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2009.06.21 15:27 |  旅行 / 宿  |  日記  |  masa  | 推薦数 : 0

美しい日本

 

 20日(土)、午後、にちりんで大分まで行き、そこから九州横断鉄道で、熊本まで行って、熊本(熊本バスセンターホテル)に1泊して、21日(日)の10時35分に、天草の本渡行きのバスに乗って、松島の前島まで行き、そこから(龍ヶ岳)タクシーに乗って帰っきた。途中で、スーパーに寄って、(しばらく1人なので)買い出しをしてきた。
 人参やタマネギや白菜など、野菜を沢山買った。久し振りに、長いフランスパンにバナナを載せて、美味しく食べようかなあと思っていたら、フランスパンがない!尋ねてみると、あまり需要がないので、前は作っていたが、今は作っていないとのこと(かなり前から)。そうか、採算が合わないと作らないと言うよりも作れないのだなあ。どこも、厳しいなあ。親切にも、明日まで待ってもらえるなら、明日に間に合う様に作っておきますと言ってもらえた。(車を持っていなし、遠方なのでそれはできない。よく病院の売店で頼んでいるので、必要なら、それしかないなあと思った)
 アパートに帰って(暑いので)クーラーを付けようとしても付かない。カウンターの表示が全く出ない。カウンターの裏にある説明書を見ると、リセットボタンを押さないといけないみたいだ。押し方が悪くて、付かなくて、強く押して、やっと付いた。何でも経験だなあ。
 病院に行くと、当直(内科)の先生がいた。11日に日本に帰ってちょうど10日経ったんですけど、検査した方がいいですか?と尋ねると、全くどうもなければいいんじゃないと言ってもらえた。
 60歳以上はしっかりと抗体を持っているだろうし、それに、自分はそれこそ100万人近くの子どもを診察してきている訳だから、充分に抗体を持っているのでは?!
 昨日来る時に見た阿蘇山、きれいだったなあ。今日の五橋からの眺めも、きれいだった。グラッドストーンもきれいだったが、日本のきれいさも、決してそれに負けていないなあ。


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2009.06.15 11:58 |  生活 / くらし  |  日記  |  masa  | 推薦数 : 0

母のこと

 母は今88歳。昨日長いこと話した。
 「機能が低下している」「ボケてどうもこうもならん」そして、「皆に迷惑かけたらいけんから、そうならん様にせんといけん、それが苦になって・・・」と言う。そして、涙ぐんでいた。
 自分が行くと、心底から喜んでくれる感じだ。「いくつになったんかなあ?」「お母さん、もう60になった。還暦じゃ。」と言うと、「エエェ、そんなになったんか!」と言って驚く。その会話を度々繰り返す。そんな時、いつも初めて聞いている感じで受け答えしている。
 日本の老人の最後の10年間、どう過ごしたら一番いいのだろうか?料理の好きな母だったが、今は、危ないのでしてないと言うよりも周りがさせていない。まだ、これでも、とてもいい方だと思っている(ちゃんと風呂もトイレも、全く普通に出来るから)。
 晩年は、東南アジアやアフリカの様に、大家族で、孫やひ孫などに囲まれて晩年を過ごすのが一番幸せな気がするが。どんなにいい設備の所に入所しても、老人の孤独感は癒せないと思う。それも、孫やひ孫の力が大きいと思っている。
 ところで、母に天理の宗教のことを聞き出すと、不思議なことに、とたんに、目が輝きだして、別人の様に元気になって、私への説教が始まる(私は、天理教の信者ではないが)。
 昨日の母の講話の内容、「一口(ひとくち)話が日(ひ)の寄進(きしん)、これが助けの元立(もとだ)てや、・・・人が傷つくその一言を慎むことが大切。人が喜ぶ一口の言葉が、その日の神様への供えになる。・・・」と。

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2009.05.12 19:46 |  旅行 / 宿  |  日記  |  masa  | 推薦数 : 0

