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2006.12.11 20:41 |  日 記  |  masa  | 推薦数 : 0

遠い・・・

  朝、いつもの様に、7時前に朝食を摂り、新生児室のベビーを2名診て、小児科入院をはずし(二人共、臍の緒が首に巻いていて、チアノーゼあったが、共にその後、幸いに著変なし)、まだ新生児室にいるが、まとめを書き上げた。

  で、朝の11時40分のバスで松島まで行き、そこから又、バスで乗り換えて熊本駅まで行き、そこから九州横断鉄道で大分まで行き、そこで夕食を摂って、19時06分のソニックで佐伯まで帰って来た。家に着いたのは、20時30分前であった。ホントに、ここまで帰るのも一日がかりだ。東京に行く方が近い。

  年末年始の栄気を今からの4泊で貯め込んでおかないといけない。

 

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横の兵舎の・左の兵舎・右の兵舎からは、死体がぞくぞくと船艇に運び込まれて行く。似の島に運搬されて、火葬されるのではなく、防空壕の中に山積みされて、その上から土を被せて永眠にするのである。遺骨の内、果たして何名がちゃんと身内の元に帰られるのであろうか?誰が誰だかわからないので、それは不可能に近い。死んだ美代子をこのまま似の島に送ったのでは、あばあちゃん、御両親の元に帰る事は出来ない。もし私が生ありて御両親に会うことが出来れば、そして、何時私の身が死することがあっても、肌身から離さずあの世で再会しよう。

 静かに眠る美代子の遺髪を切り取り、胸に付けていた名札を封筒の中に入れ、御両親の住所氏名を書いて貴重品袋の中に納めた。

4名の兵が美代子を梱包して、私の部屋を出ようとする。隣にいた娘さんは立ち上がって、益々甲高い声をあげて泣き出す。

 

「もう、泣くのは止めなさい、静かにして手を合わせて送んなさい。」と言って、私も手を合わせた。

 

船艇は、死体を山程運んで、似の島に消えた行った。美代子よ、その他の亡くなった皆さん、静かに眠って下さい。

 

一番憎いのは、何とも知れないあの(原子)爆弾1発である。

 

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