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2008.07.04 07:39 |  研究  |  エッセイ  |  masa  | 推薦数 : 0

医者の不養生

 専門職の人は、それを一生懸命にしてきているので、確かにその道のエキスパート。医療の場合、科が違うと、今の医学どこまで進んでいるのか何て、全く分からない感じになる。医学生の時の知識を紐解いてみても、その時の知識とは随分とかけ離れて、正に浦島太郎。内科や外科だけでなく、眼科、皮膚科、脳外科、神経内科、放射線科、麻酔科、殆ど全ての科でスゴイ進歩だ。他科からは、小児科も特殊と思われている様だが。
 で、腕のいい大工さんや腕のいい料理人、世間一般では、変わり者が多いと言われることが多い。大工さんや料理人以外の職人でもそんな感じだ。
 で、医療を扱うドクターも同じ感じがしている。
 昼食を抜いているドクターが多い。特に、産婦人科や外科や整形外科の先生。理由は、忙しいからと言う。朝もちゃんと食べて来てないドクターも結構いる。それが、時に専門的にしているドクターもうそうなのだ。例えば、代謝(糖尿病)専門のドクターが、朝、パンと牛乳で済ませている。で、本人、「いや、他人にはちゃんとしなさいと言っているだけど、自分のこととなると、又、別で・・」とか何とか言っている。呼吸器内科の先生で、タバコを吸っている先生がいたのには驚いた。「本数、前よりかなり少なくなっているんで・・・」とか何とか言ってごまかしていたが。生活習慣病を指導する先生で、お腹がスゴク出ているドクターだと、説得力乏しいかも。
 歯科口腔外科のドクターが言っていた、「ドクターの歯の手入れ、悪い人が多いです。口に入ったまま寝てしまう人もいますから・・・」と。
 外科の先生で、ホントに1日夕食の1食だけと言う人がいた。で、その先生自身のカルテをたまたま目にしたことがある。何と、「便秘」の病名がしばしば付いていて、カマグなどがしばしば処方されいた。
 ドクターの中には、ハードな仕事と夜の遊びで殆ど毎日が終わる人もいる。アルコールとニコチンまみれになって、体が次第に蝕まれているのだが。それに、夜はカロリーオーバーな食事で。で、その先を見ていると、殆ど100%近い確率で、体を壊していますね(当たり前ですね。正に、医者の不養生)。
 仕事のし過ぎで心臓が悪くなったり、腰を痛めたり、運動不足で肥満になったりしているドクター、沢山います。
 熊本出身の細川元総理は、政治の世界から全く手を引いて、陶芸の世界で今一生懸命だ。こんな感じで、医師が、退職後に別な世界に身を投じている人、実に少ない。
 イチローの自己管理を見習いたい。彼は、自分の健康管理も、ピカ一だ。永くいい仕事を続けるつもりであれば、まず、自分の健康管理がちゃんと出来るかどうかだなあ。精神面でもちゃんとコントロールが出来るかどうかだなあ。
 残念ながら、ドクターの多くがそれが欠けている。そして、体を壊して、やっと反省している。すみません、そう言う私も、そうでしたが、今は、深く反省して、それなりに改善しています。

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2008.07.03 06:43 |  旅行 / 宿  |  とりとめのない話  |  masa  | 推薦数 : 0

