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2009.05.09 16:43 |  生活 / くらし  |  お金 / 株  |  その他(一般)  |  枕流  | 推薦数 : 0

政治的センス

民主党の小沢代表の不正献金疑惑で、それまで攻勢だった民主党が守勢に回り、逆に自民党が息を吹き返した状況になったが、新型インフルエンザやゴールデンウィークもあり、今は小康状態といったところだろうか。

小沢氏に関して言うと、彼が自民党を出て、逆に自民党の金権体質や過去のしがらみについて攻撃することに、私自身は以前から違和感を感じていた。なぜなら、彼自身が自民党幹事長だったこともあり、田中派、竹下派という「最も自民党的なもの」を持つ派閥の中心にいた人物だったからだ。今回の問題がなければ、恐らく次の総選挙では民主党が第一党となり、彼が首班指名される可能性が非常に高かった。民主党サイドは国策捜査だ何だと騒いでいるが、事実関係についての反論は聞こえてこない。要するに「身から出た錆」というわけだ。

もう一人、私が密かに注目している人物がいる。それは先に自民党を離党した渡辺嘉美氏だ。結局、自民党を出たもののいまだに同調者がないようで、今のところ「お気の毒」な状態にあるという。思えば、彼の父の渡辺美智雄氏も、一時は国民的人気を誇っていたが、結局総理になることなく逝ってしまった。小沢氏といい渡辺親子といい、どうも政治的センスのなさを感じる。これが個人のレベルや国内のレベルにとどまっている間は、被害を被るのはその関係者に限られるが、もし彼らが総理になっ(てい)たら、そのセンスのなさで被る被害は、日本全体に及ぶことになる。「加藤の乱」で物議を醸した加藤紘一氏にも、似た印象を感じる。

一方、政治的センスの良さという点では、最近では小泉元首相が一番だろう。また、渡辺美智雄氏の「親分」にあたりながら、その出世を影で邪魔したといわれている中曽根元首相も、政治的センスという点では、優れていたように思う。彼は在任中は「風見鶏」などと揶揄されていたが、結局のところ状況判断が素早く正確だった、ということだろう。彼らは首相在任期間が長く、対米関係も良好だったところなど、共通点も多い。

定額給付金も、法案の段階ではマスコミがこぞって攻撃したが、実際に支給が開始されると、皆も重宝しているようで、それを当て込んだキャンペーンなども目につく。それなりの効果はあったように思う。マスコミは小泉元首相をかなり攻撃する一方、小沢氏や渡辺氏らを過大評価するきらいがあったように思う。政治家の傍にいながら、彼らの政治的センスの良し悪しすらわからないとは、マスコミ関係者ほどいい加減な人種はいないように思う。

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2009.01.03 18:21 |  生活 / くらし  |  映画 / 音楽 / 読書  |  その他(一般)  |  枕流  | 推薦数 : 0

