人生は「選択」の連続ですね。
今日今からすることにしても、自分でそれを選択して行動していることになります・・・全てがそんな感じですね。
その「選択」も、あまり考えないで習慣めいてしている場合、人から言われてしている場合、そうせざるを得ないと考えてしている場合・・・自分の夢を叶える為に、他の人と違った感じでしている場合、いろんなメニューがある中で、好きな方を選択してしている場合など、いろいろあると思います。
佐伯市や天草の老人施設(老人ホーム)をアチコチ慰問していますが、(健康な人の集りの)老人クラブですることもあります。老人施設(老人ホーム)では、こちらから話し掛けることが殆どです。「唄いましょう・・・」と言っても、唄ってもらえないことも多いです。無表情に近い感じで、聞かれてる場合も多いです。
対照的に、老人クラブになると、何も言わなくても、大きな声で唄い出すケースが殆どです。とても積極的です。
ある海外での実験で(参考:NHKコロンビア白熱教室、シーナ・アイエンガー教授の講演内容)、ある老人施設に入居している同じレベルの老人に、扱い方を違えてその後の反応を調べています。
1階の老人には、受身の選択・・・→立派な植物を置き、何もかも、介護士が立派にお世話をする感じにしました。
2階の老人には、兎に角、自分の意思で選択・・・→植物を置くかどうか選択して下さい、植物を置くとしたら、どんな種類がいいのか、それも選択して下さい、植物の世話を自分でするかどうかも選択して下さい。自分の世話をしてもらいたいかどうか選択して下さい、世話をしてもらいたい場合、どんな世話をしてもらいたいか、選択して下さい。テレビを置いた方がいいかどうか、選択して下さい、置いた場合、どう利用するかも選択して下さい・・・。
その後の結果は、歴然でした。積極的に自分の意思で選択した方が、明らかに予後が良かったのです。(・・・←当たり前ですね!)
日本の老人ホームが、入居者の「気」を奪ってしまうことがない様にと願います。老人ホームでは、QOLを尊重する介護をしてもらいたい。それが出来る制度に厚労省には尽力を尽くしてもらいたい。(・・・←それが出来ないなら、出来る様に、国政選挙で選択しましょう!!)
人間は、ぶつかった時、いろんな「選択」があります。もう、絶望だと思っても、実際は、いろんな道があることが多いのです。
登山家アーロン・リー・ラルストン(Aron Lee Ralston)の話は有名です。彼は、2003年5月、アメリカ・ユタ州の渓谷で事故に遭い、岩に挟まれた右腕をナイフで切断することにより脱出しました。絶体絶命の中で。この事故は自伝として小説化され、2010年には『127時間』として映画化までされています。
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NHK教育テレビで、「武士道(4回シリーズ)」の放映が(2月2日に)あり、その1回目での内容(を中心に以下に)・・・。
欧米の「騎士道」に対して、日本人には、「武士道」がある・・・?!
江戸時代、武士は「士農工商」制度で、戦闘がなければ働かない感じでの支配階級だった。働かなくても食べていけるのは、年貢を納める人がいるから・・・→武士は身分が高いがゆえに、普通の人以上に厳しい義務倫理にしばられるべきとの考えになっていた。
久留米藩士の「真木和泉」は、「義」に付いて述べている。
義(正義)はたとえて言うと、人の身に骨があるようなものである。骨がなければ首も正しく据わることができない。手も足も動かないし、足も立つことができない。だから、人は才能があっても、学問があっても、義がなければ世の中に立つことができない。義があれば、無骨で不調法であっても、武士たる資格がある。
義があっても勇(勇気)がなければ、実行に移せない。義と勇は離れ難い関係にある。義でない勇は、本当の勇でない。
主君の命令は絶対であったが、武士は、主君の奴隷ではなかった。主君の間違った考え方に対しては、本物の武士たちは、命をかけて己の気持ちを訴えた。
嘘をつくことやごまかしは、恥ずべきこととされていた。武士たちは、己の正義に値するものに対して忠義を誓っていたのである。
「義を見てせざるは勇なきなり」
武士は銭勘定を嫌った。銭勘定は損得を追求する行為だから。商売は商人たちに任せて、武士は、人々の模範となる生き方を追求した。
「武士に二言はなし」
「武士は食わねど高楊枝」
・・・ムムッ、日本人の武士道って、日本人の心の故郷(ふるさと)って感じで、素晴らしいなあ・・・。
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江戸時代、日本人としての振る舞いとして、「江戸しぐさ」が産まれました。これ、正に、日本人があるべき姿としての日本文化の教科書的なもの・・・。
今の時代も、この「江戸しぐさ」、充分に通じます・・・?!
