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2008.08.31 17:24 |  旅行 / 宿  |  日記  |  masa  | 推薦数 : 1

不知火の海の火祭り

 

 (熊本県宇城市の不知火町の恒例行事の)「不知火(しらぬい)の海の火祭り」に行った。行く前、雨で中止になるのではと、かなり心配していた。しかし、既に、宿は予約しているし、小雨程度では、中止にならないだろうと強気に思っていた。が、佐伯の地元の盆踊りの様なこともあるし(地元の盆通りの場合、8月16日、15時過ぎに、予定通りにありますとアナウンスがあったのにも関わらず、急に雨が強く降ってきて、中止になってしまったが)。
 午後14:25出発の定期船で高戸から出て、15:40に三角港に着いた。そこでしばらく待って、16:20にそこをバスで出発して(しばらくの間、乗客が自分だけであったが)、58分で、松橋駅前に着いた。不知火で宿を取りたかったのだが、既に一杯で取れなかった。
 松橋駅の前で降りるつもりが、ちょっと通り過ぎ、見ると、自分が泊まる宿の名前が見えて、しまった!、通り過ぎたか?と思って、「松橋駅前は、この先ですか?」と運転手さんに尋ねると、「さっきの所で降りないといけなかったです」と言われたので、「じゃ、次の所で降ります」と言ったら、「じゃ、ここで降りて下さい(優しい運転手さん!!)」と言われて、直ぐに降ろしてもらえた。お陰で、宿を探す手間も省け、直ぐに宿屋に着くことが出来た(既に、家内も来ていた)。
 それから、スーパーに行ってちょっとした夕食を買って、タクシーに乗って、永尾(えいのお)神社まで行った。
 運転手さんがとても親切で、娘さんが不知火で仕事をしている関係か、不知火の祭りに付いて、詳しく教えてもらった。神社の前で降り、又、来てもらうことにして、それから、神社を横断して海辺に行った。そこには、正に、カメラマン!、カメラマン!って感じだった(自分もその中の一人ではあるが)。
 弓で火のついた矢を10本近く射って、海の上の燃えるモノに命中して、火が付き、それを天皇の乗った船がそこに行って、その火をもらい、その火を多くの人がもらって、行進をして行った。(命中出来なかった年も何回かあってそうで、その時は、下からコッソリと種火を付けるとのこと)
 その間、笛の演奏があり、又、太鼓の演奏が延々とあった。この太鼓演奏が、素人離れのバチ捌きで、実に実に素晴らしかった。それもそのはず、太鼓プロ集団の元メンバーが打っていた(2~3回、この人のソロ演奏を聴いたことあり) 。
 たいまつを持って、皆が会場に列をなして行き、それに自分たちも付いて行った。
 市が一丸となってしている感じだった。太古の時代にスリップした感じだった。船に乗って火をもらいに行った天皇は若い宇城市長で、そのお后は、毎年代えているらしい。沢山の人がいて、子どもの太鼓演奏も素晴らしかったし、踊りも、素晴らしかった。今まで、幸いなことに、雨で中止になったことは、ないとのこと。
 感動の日であった。

以下は、昨年の内容です。
http://blogs.yahoo.co.jp/humanitysingo1978/23929503.html


 

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 非常事態にあった時、慌てていると、相手に伝わらなくて命を落とすことになりかねない。
 例えば、洪水で車から出られなくなって危なくなった時、携帯があれば、119番に誰しも電話をするだろう。
 すると、向こうから、火災ですか急病ですかなどと尋ねてくるはず。又、今、どんな状況下にあるのかを尋ねてくるだろう。
 そして、場所聞かれるはずだが、向こうの立場にあれば、出来るだけ分かり易く場所の説明をして欲しいはず。しかし、こちらとしては、それよりも、早く来て欲しい状態になっているので、そちらの方が優先する感じになる。そんな時にも、冷静になって、分かり易く、場所を説明する様に心掛けることが大切だ。大きな目印を言って、正確に相手に伝える様に努めることだ。
 そして、最後に、名前と携帯の電話番号を言うことになるだろう。電話も切らずにそのままで応答して行くことが大切なことも多いだろう。
 しかし、慌てていると、そこまで気が付かないこともあり、つい、直ぐに電話を切ってしまうかも知れない。
 孫が発熱すると、子どもさんを抱えて直ぐに病院に来るおじいちゃんやおばあちゃんがいる。人生経験豊かなはずだが、里帰りで、慌てているのだろうか、どうしても朝まで待てないと言った感じで、連れてくるケースが多々ある。
 電話では、スゴクひどく感じられたのに、来てみると、ニコニコしてたいしたことのないこと、結構多い。
 どんな時にも、冷静になって他人に正確に伝えること、難しいかなあ?!