トルコ・・・

 トルコは、イスラムの国だが、政教分離を憲法で規定していて、イスラムの他の国とは違った感じになっている。最近イスラム色が強い政権に変わって、EU加盟が危ぶまれている。しかし、その繁栄振りは、ダッカと同じ様に、注目されている。
 現在、日本の大成建設がアジアとヨーロッパを分けるイスタンブールのボスポラス海峡に、海底トンネルを掘っている。で、来年には、完成。で、その方法が何と、「沈埋(ちんまい)トンネル」という工法。簡単に言えば、トンネルが入った鉄の大きな箱を、そのまま海底に沈め、その箱をたくさん海底に這わせていくだけ。これだと、短期間に低コストで出来そうだなあ。
 今まで、海底トンネルとのイメージでは、日本の青函トンネルのように、海底のさらに下の岩盤を掘っていくものばかりと思っていたが。
 過去をさかのぼることの1890年、トルコ船エルトグルル号が和歌山県大島沖で沈没し、その時に付近の住民が救い手厚く介護をした。これ以後、日本人はトルコ人の恩人として、ずっと全土で語り継がれているとか。日露戦争で、トルコを占領していたロシアに勝ったことより、更に評価が上がった。トルコでは、日本人を友達になることがステイタスにつながるとか。
 トルコ人から見た日本人のイメージは、「勤勉」「礼儀正しい」「時間に正確」「だましやすい」「頭がいい」「真面目」「伝統を持っている」「商売が上手い」などとのこと。トルコでは、他の外国人よりも5倍以上で買わされていることもあるとか。
 このボスポラス海峡トンネル完成の暁には、更に日本人のイメージがアップするに違いない。
 近い将来、イスタンブールを中心にトルコ旅行をする予定にしているのだが。

*トルコ語を、トルコ人(APU:アジア太平洋大学)から教わっていた。その学生さんの都合で、たまたまトルコに行かないことになってしまった。それも、直前に。で、トルコ行きがタイ行き(1カ月半余)になり、チェンマイに行った。チェンマイも、いい所だった。あの時、トルコにしばらく滞在していれば、いい経験が出来たのではと今でも思っている。トルコ語は、正に、東西の言語の中間(トルコ語で、いいは、イイ、超いいは、チョック・イイと言い、種はタネと言う)。日本語と同じ様に、テニオハがあるし、日本人にとっては、語順も日本語と同じなので、とても覚え易い(トルコの人は、トルコ語が世界で一番難しい言語と思っている。ホラを吹く感じの人が多いので、自分も受けるかなと思っていたのだが・・・?!)。


 

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2008.07.02 08:40 |  生活 / くらし  |  為になるかも知れない話  |  masa  | 推薦数 : 1

物価高対策

 インフレになりつつある現在、必需品のモノは、少しでも安くて手に入れたいのは山々。しかし、ホントはどこが一番安いのか?
 (7月1日の昼の「みのもんたの番組」参照)
 グラッドストア、ディスカウントショップ、ス一パ一マ一ケット、百円ショップ、ホ一ムセンタ一、・・・数が多いので、迷うが・・・。その流通経路やモノの本質を考えれば、少し理解出来そうだが。
・インスタント麺、お菓子類、ペットボトル類は、ドラッグストアが一番安い。それも、来たお客さんには、他も買ってもらおうと思って店の奥に陳列されている。
・カレ一ルウやレトロカレ一、それに輸入品、これは、ディスカウントショップが一番安い。ここでは、長持ちするモノを一番安い時に仕入れていて、それを高くなった時に売っている。つまり、この安さは、円高差益が利用されるが、消費期限が長いモノが多いことになる。
・マヨネーズ、食用油は、一般のス一パ一マ一ケットが一番安い。プライベ一トブランド食品なども。チラシでよく限定モノって感じで売られているので、それをよく見ておく必要がある。(モノの値段の底値も、安いときに知っておこう!)
・乳製品、ハム・ソ一セ一ジ、冷凍食品は、業務用ス一パ一マ一が一番安い。ここでは大量仕入れているので、それが出来るのである。宣伝のチラシがないので、自分でそこに行って買うしかない。そこで買うことが出来ないと思っている人もいる様ですが、ちゃんと買えますので。
・トイレットぺ一パ一やティッペ一パ一は、ホ一ムセンタ一が一番安い。何故なら、そこでは、箱ごと売られているから、それだけ人件費が安くてすんでいるので。近所の人と一緒に箱ごと沢山買って、分ければいいと思います。
・パン類は、(食品系の)百円ショップが一番安い。ここでは、食べ切りサイズで売られていることが多いので、それなりの料金設定になっている。採算を度外視して(!!)食パンが安くて売られていることもある。

