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2008.09.01 09:13 |  旅行 / 宿  |  日記  |  masa  | 推薦数 : 1

不知火(しらぬい)

 不知火の光、0:00過ぎまで待てなくて、途中で帰ってしまった。9月1日(月)の熊本日日新聞に、その時(31日の午前0時25分)の写真が掲載されていた。しっかりと、不知火(横長の明るい光)が見えたのだ。
 不知火は、八代海特有の地形や気象に伴う光の屈折現象で、漁火(いさりび)や集落などの明かりが、明滅したり分火したりなど変化して見えているとされている。永尾(えいのお)神社(から見た場合に)は、その時、肌寒いほど涼しくて、一日の気温差が大きくて、現れやすい状況になっていたらしい。
 午前0時過ぎに、沖合に光が1つ、2つ。明滅を繰り返し、大きくなったり左右に動いたりするのが見えて、見物客から歓声が上がったとのこと。
 (平成20年9月1日、熊本日日新聞より引用)

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2008.08.31 17:24 |  旅行 / 宿  |  日記  |  masa  | 推薦数 : 1

不知火の海の火祭り

 

 (熊本県宇城市の不知火町の恒例行事の)「不知火(しらぬい)の海の火祭り」に行った。行く前、雨で中止になるのではと、かなり心配していた。しかし、既に、宿は予約しているし、小雨程度では、中止にならないだろうと強気に思っていた。が、佐伯の地元の盆踊りの様なこともあるし(地元の盆通りの場合、8月16日、15時過ぎに、予定通りにありますとアナウンスがあったのにも関わらず、急に雨が強く降ってきて、中止になってしまったが)。
 午後14:25出発の定期船で高戸から出て、15:40に三角港に着いた。そこでしばらく待って、16:20にそこをバスで出発して(しばらくの間、乗客が自分だけであったが)、58分で、松橋駅前に着いた。不知火で宿を取りたかったのだが、既に一杯で取れなかった。
 松橋駅の前で降りるつもりが、ちょっと通り過ぎ、見ると、自分が泊まる宿の名前が見えて、しまった!、通り過ぎたか?と思って、「松橋駅前は、この先ですか?」と運転手さんに尋ねると、「さっきの所で降りないといけなかったです」と言われたので、「じゃ、次の所で降ります」と言ったら、「じゃ、ここで降りて下さい(優しい運転手さん!!)」と言われて、直ぐに降ろしてもらえた。お陰で、宿を探す手間も省け、直ぐに宿屋に着くことが出来た(既に、家内も来ていた)。
 それから、スーパーに行ってちょっとした夕食を買って、タクシーに乗って、永尾(えいのお)神社まで行った。
 運転手さんがとても親切で、娘さんが不知火で仕事をしている関係か、不知火の祭りに付いて、詳しく教えてもらった。神社の前で降り、又、来てもらうことにして、それから、神社を横断して海辺に行った。そこには、正に、カメラマン!、カメラマン!って感じだった(自分もその中の一人ではあるが)。
 弓で火のついた矢を10本近く射って、海の上の燃えるモノに命中して、火が付き、それを天皇の乗った船がそこに行って、その火をもらい、その火を多くの人がもらって、行進をして行った。(命中出来なかった年も何回かあってそうで、その時は、下からコッソリと種火を付けるとのこと)
 その間、笛の演奏があり、又、太鼓の演奏が延々とあった。この太鼓演奏が、素人離れのバチ捌きで、実に実に素晴らしかった。それもそのはず、太鼓プロ集団の元メンバーが打っていた(2~3回、この人のソロ演奏を聴いたことあり) 。
 たいまつを持って、皆が会場に列をなして行き、それに自分たちも付いて行った。
 市が一丸となってしている感じだった。太古の時代にスリップした感じだった。船に乗って火をもらいに行った天皇は若い宇城市長で、そのお后は、毎年代えているらしい。沢山の人がいて、子どもの太鼓演奏も素晴らしかったし、踊りも、素晴らしかった。今まで、幸いなことに、雨で中止になったことは、ないとのこと。
 感動の日であった。

以下は、昨年の内容です。
http://blogs.yahoo.co.jp/humanitysingo1978/23929503.html


 

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2008.08.29 14:28 |  旅行 / 宿  |  日記  |  masa  | 推薦数 : 0

