その1:「イチローロード」があります。

その2:「佐伯春祭り」のみ見られる「大名行列」

その3:城山の山際にある「日本の道・100選」に選ばれた通りにある、佐伯市立の「茶室」

その4:佐伯春祭りでの(子どもによる)和太鼓演奏

その5:佐伯春祭りでの日本舞踊披露(新2年生による黒田節)

その6:城山をバックに、番匠川と桜。

その7:国木田独歩記念館(竹灯物語の時に撮影)

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ライトアップされた熊本城(平成20年4月10日撮影する)、素晴らしいですね。
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特殊な人を除いて、多くの場合、ホントにモノにするには、それなりの努力と仕方があると思っている。
医師が国家試験に合格して、いざ臨床をする段階になると、それがなかなか上手くいかない。今までの知識は何処へって感じになる。で、実際にモノにして行く方法は、迷っていろいろ悩みながらも、本で調べたり、先輩に尋ねたりして、実際に主治医になっていろんなケースを沢山経験していくことにある。
不思議に、主治医になっていないと、しっかりと経験したことが頭に入っていない。初診で来院した場合、次から次へと状態が変化していく場合、次にどうするべきか何て、ホントのことを言うと誰にも分からないのだ。何故なら、患者さんは皆、それぞれの体質があり、体力と精神力と免疫力などが違っていて、同じ治療をしても経過が違うし、説明の理解力にもかなりの差があるからだ。
一例一例、自分のモノにしようと心掛け、「入院のまとめ」もずっと保管して行き、その時に解決しなかったこと、反省点なども書いて行き、絶えず自分の仕方を謙虚に反省してみることが大切だと思う。
で、数年経つと、どうしても(自分がそうであった様に)自信過剰気味になって、(それなりに忙しくなると)ちゃんと問診を取ることを省略したり、患者さんの訴えをあまり聴かない傾向になってしまう。その結果、トラブルが現実に起きて、落ち込むことになる(医師に成り立ての頃は、慎重し過ぎる程慎重になっていて、いつも本で調べたり、周りに尋ねることが多くて、却ってトラブルが少なかった感じもしているが?)。
現実は、医療なんて、結果論で、その時に最良の方法なんて、多くの場合は、専門家でも意見が分かれるはず。しかも、今の医療は日進月歩と細分化の医療、いつまで経っても一人前になることは不可能で、出来るだけ早くから自分の限界を知り、周りのスタッフ(や勤務する病院)の能力も知り、患者さんが一番いい方法を如何にして選ぶことが出来るかと言うことをいつも念頭に置いて医療をすべきだと思う。
外国語を覚えるにしても、短期間外国に行って、高いお金を払っているケースをしばしば目にするが、殆どモノになっていない。短期間の留学で、やる気を起こす為や、どんなものかちょっと知るだけの為ならそれなりに意味があるだろうが、そんな短期間でモノになれるはずは、まずないと思った方がいい。実際にモノになっている人は、そこに1年以上住み、周りに日本人の助っ人がなく、覚えようとしても通じなくて困ることを沢山経験して這い上がってきた人達だ。
不思議に、NHKのテレビやラジオで勉強しても、さほどモノにはならない。大脳生理学的に、記憶は、脳の多くの部分を使って可能になることが証明されている。で、小学校入る前の小さな子に、どんなに優れたビデオを見せて学ばせても、外国語をモノにすることは出来ない。が、実際に現地に行って同じ年齢の人に囲まれて生活させると、不思議なことに、数ヶ月後にちゃんと会話が出来る様になるのである。
つまり、ホントにモノにするには、それなりに体ごと体験することがどうしても必要なのだ。本屋さんに並べられたいい本を沢山読んだ人が皆それなりにちゃんとした立派な人間になれるはずがないとの同じ原理だ。
ヒトは、いろんな体験を通して、学び、ホントにモノにすることが出来る。小さい時ほど、影響が強いと思う。3歳の1年間は、60歳の1年間の20倍の重さがあると思う。となると、賢い国は、初等教育にもっともっとお金を掛けるべきだと思うのだが・・・?!
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