江戸時代、江戸は、日本の中心地、その人口は、100万人に達していて、当時、ニュ一ヨ一クは、17万人でしかなかった。士農工商の時代であったが、江戸の中心には、農民や職人はいなくて、武士と商人の町であった。
武士は、通行人の様なもので、しばしば、移動があった為に、江戸の本当の住人は、商人でしかなかった。そこでの商人の世界では、江戸に三代住み込んで、やっと、その子どもに江戸の気質が育つ、つまり、「江戸っ子」になれると言われていた。
商売人の父親や母親は、忙しくて、子どもの教育が出来ない。それで、親の代わりとして、寺子屋での子どもの教育が生まれた。そこでは、先生は、親の代わりとなって、尊敬された。つまり、親が尊敬されるのは当たり前で、その親の代わりなので、先生も尊敬された訳である。
寺子屋での主旨は、「三つ心を、六つしつけを、九つ言葉を、文12、理15で、末決まる」とあった。・・・つまり、3歳までにたっぷりと愛情を与えて心を育てなさい、6歳になるまでに、しっかりとしつけをしておきなさい、9歳で、相手の心に響く様な言葉使いが出来る様に、12歳で読み書きが出来る様に、15歳で、世の中の理屈がわかる様に、そうしないと、取り返しがつかなくなる、つまり、手遅れになりますよ、との主旨であった。
又、「江戸しぐさ」として、言葉使いの作法、付き合い方の作法、往来の作法の仕方が、そこでは、強調された。
言葉使いの作法として、例えば、どんな場合にも、相手に、「殺すぞ」とか、「その考え方古いよ」とか、言ってはいけないなど。
付き合い方の作法として、相手と話す時に、足を組んだり、腕を組んだりしてはいけない、目付きは大切なので、相手を見る目付きに気を配りなさいなど。
往来の作法として、集会場での履物の配慮など、とくとくと教えられた。
又、そこでの言葉の意味として、「すみません」は、仏様が見た時、道理にかなっていので、澄んだ目で見れない意味。「ありがとう」は、めったにないが出来た意味なので、してもらった時には、必ず、ありがとうと言うべき。「つまらないものでけど」は、貴方の価値と比較すれば、とるにたらないも、貴方からしてもらった恩と比較すれば、つまらないものの意味だと教えられた。
又、「三脱の教え」と言って、年齢を気にして生きるべきではない、職業を離れても気軽に付き合える友達を持ちなさい、地位を離れても気軽に付き合える友達を持ちなさいなどとの教えもあった。
これらの「江戸しぐさ」の教えは、今も、充分に通じるし、又、日本人の文化として、世界に誇れるものではないでしょうか。
*かっての「テレビ寺子屋」での内容を元に、私なりに、まとめました。多少、私の記載に間違いがあるかも知れませんが、御容赦下さいませ。
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いろんな生き方があると思いますが、日本の将来を考えると・・・→お年を召した方は、能力があっても、少し引いて、若い人を盛り立てる方向に行った方がいいのではと常々思っています・・・。
もちろん職種によって、生き方は違ってくるべきだとは思いますが・・・。
官僚や政治家の場合、若い人のいい意見を積極的に取り入れて、若くても能力があれば、それを認めて昇格させる制度が是非必要と思われます。今の多くの行政の年功序列や終身雇用の感じだと、若い人が上手く育っていけないのでは・・・。(橋下徹大阪市長の動向を期待していますが・・・)
医師や教師の場合、60(~65)歳過ぎて退職しても、多くの場合、(体力的には低下しているとは思いますが)能力はまだあると思われます。若い人の後ろに立つ感じで、
・・・医師であれば、週1回とか2回とか(時には、若い先生が学会に行っている時などに)代診するとか・・・。
・・・教師であれば、時には、二人三脚で授業を進めることがあってもいいと思いますが・・・。
そんな感じで、全国規模で大きなネットを作ってそれを可能にしていけば・・・出来るだけ難しい手続きを少なくして、短期間でも積極的にしていけば・・・、医療や教育の現場でかなり助かると思われますが・・・(現に少なからず出来てるケースもあると思われますが、それをもっとダイナミックな方向で大きくしていくことを望みます・・・)。
労働人口減少が問題になっていますが、歳をとっても、その人の能力に応じて、若い人を盛り立てる感じで、お年寄りにも頑張ってもらえれば、日本の将来は明るいと思っているのですが・・・?!(本人も、それで生き甲斐を感じで、心機一転、いいことも多いと思うのですが・・・)
認知症を沢山扱っている医師が言われていましたが・・・→老後の生活が最も安定していると思われる国家公務員が、一番、認知症が多い・・・?!
*以下、あるインターネットのサイトより引用・・・
認知症の職業別の多い順では、・・・
1、国家公務員
2、学校の先生を含む地方公務員
3、銀行員 その他の金融関係・・・
・・・認知症になり易い人の特徴として・・・
1、「記憶力が勝負の勉強をした人」
2、「前例に従っての生き方をした人」
3、「職場に一日10時間以上いる事の多い人」
4、「年に連続して20日以上の休暇が取れない人」
*退職してから気を付けても、既に、遅しってこと、あるかも知れませんよ・・・?!
