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世界の流れ・・・

masa / 2011.02.28 08:48 / 推薦数 : 1

 

 かっては、アメリカとソ連との長い対立があって、「冷たい戦争」って感じで言われていたけど・・・。そんな中で、インドが出て来て、第3世界の存在何て感じで言われていたけど・・・。
 今はどうだろうか・・・イスラームを信じる人が約15億人いると言われ、将来ムスリムが世界の人口の4分の1を占めるだろうとも言われているけど・・・。
 それにしても、日本人は、イスラームの事、あまりよく知らないなあ・・・。マスコミがイスラム原理主義を声高に報道してきているので、怖いって感じに思っている人が多いみたいだが・・・?!
 9・11のテロも、根底には、パレスチナとイスラエルとの対立があったみたいだし・・・←もう、宗教戦争は、止めて欲しいなあ・・・。
 しかし、今度は、ちょっと違うなあ・・・?!民主化を求めて、多くの民衆が立ち上がっているのだ。不満分子が団結する手段を得て、それがまとまった形で実行に移されているのだ。これは、スゴイ!!
 リビアの民衆の1人がマスコミに言っていた、「自信と誇りを取り戻したい!命を落としても、独裁者を倒す!」と。・・・←このモチベーション、本当にスゴイですね。この勢いでは、カダフィ大佐も、もう、100%時間の問題ですね!!
 良くない政治家は、次の3つをするらしい。1、修正案を出そうとしない。2、新しい案を出そうとしない。3、内部情報を公にしない。・・・←ムーッ、今の日本の政治家はどうでしょうか?!
 私腹を肥やすとなると、やはり、いつかはそれが必ず命取りになりますね!
 イスラームでは、アッラーの意志に添っていれば、亡くなっても、天国に行けるとのこと。そこは、緑色の植物で満たされているとのこと。(そんなことから、ムスリムは、緑色を好むのかな・・・?!)
 イランは、ペルシャ語を話し、イスラエルは、ヘブライ語を話し、トルコは、トルコ語を話す。これらの3つの国とも、アラブの国ではないけど、アラブの国の変化に続いて、やはり、何か、変化が起きそうな気がしますけど・・・?!

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箸の文化・・・

masa / 2011.02.27 08:55 / 推薦数 : 0

 日本語で、「はし」と言っても、食べる時に使う「箸」、端っこの「端」、そして、日本橋の「橋」がある。「はし」をどんな風に発音するのか、その具体的な仕方が文字に出ていない。これって、外国の人にとっては、習得しにくいだろうなあ・・・?!
 その点、タイ語やカンボジア語やミャンマー語やベトナム語では、それが文字にちゃんと出ているので、そのまま発音すればいい。(日本語は、その点、不親切かな・・・?)
 韓国語や中国では、多く場合、漢字の読み方は、基本的には、一通りしかない(2通りに読む例外はあるけど・・・)。それが、日本では、例えば、「一」などは、10通りどころか、それ以上ある(100通り近く?)。
 ところで、食べる「箸」のことだが・・・→日常の食事に箸を積極的に使っている国は、中国、朝鮮半島、日本、ベトナムぐらいなものだ。
 韓国では、器を左手に持って食べるのは、マナー違反となる。飯と汁物は、スプーンで食べ、箸は、おかずを摘む時に使う程度。その箸も、金属で出来ていることが多いかな?お店で食べる時、おかずがなくなると、店員さんが又持っきてくれる・・・(これを初めて知った時には、とても驚いた!)。
 韓国では、食事に呼ばれた場合、残すのが礼儀みたいで、日本人がいつもする様に、きれいに残さず食べる(皆で同じ器のものを食べる時、最後に一つ残すことも多いが・・・←これって、海外の人、何故?って感じになるみたいですが・・・)と、接待してくれた人から、出す量が足りなかったと思われるみたいですが・・・?!
 日本では、スプーンを使わずに、箸だけで食事を終えることも多い。つまり、日本食は、箸のみで食べることを基本にしている!
 その箸の持ち方だが、年配の人では、きれいな形になっているのに、若い人の中には、そうでない人を時々見かける(・・・→日本食を食べる時には、今の様にグローバルな時代だと、外国の人でも、上手に箸を使っているケースもあるので・・・日本人として、箸をきれいに持って食べる方がいいと思いますけど・・・)。
 この箸だが、中国から伝わったものと思われている様だが・・・→3.500年前の北海道礼文町船泊や、6.500年前の福井県鳥浜貝塚などの縄文遺跡から、既に出ている!
 と言うことは、箸の起源が中国でなく日本であっても、何ら不思議でないし、世界最古の土器を造った(手先の器用な)縄文人が箸を使い始めたとしても、自然な流れだと思われる。
 さあ、今日も、食べる時、ニコニコして、箸を上手に使って、「いただきます」から「ごちそうさま」まで、多くの人に感謝して頂きましょう。