火の国の「火まつり」

 8月30日(土)に開催される(宇城市不知火町での)「不知火・海の火まつり」の見学に行くことにした。
 このまつりは、日本書紀に記されている景行天皇九州巡幸の折りの「不知火伝説」に由来するイベントで、毎年、八代海(不知火海)に神秘の火「不知火」が現れる旧暦の8月1日(八朔)に開催されるとのこと。
 古代衣装姿の射手が矢で海上のたいまつに御神火を灯すと(導燈の儀)、その炎に導かれた景行天皇一行が海上に現れ、永尾(えいのお)神社に上陸。たいまつ行列が町内を練り歩き、見る人をいにしえの時代へ導く。
 たいまつ行列が「天の平農村公園」に到着するとまつりの雰囲気は一変。総踊りや勇壮な竜燈太鼓の演奏、人気お笑い芸人のステージ、海上花火、お楽しみ抽選会などが、「不知火」を待ちわびる人々を楽しませてくれる。特に、空と海で二重に光る海上花火は必見。花火の光が海上の鳥居を神秘的に照らしだし、毎年多くの見物客を魅了する。
 そして午前0時を過ぎると、不知火海の海上に神秘のあかり、「不知火」が現れます。
 それを見た人には、証明書ももらえるとのこと?!

 「不知火伝説」とは?
 今から千数百年前に景行天皇は九州巡幸になられました。一行の船は、暗闇の八代海を進むうち、方角が分からなくなりました。すると暗い海に一つの火が燃え上がり、いつしかその火が十になり、百になり無数の火となりました。不思議な火は海面いっぱいに広がり、あたりは昼間のように明るくなりました。一行は、その火をたよりに無事火の国(熊本)に上陸できました。以来、その不思議な火のことを「不知火」というようになったと伝えられています。
 このことは、「日本書紀」にも記述があり、「今から、千数百年前、景行天皇が九州平定の折、暗夜の八代海に怪火(かいか)が現れ、一行を無事対岸へお誘いした」ことが書かれています。
 現代では、「不知火」は干潟の位置や形、潮の干満の大きさ、適度な風速で吹く視線方向の風、海面上の気温分布など、さまざまな自然条件が重なって初めて見られる、世界でも希な自然の光の屈折現象だといわ
れています。
(以上、熊本県のホームページより引用)
 
 後日、写真掲載予定です。

バリで私が経験したニュピに少し似ている感じかな?!

 バリのニュピに付いて(HISより引用)
 ニュピの約3日前にムラスティといわれる清めの儀式が行なわれます。清めの為に島の人々が御神体を持って海へ向かいます。この儀式が行なわれている間、海には入ることができません。
 前日には、午後よりバリ島を離れる人々や車が増え、「オゴオゴ」 と呼ばれる鬼の形をしたお神輿が担ぎ出され町中を練り歩くお祭りがバリ島各地で開催される為、夕方から交通規制が敷かれ、かなりの交通渋滞となります。夕方頃から、街の至る所で”オゴオゴ”で街はお祭りムードになります。
 「ニュピ」の日にはバリ島の交通は空港を 含め、陸、海、空、すべてが機能しなくなります。また、これらは外国人観光客に対しても適用され、ホテルからの外出は 一切出来ませんので翌日の朝の6:00まで、ホテルへのチェックイン・チェックアウトは不可、オプショナルツアーに関しても全てが中止になります。ホテル内は特例とされ、レストランでの食事の供給などが行われますが、一部の電気の使用が制限されたり、ホテル内が暗い、部屋で点灯する際にカーテンを 閉める、音楽がない等の制限が伴うこともあります。
 1年に1回のことで一見の価値があるイベントです。


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2008.08.22 14:42 |  スポーツ  |  日記  |  masa  | 推薦数 : 0

スポーツに国境はない・・・。

 女子ソフトの上野投手にしても、アメリカ人から指導を受けている。卓球の愛ちゃんにしても、中国で修行をしている。野球の日本との試合でホームランを打った韓国のイ・スンヨプにしても、日本でロッテ→巨人で活躍している。
 とてもいいことだと思う。スポーツには、国境はない感じだ。国を超えて、指導をしてもらっている。日本人も外国の人を教えたり、日本人が外国の人から教わったりと。
 野球、今、9回表の2アウトで、後がないって感じだが、後半になって、韓国の方がパワーがずっとあるって感じだなあ。
 もう、駄目かなあ・・負けた(今)。
 皆様、お疲れ様でした。

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2008.08.14 23:17 |  生活 / くらし  |  その他(一般)  |  日記  |  masa  | 推薦数 : 0

盆踊り先細り・・・

 佐伯市内の女島(めじま)地区の盆踊りでの太鼓打ちに行った。太鼓を打つ人、昨年と全く同じメンパー。一昨年も殆ど同じだったかな。1年がアッと言う間に過ぎてしまった感じだ。