*以下、インターネットより抜粋
携帯電話からの119は、現在のところ代表の消防本部が一括して受信し、各消防本部へ転送する仕組みになっているため、通報地点(発信地)を特定することができません。また、わずかですが転送のための時間が余分にかかってしまうことがあります。
そこで携帯電話でかける時は、最初に携帯電話であることを告げる。通報地点を管轄しない消防本部に通報がつながった場合、転送のための空白があっても、通話を切らずに待つ。通報者が移動すると場所がわからなくなるので、現場を離れない。途中で切れないように立ち止まって話す。通話終了後もしばらくは電源を切らないなどの注意が必要です。

 一般電話の場合
1、局番なしで119へ電話を。
2、「火事ですか、救急ですか」と応答があります。はっきりと「救急」と告げます。
3、いつ、どこで、だれ(とだれ)が、どうしたか、どんな状態なのかをはっきりと簡潔に伝えます。
4、名前、住所、電話番号を正確に知らせます。近所の目標物も教えます。
5、救急車が来るまでの救命手当の方法をたずねます。
6、サイレンが聞こえたら誘導に出ます。夜なら懐中電灯で救急車を誘導します。家族がいなければ近所の人に頼みます。
7、救急車が着いたら、救急隊員に状況をくわしく伝えます。
どんな容体か(通報後の変化も)、病人にほどこした手当、持病があれば病名、かかりつけの医師の名前
8、事情のわかった人が救急車に同乗し、また持っていくものをまとめておきます。
保険証、財布、簡単な着がえなど 、血を吐いたりしたならビニール袋に入れておく
*車の中にていて、急に洪水にあって身動きが取れなくなって、車の中の水かさが増して行く時、どうしたらいいか?・・・→周りの圧が高いので、ドアが開かないことが多い。エンジンが重たいので、後部が浮く感じになっている。で、後ろに行って、ハンマーで後ろの窓を開けて脱出するべし!と言うことは、非常時に備えて、ハンマーを用意するべきかな。

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2008.08.29 18:14 |  その他(一般)  |  絶対為になる話  |  masa  | 推薦数 : 0

英語村・・・

 NHKの「英語でしゃべらナイト」で、韓国の「英語村」が紹介されていた。
 ニュージーランドに行った時に、子どもの英語力アップの為に、日本人や韓国人の母子が、父親と離れてそこで生活しているケースを知った。それが原因で、残された父親が鬱になったり、離婚したりといろんな問題が韓国で起きたりした為に、当の韓国政府が、この「英語村」を作ったらしい。
 つまり、本国で、お金が掛からずに、そして、英語を楽しもうとの主旨らしい。その村では、もちろん、全て英語で、スタッフの3分の2が、外国人。入る時にも、英語でチェク。兎に角、子ども達に大人気であるが、大人もそこで充分に楽しめる。ソウルから、1時間の距離にあるので、ソウルに行った時には、私もそこに行ってみようと思っている。
 韓国の今の大統領は、国際化を睨んで、小中高、全て英語だけの教育をと計画しているらしい。韓国の幼稚園では、英語を取り入れている所が6割もあるらしい。スゴイなあ?!
 日本に来ている中国人に言わせると、中国人にとっては、英語は簡単だと言う(順番が英語と同じだし、そり舌があって、Rの発音の仕方も似ているし)。韓国人にしても、韓国語では、パッチムと言って、子音で終わる単語が多いので、日本人よりも聴き取る力は優れていると思う。
 日本での英語、楽しくてしょうがない感じにすればいいのなあと思う。受験となると、どうしても楽しさが半減してしまうなあ。
 それと、今は、英語だけでなく、いろんな言葉も取り入れて、「多国語村」の日本版でも作って、外国語の楽しさを知ってもらうってのも、どうかなあ?日常の簡単な会話程度だったら、遊び感覚ですれば、子どもだと直ぐに覚えるし(受験で必死になるエネルギーをこちらに転嫁すれば、スゴイ記憶になるし、それに、数段、将来役に立つこと間違いなしと思うのだが)、それに、コミュニケーション力も付いていいと思うのだが。

