少年の家は、とても貧乏だった。当時は、給食がある訳でなく、家から弁当を持ってくるしかない。しかし、その少年の弁当は、いつも、白いご飯とその真ん中に梅ぼしが入っただけのものだった。母子家庭で、母は、水商売をしている関係で、その少年は、田舎のおばあさんの所で生活していた。
運動会の時、少年は、担任の先生から、「先生、どうもお腹の調子が悪くて持って来た弁当、食べられないんだ、君のと換えてくれるといいんだが・・・」と言われた。貧しい家の少年は、運動会の時も、誰も応援に来る訳でなく、やはり、その日も、日の丸弁当であった。先生のは、その日は、いつもより、飛び切りすごいご馳走の弁当。少年は、そんなご馳走の弁当、今までに食べたことがなかったので、大喜び。
そして、翌年も、担任の先生が代わったが、やはり、その先生も、運動会の時に、お腹をこわしてしまったと言うので、その少年は、喜んで交換した。
で、成人して分かったことだが、先生達の申し送りで、その子の為に、お腹をこわしたことにしていたのである。
(佐賀のがばいばあちゃんの本より引用)
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年賀状を今日一日で書き上げた。今まで関係した人の名前が筆王に記載さている。431名。その中には、既に亡くなった人も含まれている。
今年、107枚書いた。予定外で来た人には、年が明けて出すことになる。年賀状のスタイルも、自分なり、変えて来ている。2回程、家内が書いた年があった。
父と義理の父が亡くなった時は、出さなかった。それ以外では、ずっと出している。お互いに長いこと会うことなく、それしか、連絡のない関係の人も増えている。
韓国では、届くのに、余り期日を厳格にしていない様だ。日本の場合、手書きが少なくなっている。で、内容が少しでも良いものとを思って毎年作成しているが、今年は、余り内容がない。
医局の前の景色を出した。真ん前が海の医局なんて、全国的にも少ないに違いない。それと、昨年の忘年会で篠笛を吹いている姿を出した。
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