 10年前は、19時になる前に既に沢山の人が踊っていた。寂しいことだが、毎年毎年、踊る人が少なくなっている。輪が昔の様に、2つも3つもできることはない。

 今回は、19:40になって、やっと踊っている。先細りって感じだ。それでも、佐伯市は、まだあちこちで盆踊りが行われている。鶴見町のある所では、地踊りだけで0:00までしている所がある。しかし、前は、2日間もあったのだが、今は1日になってしまったらしい。

 踊る曲数も、少なくなっている。炭坑節、佐伯音頭、佐伯小唄、ばんば踊り、地踊り。自分の打ちたい「河内おとこ節」は、もう、数年前からかからない。帰る時、「又、来年、まだ生きとったら、会いましょう」何てお互い冗談を言いながらその場を去った。

 疲れたが、楽しかった。

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2008.06.08 19:01 |  旅行 / 宿  |  日記  |  masa  | 推薦数 : 0

化石発掘

 

 再び、隣の島の御所浦に行った。6日(金)の夕方、2週間前と同じ船をチャーターして今度は一人でなく家内と一緒に行った。驚いた、着いて陸に上がる時、牛若丸の8艘飛びって感じで、横に接した4隻の船を伝わって陸に上がったのだ(こんな経験も初めてだった)。
 同じホテルに2泊した。1泊2食で6.825円で、ボリュームタップリで新鮮な海の幸の料理で、充分に満足した。
 7日(土)は白亜紀資料館にまず行って(入館料200円)、前回同様に見学した後にそこでハンマー(200円)を借り、「しおさい館」で自転車を借り(1日350円)て、採掘場に行って、化石発掘に専念した。行った時には、自分たちだけであったが、その後、家族連れが2組来て、皆、我を忘れる感じで一生懸命に発掘していた。
http://www5.ocn.ne.jp/~g-museum/
 初め、どこに化石があるのかなあって感じであったが、しばらくして、自分の能力のなさに気が付いた。ゴロゴロ目の前に転がっているのだ。きれいな典型的な形がないだけで、化石の一部は、目の前に散らばっていた。考古学って面白そうだなあ。(エジプトのピラミッド発掘で有名な)吉村先生が面白がる訳が分かる様な感じがした。
 その後、牧島と御所浦島にかかっている長い橋を渡って「ニガキ化石公園」に行き、そこで「しおさい館」で買った弁当を食べた。(化石の岩が20個程展示されている)1億年前の産物に囲まれて、特別美味しく頂くことが出来た。
 そして、又、自転車のペダルをエッチラエッチラ漕いで、再び「アンモナイト館」に行った。疲れた足でホテルに帰ってしばらく昼寝をしてしまった。で、再び息を吹き返して、「しおさい館」に行き、借りた自転車を帰してホテルに戻った。
 ホテルでは、男子のバレー観戦で、見るのに力が入り過ぎて、肩が凝った感じになった(その前に、イタリア戦も見ていた。イタリア戦の7点差で負けた時には、拍子抜けしたが、日本、6日のオーストラリア戦、7日のアルゼンチン戦、ホントによく頑張ったと思う)。
 8日(日)は、雨が降っていたので、どこも見学せずに、12時の定期船に乗り、前回同様に、味が忘れないままになっている(大道フェリー乗り場の近くにある)寿司屋さんに又行った。例の如く、(この時、2組の9人程が待っていたが)30分以上待って、やっと入れた。外で待っている時に、座るイスに座布団が1つだけあって、その上に小さな犬が寝ていた。で、人間は、座布団なし。しばらくすると、犬が立ち上がって(人間が)
待ちぼうけを食っている寿司屋さんのドアの入り口の前で啼いて、ドアを開けよと催促していた。で、寿司屋の奥さんが開けて、(大きな顔をして?)犬が中に入って行った(犬は飼い主によく似ると言うが・・・?!)。
 ここの寿司屋さん、ホントに美味しい(コースは1つだけで、1.300円)。多くの人がリピーターで、その主人から、「予約して来て下さい」と言われた。遠くからせっかく来ても、材料がなくて、出来ないこともあるみたいだ(夕方には、いつも閉めている様だ)。
 雨の中、大道から高戸まで歩いて帰った。疲れたが、有意義な2泊3日だった。秋にも、必ず、又、御所浦に行こうと思う。


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2008.05.25 20:01 |  お金 / 株  |  日記  |  masa  | 推薦数 : 0