*参考図書:日本はなぜ世界でいちば人気があるのか 竹田恒泰 PHP新書 2011年1月発行  

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国際看護学講義終了・・・

masa / 2011.02.26 10:20 / 推薦数 : 0

 

 2月22日(火)と24日(木)と25日(金)の3日間(10:20~12:00までの100分間)、上天草市立上看護専門学校で、「国際看護学」の一環として、多国語中心に講義をした(新カリキュラムで、今年から)。自分なりに、いろんな宗教や文化の違いなどに付いても話したが・・・。
 で、講義終了後、3回とも、多国語の試験をした。
 驚いたのは、看護学生、よく試験ができていた。やはり、興味深く、楽しく聴いてもらえたのかなあ・・・?!(3回の平均点が、90点以上が4人、80~89点が12人、70~79点が11人、60~69点が5人、60点未満が2人だった。最高点は、300点満点で、100点100点96点で、296点・・・←スゴイ!スゴイ!、最低点は、300点満点で152点だった。)
 で、思ったのだが・・・→アラビア語とハングルで、34名の生徒全部の名前を書いて上げたのだが・・・→これで、生徒のハートを掴んでの結果かな・・・?!
 講義も、反応がいいと、教える方も、やり甲斐がある。眠っていると、こちらもやる気が少しなくなりそうになるかな・・・?!
 (2月20日(日)の9:50~17:00までにあった)今年の看護師国家試験、例年と比べて、基本的なことを問う問題が多い感じで、(国際化を反映してか、病名を英語でも書いていて)問題自身も、少し易しかったみたいだが・・・。
 昔は、年に2回あったのになあ・・・→本当の心配は、厚生労働省が、何割合格させるかだなあ・・・?!何故、何%出来れば合格と、はっきり言わないのかなあ・・・?!
 看護師国家試験も医師国家試験も、合格率を初めから決めていると言う噂もある・・・→もしも、それがホントだったら、看護師や医師不足の状況で、資格試験でなく、競争試験が行われているってことになるけどなあ・・・?!
 今回の問題は、心の優しい年配の人が中心になって作成した感じがするけど・・・?! 

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祈り・・・

masa / 2011.02.25 12:12 / 推薦数 : 0

 

 2月25日(金)の朝の民放のテレビで、クライストチャーチでの地震で助かった日本人男女が出ていた。二人とも、19歳。
 男性は、初めての海外で、語学研修に来ていて、足を切断して、救助されている。「元々プラス思考ですから・・・」と言われていた。明るい言い方をしていて、又、海外に行きたいと言われていた。
 女性も、語学研修に来ていて、足を痛めていたが、幸いに骨折などなくて、国体の選手だったりしたこともある関係か、逞しく話されていた。
 両者とも、まだ、救出されない人を気遣って、自分たちだけが助かったことを心底から喜べないって感じで言われていた。
 ガレキの下にいる人を救う為に、日本から既に犬を連れて救助隊が駆け付けているが、救助する方も、命懸けなのだ。
 かってのニューヨークでの「9・11」の時も、勇敢な救助隊が直ぐに駆けつけたが、それで、亡くなっている。ホントに気の毒だなあと思う。完全な殉職だ。
 世の中には、仕事とは言え、人知れずに、命を救う為に、時間を問わずに昼夜頑張っている人、多い。
 地震の惨事と同時に、アラブ世界での民衆の暴動が毎日報道されている。
 チュニジアの大学生が、(貧乏で生活が出来ないので)アルバイトでモノを売っていて、それを、政府の役人が理不尽な態度で、道具も全部取り上げて、賄賂までを要求した。その大学生、焼身自殺してしまった。それから火が付いて・・・(大人しいムスリムの多くの民衆が団結して立ち上がり)大きな動きになっている。
 貧乏な為、モラルもなくて、人殺しが職業って感じになっている人もいる。今回のリビア政府側に付いて、民衆の頭に銃を向けて発砲している人が、そうだ。アフガニスタンやパキスタンでも、少なからずそんな感じの人、いると思う(そんな人も、よく考えると、そんなことにしか生活の手段を見い出せない何て、心がとても貧しいと思うけど・・・)。
 今、クライストチャーチの地震後の惨事と、アラブ世界の惨事が同時に報道されている。
 前者は、自然災害、後者は、人為災害。
 個人的には、見守って祈るしかないが・・・出来るだけいい方向に、行ってもらいたいものです。(合掌)