 
http://www.news.janjan.jp/world/0701/0701250795/1.php

*カミアマクサ(KAMIAMAKUSA)と10カ国語(上から、ミャンマー語、スリランカのシンハラ語、チベット語、ヒンディー語、バングラデシュのベンガル語、ハングル語、タイ語、右から読むイスラエルのヘブライ語、右から読むアラビア語、そして、右に縦にモンゴル語)で書いている。

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2008.08.29 14:28 |  旅行 / 宿  |  日記  |  masa  | 推薦数 : 0

火の国の「火まつり」

 8月30日(土)に開催される(宇城市不知火町での)「不知火・海の火まつり」の見学に行くことにした。
 このまつりは、日本書紀に記されている景行天皇九州巡幸の折りの「不知火伝説」に由来するイベントで、毎年、八代海(不知火海)に神秘の火「不知火」が現れる旧暦の8月1日(八朔)に開催されるとのこと。
 古代衣装姿の射手が矢で海上のたいまつに御神火を灯すと(導燈の儀)、その炎に導かれた景行天皇一行が海上に現れ、永尾(えいのお)神社に上陸。たいまつ行列が町内を練り歩き、見る人をいにしえの時代へ導く。
 たいまつ行列が「天の平農村公園」に到着するとまつりの雰囲気は一変。総踊りや勇壮な竜燈太鼓の演奏、人気お笑い芸人のステージ、海上花火、お楽しみ抽選会などが、「不知火」を待ちわびる人々を楽しませてくれる。特に、空と海で二重に光る海上花火は必見。花火の光が海上の鳥居を神秘的に照らしだし、毎年多くの見物客を魅了する。
 そして午前0時を過ぎると、不知火海の海上に神秘のあかり、「不知火」が現れます。
 それを見た人には、証明書ももらえるとのこと?!

 「不知火伝説」とは?
 今から千数百年前に景行天皇は九州巡幸になられました。一行の船は、暗闇の八代海を進むうち、方角が分からなくなりました。すると暗い海に一つの火が燃え上がり、いつしかその火が十になり、百になり無数の火となりました。不思議な火は海面いっぱいに広がり、あたりは昼間のように明るくなりました。一行は、その火をたよりに無事火の国(熊本)に上陸できました。以来、その不思議な火のことを「不知火」というようになったと伝えられています。
 このことは、「日本書紀」にも記述があり、「今から、千数百年前、景行天皇が九州平定の折、暗夜の八代海に怪火(かいか)が現れ、一行を無事対岸へお誘いした」ことが書かれています。
 現代では、「不知火」は干潟の位置や形、潮の干満の大きさ、適度な風速で吹く視線方向の風、海面上の気温分布など、さまざまな自然条件が重なって初めて見られる、世界でも希な自然の光の屈折現象だといわ
れています。
(以上、熊本県のホームページより引用)
 
 後日、写真掲載予定です。

バリで私が経験したニュピに少し似ている感じかな?!

 バリのニュピに付いて(HISより引用)
 ニュピの約3日前にムラスティといわれる清めの儀式が行なわれます。清めの為に島の人々が御神体を持って海へ向かいます。この儀式が行なわれている間、海には入ることができません。
 前日には、午後よりバリ島を離れる人々や車が増え、「オゴオゴ」 と呼ばれる鬼の形をしたお神輿が担ぎ出され町中を練り歩くお祭りがバリ島各地で開催される為、夕方から交通規制が敷かれ、かなりの交通渋滞となります。夕方頃から、街の至る所で”オゴオゴ”で街はお祭りムードになります。
 「ニュピ」の日にはバリ島の交通は空港を 含め、陸、海、空、すべてが機能しなくなります。また、これらは外国人観光客に対しても適用され、ホテルからの外出は 一切出来ませんので翌日の朝の6:00まで、ホテルへのチェックイン・チェックアウトは不可、オプショナルツアーに関しても全てが中止になります。ホテル内は特例とされ、レストランでの食事の供給などが行われますが、一部の電気の使用が制限されたり、ホテル内が暗い、部屋で点灯する際にカーテンを 閉める、音楽がない等の制限が伴うこともあります。
 1年に1回のことで一見の価値があるイベントです。


