新しいヒーローが誕生した。中村友梨香、21歳、初マラソン。
優勝インタビューで、彼女自身が言っていた、「初めてだったので、プレッシャーがなかった。何度もレースをしていればそれなりに大変だったはず」との内容で。
これは、無欲の勝利だと思う。それに反して、高橋尚子さんには、スゴイプレッシャーがあったと思う。
オリンピックでのアイススケートで優勝した荒川静香さんも言っていた。勝因は、無欲の勝利らしきことを。
入学試験にしても、資格試験にしても、同じだ。落ちた時の準備をちゃんとしていると、合格するものだ。もちろん、周りの声援でいつもの実力以上に実力が出ることはある。しかし、絶対に合格しないといけない、絶対に負けてはいけないと思うと、上がってしまって、元々の実力が発揮できなくなって、不合格になったり負けてしまうこと、多いのではないかと思う。
一発勝負の時は、諦めが肝心だと思っている。直前に、神様に実力が充分に発揮できます様にと祈ることもいいと思う。勝ち負けにこだわると、負けてしまうのではないだろうか。
天才イチローにしても、それなりにプレッシャーと戦っていると思う。楽しさがそれに加われば、より実力がアップされた感じで発揮できる気がしている。(但し、この話は、実力が本当に備わっている場合の話)
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(昭和63年12月号の西田病院月報に記載)
今からしたことは多い。時間と体力とお金が許す限りいろんな事を経験してみたい。過去を振り返ってみても、もっと真剣にしとけばよかったと思う事、無駄だったと思う事、いろいろあった。その人その人で状況(年齢や場所や時間)に応じて新しく出来る事があると思う。
西田病院に来て、結構いろいろとしてきたけど、しっかりとモノになった事、何があったかなあ。
家を建てたこと、子どもが出来たこと、新生児・未熟児センターを創設したこと、西田病院に小児科を新設したこと、あとは・・・ない。
今から、仕事の合間に、外国旅行、手話、陶芸、本出版、外国語など、いろいろな事に挑戦して行きたい。
忙しいからしないといけない、忙しい人間ほどそれに釣り合うだけ遊ばないといけない。そうしないと、生きる上で、バランスが取れなくなると思っている。
今年(昭和63年)の6月から、宮崎医科大学の○代慎○郎先生と二人で小児科をするようになってから、今までと違って心にゆとりが出来、お茶とヨガを始めた。ヨガは、水曜の(午後は、病院休み)14:00~16:00まで向島公民館で、お茶は木曜の18:00~20:00頃まで、鎌田宅で、パソコン(9月からの西田病院月報の原稿は、全てパソコンに打ち込んでいる)は、毎日打っている。現在ちゃんと先生に付いて教わっているのは、ヨガと英会話とお茶で、英会話はもう外国の人から3年半も教わっているのに、ちっとも進歩していない。その点、お茶は自分で進歩が目に見えるのでとても嬉しい。
事務室の○田豊美さんからお茶をかなり前から勧められていたのだが、忙しくてその気にどうしてもなれなかった。しかし、お茶を姉が大学の時にしていたこともあって、お茶の面白さについてはよく耳にしていた。
今年(昭和63年)の6月9日(木)に、教授で県の副幹事長をしておられる(息子さんは、昭和64年から県の青年部の部長)釜田宗百先生の門を勇気を出して叩いた。お茶のおの字も知らなかった自分が、習い始めてまる5カ月も経っていないのに、図々しくも11月3日(木)の文化の日に、皆の前で3回も薄茶席の亭主になってお点前をしてしまったのである。それも、修行寺として有名な養賢寺での栄えある裏千家青年部20周年記念茶会にである。
自分が千歳棚薄茶点前をする事が決まってから本番まで少ししか日がなくて、自分の事を最も信頼していると思ってきていた妻でさえ、「今回は断って次の時にしたら、先生に恥をかかせるだけよ」と、何度も言われた。しかし、先生は自分の才能を認めてくれたのであろうか、「大丈夫、笑う人などお茶席では一人もいない。柄杓を落としたり、順番を間違えたり、ベテランでも棗を取る時に棗の蓋から下をバサッと落としたり、いろいろよ。心配は皆している。そんなこと気にしなくていい」と言って、励ました頂いた。
本番の前日、もう一人(男性)の人と7回も、養賢寺での本番の場所で練習した。帰っても練習し、当日朝も行く前に家で練習した。しかし、何回しても失敗するのである。ちゃんと出来ていた所でさえも、する度ごとに自信がなくなってくるのである。それに、時々順番を間違えるなどの大きな失敗をし、自信らしい自信がどうしてもつかない状態になってしまっていた。
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