*写真は、クライストチャーチでなく、北島のオークランドで演奏した時の模様。

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一期一会・・・

masa / 2011.02.24 10:11 / 推薦数 : 0

 

 朝、病院の医局に行くと、斜め前に座っている内科の先生から、「見て、今日、きれい・・・」と言う。医局から外を見ると、水俣の方が、霧の中に浮いている感じで、とてもメルヘンチック。で、看護学校の講義の前に、そのビデオと写真を撮った。自分としては、景色も「一期一会」と思っているのだが・・・?!
 北アフリカのチュニジアから端を発して、エジプト、リビア、そして、アフリカではないが、イェメン、バーレーン、イランでも、長期政権に対して、民衆が民主化を求めて立ち上がろうとしている。もう、この流れは、止められないだろうし、止めてはいけないと思う。
 アフリカの多くは、第二次世界大戦後に独立している。長いこと、ヨーロッパのイギリスやフランスなどの国々の植民地にあった。その爪痕で内戦が起きたり、国境での問題が起きていたりしているケースが多いみたいだが・・・?!(そんな状態になったアフリカの国々に対して、ヨーロッパの国が、誤ったこと、聞いたことないなあ・・・?!)
 アフリカの国の数は、何と、アジアよりも多い。アフリカの国々の中で、一番人口の多い国は、ナイゼリアで、日本のそれよりも多い(2万人の人口に、医師が1人の割合?!)。次が、エジプト、そして、エチオピアだが、エジプトやエチオピアの人口は、ドイツのそれよりも少ない。
 アフリカに行って滞在した人(ガーナ、タンザニア、ザンビア)の話を聞くと・・・そんな生き方もあるのか、いや、それがひょっとしたら正解かなって思えることもある・・・?!
 (もちろん、アフリカと言っても、広いので、かなりの違いはあるけど・・・)時計を付けていても、殆ど時間が合ってなくて、単なるアクセサリーだったり・・・時間通りバスが出ることは、まずなくて、ほぼ満員にならないとバスが出発しないとか・・・→ある時、時間通りに来たと思ったら、何と、24時間遅れのバスだったとか?!
 そんな中で、アフリカの人は、慌てないらしい。バスを待っている時も、周りの人と話し、楽しく過ごしているらしい。途中の時間が長くても、周りの景色を見て、楽しんでいるとか・・・。
 ムーッ、ストレス抱えてウツ気味で頑張っている日本人、そんな生き方もあることを知るべきかな・・・! 

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日本語・・・

masa / 2011.02.23 09:19 / 推薦数 : 0

 

