
アラビア語で、右から、tahara masahidiと書いたものをイスラム教徒の人(日本文化をそれなりに紹介しましたが)から頂きました(アラビア語には、母音は、アイウのみで、エとオがない)。
とても嬉しかったです。
固定リンク
|
コメント (0)
|
トラックバック (0)
どうしたら、英会話が上手く出来る様になれるのか?多くの人は、いろんな方法で試みていると思う。今では、入試にもあるので、それなりに、学校側もしていると思われるが、どうも、している割には、能率が上がっていない様である。最悪な場合には、英語嫌いを増やし、更には、外国語アレルギ一の日本人をどんどん増やしている。ある英語パパを持った息子が言っていた、「あまり父親から、小さい時から、英語を強制されたので、今では、英語と聞いただけで頭が痛くなる」と。
語学の勉強の場合、まず、4つの要素がある。聞く、話す、読む、書くである。この中で、学校では、主に、読むことと書くことに重点が置かれている。多くの日本の中高学校で、英語の発音が良くて、外国の人とナチュラルに話せる人、極めて少ない。そんな日本人から教わるものは、読むことと書くことが主体であり、聞くことと話すことまでも要求する方がおかしい。
確かに、日本人の読んだり書いたりする力は、素晴らしい。アメリカ人でも、スペルは、簡単な単語でも、しばしば間違えている。私の長兄は、進学高校の英語の先生だったが、私の長女が言うのに、私の兄の英語(英語で書いた文章)は、完璧な英語だと絶賛し、アメリカ人でも、あんな立派な文章を書ける人は、まずいないと言う。
秀才が集まった(らしい、受験秀才もいるのだが)医学部でも、我がクラスに、英語の発音のいいって感じの人、わずか一人しかいなかった。
実際に、外国に行って、まず、困るのは、聞く力と話す力である。これ、子どもだと、直ぐに習得できるのだが、大人だとそれも、歳が行っていればいる程、難しくなる。それでも、現地に3年いれば、何とか、困らない程度にはなれるし、5年もいれば、話すことにも、あまり不自由しなくなる様である。
もちろん、個人的な能力の差も大きい(一番肝心な問題は、意欲がどれだけあるかだと思われるが)。一番いいのは、周りに日本人が誰もいないこと、現地の言葉で話すしかなく、それで、難儀することである。それを繰り返していると、その内に、自然と現地の言葉が出てくる様になるから、これ又不思議である。
日本で予約して、海外での語学研修なるもので、高いお金を出して、短期間、寮やホ一ムステイをして、頑張っている人が多くなっている。無駄とは言わないが、高いお金を出した割には、あまり能率が上がっていない。語学は、積み重ねであるからして、短期間では、身に付かないし、付いても、直ぐに消えてしまう(全てが消える訳ではないが)。日本での最もお金が安くて、最も確実に能力が付いて行く方法とは、やはり、NHKの語学講座をずっと続けて行くことであろう(しかし、これにも、限界がある)。
日本ほど、いろんな言語を勉強する上で、日本語で解説された本が沢山出版されている国は、世界広しと言えども、実に少ない。今では、立派なCDまであり、ベンガル語でもスワヒリ語でもトルコ語でも、現地の発音が学べる感じになっている。エキスプレスなどの会社では、かなり多くの国の言語が紹介されている。そのCDで何回も聞けば、その本を何回も最後まで読んでおれば、それなりにものになってはいるが、残念なるかな、又、直ぐに忘れてしまう。どうも、語学に関しては、人間の頭は、人を介さないとしっかりと覚えられない様に出来ている様である。
で、やはり、実際に、その国の人と話すと、それも、難儀しながら話すことを何度も経験すると、確実にものになっていけると、私は思っている。それを私は、タイやインドネシアやイタリアやバングラデシュや韓国で、身を持って経験した。グル一プレッスンでは、ものになりにくい。マンツ一マンで、後がないと言う状況に自分を追い込める人は、自分の上達を、日毎に感じながら、有意義に海外生活が出来ると思われる。
日本人ばかりに囲まれた所で、英会話の勉強をしようと思えば、いっそのこと、英語圏に夏休みにでも一人で行って、英語のシャワ一を沢山浴びることであろう。
大人であれば、行って一人で、語学学校と交渉したり、ホ一ムステイを決めたり、コンドミニアムを決めたりする、困った時は、紙に書く。これで、確実に、苦労するが、身に付く。その時、こちらの下手な英語が笑われることは、心配しなくても絶対にない。
