一が言う。お母さん涙を流している。直ぐに私の方に助産師さんが連れて来て、鼻から吸引、少し色が悪いので、酸素投与、聴診すると、少しrhonchiが聴かれる。頭がエア一ズロックみたいにド一ム状に尖って硬く形が付いている。赤ちゃんもお腹の中でかなり頑張っていた証拠だ。カイザ一して正に正解であった。その後、いつもの様に母親の乳首を吸わせる(ベビ一の皮膚の色がやや蒼白になってきたので、早くクベ一スにと私自身は少し焦っていたが)。 そして、手術室で温めて待機していたクベ一スに収容して、急いで2階から4階の新生児室に。
新生児室に移動すると、家族関係者が3人待っていた。「帝王切開ですと、どうしても空気の通り道に入っている肺液が下から出るのと違って出ていないので、少し呼吸数が多くなったりします。それを新生児一過性多呼吸と言うのですが、心配ないことが大部分です。それと、お母さんのCRPが少し高かったので、感染がないかどうか、小児科入院にしてちゃんと検査をしときます・・・」といった内容でしばらく説明する。
病院を出たのは、0時前だった。翌朝、産科の先生、元気に早くから仕事をしている。「先生、昨日は、遅い時間、どうもありがとうございました」と言われた。
この病院、小児科医がいなかった時があったが、産科の先生、この時は、さぞかし不安だったろうなあ。この先生がいなくなったら、ここの産科も終わりかなあ、そうすると、小児科も採算が全く合わなくなって(今も、合っていないと思われるが)、消滅かなあ・・・.。
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今日、8歳の女児が退院した。
この児の場合、木曜の20時前に、高熱で、来院した。この日、学校に普通に行っている。学校で熱が上がって、昼食も、殆ど摂っていないとのこと。診ると、咽頭が少し赤く、咳が少しある以外に、特に問題がないので、漢方薬だけ処方して帰した。
翌日の金曜日、再び、20時前に来院。昼間は、熱がなかった様であるが、夕方から、40度前後の高熱が出て、顔面蒼白気味で、きつそうな顔をしている。で、点滴し、検査すると、WBC12.000前後で、CRPが10ほどあった為、菌血症として、即入院とした(中好球多いも、血沈は、ほぼ正常)。喉が赤いので、溶レン菌の検査をしたが、陰性。インフルエンザも、時に今あるので、検査したが、陰性。アデノウイルスかも知れないと思い、検査したが、陰性。子どもは、検査でも、疲れ切っている。細菌感染を急に起こしたと思い、ユナシンSを静注した。しかし、熱は、いつも今までしてきている感じと違って、40度前後で、下がる様子が全くなく、一般状態も、改善が見られない。
土曜の夕方になっても下がらない。で、土曜の午後から、強烈な抗生物質のロセフィンに変更。これで、熱は下がるだろうと思った。しかし、日曜の早朝も、やはり下がる傾向はなく、顔色は青白く、食欲もなく、グッタリしている。この日の午前中の検査では、血沈が1時間50近くもあり、WBCやCRPも更に少し上昇して、好中球も、相変わらず多い(尿の検査で、尿路感染症はない)。しかし、どこが特に痛いと言うこともなく、リンパ節の腫脹もなく、肝臓や脾臓も、肥大してなく、発疹もない。何か、・・・困った・・・。
すると、母親が、不意に、「あの、言い忘れて関係ないかも知れませんが、火曜に、虫歯の治療して、それがかなり思ったよりひどかったみたいで・・・」と言った。で、ピンと来た。これだ!一度に埋めてしまっていた為に、病巣感染の嫌気性菌によって、菌血症になったのではと考えた。
虫歯の治療後には、ほぼ100%菌血症になるみたいで、その菌が、風邪気味だったこの子に悪さをしてしまったと言うスト一リ一を作った。で、ジスロマックを、開始した。すると、嘘の様に、夕方には、38度以下となり、夜もグッスリ眠れた。
月曜の夕方には、37度の微熱になり、食欲も出て来て、モリモリ食べている。顔色もいい。
で、火曜の今日、検査すると、WBC数が正常化し、CRPも10を切っていたので、退院とした。
虫歯の周囲の感染って、見落としていること多いのではと思っている。
20年位前になるだろうか、10歳前後の子どもが、同じ様な感じで、なかなか熱が下がらず、WBC、CRP、血沈、異常で、抗生剤を与えると下がるのだが、切ると又上がる。そんな感じで、1カ月間も様子を見ていたのだが、ある時、歯が痛いと言って、(そこが病巣感染になっていて)歯の治療で、スパッと改善したことがあった。
自分にしても、インプラントをしてから、念入りに歯を磨く様になってから、嘘の様に、熱が出たことがない(それまでは、少なくとも、年に1~2回、高熱をだしていた)。ある老人施設で歯磨きを徹底的にしたら、インフルエンザが防げたとの報告もある。