世界恐慌

最近はなかなか本屋に足を運ぶことができなかったが、年末年始の休暇に、やっと少しゆっくり本屋に足を運ぶことができた。
昨年9月の「リーマン・ショック」を受けてか、10月以降に発刊された本や雑誌は、概ね今年は世界的な不景気が更に深刻化し、ドルの価値が下落する、という論調のものが多い。
世界恐慌といえば、もちろんあの1929年10月に始まったそれを指す。当時と今とでは状況が大きく違うので、同じコースを辿るとは思わないが、「歴史は繰り返す」との諺もある。あの時は、結局、アメリカ・イギリス・フランスなどの「持てる国」が保護貿易に走って、ドイツ・イタリア・日本などの「持たざる国」が全体主義化し、世界恐慌から丁度10年後の1939年に第二次世界大戦が始まったのだった。そして、世界恐慌による不景気は、結局戦争という形で清算されたといってよい。
現在、全体主義、とまではいかなくとも、民主的でない国は、特に発展途上国には多い。北朝鮮などはその代表格だが、ただ実際に世界経済に影響を与えうる、という観点からすると、こうした国にそこまでの力はない。私が個人的に気になるのは、ロシアと中国である。この2国はまだかつてのドイツとイタリアのように連携はしていないが、この2国の経済情勢が深刻化し、欧米諸国との間に溝ができると、領土も広く、軍事力もあることから、本当に世界が戦争に巻き込まれる可能性も、全くないとはいえないような気がする。
その時、日本はどうしたらよいか?となると、勿論勝つ方につかなくてはいけないのだが、海を隔てているとはいえ、ロシア・中国は隣国でもある。アメリカと組めば(というより現在の構図ではそうならざるを得ないが)、この2国からミサイルや核弾頭が飛んでくる可能性もある。かといって日ロ中三国同盟など、第二次大戦の悪夢の再来である。
今月、アメリカではオバマ新大統領が就任する。各国の期待は大きいが、ブッシュ大統領がかつてのフーヴァー大統領だとすると、オバマはルーズベルトになれるだろうか?まずは、アメリカが保護主義にならないことを祈りたいが、この時期の共和党→民主党への政権交代といい、オリンピックの開催時期(夏季:ベルリン→ロンドン中止、北京→ロンドン;冬季:コルティーナ・ダンペッツォ中止、ソチ開催予定)など、過去との奇妙な類似点も多い。アメリカが北米で、EUがヨーロッパでそれぞれ保護貿易をやり始めたら、欧米の市場から締め出された日本が中ロに接近する可能性も皆無とはいえない。そうなれば、我が国には最悪のシナリオが待っているように思える。今度負ければ、今度こそ日本という国が、世界からなくなってしまうかもしれない。
・・・と、少し妄想が過ぎたかも。

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2008.09.01 23:01 |  生活 / くらし  |  その他(一般)  |  枕流  | 推薦数 : 0

福田首相辞任

午後10時前に何気なくTVのスイッチを入れたら、福田首相が辞任会見をやっているのをみて驚いた。これで、安倍前首相に続き、任期1年で首相を辞任するケースが2回続いたことになる。
昔は首相が辞めるのは、大抵選挙に敗れるか、スキャンダルで引責辞任、というのが通例だったように思う。安倍前首相のケースでは、参院選での大敗がきっかけだったともいえるが、福田首相はとうとう一度も選挙をすることなく、(閣僚にはあったが)自身のスキャンダルもないにもかかわらず辞任するという、極めて異例の辞め方になった。
2人続けてトップが辞める、ということで思い出したのは、旧ソ連の末期のことである。ブレジネフ書記長が長期政権を築いたあと、後を継いだアンドロポフ、チェルネンコが相次いで亡くなり、ゴルバチョフが旧ソ連最後の元首となり、結局ソ連は消滅してしまう。日本は民主主義国家だが、一党の長期政権、という点では自民党も類似点があり、同じ流れだとすると、次の自民党総裁が、自民党から出る最後の首相ということになる。
現在、旧ソ連の後を継いだロシアは、昔日の栄光を徐々に取り戻しつつあるようにも見えるが、ここ十数年はかなりの混乱が続いた。日本も同じ運命を辿るのだろうか?

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2008.01.28 20:23 |  生活 / くらし  |  その他(一般)  |  枕流  | 推薦数 : 0