 ある店では、あるモノはホントに安いのに、あるモノは明らかに高い。しかし、ついつい高いモノもその時に買ってしまうことが多い。しかし、余りにも他の店とのその差が大きいと、買うことを止めて、安い所で買うが。
 外国旅行をする場合、日本で宿泊施設やタクシーなどを予約していると、それを仲介している所がそれなりにお金を取っている訳で、その分、高くなっている。倍近くになっていたことを私自身経験している。 インドネシアのバリに行った時に、ホテルの人から言われた。独りで(歩いて)来て下さい。安く出来ますのでと(タクシーの運転手に尋ねてそこに行けば、タクシーの運転手がそれなりのリベートを当然なこととしてもらっている)。多くの場合、需要と供給の関係で、現地でそれなりのことが出来る様になっている。
 インドネシアでは、家族がタイの半分、つまり3万円前後で充分に生活が出来る。それなのに、1泊1万以上の宿泊なんて、現地の人間には考えられないことなのだ。そこで働いているある旅行会社の男性の職員に尋ねたら、月給が5.000円と言われていた。それしかもらっていないのに、日本の女性で、1日ガイドでチップを5.000円も上げる人がいたとか(これでは、日本人を見る目が自然と変わりますネ)。
 海外での語学学習も、全く英語が駄目な人は別として、自分の手で苦労しながら、手続きを取ることが、最も安く上がる方法だし、それが身についた勉強になると思っています。

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2008.07.01 17:01 |  研究  |  為になるかも知れない話  |  masa  | 推薦数 : 0

血液サラサラ

 かっては、脳卒中と言えば、脳出血の人が多かった。今は、そんな人がはっきりと減少している。神経科医科の先生に尋ねても、脳外科の先生に尋ねても、同じことを言われ、高血圧でも、ちゃんと薬を医者の指示通りに飲んでいれば、例え出血しても軽度とのこと。
 しかし、高脂血症の人は多い。血液をサラサラにするにはどうしたらいのか。もちろん、肥満の治療が優先するとは思うが。
 「宝水」と言うのがあって、それは、寝る前に飲むお水のこと。お年寄りの場合は、喉が渇いているのが自覚できにくい。で、意識して水分を摂っていないと、脱水で血管詰まることもある。心臓に詰まれば、心筋梗塞だ。頭で詰まれば、脳卒中だ。それ以外でも、詰まる。で、それを防ぐ水が、先の「宝水」だ。
 寝る前の「宝水」だけでなく、起きて直ぐにも、入浴後にもと、きめ細かく飲んだ方がいい。
 食事は、「オサカナスキヤネ」で、お茶、魚、海草、納豆、酢、きのこ、野菜、ネギを積極的に摂るといい。
 マッ、脂っこいコンビニの食事、運動不足、睡眠不足、いつまでも背負っているストレス、不規則な生活、これももちろん避けるべきです。

*以前は、水を買って飲んでいましたが、今は、前の日に水道水をポットで沸かし、それを飲んでいます。それだと、塩素もなくなり、電解質も過剰にならなくていいと思っていますので。それに、高いお金を掛ける必要もありませんから。
+写真と記事の内容とは、全く関係ありません。


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2008.07.01 08:05 |  その他(一般)  |  教育  |  masa  | 推薦数 : 0

ごくせん・・・

 6月28日(土)放送の仲間由紀恵さん主演のテレビドラマ「ごくせん」(日本テレビ系)最終回の視聴率が、23.6%(関東地区)だったとのこと。4月19日放送の初回が26.4%を記録し、ずっと高視聴率を維持してきていた。
 何でも、「ごくせん」は、同名タイトルの人気マンガが原作とのことで、任侠集団「大江戸一家」のお嬢様の「ヤンクミ」こと山口久美子(仲間さん)が、問題児ぞろいのクラスをまとめていくという物語。
 彼女は、他の教師が嫌がるクラスを持つ。つまり、命懸けで札付きめいた問題児ばかり集めた高校生のクラスを。で、いろいろ問題を起こして、それを彼女一人が命懸けで助ける内容。物語なので、彼女は、決して負けない。そして、どんな所にも、一人で飛び込んで行く。
 これが高視聴率を保った理由は、何と言っても、それに共感する人が多かったことであろう。
 暴力では解決しない、過去の自分は消せないが人間はこの先変われる、この世には損得なしで命懸けで助ける人がいる、命の尊さ、そんなことに深く感銘を受けた人が多かったに違いない。
 初め、正直言って、こんな暴力沙汰の番組何てと思っていたが、最終回は、「篤姫」に決して負けない程に(過激なシーンが多いのには、いささか閉口しましたが)感動しました。
 教師が、強い信念を貫き、生徒に自信を持たせ、生徒の自尊心を大切にすること、それが教育では大切かと思いました。