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佐伯の新町でやきいもを売っているおばちゃん(60歳前後?)がいる。「やきいもやのおばちゃん」と周りの人は言う。いつもニコニコして、感じがいい。深夜、酔った男の人たちがよく買っている。多くの人が、「おばちゃん、いも焼けとる?」と聞いてきている。列が出来ることもしばしば。まだ焼けていない状態であることもしばしば。
「兄(に)ちゃん、まけちゃるけんなあ・・・」「兄ちゃん、学生さんじゃないごとあるが・・・」「兄ちゃん、ちゃんと仕事をしよるか?」「兄ちゃん、結婚してるんネ?」「兄ちゃん、何しとるんね、よくここで見るけん・・・」「兄ちゃん、元気がいいなあ・・・」・・・これが、私と「やきいもやのおばちゃん」との間に交わされているいつもの会話の内容である。
西田病院の時から、夜の診療を終えて、新町を通って帰っていたが、その時、目が合うと必ずお互いに挨拶を交わしていた。今までに200回はゆうに買っている。いもはいたって健康食品。繊維が多いので、お腹の掃除をしてくれるし、最近大腸癌を防ぐ意味で注目されている。それに、おいしい。
この「やきいもやのおばちゃん」、どう言う訳か、私には買うと例外なくまけてくれていた。
自分がどの様に見えるのか、自分がどんな人間か、その判断は他人がする。決して自分ではない。このおばちゃんの「兄ちゃん・・・」と初めに出る言葉が客観的に見た私の姿をよく現わしていると思い、いつも嬉しかった。何と、それが2~3年どころではない。はっきり覚えていないが、10年近くになるのは確かである。
それが、おばちゃんの孫が、「たはら小児科医院」に病気で入院してしまった。そして、バッタリ我が医院の待合室で会ってしまったのだ。しまったと思ったが、いつかはこんな日もくるだろうとは常々覚悟はしていた。
「やきいもやのおばちゃん」のビックリした顔。今まで生きてきてこんなに驚いたことなかった感じの顔だった!おばちゃんが、「いじがわるいんじゃあけ・・・」と言って追っかけて私の背中を叩くのである。
ちょうどその時、私の父が玄関から入って来て、「やきいもやのおばちゃん」は、私の父とも会った。「やきいもやのおばちゃん」は、私が父の息子であることも同時に知った。父から孫が佐伯小学校の時によくお世話になっていたとのこと。
父は、若い時、玄関で来客から、「校長先生は?」と聞かれ、その時父は顔色一つ変えずに、校長室で待つように言い、後で自分が入って行き、その来客の人が「校長先生、意地が悪いわ」と言って冷や汗をかいていたとのこと。
退院の日(平成3年12月3日)、「やきいもやのおばちゃん」は、孫の主治医である私に、「先生ありがとうございました」と言って、深々と頭を下げて帰って行かれた。
私の自称「兄(にい)ちゃん」の歴史はここで幕を閉じてしまった。
以上は、平成4年1月14日に発行した「たはら小児科医院月報」に記載した、「兄(にい)ちゃんが先生になった?!」の内容です。(本文のまま)(開業中、たはら小児科医院月報を、閉院時まで、毎月14日に欠かすことなく、発行していました。)
相変わらず焼き芋を売っているその「やきいもやのおばちゃん」と、久し振りに(平成24年1月14日の20:00過ぎに、夜の繁華街の)新町で、(母のいる家から家内と一緒に歩いて)帰る時に会いました。(やきいもやのおばちゃんの)年齢は、80歳とのこと。旦那さんは25年前に亡くなり、やきいもを売る仕事は、42年間も休みなく独りで続けているとのことでした。
「昔の様に売れない・・・膝が悪いので、もう前みたいにリヤカーで運べない。他の人にしてもらっても、人件費が出ないので、それも出来ない。も少し頑張ろうと思う・・・」と言われていました。(私の事も、いろいろ尋ねられましたが・・・)
「やきいもやのおばちゃん」から、この時、健康の秘訣を直に授かった思いがしてなりませんでした・・・。
今回も、買うと、沢山袋に入れてくれました。「やきいもやのおばちゃん」の優しさが焼き芋の味に出ていて、家内と楽しく食べました。
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昨晩(6日)、報道ステーションで橋下徹大阪市長が出て、キャスター古舘伊知郎と長いこと対話していたけど・・・なるほどと頷くことばかりって感じでしたが・・・。
橋下さんの言われる様に・・・→政治家は、民意を大切にすることが先決で(党の為よりも・・・)・・・若い人に元気を与えて、それで、お年寄りも支えられる世の中にしないといけませんね。是非、いい方向に変えて欲しいです・・・(頑張って下さい!)。(今の流れでは、誰が総理になっても、変わらない感じですね・・・?!)
