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2010.10.24 12:31 |  医療制度 / 行政  |  旅行 / 宿  |  その他(一般)  |  枕流  | 推薦数 : 0

海外旅行のスケジュール

先日、海外に行く機会があって行ってきたが、スケジュールを組む時に選択肢が余りないことに気がついた。どういうことかというと、早朝・夜間の便が極端に少ないため、1泊余分に現地に滞在しなくてはならなかったということだ。

どうしてなのかと考えてみると、日本の空港に乗り入れている航空会社の大半が外国の会社で日本の航空会社でないため、現地(外国)から日本へ来た飛行機が現地へ引き返すのが日本から出発する最初の便ということになり、逆に最終便は現地から日本へ向かう飛行機になるが、その飛行機が現地へ引き返す時間が必要なため、現地から日本へ向かう最終便の時刻も夕方ということになってしまう。

今回、羽田空港が国際化し、格安航空会社の事が話題になっているが、格安かどうかはさておき、国際線を担う日本の航空会社を増やすことは急務ではないかと感じた。これだけ空の需要があるというのに、今まで日本の国際線を独占的に担ってきた日本航空は一体何をしていたのだろう?と改めて疑問に思った。日航も全日空も今回格安会社を作ることを決めたそうだが、いかにも対応が遅いと思う。現在、国内線を扱う日本の航空会社は小規模ながら他にもあるので、国交省も許認可権をいつまでも振り回さずに、こうした会社が国際線も扱えるように柔軟に対応していった方がよいと思う。

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2010.09.25 11:34 |  医療制度 / 行政  |  その他(一般)  |  枕流  | 推薦数 : 0

大津事件と尖閣諸島

今回の尖閣諸島での中国側の領海侵犯と船長の逮捕は、結局日本側が中国の要求に屈する形での決着となった。中国側は、それでも飽き足らず、今度は日本側に謝罪と賠償を要求しているという。

国民の生命に無頓着な中国としては、今回の対応は異例ともいえる。チャーター機まで用意してそそくさと引き上げていったところをみると、例の船長は単なる漁師ではなくて、スパイだったのではないかと思えてくる。

船長釈放前に、恐らく嫌がらせで中国国内の邦人の誰かを言いがかりをつけて拘束するのではないかと思っていたが、全く予想通りの対応を見せてくれた。素人の私にでも予測がつくことに、一体政府や外務省は何をしていたのだろう?

明治時代に「大津事件」という、日本を訪問中のロシアの皇太子が、現在の大津市で、警備にあたっていた巡査に突然斬りかかられ負傷するという事件があったことを思い出した。この時、政府はロシアに対する外交的配慮から、犯人を日本の国内法ではなく犯人を死刑にするよう大審院(現在の最高裁)に圧力をかけてきた。大審院はそれに真っ向から反発し、日本の国内法を厳密に適用して無期懲役の判決を下して、却って欧米諸国から評価され、後の不平等条約解消への一歩となったとされる事件である。今回、那覇地検が「外交的配慮」で「船長」を釈放したのとは対照的である。

当時の日本は現在ほどの国力はなく、国際情勢もはるかに厳しいものだった。なのに、かつての明治の気概はどこへ行ってしまったのだろう?現在、中国では日本企業が多数進出しており、財界の声も無視できなかったのかもしれないが、中国がああいった国であることは前からわかっていたことだ。要するに「ハイリスク・ハイリターン」なところで商売をしていたわけで、そうした連中の声をまともに聞く必要はないと思う。この国の行政も司法も財界も、お先真っ暗という気がした。今回の一連の対応で日本という国に愛想が尽きた。

 

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2009.05.06 18:44 |  研究  |  医療制度 / 行政  |  仕事 / 職場  |  枕流  | 推薦数 : 0

世襲について

最近、自民党で議員の世襲問題が持ち上がり、ちょっとした騒動になった。尤も、その後は例の「新型インフルエンザ問題」でかき消された格好にはなっているが・・・。

政治家の世襲というのは、基本的になくならないだろう。こうした問題がどうして急に持ち上がってきたのかはよく知らないが、世襲を認めないのは社会主義国に多い傾向で、そういう意味では危険な兆候ではないかと私は見ている。