暫定税率について感じること

ガソリンの暫定税率廃止についての与野党の駆け引きが活発になっている。案の定というか、野党側は廃止を唱えるし、与党側は継続という立場のようである。
説明責任、ということを意識してか、少し前に官房長官あたりが躍起になってパネルまで持ち出して、暫定税率の必要性を記者を前に力説したり、首相はといえば、環境問題を持ち出して、「値下げするとガソリンの使用量が増えて環境に良くない」と牽制し、知事たちは道路特定財源が減って道路が作れなくなると、半ば恫喝めいたことを言い始めている。
一応もっともらしい説明のような気もするのだが、どうもしっくりこない。かといって、野党のように闇雲に廃止して、ただ安くなればよい、というほど単純なものでもないような気がする。
私は、とりあえず期限が来たものは、国民のコンセンサスが得られていない以上、一旦廃止したほうが良いのではないか、と思っている。やはり、こういった税のような国民に負担をかけるようなものを奇手奇策で強引に継続するのは良くない。確か、十年ほど前に日本の景気が大きく落ち込んだときに導入された、所得税減税は「恒久減税」のはずだったのに、結局減税は廃止されてしまった。また、これは私の勘違いかもしれないが、消費税とは別に、こうした暫定税率をさらに上乗せするのは税の二重取りになるのではないだろうか?
大体、この暫定税率がなければ道路が一本もできなくなるかのような言い方は、明らかに詭弁だと思う。では、この暫定税率が導入される二十年ほど前までは、日本には一本も道路がなかったとでも言うのだろうか?
もうひとつ、この暫定税率を廃止したほうが良いと思うのは、明らかな原油高だ。「地方では車が必需品でガソリンが高いと困る」というマスコミお得意の論法も一理あるが、私がそれよりも危惧するのは物流コストだ。つまり個人や家庭用のガソリンよりも、恐らく商用でどうしても必要なガソリンは存在する。日本は昔から物流コストが高いといわれていて、それが国際競争力の低下にも繋がっているといわれて久しい。株価が下がって政府の無策振りが露呈しているが、暫定税率を廃止してガソリン価格を下げれば、結構な景気対策にもなるような気がするのだがどうだろうか。

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2008.01.25 23:29 |  仕事 / 職場  |  生活 / くらし  |  その他(医療関連)  |  枕流  | 推薦数 : 1

2度目のピックアップ

トップ画面をみたら、自分のブログがピックアップに上がっていて少し驚きました。いつかは忘れましたが、実は以前にも一度上げて頂いた事があり、今回2度目ということになります。
飽きっぽい性格のためか、毎日書いていたかと思うと、半年以上御無沙汰のこともありました。最近は、またちょくちょく書き込みをするようになったので、ブログ管理人の目に留まったのかもしれませんね。
勤務医の労働環境の劣悪さが、最近マスコミ等でも取り上げられるようになり、勤務医の私としては「少し風向きが変わってきたのかな?」という感じがする一方、実際の自分の職場環境はご他聞に漏れず悪化の一途を辿っているように思えてなりません。以前なら考えもしなかった「転職」「開業」といったことも頭をよぎるようになりました。「医療崩壊」などという言葉が単なる流行語で終わってしまい、現実の問題が何一つ解決されない状況が続けば、自己保身といわれようが敵前逃亡といわれようが、自分の身を守る手立てを本気で考えざるを得ないように感じる今日この頃です。

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20日の日曜日に、日本テレビ系列の「バンキシャ」という番組を見ていたら、日本の調査捕鯨に反対する米国の活動家が、日本の調査捕鯨船の活動を妨害し、やりたい放題の様子が放映されていた。番組の司会者やコメンテーターもこの様子には流石にあっけに取られていたようで、私も同じ思いで見ていた。
その中で、コメンテーターの河上和雄氏(ロッキード事件の検事で有名)も指摘していたが、白人は前世紀に鯨の油だけを取り、残りの肉を捨てていたのである。自分たちは散々乱獲を繰り返しておいて、環境問題が取りざたされるようになると、今度は正義の味方面でノコノコと出てくる。この辺は、彼らの核保有の論理と相通じる部分があるようにも思える。
ところが、その団体が帰ったと思ったら、今度はあの「グリーンピース」という別の環境保護団体が、再度日本の調査捕鯨船の活動を妨害している、というニュースを、今日のNHKニュースで見た。捕鯨は日本だけでなく、白人国家のノルウェーなども行っていることなので、単なる人種差別に根ざすものではないとは思う。しかし、この問題に対するこうした活動家や、反捕鯨国の対応というのは、半ば狂信的にも映る。
イラクなどで起きている「自爆テロ」なども、本来のイスラム教の教えとは無関係の、狂信的なグループの犯行と考えられるが、反捕鯨活動家のそれも、テロリストと何ら変わるところは無いように思える。人には様々な立場や考え方があると思うが、こうした人たちというのは自分たちの主義主張のみが絶対で、他はすべて誤りで許せない。だから、反対者には何をしても良い、という理屈なのだろう。こういう単純な論理は、キリスト教やイスラム教など、一神教の宗教の国の人々に多いのかもしれない。日本のように、宗教的には多神教というか無宗教で、政治的にも社会主義や共産主義のような一つのイデオロギーしか認めないような状況にはない国に住む国民は、やはり幸せなのではないかと思う。