 大学の英語の講義で、シェークスピアが書いた作品を、そのまま原語で読んでいたことがあった。現代英語と比較して、似た感じの所もあったが・・・自分にとっては、難しかった。
 ところで、日本では、シェークスピアの時代よりもはるかに昔の作品を学校で学び、大学入試にも、万葉集時代のものまでがしばしば出題されている。
 これが、ヨーロッパだったらどうだろうか?ヨーロッパの昔の作品を読むとなると、ギリシャ語を勉強したり、ラテン語を勉強したりして、大変なことになるのでは・・・?!
 英語は、5世紀に、ブリテン島に移住してきたゲルマン小民族が話す地域言語に過ぎなかった。その後、独自の発展を遂げて、英語の基礎ができたが、ブリテン島がたびたび外部の征服を受けていた関係で、英語は、長い間、被支配民の言語とされてきた。
 1066年のノルマン征服により、以後約300年間、英国の公用語は、英語でなくフランス語とされた。英国がフランスと戦った百年戦争が勃発すると、英語に対する国語意識が強まり、14世紀になって、フランス語を話していた英国の貴族が英語を話すようになり、1362年に議会の開会宣言が初めて英語で行われ、1399年になって、やっと英語を母国語とするヘンリー4世が英国王に即位するに至った。・・・→つまり、英国王が英語を話すようになって、まだ、600年余しか経っていないことになる。
 そんな英語が、今や、世界人口の4分の1近くまで話す言語になっている。(・・・←イギリスが世界各地で植民地支配をしてきたから?!)
 日本語のルーツは、どうなっているのだろうか?
 ある本には、もともと「縄文語」が存在していた所に、揚子江下流域からオーストロネシア語系言語の影響を受けて「弥生語」が形成され、そして弥生時代から古墳時代にかけて、朝鮮半島から朝鮮半島西部の言語の影響を受けて「古代日本語」が形成され、そして飛鳥時代に漢語、江戸時代末期以降に欧米語が入って現在に至るとある。
 又、別の本には・・・まず、疑われたのは、トルコ語、ツングース語、モンゴル語、朝鮮語などを含む「アルタイル語」。音節が母音で終わる、名詞に単数複数性別の区別がない、修飾される前に修飾語がくることなどが共通点としてあげられる。ナルホド・・・→トルコ語では、確かに、テニオハがあるし、ヨーロッパの人と違って、日本人には、習得しやすい言語となっている。しかし、発音が決定的に違うなあ・・・。
 現在では、「アルタイル語に代わる別の言語で、日本語に近いものを探す説」か、「アルタイル語以前にもっと古い言語があり、そこから日本語は別系統で派生したと考える説」の2つに分かれている。
 その中で、後者の研究から、「南インドタミール語説」も唱えられている。
 一方、日本語の起源は一つとは限らないと言う説もある。アルタイル語に極めて近い「古極東アジア語」という言語が存在し、そこに南からインドネシア系、オセアニア系言語が伝わり、更にビルマ系言語が大陸から伝来て、混ざり合ったもの、つまり、アジア各地の言語が合わさった「混合語」と言う説。
 ムーッ、APU(別府市にあるアジア太平洋大学)の学生さんの多くが異口同音に言っていたなあ、「大学での勉強、日本語が一番難しいデス!」と。(外国からの学生さんの話だと・・・→同じ漢字でも、読み方が沢山あるし、外来語のカタカナがそのままの発音になっていないので、とても難しい・・・?!)
 
*写真は、タミル語
参考図書:日本はなぜ世界でいちばん人気があるのか 竹田恒泰 PHP新書 2011年1月発行
参考図書:学校で習った日本史が信じられなくなる本 歴史の謎を探る会 夢文庫 2010年12月発行

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クール・ジャパン(5/5)

masa / 2011.02.22 09:37 / 推薦数 : 0

 