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 アフガニスタン東部で武装グループに拉致されていたNPO(非政府組織)「ペシャワール会」のスタッフ、伊藤和也さん(31)が遺体で発見された。
 マスコミ各社でいろんな意見がされ、政府も、それなりに述べている。
 が、見方を少し変えて、向こうの立場で考えてみた。
 そこでの向こうの闘士にとっては、毎日が、緊張の連続で、まともな仕事なんてない。いつ、アメリカの攻撃に会うかも知れない。そこでのある闘士が言っていた、「お金で仕事を請け負う。相手はどこかは関係ない。それで家族を食わせないといけないから・・・」と。闘いのない平和が続けば、職がなくなって、食っていけないのだ。
 初めはそれなりのイデオロギーがあったのだろうが、生活が苦しくなると、そうも言ってはおれない。極端な言い方をすれば、銃を持って、ある組織に先導されての人殺しが仕事って感じになっているのだ。
 この現実をしっかりと見つめる必要があると思う。
 (今回、伊藤氏を襲ったのは、純粋なタリバンではない様だが・・・)
 やはり、多くの人は、どこの国でも、優先順位は、最低限の経済的な生活の保証だと思う。アフガニスタンの様な荒れ地では、タイや海辺の南国の様な豊富な食べ物の確保は、困難だ。その必要性を伊藤和也氏は、若くしてちゃんと納得していて、自分が出来ることを考えて、それをちゃんと実践していたのだ。素晴らしい青年だと思う。
 タリバン側から攻撃を受けても、中村哲氏は、反撃を周りに決して強制しない。初めは、周囲の反発をかっていたが、中村氏と行動を一緒にしていた現地のアフガニスタン人も、中村氏の考え方が正しいとその後、気が付いている。今回も、中村氏は、アフガニスタンの人達やタリバン側を批判的に言うことをしてない。彼は、本質を見抜いていると思う。
 元はと言えば、大国のエゴが、アフガニスタンの多くの人民を苦しめてきている(アフガニスタンだけでなく、アフリカや今回のグルジアの問題でも同じだ)。初めは、アメリカは、敵国ソ連を打つ為に、アフガニスタンに武器を送り、多くのタリバンにも、その様にした。つまり、タリバンは、アメリカ側に付いていたのだが。その後、ソ連が崩壊し、アフガニスタン内部で、抗争が生じた。そして、アメリカに対する反感が強くなった。それもアメリカは、力で抑えようとした。多くの命がそこで失われていった(今も、イラクでも、似た感じでで行われているが)。しかし、太陽と北風の関係と一緒で、力で一時的に抑えても、根本的な自体は何ら変わっていないのだ。
 日本は、中東の国々の間では、とてもいい関係にあるケースが多い。アメリカに対しては反感を持っている国々の人も、日本に対しては、(韓国や中国など例外はあるものの)いいのだ。韓国と中国とは、政府間で問題があっても、私の様に個人的に仲良く付き合っているケースは、多い。
 日本政府は、もっとアメリカに言うべきことを言って、平和外交をもっと積極的に勧めるべきだ。
 今のアフガニスタンでは、再びタリバンの力が強くなっているようだが・・・。草の根外交が最も近道の気がしているが、そのバックには、やはり強い政府の後押しが必要だと思う。直ぐに力でねじ伏せるのではなく、やはり、それなりに時間が掛かるのだ。
 政府が世界の情勢をちゃんと判断しなくて、今の官僚の様に場当たり的にことを澄ませてしまおうとすると、益々おかしくなってしまう・・・?!