グラッドストーン行き

 11日に福岡で宿泊し、12日の14:35福岡空港を発った。途中で、富士山がきれいに見えて、感動した。福岡空港では、グラッドストーンまでの切符をもらった。で、e切符である為に、席がグラッドストーンまで既に決められていた。
 成田で、(成田空港まで運んでいた)荷物を取りに入って、チェックイン。太鼓が2つにその台、それと大きなスーツケース1つ、で当然重量オーバーの料金を払うはめに。次回は、太鼓1つにしようかなあ。
 21:10に、飛び立つ。で、明日の朝にブリスベーンに着き、グラッドストーンに着くのは、13:00となるはず。
 お土産を買っていくことをスッカリ忘れていた。で、成田空港で日本を象徴るす感じのキーホールダーを買う。家内からも、いいねと言ってもらえた。
 体の調子はいい。福岡空港では、マスクしている人、殆どいなかったが、成田空港では、チラホラいるが、思ったよりも少なかった。私と家内は、柴胡桂枝湯を1日2包、3日間飲んだばかり。準備万全かな。

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2009.05.11 09:53 |  生活 / くらし  |  日記  |  masa  | 推薦数 : 0

母の日

 昨日は母の日だった。母の誕生日は、5月8日、88歳の米寿になった。そのお祝いも兼ねて、家内と一緒に花を買いに行き、夕方、母の所に持って行った。
 いつもの様に、篠笛で、「君が代」と「青葉の笛」を演奏した。
 父が(平成9年に)亡くなり、私が遠方に(平成11年に)行ってしまって、本人は言わないが、やはり、そのダメッジは大きかったと思う。
 オーストラリアでの演奏予定の内容と同じもの、・・・ラジカセを持って行って、テープでのピアノの曲に合わせて、「荒城の月」→「さくら」→「宵待草」→「赤とんぼ」→「月の砂漠」なる名曲を、7本調子の篠笛で演奏した。
 とても幸せそうな顔をしていた。(天理教を信じている)母は、次の様に言った、「他人を喜ばせるのは、ヒトとして、最高の生き方をしている」と。

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2009.05.07 23:13 |  趣味  |  日記  |  masa  | 推薦数 : 0

準備・・・

 朝、9:30にタクシーに乗り→バス→昼食→バス→タクシーで、18時前に無事に佐伯の自宅に着いた。長い距離だなあ。で、12日に日本を発つので、その準備で大変。何せ、大きな太鼓が2つもあるのだから(台も付いているし)。
 家で、いろいろ準備をしていたら、10年前に行った時のスケジュールや写真などが出て来た。で、その時にお世話になったKevin(ケビンChief Excutive Officer)さんから、後日、次の様な内容の手紙が、市の関係者に送られていた。
I am most pleased to report to you on the highly successful and enjoyable visit by Masahide Tahara, Michiko and Shinichi to Gladstone over the last week.
Mr. Tahara performed at Toolooa State High School, Tannum Sands State High School, Chanel Clllege, Clinton State School and South Gladstone State School. He also performed at the Multi-Cultural Festival on Sunday, 1st August, 1999, playing before hundreds of people,
・・・・(10th August , 1999)
又、上手く行くといいけど、どうかなあ。今度は、自分の演奏よりも、子ども達が上手になっていくことを楽しみたい。太鼓を教える内容の準備は、だいたい出来ている。自分に付いて来てくれると思って期待しているのだが(祈)。

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2009.04.29 12:54 |  旅行 / 宿  |  日記  |  masa  | 推薦数 : 0

御所浦・・・

 