 日本と言う国、もう、2000年以上も続いている・・・?
 これって、世界の歴史から見ると、例外中の例外かな・・・!!
 世界で、そんな国、あるだろうか?日本に次いで長い歴史を持つ国は、デンマーク。それでも、千数十年で日本の半分でしかない。次の英国も、1000年に満たない。アメリカとフランスは、歴史が浅い。中国4000年の歴史と言うけど、今の中華人民共和国になってからは、60年程、ロシアは、もっと新しい。
 多くの東南アジアの国々が、第二次大戦後に独立している。今、デモで揺れているアフリカでも、それは同じ。
 日本も、3回、そんな危機があったかな?元寇の時、江戸時代の幕末の時、第二次大戦後の時、他国から領される可能性があった。下手をしたら、戦後日本が分割されて、ロシア語が日本の一部で強制されていたかも知れなかった(戦後、学校教育を英語一辺倒でしようと言う動きもあったのだが・・・)。
 日本に来ていた年配のポーランドの人が・・・→「ロシアが攻めて来て、それから、英語は使えなくなった。英語でなくロシア語を強制的にさせられた。それで、英語、今も出来ません・・・」と言われていたけど・・・。
 大和の国の字の中にも、偶然か、「和」なる漢字がある。正に、「和」を尊としとしてきた国、それが日本なのだ。「武士は食わねど、高楊枝」「武士の情け」「勝って奢らず、負けて挫けず」・・・日本の精神は、長きに渡って培われてきたものに違いない。
 自分が産まれたのは、昭和24年(昭和20年終戦)。貧乏なのに、産めよ殖やせよのベビーブームの真っただ中で、子ども達がゴロゴロしていて、外で元気に遊んでいた。
 そんな中で、海軍兵学校卒の海軍少尉の伯父から、よく、軍隊の事や戦争当時の話を聞かされていた。父も、しばらく(1年間?)陸軍にいて(伍長までなっていて、軍隊に残ることを勧められていたが、教育の世界に戻っている。)、当時の軍隊の理不尽さを私によく話していた。
 で、いつも子どもなりに不思議に思っていた。何故、天皇陛下の悪口を言わないのか?父だけでなく、天皇陛下の悪愚痴を言う人が、周りに、ただの1人もいなかった。
 大戦終了後、マッカーサー元帥が昭和天皇に会って驚いたのは、「この戦争の責任は全て自分にある。自分の命はどうなっても構わない。一億の民を飢えさせないで欲しい。」と言われたこと。(今のイスラーム社会での上の人の態度とは、正反対ですね!)
 現在、天皇陛下は、「日本の象徴」となっているが、長いこと、象徴的存在だったのでは・・・?!!
 歴史を紐解いてみると・・・大和朝廷にしても、実際は、物部氏や曽我氏などの豪族が政権を握っていた感じで・・・平安時代には、藤原氏による摂関政治が行われ、公家が政治を担う感じになっていたし・・・その後、平氏や源氏が台頭してきて、ずっと武家政権となり、それが、幕末の大政奉還まで続いている。
 日本では、今の125代目の今上天皇に至るまで、政権はしばしば変わっても、いつの時代も、決して途切れることなく、天皇が存在していた。そんな中で、摂政、関白、太政大臣、征夷大将軍など、天皇の任命でなされてきている。
 現在の内閣総理大臣も、今の天皇陛下が任命しているし、国会の召集、衆議院の解散、法律の公布など、重要な国事は、天皇の国事行為とされている。つまり、神事は天皇が直接行うのに対して、政治は、天皇が直接行わない感じで、来ている。
 日本の歴史上、民が天皇に逆らった話はない。
 小学校6年生の時に、担任の先生から、次の話を聞いた・・・(16代目の仁徳)天皇が高台に立つと、民家から煙が上がっていなかった。それで、民の苦しさを知って、しばらく徴税を停止させた。その3年後に天皇は再び高台に立った。煙が上がっていた。それを天皇はとても喜ばれた。・・・民が飢えたら天皇の責任、豊作などの吉事があれば、それは民の力・・・民の幸せが天皇の幸せ、天皇の宝は民・・・!
 大きな城の周りには、敵から攻められない様にと、大きな堀があるのが普通(秀頼は、堀を埋めて家康から滅ぼされた・・・)。京都御所には、掘がない。つまり、天皇が攻められることなんて、頭から想定してないのだ。
 2月14日(月)も2月18日も、篠笛で、「君が代」を演奏した。お年寄りの方々、待ってましたとばかり、殆どの人が、大きな声を出して歌っていましたが・・・!
 