海外で語学の勉強を始めようとする時、日本の会社を通じて、ホームステイ先を予約したり、学校を決めたりするよりも、自分一人で、いろいろ難儀しながら試行錯誤しながら行動していった方が、はるかにお金が安いし、自分に合った場所も確実に選べる。(と、私は、思っている。実際に、外国に行ってみると、需要と供給の関係で、それなりに、それに応じる様な感じになっていること、多い。但し、最低限の現地の言葉は、絶対に必要だが、幸いなことに、今では、電子辞書もあるし、声が出るのさえあるので、難儀することは、益々少なくなっている。もう一度言います、語学の上達法は、難儀すること、そして、続けることです!!自分が使う下手な現地の言葉で通じた時の喜びは、苦しんだ人しか味わえない素晴らしいものです。その経験も、若い時であればあるほど、ベタ一だと思っています。)
続きを読む
固定リンク
|
コメント (0)
|
トラックバック (0)
NHKのテレビでの語学番組について、自分なりの意見を述べたい。
25分間の内容が、初心者にとって最適か(初)、大学の教養課程で実際に学んでいる者にとって最適か(大)、ある程度出来る人にとって最適か(上)の3つに分けて分析してみた。
1、ドイツ語・・・昨年と同じ感じで作られている。スタッフも、余り変わっていない。初(×)、大(○)、上(△)
2、スペイン語・・・昨年よりも、初めから、レベルが高い。昨年ずっと聴き続けていた人にはいいだろうが。初(×)、大(○)、上(△)
3、中国語・・・昨年よりも、面白い内容になっている。どのレベルでも、それなりに楽しめる様になっている。初(△)、大(○)、上(○)
4、ロシア語・・・なかなか新しい感じの内容にならなかったが、久し振りにリフレッシュしたスタッフと内容になっている。基礎的な面に力を入れ、親しみやすい感じになっている。時間帯も、金曜の5時半からが、木曜の6時に変更になっている。初(○)、大(○)、上(×)
5、アラビア語・・・昨年と同じ内容。土曜の6時からが、金曜の5時半からになっている。初(○)、大(○)、上(×)
6、イタリア語・・・昨年と同じ感じで作られている。初心者には、やや難しいと思われる。初(×)、大(○)、上(△)
7、フランス語・・・昨年と同じ感じで作られている。スタッフも、余り変わっていない。初(×)、大(○)、上(△)
8、ハングル語・・・これのみ、会話でなく講座となっていて、昨年と同じ様に、基礎からしっかりと教えている。初(○)、大(△)、上(△)
以上は、あくまでも、私なりの個人的な意見です。何かの参考になれば、幸いです。
固定リンク
|
コメント (0)
|
トラックバック (0)
続きを読む
固定リンク
|
コメント (0)
|
トラックバック (0)
「これは、何ですか?」を、英語以外で、20カ国語で何と言うのか、自分なりに、書いてみました。
「これは何ですか」の順序が、日本語と同じなのは、ハングル語とモンゴル語とトルコ語とヒンディー語とベンガル語とタイ語。
・ハングル語では、イゴ(これ)スン(は)・ムヲ(何)・シムニ(です)カ(か)。簡単に、エゴムオエヨと言ってもいい。
・モンゴル語では、エネ(これ)・ヨー(何)・ヴェ(か)。
・トルコ語では、ブ(これ)・ネ(何)ディル(です)。(ブネでもいいし、簡単に、ネと言うぞんざいな言い方もある)
・ヒンディー語では、イェ(これ)・キャー(何)・ヘェ(です)。
・ベンガル語では、エタ(これ)・キー(何)。(漠然と「これ」と言う場合は、エ・キーとも言う。複数のそれ等のものであれば、エグロ・キーと言う。ですは、普通、省略する)
・タイ語では、ニー(これ)・アライ(何) アライは、araiで、alaiでは、ない。タイ語には、ですは、ない。文の最後に、男性は、クラブを、女性は、カを付けると丁寧な言い方になる。タイ語には、疑問符の?はないし、コンマやピリオドもないことに注意。
英語と同じ順序で、「何」、「です」、「これ」の順になるのは(「これ」が、単数として)、ドイツ語とフランス語とイタリア語とスペイン語とポルトガル語とギリシャ語で、ヨーロッパの言語が中心。
・ドイツ語では、Was(何) ist(です) Das(これ)(ヴァス・イスト・ダス)?