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安倍首相が退陣を表明した。参院選敗北から2ヶ月、内閣改造から僅か1ヶ月での辞任。しかも、国会での所信表明演説の翌日の退陣表明に、殆どの人は呆れたと思う。

 

マスコミは、彼の掲げた「戦後レジームからの脱却」や「憲法改正」が国民に支持されなかったことを、政権の行き詰まりの第一要因に挙げている。しかし、私は少し違うと思う。

 

政府の役割の基本は、国民の生命と財産を守る、と言うことに尽きると思う。自分が医療関係の人間だからそう思うだけなのかもしれないが、国民の生命、とは結局のところ医療であり、国民の財産、とは今回の場合年金問題ではなかったか。医療崩壊・年金崩壊で国民の生命も財産も守れない。しかも、各方面から最初に追求された時の初期対応にも問題があって、結局政府の基本的な役割を、首相自身が認識できていなかったことが国民にバレてしまった。それで、もはや何を言おうが(「美しい国」などその最たる文言だと思う)、国民に信用されなくなり、衆議院で2/3の議席を持ちながら、憲法改正を口にすることさえおこがましい状況に追い込まれてしまったのではないかと思う。

 

私自身は、現行の憲法は改正すべきだと思っているが、年金や医療などの問題をそっちのけにして、「改憲」そのものにこだわるのは、やはり順序が逆だと思う。主張は逆だが、丁度護憲派が、現在の国際情勢を無視して「護憲」そのものにこだわっているのと、ダブって見えてしまう。

 

現代社会では、政府の果たす役割は大きいし、多くのことが求められている。だからこそ、物事の優先順位をきちんとつけることが必要だし、何が最も重要かの判断を誤っては政治の指導者は務まらない。そして、最終的にはその下にいる一般国民に災禍がふりかかることになってしまう。

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2006.11.11 18:58 |  生活 / くらし  |  その他(一般)  |  枕流  | 推薦数 : 0

いじめ問題に思う

最近、小中学生のいじめによる自殺が相次ぎ、社会問題になっている。一連の動きに関して感じたことを綴ってみたい。

 

まずは、「いじめ」そのものは、悲しいかな、人間の性であって、いかなる対策を講じようともなくなることはない、ということだ。問題は、いじめが原因で自殺にまで追い込まれてしまう、という点だと思う。現在、各方面からの指摘を受けて、教育委員会をはじめとする学校関係者は対策を打ち出そうと必死のようだが、この点の認識というか、何に焦点を当てて対策を立てるかを誤ると、なくなるはずのない「いじめ」がいつまでたってもなくならないために、結局は報告上いじめがないことにしていた過去に戻ってしまうことになると思う。

 

大人の世界にも当然「いじめ」は存在するが、大人の場合はなんと言っても逃げ道があるし、「逃げ方」も知っており、「逃げ場」もあるが、子供の場合は「学校」が全てだから、そこで「いじめ」に遭ってしまうと逃げ場がなく、深刻化するケースが多いのではないかと思う。したがって、大人であっても狭い世界の中で生きている人の場合は、職場いじめで自殺に追い込まれるケースもあるのではないかと思う。

 

結局、「いじめ」から確実に逃れられる方法が、目下のところ「自殺」しかない、というところが問題なのだと思う。このことは、首相が掲げる「再チャレンジ」政策とも絡んでくると思うが、いじめが原因で学校を休学したり転校して卒業が遅れても、それが将来不利になることがないようにしていく、それが子供にも親にも目に見える形でわかるようにすることが、一見遠回りなようで、案外近道なのではないかと私自身は考えている。そうすれば、自殺以外の「逃げ道」が子供にも用意されることになるのではないだろうか。