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クール・ジャパン(4/5)

masa / 2011.02.21 15:22 / 推薦数 : 0

 

 昔は、何度も、「死」と言うのを肌で感じてきた様に思う。
 小学校低学年の時、ネズミ採りで採れたネズミを、入れ物ごと水の中に入れて、殺していた。それを(今は亡き)父がしていて、「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏・・・」と何度も言っていたのを思い出す。「今度生まれて来る時は、人間に生まれて来なさいね・・・」何て、父が言っていたのを思い出す。
 その(田舎の)土地では、人が亡くなると、皆の前で火葬していた。焼いている途中で煙の色が変わって行き、今どうなっているのか、焼ける音を聞きながら子ども同志で言い合っていたのを思い出す。
 又、法事で皆が集まると、ニワトリが殺されて、その場で、それが食事に出されていた。お腹の中に、小さい卵から大きい卵まで一杯入ったのを初めて見た時は、スゴク感動してしまった。
 日本人は、神社に行くと、「ニ拝二拍手一拝」する。食事の前でも、多くの人が、一拝一拍手までは行かなくても、手を合わせて、「いただきます」と言う。これって、貴方の命を頂きますってことで、生き物の命をもらって自分が生かされることに対して、感謝の気持ちを現わしている言葉なのである。つまり、ヒトは、命あるものを食べて生かされている。古来より、日本人は、生きているものには、皆、魂が宿っていると考えてきているのだ。
 そんな命の宿ったものを食べる時、それに、しばしば丁寧語の「お」を付ける。お米、おかず、お汁、お酒、お菓子、お茶・・・など。
 ご飯粒を一粒でも残すと、親から「目が潰れる!」とよく言われてきた。又、父から、次の話を聞かされていた・・・→戦国時代のある武将(ウロ覚えだが、秀吉だったかなあ・・・)の子どもが、ついだ食事をいつも少し残していた。武将の父親から、「そんなことでは、天下は取れん!自分の腹の状態も分からん様では!」と言われていた。で、やはり、父親亡き後は、天下を取れずに、あっけなく滅んでしまった。
 又、昔、私は、ニンジンが嫌いで(今は、大好き)、よく残していた。すると、父から、何度も聞かされた・・・→乃木大将は、小さい時、ニンジンが嫌いだった。それを残すと、両親が、毎日それを出し、それを食べないと他の物を出さなかった。・・・で、根負けして、食べる様になった。
 又、日本人は、食べ終わった時に、「ご馳走様でした!」と、一拝一拍手までは行かなくても、やはり自然と手を合わせて食事を終えることが多い。これって、元々は、字の如く、食事を作ってくれた人、食材を生産した人に対する感謝の言葉なのだ。
 ハングルにも、食前に「チャール・モゲッスムニダ!」、食後に「チャール・モゴッスミニダ」と言う言葉があるけど・・・。
 戦後、「陰膳」と言う言葉が薄れてきている。
 父は、家族で夕食をする時、先祖の箸を必ず据えて、晩酌する前に、「親様、どうぞお上がり下さい!」と言っていた・・・(今考えると、子ども達にスゴイ教育をしてくれていたのだなあと思う・・・)
 更には、日本語には、「もったいない」と言う、素晴らしい言葉がある。 2005年3月に、「もったいない」の日本語が、環境保全の合言葉として世界的に知られる様になった。そこでは、日本語の「もったいない」には、消費削減(リデュース)、再使用(リユース)、資源再利用(リサイクル)、修理(リペア)の4つのRが含まれているとのこと。
 限りある資源を有効に使い、みんなで公平に分担すべき。そうすれば、資源をめぐる争いで戦争を起きないって感じで・・・?!
 ツナミも世界に通用する言葉だが、この「MOTTAINAI」も、肝心の日本で浸透しないと、ホント、もったいない話。
 これを書いている時、町内放送で、「・・・今日の午後4時から、持ち投げがあります・・・」何て言っている。いい土地柄だなあ・・・。

*参考図書:日本はなぜ世界でいちばん人気があるのか 武田恒泰 PHP新書 2011年1月発行
*写真は、旅先の天草の宿で、2月17日の朝食に出されたもの。

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続・歴史観・・・

masa / 2011.02.21 08:34 / 推薦数 : 0

 