*写真は、内容とは、関係ありません。

以下は、私のエッセイ(再掲)です。
 生きる上で今までにいろんな人と出遭い、いろんな影響を受けてきた。その中でも、教師からの影響は、自分にとっては、非常に大きかったと思う。
 既に、故人になられたが、渡辺清一郎先生、この先生ほど、自分に影響力を与えた教師がいただろうか?
 中学校や高校での教師としての誇りの少ない教師の存在に、いささかうんざりとしていた。卒業する時に、受け持たれた高校の教師の勤務評定を自分でこっそりと付けていた。意欲とか、講義の分かりやすさとか、実力とか、生徒の受けとか、そんな項目に分かれて、それぞれが5点満点で、記載され、その最高得点が、この渡辺清一郎先生であった。
 先生は、上野丘高校で活躍しておられたが、家庭の事情で、佐伯に帰って来られた。自分が高校3年生の時に、佐伯鶴城高校に来られ(昭和42年4月~昭和43年3月まで)、幸いに、先生の授業を1年間、みっちりと受けることが出来た。
 先生は、一言で言えば、「個性の固まり」であった。髪は、ボサボサで、1年に2~3回しか、髪を切っていない様であった。
 「時々、手が出るかも知れん。私も、もう、老人だから、追っかけて打つまでの元気は、もうないから、その時は、逃げてくれ」と、初めの授業の時に、言われた。
 又、最後の授業では、「どんな時代になっても、個性を失くすな。個性のある人間になれ!」と言われた。
 先生には、実に、いろんなエピソードがあり、ある時、駆け落ちした生徒がいて、空港まで見送ったそうで、その時、校長が、「何故止めなかったのか、おまえには、全く開いた口がふさがらん」とまで、言われていた。
 先生の目的は、ただ一つ、「生徒の為に」ということだけであった。毎日、宿題のプリントを与え、模範解答を付けて、直ぐに解答して返していた。先生の私的なコメントも、しばしば加えられていた。先生は、朝、3時過ぎに起きて勉強されていた。その年の大学入試の数学の問題を、夏休みが始まる前までに、全て、解かれていた。又、そうしないと、高校の教師は、出来ないとまで言われていた。口先だけの人間を一番いやがる人であった。
 又、先生は、次の様にも言われていた。
 「自分は、いい影響を生徒に与えているかどうか、よく分からない。悪い影響を与えているかも知れん。しかし、何にも影響を与えないでいる教師よりも、何か生徒に影響を与える教師の方がいいと思うから、・・・」と。
 私が何よりも、その先生の生き方に感化されたのは、その溢れんばかりの生徒に対する愛情と行動力である。そして、不動の信念であった。
 先生の次の言葉もしっかりと私は覚えている、「採点間違いではと言ってくる生徒がいる、つまらん生徒になるな。それに輪を掛けて点数を上げるつまらん教師がいる。・・・生きる上で、3つの大きな関門がある。それは、受験と結婚と死ぬ時だ!」と。
 先生の生き方に最も影響を受けた人間、それは、他ならぬ自分であったと思う。
「生徒の為に」、医師になっても、「患児の為に」、この至誠ほど生きる上で、価値ある強い生き方は、他にはないと言う事を、身を持って教えてくれた教師、それが、この渡辺清一郎先生であった。
 医師になって、自分が心底から本当に尊敬できる先生、もう、こんな先生は、現れないのではと思える様な神様的な先生、それは、鹿児島大学の学長をされていた神経内科の「○形○○先生」と宮医大で病院長をされていた心臓外科医の「○賀○○先生」であった。○賀先生は、故人となられてしまったが。
 二人の教授に共通することとは、朝、その科の多くの医局員よりも早く、病院に来られていた。研究と臨床と教育、全てが、超一流、それに、お金や権力に囚われず、頭が低く、実に、人間的であり、立派な信念の持ち主だったことである。