考えてみると、医師というのも世襲が多い職業ではないだろうか?私自身は、親が医師ではなかったので、やはり親が医師という人が、ある部分ではすごく羨ましかった。ただ、診療科を選んだりするときに、開業医の子弟だとどうしても親の診療科を念頭に置かざるを得ず、選択の自由がないという点では、気の毒に思うこともある。

ただ、最近感じることは、開業医の先生が自分の子供に自分の医院ないし病院の跡を継がせるのは、全く問題がない、というより至極当然のことだと思うのだが、一方医学研究者に関してはどうだろう?当然、大学やある種の研究機関に属していなければ研究を続けることはできないのだが、こちらも案外世襲が多いように感じるのは私だけだろうか?大学や研究機関に有力者の子弟がたくさん残ってしまい、それらは一種の公的な機関であるにもかかわらず、そのポストが結局世襲されていく・・・。とすれば、それは政治家の世襲以上に問題が大きいように思う。なぜなら、それによって新規参入者は妨げられることになるし、何代も続けて優秀な研究者が出るとは考えにくいからだ。

しかも、政治家の場合は単に勉強ができればよい、というほど単純な仕事ではないが、研究者の場合はやはりある程度優秀な人間になってもらわないと、公的な機関だと研究費、すなわち税金の無駄遣いになっていまうし、日本の医学が国際競争に負けることにもなる。日本の官僚制度は、いつも批判の対象になるが、官僚になるための試験はかなり難しく、そのため簡単に世襲はできない。しかし、医師になるための試験は、官僚になるためのそれよりかなりハードルは低い。医師免許さえ手にしてしまえば、研究者になるか臨床医になるかは全くチェックがかからない。そこで世襲がおきているとすれば、やはり問題だと思う。

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以前、保護貿易が台頭してくるのではないかと妄想めいたことをブログに書いたが、どうやらそれが妄想とまでは言えなくなりつつある雲行きだ。
ロシアでは既に外国製品に高関税がかけられ、それまでロシアで売れていた日本の中古車が、今年に入ってからサッパリ売れなくなってしまったという。また、米国では、政府の支援金のおかげで、米国車だけ値下げが可能となり、ローン金利も0%で購入できる状況だという。いわゆる「Buy American」が法律だけでなく、政策レベルでも進行しているように思われる。
基本的にいままで貿易で稼いできた日本にとっては、深刻な状況だと思う。本当に第二次世界大戦前の状況にならないという保証はどこにもない。以前は、もし再び戦争になったら、日本は「勝ち組」に入らなければならない、と思っていたが、今は少し違う考えを持っている。
世界の中で、米国は唯一の超大国と言っていいが、国土の広さや世界に与える影響力という点から考えると、ロシア・中国はやはり大国だろう。日本は、海を隔てているとはいえ、この3国に囲まれているという見方もできる。強国に囲まれながら独立を保った国、という観点から歴史を考えたとき、スイスという国が自分の頭に浮かんだ。
現在は、欧州自体がひとまとまりになって、ようやく米中露に対抗しうる規模だが、第二次世界大戦前は、欧州各国は文字通り列強で、英仏独伊は一つ一つが大国だった。こうした国々の中にあって戦争に巻き込まれなかった唯一の国、それがスイスだと思う。山に囲まれているという自然の利点があるとはいえ、あのヒトラーでさえ手を出さなかった。
戦前、日本は米国の策略にひっかかって、戦争へと引きずり込まれて行ったが、今度同じ道を辿ってはならないと思う。スイスのように、永世中立国のようにはなれないものだろうか?スイスは戦争に巻き込まれなかったため、過去の蓄積が破壊されず、現在に至るまで非常に豊かな国だ。一方、各種国際機関の本部も置かれている。今の日本人は「国際」という言葉に弱いように思うが、もし今後日本がアジアでスイスのような存在になれば、国際機関の少なくともアジアの本部は、日本に置かれるようになるのではないか?
今回の世界規模の不況で、「少子高齢化」や「人口減少」といったことがあまりニュースにならなくなったが、私はむしろ日本の人口が減るのは望ましいことだと思う。高齢化して労働人口が減ることも問題視されていたが、雇用のない今となっては、むしろ追い風とさえいえる。これからの日本に必要なのは、これまでのやり方で戦後の繁栄を維持することではなく、産業構造を転換し、人員を再配置して、製造業と貿易一辺倒で稼ぐやり方から脱却することではないかと思う。
一時は、移民を受け入れてでも労働力を維持して、などと言われていたが、今回の不況でそうした意見は影をひそめてしまった。医療の現場でも、外国人看護師の受け入れが始まったが、やはり少し早まったのではないか?医療・介護ともマンパワーが不可欠なのに、慢性的な人手不足が続いている。高齢化が進むと言われているこの国で、明らかに成長が見込める分野ともいえる。やっと、医療費抑制政策の見直しが始まったようだが、今後は医療・介護に資金を投入すれば、雇用問題と高齢化問題を一挙に解決することができる。国民に優しい国、それこそが日本が目指すべき国家像ではないだろうか。