 大学入試の時、社会は、「世界史」を選択した。が、受験の為に勉強したせいで、あれだけ苦労したのに、殆ど覚えていない。兎に角、受験時、社会が最も不得手であった。と言うより、暗記科目と言うイメージが強くて、興味が持てなかった。大学に入った時、アア、これで、年号を覚えなくていい何て思って、安堵していたけど・・・。
 が、そんな興味のなかった自分が、歴史に興味を抱く様になっているのだから・・・自分でも、不思議って感じだ・・・。
 海外で、日本史に結構詳しい外国の人に時々出会って驚く。昨年、イスタンブールに行ったり、京都に行ったりして、モスクやお寺や立派な仏像を見て、やはり、歴史や宗教を知らないと、見てもよく理解できないし、それに面白くないなあと思う様になった。
 で、何と言っても・・・→もう、試験もないので、マイペースで気楽に楽しく勉強できるのがいい。年齢に関係なく、必要と思った時に、勉強を始める・・・→これでいいんですね。

 昔、鎌倉幕府成立の年を、「イイクニ1192」って感じで覚えていたけど、それが、今は、「イイハコ1185年」ってなっているとか。
 で、足利尊氏による室町幕府も、1335年、1336年、1338年と諸説ありとのこと。(何をもって、成立とするかだが・・・)
 昔から大きな問題になっているのは、「卑弥呼」の「邪馬台国」、これが、大きく、北九州説、近畿説とあり、それと「ヤマト王権」の関係が、はっきりしない。ヤマト王権が邪馬台国を滅ぼしたのか、邪馬台国がそのまま(移動して?)ヤマト王権になったのか、更には、そんなヤマト王権は、東北アジアの騎馬民族によるものとの説まである(騎馬民族征服王朝説)。
 「日本書紀」には、ヤマト王権が朝鮮に出兵して、200年間、任那(みまな)の日本府を置いたとある。日本書紀の真偽が疑われたが・・・→中国や朝鮮の史書にも、ヤマト王権の朝鮮半島進出を示す史料があり、前方後円墳が朝鮮半島にもあり、高句麗の王の業績をたたえた石碑にも、「海を渡ってきた倭が、百済や新羅を破り、臣民とした」とある。果たして、真相は?!
 1万円札と言えば、前は、聖徳太子だったが、この聖徳太子に関しても、いろんな説がある。極論では、存在しなかったと言う人までいる。聖徳太子実在を認める人にも、17条憲法に関しては、疑問を抱く人がいる。
 聖徳太子の死因にしても、病死説と暗殺説(国外に太子暗殺の黒幕がいたという説まであるが・・・)がある。更には、その後の大化の改新まで、真偽が疑われた時があったが、現在では、大化の改革を根本から否定する意見は、下火になりつつある。
 昔から日本人が親しんできている「竹取物語」の作者は、不明。「いろは歌」も、空海でいいのかどうか、疑われている。琵琶法師によって語り継がれてきた「平家物語」も、作者不明。「太平記」の作者も、はっきりしてない(一人の作品ではない様だ・・・)?!(・・・←有名な作品なのに、何でこんなに不明が多いの?)
 世継ぎの問題では、真偽を正すのに、いろんな意見がある(誰も、肝心の現場を見てないので・・・?!)。
 例えば、豊臣秀吉の息子の秀頼だが・・・→正妻との間に子どもはなく、側室の間でも、淀殿以外に子どもは、いない言うより出来なかったみたいだ(?)。晩年、50歳過ぎてやっと秀吉に待望の秀頼なる子どもが出来たが・・・→実際は、他の男性の子どもだったのではとの説。(秀吉には、沢山側室がいたみたいで、医学的には、50歳過ぎて出来る方が、不自然・・・?!)
 第二大戦終了間際、神風が又吹いて、日本は負けないと思っていた日本人、多かったみたいだが・・・?!
 1274年、第一回の元寇が、博多湾であった。コテンパーにやられた感じになったのに、翌朝、元軍の姿が全く見えなくなっていた。その理由として、高麗の史書「高麗史」「高麗史節要」には、「夜中に強い風雨があり、船団が大損害を受けたので撤退した・・・」とある。元側の史書「元史」には、「日本側の抵抗は思ったより激しく、こちらの被害も大きい。それに手持ちの矢も尽きてしまった。ここは、いったん撤退した方がよいだろうと、協議が行われた・・・」とある。
 となると、神風とはあまり関係ない感じ?!・・・→外交交渉を優位に進めようと言う駆け引き策の一環としての軍事行動だったのでは・・・?!
 1281年の2回目の元寇は、確かに、台風も加担してくれて、元軍の兵船は殆ど沈んでいる。が、この時、日本側も、前回を反省して、全国に応援を求める感じで武士が集まり、かなり応戦し、水際でも持ちこたえていたらしい。となると、本来の実力で戦い、台風がそれに加担しただけだったのか・・・?!(しかし、それに対する報酬が、加わった武士に与えられなかったことにより、鎌倉幕府は滅んでしまったが・・・)
 イヤーッ、歴史は、深く知れば知る程、本当のことが分からなくなって、面白くなりますね。
 