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2008.08.28 17:10 |  その他(一般)  |  ちょっと考えてしかるべき話  |  masa  | 推薦数 : 0

有給休暇不消化

 日本人が1年間に消化する有給休暇は、何と平均で8日でしかない。

 調査した国(フランス35日、スペイン27日、イタリア27日、ドイツ25日、オランダとオーストリア24日、英国23日、米国13日)の中で最低!(エクスペディアの調べ)

 有給休暇をすべて消化しているのはドイツが最も多く81%、次いでフランス80%、英国77%、スペイン76%、米国69%、オーストリア59%、イタリア53%、オランダ51%となり、日本は、はるかにはるかに下がって、わずか13%!

 日本人は、どうも、休むことを悪いことをしているって感じに思っている人が多いのでは?

 私の考えでは、休むとそれでエネルギーが充電できるので、仕事にも張りが出て、会社も、それなりにメリットがあると思うのだが。

 給料が上げられなければ、その代わりに、普段の仕事を平日に切り詰めて、多くの職員に有給休暇を完全に消化させるようにしたらいいと思う。普通は、20日間に、年末と年始の休み、それに盆休みがあるので、土日祝を入れれば、まとまった長期休暇が結構もらえるはず。

 しかし、現実は、取れていない。ナーゼーカー、ナシカ、どうして・・・?!

 有給休暇を消化できない理由として、「仕事が忙しく、休暇を取っている暇がない」、「もしもの病気や急用などの為に、休暇を残しておきたいから」、「上司や同僚があまり休暇を取っていないので、取りずらい雰囲気だから」、「上司や同僚が休暇を取ることを快く思っていないように感じる」などがある。
*インターネットによる調査で、20~59歳までの男女有職者(自営業、公務員含む)516人が回答した。調査時期は2008年7月~8月。

 その解決策として、まず、経営者や上司がもっと有給休暇を取ることを職員に奨励することだ!!と思う。次に、各個人が積極的に取ろうと会社に働きかけることだ!と思う。又、その間、(会社が積極的になって)他の人との組み合わせを変えるとか、それなりに工夫をすることだと思う。

*医師採用の時の項目に、有給休暇などの休みがちゃんと明記されているのに、何でこれがちゃんと守られていないのかなあ。そして、何で、病院のドクター等がそれに付いての苦情を言わないのかなあ。(ここらで、意識をはっきりと変える必要があるのでは・・・?!、そうでなくても、医師不足の折、命を扱っている関係で、時間外も拘束されて、ボランティアで働く感じになっているのだから)

 

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 昨日のNHKの「ためしてガッテン」では、虫歯を見つけた時、削るかどうかは、長期観察で決め、いきなり削って埋めての治療は間違っているって感じでの内容だった。虫歯の早期治療何て、長いこと信じられてきたことじゃなかったのかなあ。早期発見は大切だが、その後、削って埋めるかどうかの是非を長期に観察した結果決めるなんて、歯医者さん、これでは、皆、潰れてしまうんじゃないのかなあ(もう、どんどん潰れている所もあるらしいが?!)。
 医者だって、風邪や未病を患者さんが売店の漢方薬でちゃんと治していたら(もちろん、証を合わせる必要があるが)、やって行けなくなるかも?!(こちらの方がいい治し方をしているケースがあるかも知れないが・・・?!)
 虫歯(C=カリエス)の表記、C1やC2と書かずに、C0と書くとのこと。このOは、observation(観察)のこと。唾液が大切な働きをしていて、隠れ虫歯を唾液で治しているとのこと(つまり、自分で治している、自浄作用)。
 食べた後は、歯の周りが酸性になることが多いので、それを防ぐには、食べた後には必ず歯磨きをし、酸性になる時間を極力短くすることが大切だとのこと。
 寝る前の歯磨きって、とても大切なのだ。ビールを飲んでそのまま寝ると、虫歯になるかもっての話だったかな。

追加: コメントで、歯科の先生と思われますが、C2以上の明らかなう蝕は早期の治療が必要(早ければ早いほどよい)。C2以上のう蝕の場合、自然治癒ないとのコメントを頂きました。ありがとうございました。