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2009.01.12 17:35 |  医療制度 / 行政  |  その他(一般)  |  枕流  | 推薦数 : 0

道州制への期待と不安

麻生内閣の支持率が20%を割り込んだ。政権としては早くも危険水域だが、また自民党内で首相が交代しても事態が改善するとは思えないし、仮に民主党が政権を取っても、自民党が最大野党として残れば、立場が逆転するだけで、これまた細川内閣の二の舞になる可能性も否定できない。  
そこで、以前から指摘されていることだが、地方分権を進めていくしか活路を見いだせないのではないかと思う。何か政策をひとつやろうとしても、1億3000万人の総意を得るような政策は、立案も実行も難しく、さらに時間を要する。迅速な意思決定が求められる現在のような情勢において、だからといって強力なリーダーの出現を望むのはむしろ危険で、地方への権限移譲によって、各地域の必要度の高いものから迅速に取り組んでいくのが現実的ではないかと思う。既に県知事レベルでは、「善政」を行っている、または過去に行った人が何人も出ている。
ただ、現在の都道府県が確定した時と現在とでは、交通・通信手段の発達度合いが格段に違う。それに県単位では、東京や大阪以外ではやはり影響力が小さい。そこで道州制ということになる。国から区割り案が3つ出ているが、どれでもよいので、現在の都道府県を廃止して、中央からの権限(人材や予算を含む)を委譲して、もう少し小回りの利く形にしてはどうだろう?意思決定が速く進む分、いい政策も出てきて実行されやすくなり、それを見た他の道州が真似をする、といういい循環が生まれるのではないかと期待する。
最も変わるように思うのは警察である。現在、警察は県警単位で、県をまたぐような犯罪には、警視庁(いわば東京都警)は別格として、かなり弱い。道州単位で警察ができれば、広域捜査などにもかなりの威力を発揮するはずだ。
ただ、逆に医療に関しては、都道府県単位の時よりも、施策の目が荒くなる可能性もある。それを補う意味でも、市町村がしっかりしてもらわなければならないが、「受け皿」となりうる自治体が、一体どれだけあるのだろう?いわゆる平成の大合併で、市町村数はかなり減ったものの、政令指定都市クラスはともかく、十分な施策を実行しうる規模を有している自治体ばかりではない。町村がなくなって市ばかりになればよいとまでは思わないが、各道州が目の届く程度の数にまで減らないと、現状では割りを食う地域が出てきても不思議ではないような気がする。