 

やはり、合わない人間というのはいるもので、大人が間に入って表面を取り繕って仲直りさせたりしたつもりでも、根本的な解決にはならないと思う。むしろ、表面を取り繕えば取り繕うほど、いじめ自体が陰湿化・深刻化するような気がしてならない。現在のように、いじめる側といじめられる側が固定化していないような状況では、カウンセリングが効果を上げるとも思いにくい。いじめられる側をかばえば、明日はわが身であり、子供もそのことがわかっているからこそ、なかなかいじめを告発したり出来ないのだと思う。

 

ただ、最近一つ気になるのが「自殺予告」だ。これは、自殺問題とは似て非なるものだと思う。自殺報道が連鎖を起こして各地で自殺が相次いでいるのは事実だと思うが、私は「自殺予告」については冷めた目で見ている。何かこの騒ぎに便乗している感じが否めないからだ。マスコミも、この点はしっかり区別して、予告のほうはあまり大きく取り上げないのが賢明だと思う。

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2006.10.29 19:07 |  生活 / くらし  |  その他(一般)  |  枕流  | 推薦数 : 0

世界史未履修問題に思う

富山の公立高校で発覚した世界史の未履修問題。問題は単に地方の一公立高校の問題ではなくなり、全国的な広がりを見せている。

 

自分も公立高校の出身だが、高校生の頃を思い出してみると、高3の理系クラスであるにもかかわらず、受験に使わない社会がこれでもか、と言わんばかりに授業時間に組み込まれていて、自分も他の連中も、共通一次(センター試験の前身)で選択する科目以外の社会(当時は2科目選択だった)の時間と言うのは、「内職(他の受験科目の勉強を授業時間中にこっそりやること)」のかきいれ時だった。当然、授業など全く聞いていないし、テストの前日に教科書の太字の部分だけ覚えて、合格点スレスレで切り抜けたような気がする。

 

テレビなどを見ていると、「将来をしょって立つ高校生が世界史を学ばないとは・・・」という意見も聞かれるが、やはり受験で使わない科目と言うのは、勉強にも身が入らないものである。したがって、受験科目として必修化しない限り、世界史を高校生全員に(形式的にではなく本当の意味で)履修させることは殆ど不可能だと思う。

 

それに、なぜこの時期に、この問題が突如クローズアップされたのだろう?この時期は、丁度進路決定のほぼ最終段階に当たる時期で、センター試験で余程見込み違いの点数を取らなければ、そのまま出願する大学を実質的に決める時期に当たると思われ、受験生が最もナーバスになる時期でもある。こんな時に、高校卒業そのものが危ぶまれる(つまりは大学受験そのものが出来なくなる)かもしれないことを、なぜ今スクープしたのだろう?尤も、スクープした側も、これほどの大問題になるとは思っていなかったのかもしれないが・・・。

 

今回の騒動を見て感じるのは、やはり「行政」の不可解さである。識者も指摘しているが、大学受験のハードルが変わっていないのに、学習指導要領だけいじっても意味がないのは、最初からわかっていたことである。行政を実質的に取り仕切っている官僚は、殆どが東大をはじめとする難関大学の卒業生のはず。自分の昔の姿を思い出せば、容易に想像が付くはずである。昨今言われるゆとり教育と、それに伴う学力低下問題でもそうで、授業時間・内容を削減すれば、当然国際比較で点数が落ちるに決まっているではないか・・・。これからは、そういうもの(ペーパーテストの点数)で評価せず、「生きる力(これが具体的に何をさすのかがよく解らないが)」を伸ばしていこう、と言う趣旨で「ゆとり教育」を始めたはずなのに、「点数が下がった」と攻撃されて、早々に方針を変更している始末である。

 