 4月27日(月)の朝、御所浦なる島に(家内は、旅の疲れで、家で充電したいと言うので、今回は、1人で)行った。これで御所浦へは、3度目(いずれも、2泊)。
 近いし、安いし(2泊3日で、朝食と夕食が立派に付いて、14000円でお釣りが来た!)、それなりに楽しめた。 定期船で30分程で着いた。着いて、直ぐにレンタルの自転車を借りた。自転車でアチコチ行くのだ。宿泊場所までも、自転車で行く。
 あいにく、初日は、雨がパラパラで少し寒い。翌日は、昨日の天気が嘘の様に、サイクリングには最適な感じの日。で、御所浦島を、9時に出発して、まず、北回りに回った。1周することが出来なくて、行ける所まで行った。これが結構遠い。途中で、1億年前の(正確には、9800万年前の)地層を見て感激する。行く途中で、1人で漁師をしている人を見て、自分のかっての姿とダブって見えた。
 再び出発点に戻って、「白亜紀資料館」に行き(ここも3度目)、係りの人から丁寧に(初めて)説明してもらった。よく分かったが、故宮博物館ほどでなくてもいいけど、もっと格好を付けて展示したら、全世界から来るのになあって感じにもなったが。
 昼食を「しおさい館」で摂って、再び今度は、南周りに出発。これが又、思った以上に遠くて疲れた。前半が長い坂道で、バテ気味。仕方なく自転車を押しての進行。で、それからが遠い。途中で、もう戻ろうかと何度も思ったが、せっかくここまで来たんだからと自分に言い聞かせて、突き進んだ。で、やっと行ける所までたどり着いた。
 これって、新生児を深夜していて、何度も、「いつまでこんなことを続けているんだ!」って感じで自問自答していた時と同じ感じだったかな。1人で8年半間、(大分県南で)新生児・未熟児医療をするなんて、今考えると、無茶なことをしてきたものだ。
 帰る時、足が少しガタガタだったが、何か達成感を味わった。そして、何故か、涙が出そうになった。歳を取ったからかなあ。今まで見えなかったモノが、近頃見えて来ている気がするなあ。
 帰る時、宿の人に、又、来ますと言って帰った。この宿、前の時も同じだったが、着いても人が誰もいなくて、鍵が置いてあって、黒板に伝言されているだけ。しかし、何故か、こんな宿が、自分にとっては、気をあまり使わなくていいのだ。
 リフレッシュできたぞ!

http://www.goshoura.net/kanko/stay/seagull.html

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2009.04.22 15:59 |  その他(医療関連)  |  日記  |  masa  | 推薦数 : 0

インフルエンザB型流行・・・

 午前中、26人代診で診て、インフルエンザの検査を4名して、4名ともインフルエンザB型が強陽性だった。上天草市、今、インフルエンザB型が流行しているのだ。
 午後、高戸小学校(60名前後)と竜ヶ岳中学校(100名前後)に健診に行った。1割程の子どもが、インフルエンザで欠席していた。
 子どもが少なくなっている関係で、龍ヶ岳町の3つの小学校、2年後にはその2つが合併し、4年後には、更に合併して1つになるとのこと。又、今ある2つの中学校も、2年後には、1つになるとのこと。
 まあ、健診の医師にとっては、忙しい時には、一度にまとめて診れて、健診の回数が少なくなるので、少し楽になるのかな。
 今日、小学生1年生~中学3年生までの男女を診て、結構楽しかったかな。子ども達は、どこも同じ感じだなあ。
 ところで、インフルエンザの春先の流行についてであるが、中学校の養護の先生の話だと、一昨年は、多く、昨年は、パラパラで、今年が一番多いとのこと。何でこうなったのかな?!赤道直下は、夏に多いとのことらしいが。

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2009.04.22 13:19 |  その他(医療関連)  |  日記  |  masa  | 推薦数 : 0

アルバイト医

 3月31日に退職し、同じ職場で、バイト医として働いている。昨日(火)の夕方から27日の早朝まで、代診をする。何もかも分かっているので、それに、主治医になる訳でもなく、つなぎだけなので、極めて楽かな。来月も、5月1日(金)の夕方から7日(木)の早朝まで、することになっている。
 小児科ドクター2名が1名になっても、それなりにこなせている。守備範囲を少なくすれば、それなりに可能だ。あまり抱え込んでしまうと、潰れてしまう。
 経験的に、1人と2人では、状況は全く違う。1人だと、息抜きが出来ない。いつも100%のエネルギーを使っていると、いざと言う時、エンストを起こしてしまう。70%ぐらいでいつも頑張っている方が、いざと言う時、対応できる。
 自分では疲れてないと思っていても、次第に疲労が溜まっきて、いつかは、それが症状として出てくる。例えば、血圧が上がったり、不眠症になったり、最悪な時は、ウツになるのだ。
 忙しい人は、お金がない。お金がある人は、暇がない。やっと遊ぶ楽しさを味わえる様になった時には、体力がない。まあ、世の中、そんなものかな。

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2009.04.20 09:55 |  その他(医療関連)  |  日記  |  masa  | 推薦数 : 0