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航空自衛隊の幕僚長だった田母神氏が、自身が発表した論文の内容が不適切だとの理由で更迭されたことは記憶に新しい。御本人が、昨日「TVタックル」に出演されているのを見た。
あの番組は、テレ朝がやっていて、大元があの朝日新聞なので、左寄りの出演者も混じっていたが、どちらかというとレギュラー出演者は右寄りの人が多い珍しい?番組である。
各コメンテーターは、それぞれの立場から、田母神氏を擁護もしくは批難していた。当然、共産党は彼を攻撃していた。立場からして当然だと思うが、それ以外の政党の議員の口からでる言葉の中で、私が最も奇異に感じたのは、「村山談話」に対する各議員の姿勢だった。
これは、1995年に当時首相だった村山富市氏が、戦後50年の節目ということで、東アジア諸国向けに行った、いわば謝罪の意味を込めた談話で、今回の議論では、この談話が金科玉条のように、あたかも「憲法九条」と同列であるかのような認識でいる議員が民主党内にもいたことに、私は少し驚きを感じた。村山氏は当時社会党委員長で、自民党・社会党・新党さきがけの連立政権下で首相だった。今の民主党内には確かに社会党や新党さきがけ出身者もいるせいなのかもしれないが、当時最大野党だった新進党の出身者も多いはずで、いわば当時敵だったはずの与党側の首相の談話を、今回のように錦の御旗にしているのは、どう見ても滑稽と言わざるを得ない。
また、田母神氏が触れた、自衛官が現在置かれている立場ということに関しては、どこか現在の我々医療関係者と似ているのではないかと感じた。政府は相変わらずのその場しのぎの対応に終始し、国民も無理解、というのは、まさに同じ構図ではないか。しかも、自分の信念を述べたらクビ、というのでは、全く浮かばれないではないか・・・。これが彼個人の特殊な思い込みではなく、一般の自衛官の声を代弁しているものだとすれば、政府・国民ともその重みというものを噛みしめなくてはいけないのではないか?
このほか、文民統制ということも議論になっていたように記憶しているが、今回問題の論文の審査委員長だった渡部昇一氏が雑誌か何かで書いていたのを見たが、あのヒトラーも文民だったそうで、文民統制さえしていれば万事OKというわけでもないようである。確かに、あのイラク戦争でも、開戦を主張したのはチェイニー氏やラムズフェルド氏といった文民であって、パウエル氏のような軍出身者のほうが開戦には慎重だった。
国防や医療は、その国の根幹をなすものだと言ってよい。そこに携わる人間やその意見が、この国ではかなりないがしろにされているのではないか?そして、どういうわけかマスコミは、そうした人間を敵視する傾向があるような気がしてならない。そう感じるのは思い過ごしだろうか?

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2008.09.26 22:55 |  医療制度 / 行政  |  その他(一般)  |  枕流  | 推薦数 : 1

小泉元首相引退

小泉元首相が次期衆院選への出馬をしない意向を発表し、引退することが先日報じられ、私自身も非常に驚いた。
小泉氏に関してのマスコミの論調は厳しいものが多いように感じた。医療関係に関しても、彼は現在の「医療崩壊」に繋がるいくつかの政策を実行してきたという側面は、確かにあるように感じる。
しかし、あの時「小泉構造改革」をやらなければ、日本はどうなっていたか?おそらく、強者も弱者も、勝ち組も負け組もなく、一緒に沈没していたに違いない。確かに彼の政策には「弱者切り捨て」の一面があったかもしれないが、全体が沈んでしまうことを防ぐために、やらざるを得なかった部分はあったように思う。彼はそれを果断に実行したという点で、やはり日本を救った人物であり、高く評価されてしかるべきだと思う。
現職中は「サプライズ人事」など、数々の手腕を発揮したが、今回の引き際も見事だと思う。麻生内閣の、昔の自民党を彷彿とさせる組閣を見るにつけ、その思いはさらに強くなる。また、彼は強運の持ち主だったような気がする。当時、あらゆる面で世界最強と目されていた米国のブッシュ大統領との個人的な信頼関係を築き、米国と良好な関係を維持した。「米国の犬」などとマスコミは揶揄したが、あれだけ自衛隊を危険なイラクやアフガンに派遣しても、自衛隊からは誰一人犠牲者が出なかったし、自衛隊も一発も現地の人間に銃弾を発射せずに済んだ。
その後、イラクに大量破壊兵器がなかったことが判明し、イラク戦争の大義がなくなり、ブッシュ大統領の権威は大きく失墜した。サブプライムローン問題に端を発した今回の金融危機が起きるまで、もし彼が首相を続けていたら、それこそ彼はブッシュ大統領の「犬」と言われても仕方がないかもしれない。しかし、彼はその前に首相もあっさり辞めている。そういう意味では、小泉氏のような強運の持ち主を失ったブッシュ大統領のほうが、痛手が大きかったとはいえないだろうか。
ただ、今後の方向性としては、小泉改革で切り捨てられた部分の手当ては、どうしても必要だと思う。日本の金融機関も、今回は米国の金融危機を助ける側に回っており、そういう意味で以前のような危機は脱しているのではないか(尤も、預金金利を以前のような数%程度にまで上げずに暴利をむさぼっていたのかと思うと、許せない気もするが…)。小泉氏の引退は、小泉改革そのものを修正する時期が来ていることを、彼自身が示唆しているようにも思えてならない。とにかく、こういうリーダーを国難の時期にもてたことは、日本にとって幸運だったと思うし、その意味でやはり敬意と感謝の念を抱かずにはいられない。本当にお疲れ様でした・・・。