 

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2008.06.30 08:32 |  研究  |  子育て論  |  masa  | 推薦数 : 1

ミーアキャットの教育

 アフリカの砂漠のミーアキャットの親が、子どもにサソリの取り方を教える様子が、6月29日(日)の19:30からのNHK「ダーウィンが来た」で放映されていた。
 乾期が来ると、食べ物が少なくなるので、親自身が食べることで一生懸命になる。で、その前に、子どもに餌の取り方をちゃんと教えておく必要がある。
 サソリからミーアキャットが刺されても、ミーアキャットには、サソリの毒に対しての抗体があるので死ぬことはない。が、刺されると、とても痛い。
 まず、死んだサソリを親が与えていて、サソリの美味しい味を覚えさせている。次に、先のトゲを取った生きたサソリを与える。次には、トゲのあるままで、少し弱ったサソリを与える。そして、最後は意気のいいサソリをそのまま与えるって具合にして、段階的に教育をしている。後は、全く与えない。つまり、自分で取るしかない。
 ムーッ、人間も見習うべきスゴイ教育をしていると思う。これって、永いことケンブリッジ大学研究チームの観察の結果わかったこと。
 ミーアキャットは、群れで行動する。群れによって、子どもの教育の熱の入れ方が多少違い、熱心なところ程、群れが大きくなり、乏しいところは、その内消滅しているとか。
 人間も、同じかなあ。
 その子の年齢と能力に合った問題を与えるべきで、いきなり難しいことを与えても、ついて行けないし、子どもが嫌いになってしまう。日本の親は、落第ってことをスゴク気にするが、しっかり覚えてなくて上の学年に上がっても、先生も本人も困るし、授業も面白くないはず。で、不登校になるかな?
 小さい時は、知識よりも大切なモノがある。情や意で、元々子どもは好奇心に富んでいて、いろんなことを知りたいし、挑戦したい気持ちがある。失敗しながらも、それを自分の力で何とか成功した経験が、自信の土台となる。が、それを周囲が何でもかんでもしてしまうと、最後まで周囲が面倒をみないといけない感じになって、両方とも、最後まで事が上手く運ばない感じになってしまう。
 今の人間の姿、競争競争で、無理難題を本人の意志と関係なく押し付け、際限なく欲望が大きく、足ることを知らず、自己本位で自然を破壊している。これでは、いつかは、滅んでしまいますよ!

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2008.06.29 12:11 |  診療  |  エッセイ  |  masa  | 推薦数 : 1

脳外科医澤村豊先生

(6月29日(土):NHK総合テレビ22:25~22:55)
 子どもの死亡原因で1位の小児がん。中でも治療が難しいのが小児脳腫瘍だ。年に200人を超える子どもが全国から集まる北海道大学病院には、「ぼくのさわむら先生」と慕われる脳外科医がいる。これまで800人を手術した経験を持つ澤村豊医師(54)だ。
 小児脳腫瘍と向き合う中で、澤村先生は常に治療の難しさに突き当たる。「腫瘍を摘出すれば、障害が残るかもしれない。しかし、摘出しなければ命が危ない。」厳しい選択肢を前に悩み続ける日々だ。
 澤村先生は、どんなに幼い子どもでも直接インフォームドコンセントをして、病状や手術方法などを丁寧に説明する。子どもが生きる力を取り戻すために病気を受け入れ、闘う覚悟を持つことが必要だからだ。  「生きることを決してあきらめない」という‘命の約束’が交わされる診察室。子どもの人生を背負って病と闘う一人の医師、そして懸命に生きようとする子どもたちの姿から、当たり前に生きられることの尊さが浮かび上がる。