小児科での発熱で、歯は、盲点になっているかなあ・・・。
(歯科口腔外科の先生に尋ねた所、治療としては、普通は、この様に、ペニシリン系かセフェム系でいいとのこと。それで効果が無ければ、ジスロマックの様な、全く系統の違った抗生物質に変更すればいいとのこと)
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医療の崩壊が現実になろうとしている。特に、産科だ。もう、既に起きているかな。
当院の病院の産科の先生、ここでもう、15年と2ヶ月になる。ずっと(殆ど)一人で頑張ってきている。昨日の夕方、その先生と少し話をした。
先生は、ここに来る前は、別の所で、8年半していたとのこと。医局のドアを開けてベランダに出て、医局の前に見える広々とした海を二人で見ていると、先生は、指さして、向こうに見える所が○○市で、そこにある病院で精一杯昼も夜もよく働きましたよと懐かしそうに話す。そこでは、年間400~500以上のお産を扱っていたと言う。睡眠不足のままで、外来、手術、病棟と忙しかったなあと話す。しばらくして、研修1年後のドクタ一が来るようになったが、一年間しっかりと鍛えてやっと使えるかなあと思った時に、次のドクタ一と交代になってしまう。若いドクタ一をしっかりと見てないといけないので、それでかえって苦労したこともあったと言われる。この病院に来て、自分が○○市にいなくなったら、大学から二人もちゃんとした産婦人科医が直ぐに派遣されて来たと言われる。
私と同じ団塊の世代。医大の援助がなければ、もう、体力的に、お産はこの先、出来ないなあと寂しそうにポツリと小さな声で言われた。
産科医一人で頑張っている病院、まだ、地方では多い。そうでなくても、産科医の少ない時代。一人だと、大学も派遣しづらいとのこと。
団塊の世代も、いつまでも、元気であるはずはない。
今日は、朝、5時半に病院から電話があった(朝の4時から、私の拘束になっている)。吸引分娩している子が生まれたので、診て欲しいとの電話があったのだ。直ぐに行くと、産科の先生が、元気に仕事をされていた。
マスコミは、一人でこんなに頑張っている人を取り上げることは、まずない。足りない時は、大騒ぎするのに。
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昼から、今年2回目の帝王切開があった。CPDの為に、手術になっていた。執刀までに少し時間があったので、隣の手術場でしていた白内障の手術を見ていた。
この眼科の先生、メチャクチァ頑張る先生。この病院で、一人で、ずっと頑張っている。昨年の手術件数400件近く。
で、手術を終えてホッとして、外に出て来た所で、話をした。
「先生、細かい作業で、神経使いますネ。僕だったら、手が震えて出来ないですヨ。」と言うと、
「いや、食事には、注意していますヨ。手術前は、コーヒーも飲めません。カフェインで、ドキドキして、手が震えるんですヨ。前、リ○○タン○ィーを飲んだら、あれにも、少しカフェインが入っていたみたいで、手術の時、ちょっと困りましが・・・。そうですね、脳外科と同じで、手術の定年、早いですネ。」と。
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外は、寒い。夕方、産科の先生から、「帝切になるかも知れないので、その時は、宜しく。」と言われた(今年初めての帝王切開)。予告通り、夜の20時30分に、執刀となった。
手術場に入る直前に、外来の小児の急患患者さんを診た。初診の患者さんで、急性胃腸炎だったので、五苓散を注腸して、1日分処方して帰した。
日曜というのに、スタッフがしっかりと集まっている。手術場のスタッフの数を数えてみた。団塊の世代の医師(もう、ここで、14年間も、一人で頑張っている熱血漢の先生)以外に、手術を介助しているベテランの助手が3名、外回りが2名、記録係が1名、ベテラン助産師が1名、団塊の小児科医が1名。わずか5.000人余の町で、周りに全く開業医がいない町で、この病院、よく頑張っているなあと思う。
無事に出産、チアノーゼだったが、酸素をあげると、いつもの如く、みるみるピンクになって行く。元気いっぱい泣いている。いつも、これを見て、感動しているが。
その後、付き添いの人に、新生児一過性多呼吸症候群の可能性があることを説明した。
久し振りに、赤ちゃんから強烈な気をもらった気になった。
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