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< ダッカでの思い出 | メイン | ケベック紀行 >
2006.07.27 18:18 |  海外留学  |  masa  | 推薦数 : 0

モントリオール紀行

  珍道中って感じだったかな。行きは、鉄道を利用した。初めてのことで、人に尋ねながら、不安一杯で。しかし、近頃は、このドキドキがむしろ 快感になっている感じだ。15時10分の列車に乗った。値段が、日本円で言えば、 片道、1万円余だ。高いと思った。13時半頃行って、その場で、買い、待った。
  列車の中では、専属の男の車掌さん一人で、食べる物まで 売っている姿には、びっくりした。19時48分に着き、駅から地下鉄で、近くの所 まで行った。びっくりした。正に、フランスだ。フランス語があちこちあり、もう、 英語よりも、フランス語中心って感じ。フランス語で話す人が、圧倒的に多い。さす がに、ここは、世界で2番目にフランス語を話す人が多い所。
   泊まる場所が分からなくて、ホテル街で聞くと、「そのホテ ルは、今、閉じてる。ちょっと前につぶれた」と英語で言う。冗談だったが、きつい 一言だった。通る紳士に聞いたら、英語は分からないから、フランス語で言ってくれ と言われた。で、とっさに、「ウエロテルヅブルトン」と言う、フランス語が自分の 口から出た(ブルトンホテルはどこですか?)。正に、知識は、身を助けると思っ た。分かりにく場所で、すぐ近くにあった。
  それからが大変で、そこの主人が、英語が余り出来なくて、 フランス語で聞いてくる。一泊、100ドルと聞いていたのに、税金やいろいろで、 240ドルも取られた(消費税が14%)。先に払っておきたい、領収書を今書いて くれと言ったら、何故だ、その理由を言ってくれ、と言う。英語で言ったら、理解で きなくて、フランス語で言ってくれと言う。仕方なく、下手なフランス語でその理由 を言ったら、納得したのか、ちゃんと書いてくれて、おまえは、すばらしい男だと言ってもらえた。で、やはり、この暑いのに、心配していたいエアコンがない(しか し、この暑さは、例年並みで、2001年には、40度前後が続いたととのこと)。 もう、夜も、遅くて、近くで食べ、近くのコンビニで朝の食事を買って、寝た。が、 疲れていたのか、暑いのに、冷房無しのファンだけで、まあまあ、寝れた。
  次の土曜日、朝、9時から、とにかく、テクテクと歩いた。 ちょうど、大きなイベントが2つあって、凄い人だった。出店も、ずっと出ている。 モントリオールの中心地は、モントリオール島にあって、その島に、180万人もい るとのこと。
   まず、そこにある有名な大学の近くに行った。トロント大学 と違って、丘の上にあり、ホテルって感じの建物で、メルヘンチックだった。モント リオールの道は、東西南北でなく、斜めに走っているので、コンパスと地図を持って の今までの自分の仕方では、多少、困ることがあった。
  方向音痴にとっては、結果的には、道6つをしっかり覚え、 更に、それに直角に走る道(この道の右側が、フランス語圏で、左が英語圏で、自分 のホテルは、フランス語圏にあったので、どうして自分のホテル周辺の人に、英語が 出来ない人が多いのかが理解できた)を覚えれば、それで、だいたい理解できること が分かった。自分の場合、フランス語だけで住所が書かれていても、読めるので、何 とか、助かった。
  その7つの大きな道を、すべて、歩いて行った。途中、美術 館を見たりした。暑くて、脱水で、めまいがし、フラフラしていて、もう、倒れるか と思いながら、どんどん歩いて行き、一番有名な大聖堂の前に辿り着いた。で、そこ で、日本で言えば、150円のペットボトルの水を買った。2ドルもした。こんな高 い値段は、バンコクの空港以来だった。冷たくないが、いっきに、全部飲んでしまっ た。よく周りを見ると、その店の真ん前に、水道があり、そこで、子ども達がペット ボトルに、そこからの水道水を入れていた。
  食事は、この日は、2回だけで、簡単な朝食と、17時過ぎ に、近くの日本レストランで、食べた。ベトナム料理店が多い。何故か分かった。ベ トナムは、フランスに占領されていたので、彼らは、フランス語が出来るのだ。食べ たその日本食のオーナーも、ベトナム人であった。
   ベトナム語では、挨拶は、シンチャオに(オン、バー、アイン、チー、エム)のどれかを付ける。オーナーの奥さんだったので、シンチャオ・バー と言ったら、驚いていた。夕食後に、周りを散策した。ある通りでは、週末の関係 か、実に沢山の人が、楽しそうに話しながら、食事をしている。その前で、いろんな 芸があっている。又、公園も多くて、そこでは、寝ころがったり、本を見たりしてい る。正に、人生を楽しんでいるって感じだ。イベント会場では、凄い人だかりだっ た。
   が、疲れていたので、21時頃には、もう、寝た。しかし、 暑く、又、何と、22時から花火が始まって、その音で、眠れなかった。ここの花火 は、30分足らずで(バンクーバーもそうだったが)、日本の様に、ゆっくりでな く、どんどん打ち上げる。もっと、ゆっくりと打ち上げればいいと思ったが、逆に、 これがまともなのかなあとも思った。
  兎に角、モントリオールでは、いつも、イベントがっている 感じ。夏は、日本と同じ様に暑く、冬は、マイナス30度にもなるが、それに応じ て、水泳やスキーなどもあり、それなりに、そこに住む人は、楽しんでいるとのこ と。
   日曜日には、8時過ぎに、暑いホテルを出た。雨が降ってい て、蒸し暑かった。が、少し、昨日よりは、涼しかった。近くの公園で、ゆっくりし た後に、雨が降っていたので、タクシーで、大聖堂まで行った。いくらかと聞いた ら、10ドルと言われて、メーターも使うことなく、それを払ったが、後で考える と、近くなので、そんなに要らないはず。ボラレタと思った。
   大聖堂に行って、中に入り、ミサの始まるまで、写真を撮り、又、9時半から10時40分まで、ミサをずっと聞いた。女性の歌う声が素晴ら しかった。その近くで、食事をし、散策し、ある有名な邸宅をお金を出して見た後 に、ショップ店で、モントリオールの葉書などを買った。伸が演奏する時に、いいと 思った服があったので、少し高かったが、買った(月とオオカミとメルヘンチックな 女性の絵があり、インディアンの人の作品とのこと)。
  地下鉄で、バスデーポまで行き、そこから、空港行きのエキス プレスのバスで、空港まで行った。切符は、インターネットで予約したいたので、飛 行場で、係りの人に、その紙を見せたら、打ち込んできれて、紙をくれた。その紙が 実にピラピラの紙で、これで乗れると思わず、どこかで又、ちゃんとした紙に替えな ければならないとと思っていたが、それで良かった。
  曇り空の為、窓側だったが、よく景色が見えなかった。トロ ントの空港で、ダウンタウンまでの往復の切符を買った。が、始め買った時は、片道 だったので、気が付かなかったが、今回は、往復で買い、その紙が、又、モントリ オールの時の飛行機の紙と同じ質のピラピラで、これで、次回に、又、見せればいい と言われて、(こんなピラピラの紙など、日本では考えられないことなので)びっく りした。
  この運転手は、運転中に、よく、ボトルやカンジュースみた いなものを、運転しながら、長い時間、飲んでいる。日本では、クレームが付く所だ ろう。バスを降りて、地下鉄に乗り、帰った。寝た時間は、夜の11時だった。疲れたが、又、来週、ケベックに行く。

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