ストレス解消法とは、ストレスを溜め込まない、ストレスのはけ口を作る、ストレスになりそうなことから逃避するの3点だと思う。
ストレスを溜め込まない方法とは、自分の考え方一つだと思う。過去も他人も変えられない。となると、今からの自分を変えるしかないと言う結論に達する。そう開き直ることである。生きること自体が、既にストレスにさらされているのだ。自分の器を大きく構えることが大切だと思う。変なことを言われても、相手が変な行動に出ていても、それはその人なりの個性と思って、寛容な精神で見て、カットならないことである。カッとなると、相手も不快に思うし、カッとなって自分にとっても、体にも良くない。別にそれで抹殺される訳ではないのだから。又、もしも他人から頼まれ事を受けても、それだけ自分が頼りにされていると考えて、ニコニコして受けるだけの心の広さが大切だと思う。
ストレスのはけ口を作る方法には、人それぞれにいろんな方法があると思う。趣味に興じるのもいいだろうし、こんな感じでブログに記載する方法だってある。100キロ離れると、解放されるとの心理学者の意見もあるので、旅に出るのもいい方法だろう。気の合う者同士で話してもいいし、スポーツやショッピングや食べ歩きなんて方法もある。人間は、一番好きなモノが仕事でない方がいいらしい。2番目に好きなモノが仕事で、1番目はやはり趣味的なモノがいいらしい。
てっとり早い方法は、ストレスから逃れることだが、多くの男性の場合、どうしても負け犬的に思って、何とか正面から立ち向かって解決しようとする。しかし、負けるが勝ちとの言葉もある。あまり目くじら立てるよりも、それから去ることも一応は考えてみよう。
以上は、総論ですが、各論は、各人の年齢や性格やいる立場などで、自分なりに捜すしかない。くれぐれも、他人のせいにすることだけは、止めた方がいいと思います。
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○昭和60年8月20日(火)晴。
120人程来た。PAP(異型肺炎)が多くなっている感じだ。体重73.5Kg、今度の子どもが生まれるまでに70Kg前後になってみたいものだ。67Kgが夢だなあ(現在、66Kg台になっている、この体重まで落とすのに、20年以上も要しましたが)。歯の調子も、悪いなあ(インプラントを入れるまで、ずっと歯でも悩んでいた)。
○昭和60年8月23日(金)晴。
(2日間の西日本喘息研究会に出席の為)16:04の電車に乗って小倉まで行き、そこで新幹線に乗り換えて博多まで行った。
○昭和60年8月24日(土)晴。
懇親会後の2次会は、例の如くのラウンジに行って、多くの人と話して、いろんな情報を得て有意義だった。
○昭和60年8月25日(日)晴。
2日目だった。15時まであって、それが終わって直ぐに博多駅に行って帰った。大分の○谷先生と一緒になった。この先生から、昨日、「よく頑張るなあ、皆、感心しているよ・・・」と言ってもらえた。学会に、宮崎の開業医の○元先生も○阪先生も来ていた。○元先生、「借金がなかったら、お金貯まるんだがなあ・・・」と言っていた。○島君も、開業したいらしい。小児科開業医が多くなるなあ。
○昭和60年9月3日(火)晴。
80人も来なかった。ヒマ。外科は、手術が多くて、外来も昨日と今日は、100人を越したとか。産婦人科も多い。ベビーが30人近くになろうとしている。内科も整形も多い。この時期、小児科と脳外科が少ないなあ。
○昭和60年9月14日(土)晴。
ベッドがどこもほぼ満床。小児科だけ、ゆっくりしている感じだ。左の目と肩が痛かったが、少し良くなった。理事長亡き後、少しゴタゴタしている感じだが、事務長がしっかりしているので、何とかなるだろう。院長は、僕には、とても低姿勢だ。この病院、忙しいけど、仕事はし易いなあ。
○昭和60年9月16日(祝)晴。
午後忙しく働いた。夜もひどいのが多くて、0:00過ぎにやっと帰れた。30人以上いたなあ。喘息が多い。どこも診ていないのかなあ。
○昭和60年9月17日(火)晴。
連休明けのせいか、午前中に120人診て、午後50人来た。5人入院した。朝、7:40から病棟を回診し、12:30に外来を終え、食事もバッチリ摂り、月報の原稿も出した。時間の使い方が正にプロ級になっていると思う。
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