・フランス語では、Qu'est-ce que c'est?(ケスクセ)(何 です これ 関係代名詞 これ です)と、ややこしい。
・イタリア語では、Che cosa (何)e (です)questo(これ)(ケコーザ・エ・クエスト)?
・スペイン語では、?Que(何) es(です) esto(これ)(ケ・エス・エスト)?スペイン語の場合は、疑問文は、?で挟み、初めの?は、180度、ひっくり返して書くのが正解。
・ポルトガル語では、Que(何) e (です)isto(これ)?(ケ・エ・イスト)
・ギリシャ語では、ギリシャ語でなく、英語のアルファベットで書くと、Ti(何) einai (です)avto(これ);(ティ・イネ・アフト)。フはfで発音。最後の疑問符は、?でなく;となっていることに注意。
「です」と「何」が、英語と逆なのは、ベトナム語と中国語とスワヒリ語。
・ベトナム語では、Cai (もの)nay(この) la(です) cai(もの) gi(何)(カイナイ・ラー・カイジー)?と言う。但し、これは、無生物の場合で、人や生物では、Con nay la con gi(コンナイラーコンジー)?と言う。
・中国語では、チャー(これ)シー(です)センマ(何)?
・スワヒリ語では、Hii(これ) ni(です) nini(何)(ヒイ・ニ・ニニ)?と言う。但し、これが人や動物の場合は、Huyu ni nani(フユ・ニ・ナニ)?と言う。
「です」がなくて、英語の順になっているのは、ロシア語、インドネシア語、タガログ語、アラビア語、ヘブライ語。
・ロシア語では、シトー(何)エータ(これ)。英語で書くと、Shto eto?となり、最初のoは、トと発音しているが、後のoは、アと発音していることに注意。
・インドネシア語は、Apa(何) ini(これ)(アパ・イニ)?しかし、Ini apa?とも言う。
・タガログ語では、Ano(何) ito(これ)(アノ・イト)?
・アラビア語では、マー(何)ハーザー(これ)(マー・ハーザー)?(ザの発音は、this のth)
・ヘブライ語では、マー(何)・ゼー(これ)(マー・ゼー)?(ゼの発音は、z)
*ただし、アラビア語とヘブライ語は、右側から書く。最後につける疑問符?は、スペイン語と違って、アラビア語の?は、左右が逆向き、しかし、ヘブライ語の?は、そのまま。
固定リンク
|
コメント (0)
|
トラックバック (0)
中近東の紛争の報道の中で、よく出て来るヘブライ文字の書き順がどうしても知りたかった。ヘブライ語に関するいい本が見つかり、しばらく、没頭してしまった。
ヘブライ語での文字は、わずか、22文字しかない(子音字)。アラビア文字と同じく、右から書き、大文字と小文字の区別がない。しかし、活字体と筆記体が、似ても似つかないものが多い。
アルファベットは、ギリシャ文字のアルファとベ-タのことで、アルファは、英語のAにあたり、ベ-タは、英語のBに当たるが、正確には、ベ-タは、ギリシャ語では、ヴェ-タで、下唇を上歯で噛んで発音する。ヘブライ語だと、アルフヴェ-トとなる。
ヘブライ語は、アラビア語と、似ている所が多く、例えば、男性の貴方を、アラビア語でアンタと言うのを、ヘブライ語では、アタ-と言い、数字の4を、アラビア語もヘブライ語も、アルバアと言い、9,10を、アラビア語で、ティスア、アシュラと言うのを、ヘブライ語では、ティシャ、アサラと言う。
ロシア文字は、ギリシャ文字から派生しているものが多く、ギリシャ文字もヘブライ文字も、ル-トを捜すと、「祖カナン文字」に行き着く。祖カナン文字から、フェニキア文字や、ヘブライ文字や、ギリシャ文字や、ロ-マ字や、アラビア文字が枝分かれしていったらしい。イスラエル人は、初め、フェニキア文字を使っていたが、その後、ペルシャ帝国公用語のアラム文字を使用し、その後、それを元に、ヘブライ文字を生み出している。
