父は、毎月1回、神様に手を合わせていた。
その理由は、2つあり、一つは、感謝の意味で。生かされていることに対してのお礼として(父は、胃を胃潰瘍で3分の2、切り取っていた)。
それと、もう一つは、多くの人に幸せになってもらいたい為に。
父は言う、幸せの意味は、4つの「し」で始まる言葉を合わせる、しを合わせる、しに合わせる、つまり、幸せ。
初めのしは、「神仏のし」で、まず、神仏の生き方に合わせることが大切。
次のしは、「親族のし」で、父母、親子、兄弟、親族がいついつまでも睦まじく行く様にと、お互いに合わせることが大切。。
次のしは、「自然のし」で、自然の生き方に合わせることが大切。
最後のしは、「社会のし」で、分け隔てなく、多くの人に幸せになってもらいたい、その為には、職場の人達や地域の人達、更には、世界の人達に合わせることが大切。
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1920年(大正9年)に、1000人の出生に乳児期に166人も死亡していたのが、今では、わずか3人以下になっている。80年以上経って、死亡率が50倍ほど改善しているので、当の子どもも、50倍幸せになっているかと言うと、全く違う。
かなり前になるが、昭和59年10月に、東京都の中学1年生~高校3年生までの1050名(回収率90%)をかなり信頼のおける方法で調査して、以下の続きにそのデータが出ている(東京都立大の詫摩武俊教授が、日本小児科学会で発表)。
2005年度に全国の公立小学校の児童が起こした校内暴力の件数は、過去最高の2.018件となり、教員への暴力行為は、前年度より38%増加の464件となっている。しかし、これは、氷山の一角ではなかろうか。実際は、その数倍、いや、軽いのも入れると、更に多くなり、正に、起きる寸前のものまでも入れれば、その数字は、計り知れない。
つまり、かなり前から、既に、その兆候はあり、多くの人から、それなりの対策の必要性を声高に言われていた。しかし、その声は届かず、低年齢化してしまったのである。
生まれつきの非行少年や少女とか、生まれつきのいじめっ子などというのは、考えにくい。どの子どもも、可能性のある豊かな赤ちゃんであったはずであり、可愛い幼児であったはずである。それが年齢と共に、大きく変化して行ったのだ。
我々大人は、何故、そこまで子どもを追いやったのかを、今こそ、真剣に、謙虚になって、反省しなければいけないと思う。
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ふと見て驚いた。私達が火葬をしている火に向かって、さながら幽霊でも集まって来る様子で、水を求めて重傷の被害者が来た。今にも死にそうで、非常に弱っていて、衣類もボロボロになっている。この様子を見て、私は止む得ず、軍令を破ったのである。水を飲ませ、余った食事を与えた。昼間の疲れが襲ってきて、防空壕の中で睡眠を取ることにしたが、その被爆者の方達は、誰一人として立ち去ろうとしない。私達兵隊の側から離れようともしない。それで、一緒に、防空壕の中で寝ることにした。
「私達は、兵隊さんの所に来たので安心しました。ひょっとして死んだら、あの様に火葬にされるのでしょうか?」 ハッとして、私はどう返事をしていいのかわからない。
「大丈夫ですよ、日本は絶対に負けません!いつ戦死してもいいです。勝つ為に、自分達軍人は、国の為皆さんの為に一生懸命に、死ぬまで軍務に尽くします。」この返事しかなかった。被爆者の方達、疲れ切っている部下達、いつの間にか深い眠りに入る。
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