1月13日(日)に、熊本城に隣接する熊本県立美術館に行って、「ナスカ展」を見に行った。素晴らしかった。2時間近くいて、いろんな説明を詳細に聞いた。
地上絵は、誰が何の為に?ピラミッドと同じで、正確には分かっていない。子どものミイラがあって、CT像で中まで詳細に分析していた。又、脳外科の手術時の頭蓋骨の人工的な穴や、頭蓋の人工的な変形、ミトコンドリア分析での日本人との共通点など、興味をそそるモノが多かった。
地上絵もピラミッドも、生きるのが難しい土地での絶対的な救いとしての宗教的な意味合いが強いと思わざるを得なかった。
しばらくタイムスリットして、その世界に没頭していた。
その後、その足で市立美術館にも行った。


14日は、例の如く又熊本市役所の14階のレストランに行って、家内と一緒に、熊本城(まだ、天守閣を修正中だが)を眺めながら、昼食を摂った。

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上手な絵を描いて毎年送って来る人もいます。
初めのは、へき地で内科を開業している赤髭って感じの先生の作品。ある年の暮れに食事に呼ばれて行ったら、先生の患者さんが沢山いて、皆で鍋料理をおいしく食べた(そこで、篠笛と和太鼓をして喜んで頂けたが)。
次の作品は、美術の先生が描かれたもの。その子どもさんが、肺動静脈瘻となって大学で手術された。それ以後、ずっともらい続けている。
たった一言が、とても重みを感じるものが多い。
愛媛で皮膚科勤務(大学で同級生)の一言、「お元気でしょうか、五十肩になって手があがりません」
内科開業医(高校の時に同級生)の一言、「90Kg以上あった体重が75Kgまで減り、脂肪が筋肉に変わりました。趣味は、体重測定」。
佐伯で内科勤務医(大学で同級生)の一言、「佐伯に帰ってきたら飲み方をしましょう」。
更には、私がアチコチ行くものだから、ある開業医からは(彼が学生の時に私が宮医大で指導教官だったが)、「忍者のような田原先生ですが、今はいずこへ?」何てあった。
家内へ来た中には、(大学病院の時に、同じアパートに住んでいて、その後、行ったり来たりしていたのだが)
「・・・開業して5月でまる5年になります。早いものです。私ののんびりした生活も一変し、忙しい毎日です。お友達と会えなくなったのがとても寂しいです。・・・」とあった。
又、激務で内科開業医のご主人を亡くした人からは、
「・・・あれからの日々優しいお心遣いをいただいて本当に感謝しています・・・」と。
毎年来ていた人から来なくなるケースも多々ある。その多くは、病気か
死。
上手な版画が毎年来ていた。一人は、ある病院の病院長。名誉院長後に、そこを退職された。毎年、暑中見舞いと年賀状のハガキに、立派な版画が描かれ、感動していたが・・・。又、ある大学の先生(現在、教授、彼が大学生の時に、私が指導教官だったが)からも、毎年、力作の版画を頂いていたが、昨年奥さんが亡くなられた為に、もらえなかった。
年賀状に、沢山のことが集約されている様な気がしてならない。

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