*参考文献:学校で習った日本史が信じられなくなる本 歴史の謎を探る会 夢文庫 2010年12月発行
*古事記と日本書紀 坂本勝 青春出版社 2009年1月発行

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クール・ジャパン(3/5)

masa / 2011.02.20 10:11 / 推薦数 : 1

 2月18日(金)の夜に、民放で、中村哲氏の活躍が紹介されていた。彼は、クリスチャン。なのに、イスラームのアフガニスタンで、地元の人の為に、正に、体を張って頑張っている。
 医師なのに、水を引き、稲を育て、地元の人が、豊かに育った稲を刈っていた。満身の顔を浮かべて。
 ある時、意見の対立から攻撃を受けた。しかし、中村氏は、決して仕返しをしない様に、周りを説得した。・・・→これ、正に、素晴らしい解決策だったのだ!攻撃には攻撃では、負の連鎖を生む。いつまで経っても、解決しない。それが、今の世界の情勢?!時間が掛かる様だが、実際は、それが一番の近道なのだ!
 中村氏は、体を張って、地元に溶け込んで、地元の人と一緒になって、純粋に頑張っている。それが周囲の人から充分に理解されている。今も、実績を着々と積み上げている。彼は、自分の後の後継者を心配している。
 東南アジアでこんな感じで頑張っている日本人、多い。タイに行っても、インドネシアに行っても、バングラデシュに行っても、(日本のマスコミでは、あまり取り上げてないが・・・)そんな日本人の素晴らしい話をしばしば聞いて驚く。
 バングラデシュでは、多くの若者から尋ねられた、「原爆を落とされたのに、アメリカを恨んでないの?・・・ホントに恨んでないの?・・・ホントにホント・・・」何て感じで、何度も尋ねられた。
 日本人の多くの寛容さに、信じられないって感じで、イスラム教徒(ムスリム)から言われた。又、強敵ロシアを海戦で破ったり、大国アメリカの本土に、勇敢にも、挑んだ国、海外から見れば、日本の姿は、クールな国って感じに思えるのかな・・・?!
 イスラームの世界では、金持ちがお金を出すのは、当たり前。少数の人間が独り占めって感じでは、アッラーの前では、反感を買うのは当たり前。それぞれ、各国固有の問題を抱えている。今後は、どうなるのか?!
 もう、軍備を中心としての力だけでは、統制は取れない感じだが・・・。
 昔から和の精神を尊ぶ日本の場合、皆殺しって言葉はない。日本の場合、民間人が殺戮の対象になる考えは、国内での戦いも海外との戦いでもない!個人的にあったとしても、上に立つ指導者の考えには・・・→敵は、軍人であり、民間人ではなかった!真珠湾攻撃にしても、あくまでも軍事施設が攻撃の対象であり、ホノルル全体を火の海にすることなど、考えてなかったはず。
 日本には、十字軍遠征やドイツの30年戦争(当時のドイツ人口の3分の1が死亡)や中東戦争などの大がかりな宗教戦争なんてなかった!天下分け目の戦いと言われた「関ヶ原の戦い」にしても、実際に戦死したのは、1万人以下で、それも1日で終わり、しかも、場所は、民間人がいない感じの人里離れた平原だった!(・・・←長崎の原爆が落とされた時、アメリカ軍、誤って、その下に同志のキリスト教徒がいたけど・・・)
 日本のとる外交姿勢は、今も全く同じ感じ?!軍備を盾にしない平和外交なのだ。是非これを最後まで貫き通して欲しい。今、荒れているイスラームの国々も、日本を信頼し、日本の協力をアチコチで求めているのだから・・・?!  

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