今日で、2007年は終わりだ。平成19年も終わりだ。来年から、2008年で、末広がりの8が付いているし、平成20年で、平成もやっと成人となる。
昭和天皇が亡くなられた時、臼杵に家族旅行していた。テレビを付けると、崩御されていた。崩御という言葉も、この時、初めて知った。それから20年目と言うことになる。
平成元年のその時には、既に、3人の子どもが生まれていた。家族5人でどこに行くのも大変で、子どもが早く大きくなってくれないかなあと思っていた。電車に乗っても、次女と長男が代わり交代にしばしばトイレに行って、家内が難儀していた。
その3人目の一番下の息子も、既に22歳となり、それだけ自分が歳を取ってしまっている。
来年の5月が59歳で、体力に不安を感じる歳にならざるを得なくなっている。もう、昔の様にがむしゃらに頑張れなくなっている。頑張れば、直ぐにダウンしてしまう体力になっている。
それでも、まだ、年末・年始だけは、頑張ろうと思っている。
1昨日は、小児科の患者さんが13名来た。昨日は、64名来たし、深夜に1歳の子がけいれん重積でICUに入院した。今日も、1歳の子どもが熱が下がらなくて(40度が5日目)、入院した。外来は、20名を越えた。1日、2日、3日は、どうかな?
今年が昨年一昨年と違うところは、家内が病院の前のアパートに帰るといて、食事を作ってくれること。ウサギが昇天してくれたお陰で、いい思いをしているかな。
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日本人の川崎富作氏により、川崎病が発表され、多くの人の知る病名となった。しかし、今もって原因不明で、何故か、明らかに日本人に多い。
昭和51年に大学を卒業して、医師になって2週間目の昭和51年6月14日に、5カ月の川崎病の女児を宮崎県病の研修医の時に受け持ち、無事に7月2日に退院させることが出来た。採血が難しくて難儀したこと、経過が良くて元気に退院してくれたこと、貧乏新婚生活で金銭面で苦労していた時に、退院時に高価なお肉をもらったこと、そんなことがあった為か、今でもしっかりとその症例を覚えている。
宮医大の小児科が循環器を中心にしていたことで、その後、川崎病の症例を沢山集めて、統計を取っていた記憶があるが、それで何か原因が分かったかと言うと、今もって不明となっている。
私の長女が川崎病になり、自分の勤務の病院の小児科の外来診察室の隣に入院させて、自分が診ていた。幸いに、元気に退院できて、29歳になった今、(カイロプラクターの男性と結婚し、彼の卒業した)アトランタの大学院に通って、カイロプラクター目指して頑張っている。
郷里の佐伯に帰って、西田病院で、10年間に28名の川崎病を経験した。その多くは、紹介は殆どなく、初めからずっと診ていた。瘤が出来て、久留米大学に送ったケース(心カテ施行)が1例あった。心外膜炎になった例が1例あった。幸いに、死亡例亡く、再発もなかった。
30例ほど、ずっと診てきて、自分の経験が正しいかどうか確信はもちろんないが、自分なりに経験を積むことが出来た。私が佐伯に帰ってから、個人的に大変お世話になった宮医大の小児科の先生がいるが、やはりその先生の子どもさんが川崎病になった。心外膜炎がひどくて、危機状態になって、外科的な手術までしている。彼と私が話した結論は、「強い抗生物質を処方してから、グッと悪くなった。セフェム系が一番悪い。」と言うこと。
確かに、自分の経験から、セフェム系の抗生剤を与えると、症状が如実に出て来て、状態がグッと悪くなる。それを何度か経験して、川崎病と診断が付いた場合は、私が主治医の場合、川崎病の子どもを治療する上で、自然とセフェム系を使わない様になってしまった。
今の職場に来て、つい最近、外来で、中毒疹か溶連菌かどうかはっきりしなくて、ペニシリン系では美味しくないだろうからと思って、セフェム系を1日分上げて様子を見た4歳の男児がいた。で、急にグッと悪くなって、結果的には、川崎病だった(リンパ節腫大はないものの、それ以外の大症状が全てあり、心電図のPR延長や冠動脈の輝度の亢進はあるものの、冠動脈の瘤や拡張はない)。この子の場合、発熱4日目で、注腸で黄連解毒湯を使い始め、直ぐに解熱し、4日目のCRPが3.04で一番最高で、その後、発病6日目には、1.32、8日目には、0.67とまでになってしまった。
今までに、川崎病で、黄連解毒湯の注腸で、ガンマーグロブリンの大量療法をしなくて、熱が下がってしまった例を他にも経験している。
当院では、黄連解毒湯の座薬まで作っている。熱が高くて、興奮して、顔を真っ赤にして、手や足や体が熱くなっているケースだと、極めてよく効いている。アデノウイルスや髄膜炎や脳症疑いでも効果があると思えるが、川崎病では、最も効果があるのではと思っている。更には、インフルエンザ脳症にも効くのではとも思っている。
川崎病の子どもは、例外なく、アレルギーがある。喘息持ちの子が多い。体質的なモノ、日本人独特の遺伝的なモノ、免疫が関与してと思われる。
現在、日本では大量のガンマーグロブリンが使用されているが、それらは、多くの人の血液から作られたもの。血液製剤の使用により、川崎病の経過が良くなっていることは喜ばしいことと思われるが、日中友好の時代、是非、日本政府が中医学と接点を持って、川崎病にも漢方の光を当ててもらいたいと思っている。
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12月31日に、テレビで紅白歌合戦を見るのが楽しみだった。年末年始の特別番組を楽しみに見ていた。しかし、この歳になると、少し考えが変わっている。格闘技番組を持ってきたり、紅組と白組が勝敗にこだわって歌っていたりするよりも、世界をリードすべき経済大国日本にもっとふさわしい品のある内容の番組にしてはどうかと思う。今の姿、何か、今の時代にふさわしくない内容になっているのではと思う様になっている。
未来につながる番組、それは、子ども、それに人間と調和すべき生き物や自然などを大きく取り上げて、それを特別年末年始番組のメインにした方がいいのではないかと思う様になっている。
例えば、子どもの芸能大会にしたり、世界アチコチから特殊な才能のある子どもを紹介する。北朝鮮やイランやパキスタンからの子どもも招待したらどうであろうか。そのことが世界平和にも通じるかも知れない。各県ごとに予選を勝ち抜いてきた子どもチームでの披露や、個人プレーや団体プレーなど、多種多様ですることもいいと思う。
例えば、和太鼓を例に取ると、どんなに上手なプロでも、小さな子どもの和太鼓演奏にはかなわない。何度も、慰問で、お年寄りが子どもが打つのを見て涙ぐんでいる姿を見てきている。
子どもは未来。動物から学ぶことも多い。宇宙から学ぶことも多い。
今のままの年末年始の番組、ホント、変えて欲しいなあ・・・
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