過去のすれ違い

 この4月に佐伯に帰って、ある50歳を過ぎた感じの女性から、次の様に言われた、・・・
 「先生はもう覚えていないでしょうけど、先生は私の子ども達のかかりつけの先生で、大変お世話になりました。時間外にかかったこと、私たち、幸いになかったんですけど。・・・先生の勤める○○病院で、子どもの救急を断ったと言うことで、○分○○新聞に、大きく報道されましたね。・・・それを先生が、患者さんが沢山いてすごく忙しいのに、私に批判されたその新聞を見せて、お母さんはこの記事どう思われますか・・・と質問されて、その時、私は、・・・どの親も子どものことになると一生懸命なので、深夜でも、お医者さんは神様なので、診てもらいたい一心になっているので、たとえ熱でも、お医者さんにとってはたいしたことないと思っても、素人の親は、そうでないこと多いんじゃないでしょうか・・・と言いました。そしたら、先生は、私の答えを意外に思った感じで、・・・そうですか、そんなもんなんですか・・・と言いましたけど」と。
 この件(昭和58年)では、親御さんが、深夜、子どもの熱である小児科開業医にかかった時に、ひどく叱られたとのこと。その小児科開業医、当時、入院ベッドも持ち、朝から晩まで仕事をされ、高齢なのに、体を壊しているのに、殆ど休むことなく頑張っておられた(私の尊敬する)立派な先生。叱られたその親御さんは、その時、もう、どんなことがあっても、この小児科医には絶対に診てもらわないと思ったそうな。で、それ以後、他の内科小児科開業医(立派な先生で、先生が優しいこともあって、患者さんが多く、私も小さい時にかかったことあり)にずっとかかっていたのだが、深夜、再び熱でその内科小児科開業医を受診しようとしたが、断られた。で、私の勤める病院に電話が来た。が、当時私も、朝から晩まで不眠不休で仕事をしている状態で、特に、初めのまる3年間は、全く他の小児科医の援助なく、メチャクチャ仕事をしている時。24時間365日、要請に応じて、県南で新生児・未熟児を深夜でも救急車に乗って駆け巡っている時。就職した当初から、夜は、20時~21時に集めて必ず毎日診る、深夜は、どうしても朝まで待てない一刻を争うケースしか診ないとしていて、それを実行しいた。で、深夜の熱と言うことで、病院の方が電話の時点で断っていた。
 その親御さんは、仕方なく、(今後診てもらわないと決心していた)元の小児科開業医に診てもらった。夜の3時過ぎに、この小児科医は診たのである。その親御さんは新聞に投書し、新聞には、その最初の題が、「一刻を争う場合にしか診ない許されない救急病院」となっていた。
 その後どうなったかと言うと、私の勤務する病院では、大変なことになって、断った職員が叱られ、始末書まで書かされ、ある職員が怒って○分○○新聞を取らなくなったり、又、院長は坊主になったりと大変だった。私も、少し落ち込んでいたかな。

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2009.04.18 23:15 |  旅行 / 宿  |  日記  |  masa  | 推薦数 : 0

ソウル6

 朝、やっと元気になった感じになっていて、家内も少し風邪気味で疲れた感じになっていたので、模範タクシーを利用して帰ることにした。普通タクシーには1度だけ、ナンタ劇場に行く時に利用したのだけれども、模範タクシーには、それまで乗った経験なし。一度乗ってみたかったこともあり、明洞から仁川空港まで、50分で9万ウォンも掛かるが、ハングル語の勉強にもなると思って利用した(AREXと地下鉄を使用すれば、この10分の1で済みます!)。
 模範運転手さん、その運転手さんが使っている日本語を勉強する為の本を見せてくれたが、最後まで、日本語を全く話さなかった。英語も苦手な様で、話さない。マレーシアのクアラルンプールで乗った運転手さんは、英語が話せなければ職に就けないと言われていたけど。運転中、携帯電話をしていた。で、私が、ハングル語で、電話どうぞ、気にしなくていいですよ何て言ったが。日本には、一度も来たことがないとのことで、お金がないので行きたいけど行けないとのことだった。
 14:15分に飛行機が飛び立って、その70分後には、もう、福岡空港に着いていた。ソウルって、実に近いなあ。で、空港から地下鉄で博多駅に行き、17:00のソニックスに乗って、20時過ぎに佐伯に無事に着いた。
 いい4泊5日の旅行だったなあ。いろんな勉強が出来た。思うに、旅行も、(特に海外旅行ではそれなりの)金力ももちろん必要だが、やはり体力が最も大切だなあ。どんなにやる気満々でも、体力がないと、思わぬハプニングに陥るし。まあ、今からは、家内がしっかり付いているから、その点はいいかな。

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