masa
More プロフィール

Category

Search

Calendar

<< 2006/12 >>
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31

トップページ

Doctors Blog

ブログの購読

新着コメント

新着トラックバック

2006.12.14 08:48 |  日 記  |  masa  | 推薦数 : 0

師走だ・・・

 月曜日の夜に帰った。

 火曜日の午前中に、85歳の母に会い、午後は、歯科に行き、茶室に行き、その後、年賀状を書き上げた(107枚をプリンアウト)。

 水曜日の午前中、家にある沢山の写真の整理をした(いいのをスキャナーで取り込んで後で分類する予定)。

 午後は、茶道の師匠(85才)に会いに行った。師匠は、「自分が死ぬまで、市の裏千家の会長をすることにした。まあ、これがまだ生きる為の源になるかもしれない。何も出来ないので、せめて笑顔でもと皆に振りまいている。」と言われた。俳句が12月のに入選していて、その内容は、「長生きも芸の一つや年の暮れ」。 

 その後、19時から、子どもの太鼓チームである「日心(日本の心)太鼓」(私が会長)のスタッフに会いに、太鼓の練習場に行った。で、久し振りに、4尺の大太鼓を打った。さすがに、いつも、一尺4寸でしか打ってないだけに、息が切れて、最後は、上手く打てなかった。

 子どもたちが、4曲、自分の為に披露してくれた。

 笛を吹かせてみたら、中学生の女の娘で、凄く上手な子が一人いた。思わず、「基礎が出来ているネエ!」と言ってしまった。後で他の人に聞いたら、学校で吹奏楽部でフルートを吹いているとのこと。なるほどと思った。

 小学生の時の同級生に、太鼓のプロになっている人がいる。佐伯に公演に来た時に、この練習場にわざわざ指導に来てくれて、子ども達の演奏を見てもらった。「失礼ないい方で申し訳ないが、聞くまでは、素人に少し毛が生えているぐらいだろうと思っていたが、驚いた。かなり基礎を叩き込んでいるなあ(日心太鼓のOBは、プロの「TAO」の練習場で指導を受けている)。ここまで出来ているとは、全く予想していなかった。」と言われたそうな。

 桶太鼓2つに穴が開いていて、使えなくなっていた。又、私が寄贈した桶太鼓2つも、皮がボロボロになっていた。で、その4つの修理代を寄付してあげることにした。

 子どもたちは、かって姉妹都市のハワイで演奏して、絶賛されている。県外からの要望も多くて、熊本にも来て演奏している。もっともっと活動の場を広げてあげたい。

 

 

 

続きを読む

固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)

 翌9日、頭の負傷をものともせず、朝6時に兵60名を引率して再び市内に突入する。担当の場所は、寺町である。物凄い死臭の中を通って紙屋町に行き、西練兵傷右に見ながら産業奨励館を左に見る。行軍途中で見る左右の惨状、何たる悲惨さか。あの爆弾一発でこの様な惨事に、唖然としてものも言えない。 木造の家は1軒もない。焼け爛れて夢遊病者の様に、茫然と立っている人、座り込んでいる人、横になっている人、そして、死んでいる人。


 「兵隊さん、助けて下さい!」 行軍中に何回も聞く。直ぐにでも助けてあげたい気は山々であるが、軍の命令で、寺町に一刻も早く到達せねばならない。「後で直ぐに参りますから、待っていて下さい。」それしか言えない。やっと寺町に到着。


 まだ生きている被爆者の殆どの方は、真っ先に水を求めるけれども、水を飲ませたら直ぐに死んでしまうから、絶対に飲ませてはいけないとの軍令であった。私の水筒には水が入っている。しかし、心を鬼とせねばならない。「私の気持ちを察して下さい。」


 大きなお寺の焼け跡があちこちにあり、お墓が沢山有る。だが、殆どの石塔は横倒しになっており、その間には、被爆者の死体で一杯である。何たる有様か!生存者が運んでくるのであろうか、自分の死に場所をこのお墓に求めに来たのであろうか、この多勢の被爆者の死体には、驚いてしまった。


 この死体の中を、口鼻にタオルを当てて、自分の身内を、親戚を、又、知人を探し回っている人達があちこちに見える。死体の中には、目・口・鼻から白い虫が見えているものが多い。

続きを読む

固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)