祖シナイ文字を調べて見ると、祖シナイ文字の多くは、絵文字になっている。英語のAは、牛の頭の格好から出来ており(Aの下の尖った所が、牛の角になっている)、英語のBは、家の格好から出来ている。英語のKの中心から出る4本の線は、手の指4本にあたり、英語のMは、水の波を表しており、英語のNは、蛇の格好を表しており、英語のOは、目にあたり、英語のRは、人の頭(右向き)の格好を表している。英語のTは、×印が元になっている。
日本では、聖書は、旧約聖書と新約聖書に別れているが、旧約聖書はユダヤ教の聖典で、旧約に新約を加えたのはキリスト教徒なので、ユダヤ人にとっては、聖書とは、旧約聖書ことを指す。
旧約聖書は、ヘブライ語で書かれていて、「ヘブライ語聖典」とも言われる。イスラエルでは、ユダヤ民族の歴史書として、小学校から聖書を学んでいる。
ユダヤの1日は、朝でなく、日没に始まる。1週間の内の神と交わる聖なる安息日は、金曜日の日没に始まる。金曜日の夕方までに、テ-ブルの上にはごちそうが用意され、家族は正装して、2本のロウソクが点火される。店は閉まり、バスなどの交通機関も止まり、町は静寂に包まれるが、土曜の日没後は、交通機関は一斉に動き始め、通りもにぎわい、新しい1週間が始まる。週に1度の休みを始めたのは、ユダヤ人が最初で、イスラム教徒の安息日は金曜日、キリスト教徒の安息日は日曜日である。
聖書に従って、ユダヤ人は、豚肉を食べず、エビ、タコ、貝類も食べない。牛、ニワトリ、羊などの肉は、食用として禁じられていないが、厳しい監査の下で律法にかなった仕方で調理され、しっかりと血抜きされて初めて許可される。乳製品と肉を一緒に食べることも禁じられている。
旧約聖書の創世記に、神が人間を土の塵から作ったと書かれている。ヘブライ語を調べると、この意味がよく理解出来る。最初の人間は、「アダム」であり、土のことを、「アダマ-」と言い、関連のあることがよく分かる。又、アダムは、自分のあばら骨から作られた女性を見て、男から取られたものだから、これを女と名付けようと言ったが、ヘブライ語の分析で、このことがよく理解出来る。ヘブライ語では、男は、「イッシュ」と言い、女は、「イシャ-」と言う。
固定リンク
|
コメント (0)
|
トラックバック (0)
数の数え方の話(私なりの研究内容です) 日本語では、100も1000も1を付けません。 しかし、一万には、付けます。 中国語では、100にも、1000にも、付けます。 韓国語では、100にも1000にも一万にも付けません(ペク、チョン、マン)。
一番面白いのは、フランス語です。 60からは、1~19までを足して行きます。 80は、4×20(カーツルヴァー)と言います。 それからは、又、1~19までを足して行きます。 99は、4×20+19となります。
カンボジア語の数え方は、簡単です。 1~5(ムォイ、ピ一、バイ、ブオン、プラム) までは、普通に行きます。 しかし、6は、5+1 7は、5+2と言う具合に行って、 10(ドップ)で、変わり、 又、10+1 と言って行き、 16は、10+5+1(ドッププラムムォイ)です。
ヒンディ一語では、9を10-1と考えます。 ベンガル語も同じで、例えば、30は、ツリシュ 29は、ウンツリシュ(30-1)と言います。
世界の言葉を勉強して行くと、共通の言い方があるのに気が付きます。例えば、タイ語では、10をシップ、20をイーシップと言います。韓国語と同じなのです。スワヒリ語を勉強してみると、アラビア語の影響を強く受けていることがわかります。
11から19までを詳細に調べると、 英語もドイツ語も、13から、 ○+10と言います。 ギリシャ語も同じです。 しかし、 スペイン語とポルトガル語は、 16から、○+10と言い、 イタリア語とフランス語は、 17から、○+10と言います。 ロシア語は、11から、 ○+10と言い、これは、インドネシア語、更には、 アラビア語、ヘブライ語でも同じです。 10+○の言い方は、日本語をはじめとして多く、 中国語、韓国語、モンゴル語、タイ語、ベトナム語、ミャンマ一語、チベット語、更には、トルコ語、スワヒリ語と、続きます。
