このブログの記載、2.006年7月26日から始めて、これで1.400回目。ちゃんと回数が出てくるので助かる。
何の為にブログに記載するのか?自分でもよく分からない。そこに山があるから登るように、そこに無料のブログがあるから記載しているだけ。ホントにそれだけと言われたら、それも、ちと違うような感じがする。自分が生きている証の為かなあ(存在感の証明)?自分の孤独を癒す為かなあ(勤務の病院は、田舎。車を持っていなくて、拘束されているので、どこにも行けない感じになっているが・・・)?イライラの解消法として、自分はよく日記を付けていた。小学生の時から自分なりに日記を付けていた。中学の時も高校の時も大学の時も、そして、医師になっても、結婚しても。昔の日記の殆どは灰になってしまったが、書くことで自分を見つめ直し、過去の自分の書いた内容を見て、励まされたり、反省したり、いろいろだったかな。
今は、日記を書いてなくて、日記の代わりにブログに書き込むのが習慣になってしまったが。
自分のブログが少なからず影響を与えているかと思うと、嬉しくなる。コメントを頂くと有り難い。1日に1.000人以上の人から見てもらえているなんて、信じられない。ホントにそんなに見てもらえているのかなあ。チラッとサイトを開けただけの数が大部分じゃないのかなあ。
インターネットが発達したお陰で、これを不自由な動けない体の代用としてコミュニケーションをとる手段に使って、毎日生き甲斐にして生きている人も多いと聞くし、逆に、変な風に利用されている例もある。
いつまでこんな感じでブログに記載できるのか、自分でも全く見当が付かない。来年の今頃は、オーストラリアにいて、オーストラリア(佐伯市の姉妹都市のグラッドストーン)の子ども達に楽しく太鼓を教えているかなあ。その時にも、記載しているかなあ・・・?!次の年はどうかなあ?更にその次の年はどうかなあ?
誰にも先のことがよく分からないから、この世は、今を楽しめ、又、生きるに値するのかも知れないなあ?!
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今年も、(被爆63周年)原爆犠牲者慰霊平和祈念式典が、8月9日(土)に長崎の平和公園で行われた。
長崎市長が平和宣言をし、被爆者の代表が平和の誓いを述べていた。
日本は、末永く非核三原則を守る(持たず、作らず、持ち込ませず)ように、又、世界から核が廃絶になるようにと、被爆国日本が先頭に立って運動をして行くべきだとの内容だった。
それに対して、福田首相は、来賓の言葉として、そうするとはっきりと述べられていたが・・・。
目に見える形で、日本が早急にこの運動を盛り上げていくべきだと思う。既に、長崎の学生が立ち上がって、当時の被爆体験者からの生の証言を収録して国連に訴えようと活動している。
日本は唯一の被爆国であり、積極的に核廃絶の運動をする義務があると思う。その働きかけは、北朝鮮だけでなく、国連の常任理事国の米、露、中、英、仏にも当然向けられるべきで、特に米国に対して、追従することなくもっと主張するべきだと思う。
しかし、被爆長崎からの訴えも(毎年しているのに)、それに対しての日本政府の受け答えも、どうもあまり進展していない感じに思えてならない。紛争が折しもグルジアで勃発し、北京オリンピック前に、ウイグル自治区でテロめいてことが起きている。
力で急激に押さえ込もうとしても結局は不成功に終わっていることは、歴史をつぶさによーく見れば理解できること。
今回の北京オリンピックにしても、かなり無理してしている様にも思えてならない。平和の祭典が、スゴイ警備に囲まれて行われているからして。
それぞれのスポーツ毎に、世界的な競技が既に行われている。野球にしても、サッカーにしても、それは大がかりなものだ。政治活動に利用されるオリンピックなどもう廃止して、あまり競争性のない「子ども」と「お年寄り」と、それに、現在存在している「パラリンピック」を大きな3本柱にしての真の平和を求める世界の祭典に切り替えてはどうかなあ?
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