 脳外科医って、大変だなあと思う。一人前になるのに10年近く掛かり、長時間の細かい手術が出来る年限も、他の科よりも短いと思う。それに、訴訟も産婦人科と同じく、トップレベルだ。好んでその科を選ぶ人も、少なくなっている。子どもの脳腫瘍に関しては、予後が良くないことが多いだけに、気苦労は小児科医以上だと思われる。
 手術前に、子どもにもちゃんと説明しているが、その説明の仕方が上手。子どもがホントに安心して手術に臨める様にコミュニケーションを取っている。澤村先生の一言一言が、実に重たく感じられた。「手術前の子どもの姿が立派に見える」「正解のない問いに迷う」「どちらを取っても、どちらも正しい」「後で後悔しない」「そうしないと、(次の)手術に入れない」。
 立派な先生だなあ。

 こんな感じで、現場では、多くの医師が迷いながらも目の前の治療の決断を迫られている。後で、訴訟なんてことになれば、ホントに落ち込んでしまうなあ。
 子どもの場合、年齢、性別、その子の性格や周りの状況など、いろんな要素が入り、具体的にどうその子とその親御さんと接すればいいのか、教科書に総論はあっても各論はない。自分なりに会得するしかない。
 思うに、一番大切なことは、来院した親御さんにも子どもさんにも、安心感を与えることだと思う。心配で来院している訳で、来院後に不安になって帰る様では、何の為に医療機関に来たのか、患者さん側にとっては分からなくなる。安心感を与える為には、医療側にもゆとりが大切だと思う。ゆとりがあれば、医療側にも自然と笑顔が出てくると思う。

 私は、入院して翌日はっきりと良くなっている場合、V-サインをして、親御さんと一緒に喜ぶことにしている。拍手をしたり、親指を立てたり、「バッチリ、バッチリ」何てよく言っている。しっかりと喜びを顔に出さなければ、親御さんに伝わらないと思っている(男女や夫婦の間も同じですかね?!)。
 名前は、名字を言わずに、「○○ちゃん」「○○君」などと言っている。大きな子は、そう言う訳にはいかないが。怖いとの垣根を取る感じで、初めに名前を呼んでいる。それでか、外来で泣く子がホントに少ない。
 私の場合は、漢方薬をよく使うこともあって、手先の温かさを確認し、脈を両側よく診ている。初めての子どもは、手を引っ込めることが多いが、次第に慣れてきてくれる(専門的だが、風邪の引き初めは、確かに、脈診で右の方がよく触れる!)。
 所見を親御さんに言うことにしている、・・・「お母さん、見て!喉ちんこがはっきりと赤くなっているでしょ、その熱だと思いますヨ」。
 上手に聞き出すことも大切で、咳であれば、コンコンか
ゴホンゴホンか(更に、喉を押さえて咳を実際にさせることも多い)、鼻水であれば、色が付いているか、下痢であれば、匂いがどんなかなど、看護師さんの問診に付け加える感じでしている。説明も、「(聴診器で聴いた後に)ゴロゴロあるけど、バリバリないよ」とか言っている。
 初診でも、あまりにも元気なければ検査し、検査の結果も親御さんの顔色をしっかりと見て、納得できる感じで説明している。
 犬は、飼い主の顔をよく見るというが、正に、医師もそうでないといけないと思っている。
 子どもを扱う科は、時間を問わず忙しいことや厳しいこともあるが、他の科と違って、得なこと、確かにある。それは、やはり子どもからエネルギーをもらえること。子どもは、ホントに、「未来の財産」だと思います。

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2008.06.28 11:26 |  趣味  |  生き方  |  masa  | 推薦数 : 0

