2日に、北朝鮮の金総書記と韓国の廬大統領が会って、それをマスコミが大きく取り上げていた。
気になったのは、金総書記の顔色が冴えなく、お腹が出過ぎるぐらい出ていること。噂では、金総書記の体調が極めて良くないとか(身長160cmなのに体重80.0Kg?もあり、心臓と肝臓が悪く、いつも薬を大量のみ、心臓のバイパス手術をしたらしいが??)。
以前、韓国の金大統領や小泉首相と会った時には、顔色がはつらつとしていた。しかし、今回は、全く顔色が冴えない。笑顔がなく、ぶっきらぼうだ。
廬大統領を金総書記が赤いジュウタンの上で迎える時に、別の人の指示で動いている様な動作があった(あくびまであった)。これは、尋常ではない。何せ、北朝鮮では、金総書記は、神様的な存在。そして、そんな一部始終を中継で画面に映し出されていることも、今までの北朝鮮のことを考えると、異常事態だ。
アメリカの情報では、金総書記は、認知症のごく初期とのこと。かって、金総書記には、2人のそっくりさんがいて、本物は、瀕死の状態にあるとかの噂もあったなあ。アメリカの情報も当てにならないことが多い。イラクの大量破壊兵器がなかったのは多くの人の知る所であるが、オサマビンラディンの居場所を発見したとか、オサマビンラディンは腎不全で透析中で、もう亡くなっている可能性があるとか報道していたが、現実は、つい最近、本人に100%間違いないメッセ一ジまでがマスコミを通じて流されていた。
アメリカがイラクに対してとる態度と北朝鮮に対してとる態度は、全く違う。北朝鮮に対しては、極めて友好的だし、今後は、益々そうなるだろう。そうなると、拉致問題で進んで来なかった日本の立場、福田首相の考えで少し変更になるかも知れないなあ。
安倍元首相も、金総書記も、健康あっての政治だ。福田さんも71歳で高齢だが、まだ、大丈夫かなあ?そう言えば、民主党の小沢さんも心臓病で周りをハラハラさせいるみたいだが。
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○昭和59年12月20日(木)晴。
H教授が来た。30人余診てもらった。MCLSが多くなった。H教授、元気そうだ。自分の体の調子まあまあだが、遅く寝た時は本当に、きついなあ。今年ももうすぐ終わりだ。いい年だったかなあ。
○昭和59年12月23日(日)晴。
今年最後のゆっくり出来る日だった。宮医大の(代診の)○○先生に学会の内容を渡した。12月も下旬と言うのに、暖かい。このまま年末年始になってくれると患者さんが少なくていいのだが。少し体力が戻った感じになってきた。
○昭和59年12月24日(月)晴。
(院内の職員の)○○さんの子ども(医大に送って、腫瘍の疑いで手術したら、何と結核であったのだが)、医大からもらっていた薬を飲んでなくて、叱ったらここに来なくなって、○○小児科に行っていた。医療とは、教育と同じで、医療側と患者側のお互いの信頼関係から始まる。又、医者は、自分の限界も知っておくべきだ。院内の人は、薬だけをもらいに来たり、時間外に来たり、少し知識があるものだからいろいろと難しい。親しき仲にも礼儀あり。
○昭和59年12月25日(火)晴。
病院の大忘年会があった。本当に楽しかった。外科の○田先生は、いつもの調子でメイン中のメイン、脳外科の○屋先生も、かなり凝ったのをした。セ一ラ一服姿の内科の○田先生や○田先生も、スゴイ出し物。皆、忙しいのに、いつ練習したのか?僕も、(いつも自分がしている様に)マイクを持って郷ひろみの「踊れサンバ」を歌いながら踊ったら、皆が総立ちになって踊り出して、凄かった。この病院の医者は、皆、役者だなあ。こんな雰囲気、大学病院や県病院には、絶対にないなあ。まかないのおばちゃん達まで、給仕しなくて真剣に見ていた。
○昭和59年12月27日(木)晴。
医学研修センタ一から、僕の作った100選の小児科の問題を掲載させてもらえないかと言って来た。OKと返事をした。自分の問題がそれなりに認められたかと思うと嬉しかった。
○昭和60年1月2日(月)晴。
50人ほど診たかな。昨年よりも少ない。明日は、100人近く行くはずだ。
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