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2008.08.27 07:51 |  その他(一般)  |  放言  |  masa  | 推薦数 : 0

私の提言

 

 上天草市の川端市長が、提言を募集していたので、以下の様にメイルで送った。

1、上天草市には、外国との姉妹都市がありません。隣国の韓国でピッタリする市があれば、姉妹都市の関係になっては如何でしょうか?
2、上天草市にとって、唯一の上天草市立上天草総合病院があるのは、目玉的存在だと思います。救急医療もしていることだし。市のホームページの初めに、それを載せて宣伝するべきです。
3、ホームページを、出来るだけ早く、中国語と韓国語と英語にもするべきです。今は、既に、国際的な時代に入っていますから。お金もそれにはさほど掛からないと思われます。今ある上天草のアチコチの観光地にも、多国語の説明があるべきです。
4、国際都市を目指しては如何でしょうか?大学を誘致するとか(大分県別府市のAPU:アジア太平洋大学の様に) 。
5、来る観光客の矛先を海外に向けては如何でしょうか(韓国や中国や台湾やオーストラリアやEUなど。今は、ユーロも円に対しては、高くなっています。ヨーロッパの人は、長期休暇を取っていますので、是非、天草をその中に入れてもらって・・・ホームステイもいいと思いますが)。

*写真は、上天草市松島町のあるホテルより。

*大阪府の知事も、大阪府のある市に新しくなった市長も、全国一若いとのこと。上天草市長も、なった時は、九州の市長の中で一番若かった。その若さを期待しているのだが・・・。

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2008.08.26 08:14 |  研究  |  生き方  |  masa  | 推薦数 : 0

新日本人誕生

 8月24日(日)の午後の民放の内容で、久米宏氏が、「新日本人」なる名前を提唱していた。
・団塊(60歳)
・新人類(45歳)
・団塊ジュニア(30歳)
・新人類ジュニア(15歳)
と、年齢によって分類した場合、別に、20歳代の集まりを、「新日本人」と定義しようとしている。
 その「新日本人」の特徴は、(自分なりにまとめてみると)
1、アルコールをたしなまない。(20代の人の3分の1程度しか、アルコールに馴染んでない)
2、車を持たない。(デートにしても、車が必須だと思っていない)
3、貯蓄をする。(20代の人の約7割もが貯蓄している)
4、将来の日本の動向に不安を抱いている。
5、休みの過ごし方としては、家で過ごす人が約半分で、又、パソコンやゲームソフトで時間を費やしている。
6、行動範囲が、1マイル以内が多い。(お金の掛かる海外旅行を積極的にしようとしない)
7、ボランティアに興味を持っているケースもあり、貯めたお金を自己実現や社会貢献にと思っている人が多い。
8、贅沢な過ごし方を格好いいと思わなく、生活は質素で満足。
9、日本人の夢、3C(クーラー、カラーテレビ、車)を既に持ってしまった時代を経験し、又、バブルがはじけて大変なことになってしまった時代も見てきている。
10、幸せの価値観が、今までの世代と大きくずれている?!

 私の3人の子どもは、全て、20代だ。3人共、自分の姿を目の当たりに見てきている。朝から晩まで家を留守にする感じで働き、開業したのに上手く行かなくなって8年半で閉院し、仕方なく単身赴任までしている姿をしっかりと見てきている。長女は、「もう、パパからお金を送ってもらうこともないから」と言って、外貨を送る口座を勝手に閉じてしまった。次女も、「その内、親孝行するから・・・」何て言ってもらえた。息子からは、「自分で稼ぎたいから・・・」と言って、援助を断った。次女も息子も、親しい友達がいて、趣味の音楽で毎日が楽しそうだ。
 今の20代、我々日本人が今から学ばなければいけない生き方をしているのかも知れないなあ。
 ところで、今の私、車なし(元々ないですが、2年後の免許証の切り替えには、もう返上しようと思っている)、アルコールなし(飲みに行くことなし)、賭け事なし(元々ないですが)、ど田舎なので、(救急をしている関係もあり、病院の隣で拘束されていることもあって)ホントお金使いませんね。しかし、貯めたお金で海外旅行を、家内と一緒に体の続く限り毎年でもスルゾー!!