私はもう若くないので・・・今からどう生きるべきかを年齢上考えざるを得ませんが・・・→
2005年の国勢調査では、都道府県別の生命表では、長野県が男性平均寿命が全国トップで、79.84歳、女性は、86.48歳で、5位となっています。
驚くのは、(65歳以上の)高齢者の就業率が、これも全国トップなのです。農林水産省が5年ごとに行う調査では、長野県の総農家数は1975年以来全国1位で、シルバー人材センター登録者の就職率でもトップを占めています。更に素晴らしいのは、一人当たりの医療費が全国最下位なのです。
と言うことは、まだ仕事が出来る人は、仕事をした方が自分の為にもいいってことではないでしょうか。
年齢で、高齢者扱いにせずに、年を取っても、能力のある人は、積極的に社会の為に行動するべきではないでしょうか、その為には、その場があること、それに、体の自己管理が大切ですね。
ドクターの中には、80歳を過ぎても(その多くは開業医ですが)地域の為に頑張っておられるドクターも現におられますが・・・。
高齢者就業率(65歳以上)
1位、長野県(29.9%)
2位、山梨県(27.1%)
3位、鳥取県(25.9%)
4位、岩手県(25.2%)
5位、静岡県(24.9%)
6位、島根県(24.4%)
7位、福井県(24.1%)
8位、東京都(23.5%)
9位、愛知県(23.2%)
10位、群馬県(23.0%)
となっています。
働く意味は、「傍を楽にさせる為」とも言われています。いや、働くことで、自分もそれで存在感があって、生き甲斐があると思うのですが・・・(私も、この3連休も(7日~9日)、細々と働いていますが・・・)。
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今朝の民放のテレビで、「イク爺」・「チャラ爺」・「スタ爺」に付いて、解説していました。「育児する高齢者」・「おしゃれする高齢者」・「勉強する高齢者」のことで、女性版の「イク婆」・「チャラ婆」・「スタ婆」もあるそうですが・・・?!
そうですね、私も、孫が出来たので、この3つで行こうかなとも思いますが・・・?!まあ、「チャラ爺」は、演奏の時だけですが・・・。
将来、(ニューヨークで12月末に)生まれた孫から、本場の英語を習おうと思っているのですが・・・(この考え、甘いかな・・・)。
今の私は、「スタ爺」で取り敢えず行く予定にしています。茶道を少しずつでも復習し、篠笛・和太鼓も努力を惜しまず、それに、語学(特に、フランス語・ハングル・アラビア語のテレビの講座を欠かすことなく)に。
勉強しても、それを使わないと面白くないので、出来るだけ機会を設けて使って行こうと思っています。
幸せになるには、アランの言った様に、行動に移すことですね・・・。
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今朝のNHKで、「イケダン」の事が取り上げられていた。
「イケダン」とは、イケてるダンナの意味。『イケダン育成術―賢妻に学ぶ結婚生活を幸せにする技術』(文藝春秋)なる本まで出ている。
まず、妻が変わる→可愛く頼む(してもらえると助かるんだけど・・・)、感謝の気持ちを伝える(大げさにありがとう、助かったと言う・・・)、大げさに褒める(私が掃除をしたのより綺麗だわ・・・)→夫が変わる(→イケダンになれる、誰でも!!)
妻からしばしば小言を言われている旦那さんは多い。それもきつい言葉で。半強制的な言い方をされると、多くの旦那さんは、やる気を完全になくしてしまう。
まあ、これって、多くの人間関係にも当てはまりそうですね・・・。
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朝は、5時に起きる。毎日、午前中の30分以上の散歩を欠かさない。
食事は、(料理人だったこともあり、お手のもの)3食、しっかりと摂る。意識的に野菜を沢山摂り、蛋白源として、魚を主体にするも、鶏肉などの肉も好み、卵は、2日に1個、意識的に摂る。
ゆっくりと入浴し、夜の9時過ぎには、床に入り、グッスリと熟睡。晩酌は全くしないし(付き合いで年に数回アルコールをたしなむだけ)、喫煙もしない(昔は、していたが、20年前からキッパリと禁煙)
血液検査の異常値はなく、特に病気らしい病気はない。姿勢がいい。肌の色つやがいい。とても81歳には思えない。そして、アコーディオンのボランティアで活躍中。
これが、独り生活をしているMさんの姿だ。
こんな老後が理想的だろが・・・奥さんに立たれて、一時は、落ち込んでいたが、(今のフィギャースケートの真央ちゃんみたいに完全復活して)元気そのもの。
仕事を辞めたら、是非、こんな模範生のお年寄りになりたいものです・・・。
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