文部科学省と厚生労働省の違いはあるが、昨今の医療現場の混乱も、元はといえば官僚の間違った施策に始まったといってよい。そういえば、あのバブル崩壊も、旧大蔵省の間違った施策から始まったのだった。医療問題のほうは根が深いが、今回の世界史未履修問題そのものは、大した問題ではないと思う。問題そのものが形式的なものに過ぎないのだから、文科省が「特例」として認めてしまえば済む話だろう。というより、そうしないとこの問題は何年も前から半ば公然と行われていたことらしいから、既に大学を卒業した人間にまで影響が出てしまい、収拾が付かなくなってしまう可能性がある。但し、カリキュラムは3年間で組まれているはずだから、現在の3年生だけでなく、2年生、できれば1年生まで特例措置をとるべきだろう。その後は、元に戻すのではなく、本当に世界史を全員に履修させたければ、センター試験で必須科目にすればよいだけの話だろう。バカみたいに形式的に「何時間履修した」などと言ってみても、肝心の高校生が本気で勉強しない限り意味がないと思う。

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2006.10.19 19:07 |  生活 / くらし  |  その他(一般)  |  枕流  | 推薦数 : 2

怒りの矛先

福岡県筑前町の三輪中学校2年の男子生徒(13)が、11日にいじめを苦に自殺したとみられる事件。教師がいじめに関与していたことも明らかになってきており、改めて、現在の我が国の教育問題の根の深さが明らかになったと言える。

 

報道によると、この教師は、この生徒をいじめた理由について「いじめやすかったから」と答えたそうだが、本当にこうなるともう教師とは一体何なのか、と思ってしまう。この教師は、「受け狙い」の授業をしていたことも報じられており、つまりは「生徒の視線」に立って物事を考え、「生徒の声」を聞いて授業をしていた、と言える。次元が違うと言われそうだが、私はやはり自分の身に置き換えて考えてしまう。

 

これまで何度も書いたが、上記の「生徒」「教師」の部分を「患者」「医師」に置き換えると、マスコミ(あるいは一部の病院関係者)の理想とする医師像の出来上がりである。この教師は恐らく「お客様」である生徒が気に入るように行動し(今回のいじめも、一部の生徒が、自殺した生徒をいじめることを望んでいたことに沿った行動ともいえる)、上司からもそうするように常日頃から言われ、それが認められてめでたく学年主任になったのではなかろうか。とすれば、やはり問題はこの教師個人だけではなく、学校と言う組織の問題でもあり、友達のような先生像をやたらと理想化してきたマスコミの問題でもあるのではないかと思う。

 

考えすぎだと笑われそうだが、私は本当に医師という職業そのものの行く末が、教師と同じ結末になることを憂慮している。医師が医療そのものよりも、患者やコメディカルやマスコミの受けばかりを気にするようになれば、当然医療の質は下がらざるを得ない。今は医師不足が取りざたされているのでその可能性は低いが、ある程度数が充足してくればそのうち、枝葉のことばかりを問題にし、「医療行為が出来るだけでは良い医師とはいえない」などとほざく病院経営者が出てこないとも限らないと思う。

 

更に、今回の自殺の件に関して言うと、家族がかなり学校相手に怒鳴り散らしている様子が報道された。教師がいじめに加担したことは許されないことで、それに対する抗議は尤もだと思うが、本人が自殺するかもしれないと言う兆候に気づかなかった責任は学校だけにあるのだろうか?家族もまた、「気づいてやれなかった」「相談相手になってやれなかった」という自責の念があってもよさそうだと思うのだが、インタビュー等を見る限り、そうした思いは伝わってこなかった。不注意が元の事故で病院に担ぎ込まれた子供が不幸にして亡くなり、その病院を訴えるケースを思い起こさずにはいられないのは私だけだろうか。

 

子供の躾や教育は全て学校任せ、病気も全て病院任せで、「家庭」「親」がその役割を放棄して学校や病院を糾弾する、と言うのはどう考えても異常だと思う。家庭・学校・病院が本来果たすべき役割は何なのか、そこをもう一度社会全体で見つめなおし、コンセンサスを得るようにしないと、他人のせいばかりにしていては、この日本は究極の「無責任社会」になってしまうと思う。

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