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2008.08.25 09:41 |  スポーツ  |  ちょっと考えてしかるべき話  |  masa  | 推薦数 : 0

原点に戻って・・・

 オリンピックが終わった。大きな課題を残したオリンピックだった。 個人が国の威信を背負って闘うって感じにも思えてならなかった。 「スポーツを通して心身を向上させ、さらには文化・国籍など様々な差異を超え、友情、連帯感、フェアプレーの精神をもって理解し合うことで、平和でよりよい世界の実現に貢献する」が、クーベルタンが提唱したオリンピックのあるべき姿(オリンピズム)であったはず。
 そこでは、国との凄まじい闘いがあってはいけないはず。ましてや、政治に使われては、何の為のオリンピックか分からなくなる。厳戒体制で聖火が運ばれたり、オリンピック期間中にも、グルジアで戦争があったりしている。中国国内でも、チベット自治区やウイグル自治区で暴動があっていた。そして、中国政府の約束に反した報道の規制。
 相手を失敗すると大拍手、それは、礼儀を欠いている。ヤジを飛ばすのも、礼儀を欠いている。いいプレーをしたら、自国の選手でなくても、拍手を送るべきだ。
 男子野球の決勝戦のキューバと韓国戦、韓国に是が非でも勝って欲しかった。勝ってホントに嬉しかった。自分が韓国に今まで4回も行っているし、韓国の人に大変お世話になったからかなあ。彼らが喜ぶ姿が目に浮かんだ。
 日本の面積の3分の1しかないバングラデシュでは、人口は、日本よりも多い。しかし、メダルは0。そんなバングラデシュが欧米と闘っていたら、私は、バングラデシュを応援するだろう。
 男子マラソン優勝者のワンジル選手のインタビューの初めの言葉が、日本語で、「ありがとうございます」だった。そして、最終日の閉会式での表彰台の上に上がって、日本式に礼をした。何か、最後に、そこに、オリンピックのあるべき姿をやっとはっきりと見た思いだった。
 中国の多くの人は、国際的な試合で応援の仕方など、慣れていなかったのだと思う。これを契機に、少なからず学んでくれたと思う。
 
 かなり前の話だが、(義理の姉から聞いた話だが)・・・いやいやながら、家族の説得で、中学2年生の姪がアメリカに行った。英語が分からなく、「帰りたい!」「帰りたい!」としばらく言っていた。しかし、次第に慣れ、英語も上手になり、1年経つと、今度は逆に、「日本に帰りたくない、自分だけもう1年間だけでもここにいたい!」と言い出した。しかし、一緒に家族で日本に帰ってきたが。
 行ったカリフォルニア州のロスアンゼルスでは、日本と全く別の価値観だったと言う。「出来ることは?」としばしば尋ねられたそうだ。そんな時、「何も出来ない」と言って逃げていたが、ある時、「ちょっとだけピアノが」と言ったら、ピアノを弾くように言われた。彼女は、ピアノが超上手だが、日本では、自分が上手だとは言えない。彼女の演奏を聞いた友達は、その素晴らしさに驚き(アメリカ人は、演奏することを喜び、人と争って極め尽くそうとする人は、余りいないらしい?!)、クラスの羨望の的となった。又、数学の点数で100点を取ると、それを男子友達がひょっと取り上げて、恥ずかしがる姪を無視してクラスの皆に見せ回っていたとか。
 今回のオリンピックを見ても、そんな感じだ。女子ソフトのアメリカの監督も、潔く日本の素晴らしさを認め、北島が優勝した時にも、多くの競争相手が北島を讃えていた。
 何が何でも勝て、勝たなければいけないといった感じでマスコミが騒ぎ過ぎると思う。北島は、そのプレッシャーにも打ち勝った。しかし、彼はそのきつさを知っている。今までの苦しいスゴイプレッシャーを考えると、ロンドンでは、もう挑戦しないのではと思う。王者は、勝って元々なのだ。勝たなければ、犯罪者の様に扱われるのだ。北島が子ども達に水泳を教えている姿、あれが、彼には一番合っていると思ったのは、自分だけだろうか。


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