2泊3日の独り旅

 23日(金曜)の夕方、龍ヶ岳町からチャーター船で御所浦町に行った。ホテルに泊まったら、ホテルの人から、「太鼓を見に行ったらいいのに」と言われ、太鼓の音のする方に行くと、外来に来る子どもの父親が太鼓を指導していた。で、太鼓を打たせてもらった(まさか、太鼓をここで打てせてもらえるとは思ってもいなかったが)。御所浦町には、太鼓チームが3つもあるとのこと。で、結構疲れて熟睡。
 24日(土曜)の朝、タクシーで、「白亜記資料館」に行き、恐竜などを見た。1億年前の恐竜何て言われても、何かピンと来ない。1万年前でも、全然ピント来ないのに。
 雨が降っていて、観光案内所の「しおさい館」でボケッとしていたら、よく来る患者さんの母親がいて、「アッ、漢方の先生!」何て言われてしまった。そこで、パソコンをちょっと使わせてもらってから、宿泊場所に行った。雨も降り、その宿泊場所で話し込んでその日は終わりって感じだった。
 宿泊場所は、オフの時期で、雨も降っていた関係でか、お客さんは自分だけ?って感じだった。修学旅行の時期になると、宿泊場所が一杯になって、足りなくて難儀するとのこと。
 25日(日曜)の朝、そこを10時前に出て、御所浦最高峰、標高442mの「烏(カラス)峠」にタクシーで行った。ここは、360度見渡せるとのことであったが、残念なことに、雨上がりで曇っていて、半分しか見えなかった。
 偶然にも、タクシーで降りる時、マラソン選手の松野明美さんの乗る車と出くわした(もうちょっと頂上にそのままいれば、話が出来たかも知れないのに。少なくとも、写真は撮れたと思うが)。天草でトライアスロンがある関係で来たみたいだ。


 その後、アンモナイト館に行き、アンモナイトの化石を見て感動した。
 その後、定期船に乗って龍ヶ岳町の大道港に着いた(1日に1便しかない)。お腹が空いたので、フェリー乗り場近くにある寿司屋さんに行った。
 驚いた。こんな田舎なのに、(9人しか席がない為に)外で待っている人がいた。聞くと、美味しいとの噂を聞き付けてわざわざ熊本市から来たと言う。インターネットにも乗っていて、超有名な寿司屋さんだと言う。
 何も言わなくても、どんどん出て来て、1.300円とのこと。で、自分も待って、しばらくして入ることが出来た。で、何も言わないのに、どんどん出て来て、とても美味しい。で、食べ上げて、いくらですかと尋ねると、「1.300円です」と言われた。出る時にも外で4人待っていた(こんな田舎で、日曜と言うのに、こんな感じで待っている人がいる何て!)。
 それから、タクシーで、龍ヶ岳の山頂にある「ミューイ天文台」に行った。プラネタリウムの説明も(自分独りしかいなかったので、いろいろ質問も出来て楽しかった)聞いて、山頂から景色も見て(残念なるかな、まだ少し曇っていた)、帰った。
 楽しかった。又、御所浦町に行き、「しおさい館」で自転車を借りてアチコチをサイクリングをしたり、「白亜紀資料館」でハンマーを借りて化石の発掘をしてみようかなとも思う(船のろを漕ぐ体験も出来るみたいだが)。その後、又、大道のフェリー乗り場にある寿司屋さんに行って、美味しい寿司を食べるとしようかなあ。

 

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2008.04.19 11:29 |  その他(一般)  |  日記  |  masa  | 推薦数 : 0

結婚記念日

 昨日は、結婚記念日だった。4月18日は、又、父の誕生日でもある。もしも父が生きていれば、1912年(明治45年)生まれだから、96歳の誕生日にもなる。父は、1月22日の大雪の日に、84歳で亡くなった。自分がかって勤務していた病院の特別室に1カ月余入院していて、殆ど毎日、(自分は開業していたが)様子を見に行っていた。様子を見に行く度事に悪くなっている父を知って、自転車で帰る時には、涙が自然と出ていた。悲しかった。胆石があって、胸水があり、熱と咳が続いていた。主治医は、自分と同級生の内科医だった。最後は、自分が瞳孔の対光反射がないことを診て、お父さんは亡くなったらしいことを告げた。自分の見る夢の中では、父が亡くなった姿を一度も見たことがない。次兄が送ってくれたDVD(私の結婚式の内容も入っているが)も、しばしば見ているが、夢の中の父は、いつも元気だ。自分が兄弟で一番下なので、父が「一番下は、お父さんと一緒に生きている時間が一番少ないことになるので、その分だけ却って可愛い」と言ったことがあった。郷里の佐伯に就職した時には、佐伯に戻ったことで、とても喜んでいた。「たはら小児科医院」を開業して、いろいろちょっとしたことで手伝ってもらっていた。私の自宅に母の作ったモノを自転車に乗って持って来る時に、交通事故に遭ってしまった。で、それから少し元気がなくなった感じだ。開業しても、経営があまり上手く行っていなくて、父に心配を掛けたなあと思って悔やまれる。今生きていたら、今の自分は、勤務医に戻っても、こんなに元気で楽しく過ごせていると言うことを父に知ってもらいたいなあと思う。