伊達公子・・・

 6月27日(土)の22:00から、NHK総合テレビで、「笑顔で戻ったテニスコート・クルム伊達公子37歳強さの秘密・勇気をくれた夫」と題して、50分間の放映があった。
 一度は、完全にしないと諦めたテニスであったのに、又、ラケットを握り、しかも、元のプロのテニスプレーヤーになって、今年の日本でのテニスの大会でダブルスもシングルも優勝し、当の本人が驚いている。
 26歳の時に、あれ程きっぱりと、もう元のプロに戻らないと決めたのに、再び、自分自身で同じプロの道を歩むことを何故決めたのか、それを私は知りたかった。
 まず、結婚したこと。この場合は、夫の存在は大きいと思う。しかも、カーレーサーで、テニスのことは素人。これが又いいと思う。
 次に、子どもと接してきたこと。引退後に、子どもにテニスを教え、テニスの面白さを教えることに専念してきている。それで、又、自分の小さかった時に、テニスが大好きだったことを鮮明に思い出して、再び、モチベーションを高く持てる様になっている。
 それに、テニス界から完全に身を引いて、それ以外の自分のしたかった世界(海外に行って、日本の文化の良さに気付いて)にどっぽりと入っていたこと。「茶道」「着付け」「陶芸」など。
 全てが今の伊達公子を作っていると思う。試合を見ても、楽しんでいる。そこには、負けて元々と思ってる感じで、かっての思苦しさはない。元々明るい性格の人だと思う。しかし、周りからあまりにも期待され、自由がなくなり、とうとう好きなテニスも嫌いになってしまったと思われる。こんなケース、他の人にも多いことだと思う。
 自分にしても、今の自分の姿が嘘みたいに感じている。
 前の救急病院を辞める時には、ホントにもう、医療が嫌になって、医師生活を2~3年しなくてもいいと思っていた(子どもで学資がまだいる時だったので、貯めたお金をスッカラカンに使い果たしてもいいとまでは思わなかった)。ドクターの就職を斡旋している会社の掲示板の自分の説明には、「団塊の世代の小児科医です。年間3~4分の1の仕事量を望みます。急いでいないので、2~3年以内に、ゆっくりと考えて決めたいと思います」との内容の主旨で書かれていた(今も、その気持ちは、基本的には同じだが・・・)。
 しかし、医療のイの字もしなくて、一人であちこち海外に行って、行き先でいつもしていたインターネットからのメイルで、小児科医就職の依頼がアチコチから常に来ていた(30カ所以上から)。
 半年程、小児科医がいなくなって、ホントに困っている田舎の総合病院の事務長さんからの熱意に感動して、まだ、エジプトとトルコの長期滞在をする計画を突如中止して、(ずっと自分の夢であった日本の文化を持っての海外滞在中心の生活をまる1年間で中止して)
今の職場に就職し、既に、まる3年になろうとしている。
 へき地に勤務したことがなかったので、あまり期待してなく、それまでしてきたことと違って、最低限の荷物を持って、いつでも引き上げられる感じにしていた(それまでは、大学から次々と医者が交代で来ていた)。確かに、初めの1年間は、小児科医一人で、それなりに大変だったが、兎に角、今までと違って外来の患者さんの数が少なくて、採算の方を心配していた。17年間救急中心にベッドを持って一人でしてきた自分の経験は強かったし、中医学をしてきたことも、強かった。それに、元々教えるのが好きで、看護学校もあって、ラッキーだった。それに、1年経って、幸いにも一人小児科医が就職してくれた。
 今は、(どちからが必ず拘束になっているが、二人で適当に休みを取り合っている。時に、長期休暇も)忙しい時もあるが、気持ちが前とは全く違っている。自分なりに楽しく救急が出来ているし、大好きな趣味も適当に出来ている。
 子どもや親御さんだけでなく、歳のせいか、相手の立場が前よりはよく理解できる様になっているかな。親御さんと話す時、楽しく話している自分に気が付く。エンドルフィンが少し出て、イチローや羽生名人みたいにはいかないが、少しアルファーがかった脳波が話している時に
出ているかも知れない。

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2008.06.27 10:45 |  生活 / くらし  |  くだらない話  |  masa  | 推薦数 : 0

悪性黒色腫・・・

 家内の右膝の所にポツンと黒いもの(2mm)があって、「ホクロ」でもない感じで、血豆ぐらいに思っていた。それから約1カ月が経っても小さくならずに、径が4mm程にもなり、真っ黒で、次第に自信が持てなくなってきた。いろんな本を見るも、癌のことが頭にあって、次第に不安が増幅してきた。で、子宮癌にしても、乳ガンにしても、前癌病変と言うモノがあり、そんなものかも知れないと思う様になった。家内も納得して、やっと6月26日(木)の午前10:30に、皮膚科を受診。
 家内から、顔を出さないでね、いろいろ周りに言わないでねと念を押され、又、外来もそれなりに忙しかったこともあり、昼過ぎに、病院の隣のアパートに帰って、どうだった?と尋ねると、ニコニコして、「大丈夫だった」とのこと。
 話では、ゼリーみたいにものを付け、特殊なものを使ってよく見て、「出血ですネ!」との返事(毎週来て診察している皮膚科の偉い先生)。「何かあれば、又、来て下さい。」と軽く言われてそれで終わり。
 ヨカッタ、ヨカッタ、ホントに良かったよ。結構、いろいろ考えました。ハイ。

