雨にも負けず・・・
佐伯での勤務医時代や開業時代に、靴下を履かなくて頑張っていたが、これは今考えると、健康上マイナスだったと思っている。
冷えは万病の元。
冬寒いのに短パンで頑張ったり、ミニスカートは、良くないと思います。

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朝起きた時にどんな夢を見たのか、はっきりと覚えていること何て、最近は少なくなっていた。夢を見ているのは確かで、覚えていても内容がちぐはぐなことが多くて、つながらないのだ。だが、昨晩の夢、はっきりと覚えていた。変な夢の内容だった。
ある見知らぬ土地に行っている。アチコチの病院や医院を見学している。その土地には、とっても変わった病院や医院が多い。夜中心の病院とか、1泊だけ入院の開業医とか。外から見た格好が、おとぎの国を思わせる感じで作られた医院や、水族館や動物園を持った小児科医院などもある。自分は医者の免許を既に持っているのに、仕事をしないで、ブラブラして見て回っているのだ。
で、その後、4疊半の家に自分が泊まり込むことになった。そこに、浪人生らしき人が来た。どうも、自分と同じ部屋でこれから寝泊まりするみたいだ。その人といろいろ話さない内に、家主さんが来た。
何と、この家主さん、この辺で開業している歯科医なのだ。歯科医の倒産が多いとの噂。で、副業として、浪人生の下宿屋をしているのだ。それも、40部屋ほど持って。朝夕の食事込みで、月10万円。入室している浪人生の殆どが今年落ちた歯科大学受験の学生さん。その値段、経済的なことを考えて特別に安くしているとの口調。食事付いて月10万円は、大都会ではないのにちょっと高いんじゃないかなあ・・・、本業の歯科医としての仕事の収入と副業として下宿家業の仕事、どちらの方が収入が多いのかと尋ねてみようと思ったら、目が覚めた。
何でこんな夢を見るのかなあ。自分でもよく分からない。
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2回目のお点前:後見人が松崎さん(女性)になっていて、この人とはお互いに面識があまりなかったので、不安だった。2番目にした梅田さんは、今までで一番よく出来たと言うし、3番目にした宮崎さんも満足気な顔をされていた。この時、この2日前に、准看学校の事務員さんから上がらない様にと頂いた「天下一のお点前」の話を思い出した。
利休が宇治の上村竹庵という人の茶事に招かれた時、彼は数人の弟子をつれて、その庵を訪れた。竹庵はたいへん喜び、利休たちは茶室に通し、自らお茶を点てはじめた。ところがあまり緊張したためか、点前の手が震えて棗の上の茶杓を落としたり、茶筅を倒したり、柄杓の水をこぼしたりして、大変な粗相をしてしまった。利休の弟子たちはお互いに合図をして腹の中で笑っていた。ところがその茶会が終わると、正座に座っていた利休は、「今日のご亭主のお点前は、天下一でございます」と賞賛した。
帰り道、弟子たちは不思議に思って、「なぜあのような不格好な点前を、天下一といわれたのですか」と利休にたずねた。利休は皆に向かって、「竹庵は、私達に最もおいしい一服のお茶をふるまおうと一生懸命だったのです。ですから、あのような失敗も気にかけず、ただ一心にお茶を点てたのです。その気持ちが一番大事なのです」と言った。
お茶は心が大切である。どんなに点前が立派でも、また道具が高価であっても、まごころの通わない点前はなんにもならないということができよう。
何度もその内容を頭に思い浮かべて、少し落ち着くことが出来た。この時、正客は養賢寺の御老師さんであり、佐伯市長さんも来られていた。
柄杓の先がやはり少し震え、前ほどこぼさなかったが、やはり湯が釜にかかり、茶杓も棗の上に少し曲がって置き、中仕舞をした後に帛紗を腰に付ける時に、それから先何をするかを考えてしまったが、前の時よりも落ち着いてまあまあ出来たと思った。
終わった後、佐伯小学校の5年と6年の時の受け持ちの狩生毅の奥さんが直ぐに来て、「田原先生じゃないかと思ってずっと拝見しておりました。主人が来ていたらびっくりしたと思います。立派なお点前で・・・」と言ってもらえた。又、自分の家を設計してくれた青木茂の奥さん、家内の茶道表千家の先生である隈さん、友達の曽根さんの3人からも、「上手だった」と言われた。
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