産科と脳神経外科 佐伯の医師不足「深刻」 署名5万人
佐伯市自治委員会連合会(山中琢磨会長)は10日、同市の地域医療充実と、脳神経外科、産科医の確保を求める市民ら50.801人分の署名を県に提出した。
佐伯市内には3病院に脳神経外科があるが、常勤医はそのうちの1病院に1人しかいない。3病院とも緊急手術の対応は難しく、1時間以上かけて大分市まで搬送しているのが実情という。産科医は1病院・1人のみ。ほかに助産院が1施設ある。今年9月に産科診療所が開設予定。
同連合会メンバーや西嶋泰義市長ら12人が県庁を訪問。山中会長は「医師不足によって救われるはずの命を失うことも考えられ、不安な生活を送っている」と訴え、阿南仁福祉保健部長に署名簿を手渡した。
西嶋市長らも「佐伯市は面積が広く救急搬送に時間がかかる上、高齢化が進んでいるため脳神経外科医不足は深刻な問題。手術や治療は1分1秒を争うだけに、医師確保に努めてほしい」と、厳しい状況を説明した。
阿南部長は「署名を重く受け止めている」と返答。県が医師確保対策に取り組んでいることを説明したが、「新医師臨床研修制度によって研修医の大都市流出が進み、地方での医師確保が難しくなっている」とも述べた。
(以上1月11日の大分合同新聞より)
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○昭和61年1月4日(土)晴。
朝7:00ちょうどから診た。外来、230人診た。何と、今日22人も帰した。宮医大から○○先生が17:00から来てくれた。嬉しい。
○昭和61年1月5日(日)晴。
保険の注意書きで病院に行った。1100gの子が仮死状態で亡くなった。○○先生、「バリバリ働かせて下さい」と言ってくれた。正に、○○先生は、自分にとっては救世主だなあ。
○昭和61年1月9日(木)晴。
停留睾丸の手術の子を医大に紹介して退院して来て、父親からお礼を言われた。大学の教授がスゴクおっかない先生で、主治医の先生を叱りとばしていたとのこと、しかし、紹介した自分のことを褒めていたとのこと。めったに褒めることのない先生らしく、珍しいと父親が言ってくれた。片方だけある場合は、それが全く触れていなければ2歳で、触れていても、両側が停留睾丸の場合は、やはり2歳で手術した方がいい、片方だけでちゃんと触れていれば、5歳まで待てると親にアドバイスしただけなのだが。
○昭和61年1月11日(金)晴。
夕方津久見から熱が5日続いている子が来た。血沈が促進していて、眼球充血があり、口唇赤くて苺舌がある。MCLSかなあ。土曜にひどいのが来るときついなあ。それも、夕方なんて。
○昭和61年1月13日(月)晴。
ヒスシュスプルング病の疑いの日齢2の子と1ヶ月の肺炎の子、少し危ないと思っていた。が、ヒルシュ疑いの子、48時間経過してレントゲンでガス像が下までずっと追えて、浣腸して便が沢山出た。良かった。急いで小児外科に送るべきかと思っていたが、違っていた。やはり、頻回に同じ人間が診ることと、診る人間もそれなりの経験を積んでおくことが大切だなあ。
○昭和61年1月29日(水)晴。
(水曜の午後は、大分医大の先生が来てくれているので)久し振りに「串の豊」に行った。恵ちゃん、とっても喜んでいた。やはり1週間に1回は、外食した方がいいなあ。そうしないと息抜きにならない。如何にして上手に息抜きをするか、気分転換をはかるか、これが問題だなあ。朝の7:30から診る様になったので、午前中がゆっくりとした感じになっている。
○昭和61年1月30日(水)曇。
宮医大にCHDを送った。心雑音が送る時点で、少し小さくなっている感じがした。何故かなあ?夜、宮医大に電話したら、○○先生が出た。懐かしかった。(同時に県病に就職して一緒に仕事をしていた)彼は、今、どんな心境で大学にいるのかなあ?入院するはずの○○さんが来なかった。こちらに不信感を持っているのかなあ?約束を守らない人、お金を払わない人、いろんな人がいる。それでも感謝して耐えることだ。
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