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2008.06.26 09:47 |  生活 / くらし  |  エッセイ  |  masa  | 推薦数 : 0

雑 感

 秋葉原事件に付いて、まだなかなか後遺症が取れない人が多いかと思う。
 所で、今回、気になることがあった。犯人が成人になっているのに、その両親にインタビューをマスコミがしていたことである。これって、許されることかなあ。次に、何かヒーローになった感じで、マスコミが取り扱っている感じだ。つまり、本人が希望していた様に、マスコミが騒いでいるのだ。本人は、無視されるのが一番いやだったはずだが、・・・。
 マスコミの報道の倫理に付いては、余り取り上げられない。報道の自由という名の元に、記事を取る為に手段を選ばずでは、秋葉原の犯人と同じパターンではないか。
 この事件以外に、それまでも、同じ様な事件があっているが、本質を見抜けないままに、又、本質を見抜いても、改善しようと努力してこなかった為に、繰り返して起きているに過ぎないのではないだろうか。
 同じ感じで、不登校の問題がある。根本的な解決をしないので、現実には、どんどん不登校の生徒が多くなっている。若者の自殺も、右肩上がりだ。
 戦後の日本が辿ってきた道が、ちょっとの間は良かったのだが、今は、その曲がり角に来ているのではと思ってならない。
 例えば、知識偏重の教育で、今や大学に行く人は、半分もいる。以前は、大学卒はホントにエリートだったが、それが薄れ、大学を卒業しても就職で難儀している。が、まだ、大学を卒業しさえすれば、何とかいい職に就けると思っている親も子どもも多いのだ。しかし、実際は、そうでないことは明らか。
 便利なメディアが発達したのは、いい面もあったが、一方、インターネット中毒の若者も多くなっている。又、小さい時から、多くの子どもがテレビにさらされて、現実とバーチャルの世界が区別付かなくなっている。
 IT化を日本より先に進めた韓国では、現在、10代~30代の18%、何と400万人を越える前途有望な若者がネット中毒状態で治療を要する結果になっている。会社も行かず、学校も行かず、一日中パソコンの前に座っているのだ。これは、どう見ても、ゆゆしき問題であるし、日本も二の舞になりそうな気がしてならない、いや、もう既にそうなっているのか?!
 今の日本は、高度消費社会、高度情報社会、二極分化の社会だと言われる。世界のアチコチで食糧不足が大きな問題になっているのに、日本の食べ物の3分の1が捨てられている(賞味期限がうるさい国だが)。どんどん新しいIT製品が作られ、どんどん捨てられている。大家族制度が崩れ、家族のつながりが薄れている。貧乏を実感する人が多くなり、かっての中流意識の層が少なくなっている。将来に明るさを抱けない世の中になっている。人同士のつながりが希薄になっている。孤独の人が多くなっている。社会保障がどんどん削られている。
 それでも、まだ、日本は、外国と比較すれば、いい方だと思っている。平和だし、思ったことが言え、物乞いはいないし、貧乏と言っても、それなりの制度もあり、健康でありさえすれば、それなりに何とか生きて行けることが多いから。又、努力次第で、何とかなれる道がまだ残されていることが多いから。しかし、それもいつまで続けられるか、又、それは他の国の犠牲で成り立っていることも、知っておく必要があると思う。
 鬱病、単身赴任、孤食、教育、受験戦争、医療、政界、天下り、擬装、問題は多いなあ・・・。
 近頃、公務員がタクシーに乗っていろいろもらっている何て信じられないこともあってるけど。サイトでも、いろんなわいせつまがいな記事を勝手に載せてる人、いつまでも続いているなあ。今の日本人、特に若者の多くが孤独なんだろうなあ。

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