固定リンク
|
コメント (0)
|
トラックバック (0)
小学校何年生だったか、覚えていないが、佐伯に住んでいる時に、小学校1年生の時に入学した蒲江に遊びに行ったことがある。その時、ある人(中学生?)が、多国語で、数カ国語で、自分の前で、喋った。それが、その時に自分にとっては、とても印象的だった。ちょうっとした挨拶言葉だけだったが、英語のエの字も知らない自分にとっては、衝撃的な出来事に思えた。そして、いつかは、自分もそんかことが出来ることを、少なからず、夢見ていたと思う。
ちょっとした挨拶語だけでも、出来ると、コミュニケーションが思った以上に上手く行くことが多いし、又、自分の身を守る意味でも、知っておくのにこしたことはないと思っている。
イタリアでは「チャオ」、タイでは「サワディークラブ(女性は、サワディーカ)」、インドでは、「ナマステジー(ナマステよりも、ナマステジーの方が丁寧」、カンボジアでは、「チュムリャップスオー」、ギリシャでは、「ヤス」、イスラエルでは、「シャローム」、イランでは、「サラーム」、ベトナムでは、「シンチャオ」、トルコでは、「メルハバ」、アラビア語圏では、「マルハバン」、ケニアでは、「(年上の人に対しては)ジャンボより、シカモーと言った方がいい」、バングラデシュでは、「ケモナチャン」、ブータンでは、「クズザンポー」、チベットでは、「タシデレ」、モンゴルでは、「サエンバエノー」、スリランカでは、「アーユーボーワン」。以上の言葉は、24時間使えるから重宝。
ロシア語は、「ズヅラストヴィチェ」と難しいので、「ズロースいっちょう」と言っても通じるとか?!(パンツいっちょうと間違えて言った人がいたとか}。又、フランス語の、どうぞ(シルヴゥップレ)は、「新聞くれえ」で、通じるとか。つもり、モノが欲しい時、指差して、新聞くれえと言えば、もらえるとか?
固定リンク
|
コメント (0)
|
トラックバック (0)
英語では、自分のことを、大文字で書く。ドイツ語にしても、ロシア語にしても、フランス語にしても、イタリア語にしても、スペイン語にしても、そんなことはない。
ところが、相手に対して、大文字で書く言葉、ある。ドイツ語では、Sie(ズィイ)と言うし、イタリア語では、Lei(レイ)と言うし、インドネシア語では、Anda(アンダ)と言う。
英語を使っている国の元は、アメリカとイギリスって感じに思っているが、これって、世界の政治の動きを見ていると、何となく、生き方を少し現している気がするが・・・。
固定リンク
|
コメント (0)
|
トラックバック (0)
言葉には、文化が含まれている。
今、イスラエルとレバノンが、戦闘している。
イスラエルの言葉、ヘブライ語で、こんにちはの挨拶は、「シャローム」と言う。シャロームの意味は、平和。アラビア語で、こんにちは、は、アッサラームアライクムと言う。アッは、冠詞で、サラームは、平和で、アライクムとは、あなた方の上にの意味(アラが上で、クムがあなた方)、つまり、あなた方に平和をの意味である。
イランの言葉、ぺルシャ語も、こんにちはは、サラーマと言い、サラームと似ている。(タガログ語では、サラーマは、ありがとうの意味になるが)
ところで、ミャンマー語では、こんにちはは、ターミンサピビーラと言い、これは、食ったかの意味である。中国も、前は、チーラマと言い、食ったかと言っていたが、今は、国が豊かになった為か、言わなくなった?!
ケニアでは、朝であれば、今日の朝のニュースはの意味で、ハバ^-リーヤアスブーヒーと言う。
ところで、チベェットでは、こんにはを、タシデレと言い、これは、おめでとうの意味。
お国柄がそれぞれ出ていると思う。
固定リンク
|
コメント (0)
|
トラックバック (0)