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2008.04.08 08:03 |  お金 / 株  |  日記  |  masa  | 推薦数 : 0

リースマンション・・・

 アパートを賃貸にすれば節税になるからとのことで、よくリースマンション経営の誘いが掛っていた。開業医の時も、勤務医の時も。で、勤務医の時にも、初めからつながない様にお願いしていた。
 それが、平成20年4月7日(月)の14時に、自分の携帯に神戸辺りの番号で掛ってきた。で、どこから情報をと尋ねたら、あっさりと「〇〇小児科医会の名簿からです」と教えてくれた。個人情報保護法には引っかからないのでと説明していた。
 しかし、今までに携帯に電話が掛ったことなかったのだが・・・。
 このリースマンション経営でいろんな実話がある。ドロンと会社が消えて、億の単位の借金をしていて大変になった医師がいる。つまり、早い話しが、節税になるので、借金をしなさいと言うことなのだ。それもスゴイ金額をあっさりとサインしているドクターが現にいるのだ。普通の世界では、相手がどんな人間かをしっかりと把握しないで数千万円の買い物をするなんて、考えられないこと。それが、医師の中にはたやすくする人がいるのだ。相手が紳士に見えたからとのこと。確かに、身なりはきちんとしていて、紳士である。しかし、仕事中に電話してきたり、一方的に話して説得させようとするところは、普通の感覚でないと気が付くべきだ。ある医師は、解約する時、税金で持って行かれて結局は同じだったとぼやいていたが。
 アメリカの様に、インフレ率がスゴイ所では、自分の毎月の収入の方もしっかりとしていれば、確かに上手く行くだろう。しかし、そのアメリカでさえも、知っての通りにサブプライムローンであのざまなのだ。
 学校の教員を退職した人が、証券会社の人に誘われて退職金の殆どを株に投資して、一時は上がったがその後下がり過ぎて大損した例もある(ハイリスクハイリターンは、当たり前のこと)。
 大きな物件は、慎重に越したことはないと胆に銘ずるべきである。

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2008.04.06 15:26 |  生活 / くらし  |  日記  |  masa  | 推薦数 : 0

佐伯春祭り

 

 恒例の「大名行列」が、11:00からあった。見学人、いつもの様に多かった。こんな感じで昔の人が江戸まで行ったのかと思うと、スゴイ無駄なお金を使っていたんだなあとも思ってしまった。


(この写真は、春祭り終了後のもの)

 その後、茶道裏千家淡交会大分支部さいき青年部主催の「花見茶会」に行った。後見人は、男性で、良く知っている人。で、正客になってしまったのだが、点てる人が上がっていた感じで、何度か間違っていた。目をそらして他を見る感じにしていたのだが、それでも最後まで緊張していた様だった。自分の昔を思い出した。初めは皆こんなものなのだ。これに打ち勝つには、何度も場を踏んで経験を積むしかない。誰も助けられない。自分で這い上がるしかないのだ。恥は、若い時に沢山かいた方がいいと思っている。
 高校の時に化学を教わった先生が奥さんと来られていて(車椅子で)、「もう、来年還暦です」と私が言うと、笑われていた。で、その席が終わった後、青年部のよく知る人が来て、「スタッフが少なくて大変なんですよ。今点てた人、〇〇社中の人で、まだまる1年も経っていないんじゃないかと思いますよ。10年以上か、1年未満かって感じで、中堅のバリバリがいなくてホント困っています。」とのこと。生活に追われて、茶道をする暇も(お金も)なくなっているのかなあとも思ってしまった。
 12:00過ぎから、〇×クイズに出たが、初めの1問目で間違えてしまった。残った5人の内の4人が女性で、熟女2人が栄冠を勝ち得ていた。


 春祭り中、人力車もしばしば走っていた。春祭りに(4月5日に)、佐伯の歌が出来て披露された。
 佐伯市歌
「美しいのは~佐伯賛歌~」作詞・作曲 伊勢正三
4番まであって、最後の歌は以下の如く。

昔海部(あまべ)の名残(なごり)をのせて
沈む夕陽(ゆうひ)に映(は)える城山の道
美しいのはここにあるもの
ゆるぎないもの 変わらないもの
(会場の人、皆で歌ったが)

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