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2008.08.02 22:52 |  診療  |  医療制度 / 行政  |  その他(医療関連)  |  枕流  | 推薦数 : 0

安心実現内閣と医療

福田改造内閣のネーミングが上にあげた「安心実現内閣」だそうで、恐らく医療問題も念頭に置いたものだろうと思う。

それにしても、である。何とも遅すぎるという感は否めない。長年、政府は「医師数は十分に足りている」と言っておきながら、昨今になってようやく医師の絶対数の不足を認めた。高齢化社会の到来も、かなり以前から言われていたことで、当然人間年をとれば病気になる確率も増えるし、したがって医療費もかかるようになる。ならば、医療費が右肩上がりになるのも当然なのに、「医療費抑制政策」が叫ばれ、米国の医療を引き合いに出して、やれ「医療経済」だの何だのとつい最近まではかなりうるさかった。ところが、後期高齢者医療制度は早くも躓きを見せているし、こうしてみてくると、情報を最も持っているはずの政府が、これほど政策ミスを続けるのはなぜなのか、全くもってわからない。恐らくは現場が見えておらず、官僚制度の密室性と閉鎖性に守られ、現実離れした政策が次々と決定されてきた結果のように思われる。

政府が持ち上げてきた米国医療だが、実は先進国の中で実際に一番医療費がかかっているのが米国だということもよく知られるようになった。ただ、日本や西欧諸国と比べると、公費よりも民間の保険料が多いのが米国の特徴のようで、政府の狙いもそこにあったのかもしれない。しかし、「公費」と言ってもそもそもは税金とは別に国民が払っている保険料であり、米国式の医療を進めれば、国民の側からすると負担が増えるのは目に見えている。

8月は広島・長崎への原爆投下や、終戦の日などがあり、第二次大戦にまつわる事柄をどうしても思い出してしまう。以前にも書いたかもしれないが、敵にやられて退散するのを「転進」と言ってみたり、既に敗色濃厚の戦局であるにもかかわらず「日本はまだ戦争に負けていない」と強弁する陸軍大臣がいたりと、あの戦争から60年以上が経過したものの、この国の政府というのは全然変わっていないのかと思うと、本当に愕然とさせられる。武士道に代表され、日本人の美徳ともされていた「潔さ」というものは、戦後ではなく、戦争中に既に失われていたと思われる。

「医療崩壊」という言葉が使われ始めて1,2年たつように思われるが、日本の医療における「ポツダム宣言受諾」はそう遠くないような気がする。

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2008.01.13 18:27 |  医療制度 / 行政  |  医療事故  |  その他(医療関連)  |  枕流  | 推薦数 : 2

報道の意図は?

心肺停止でも受け入れ拒否=12病院、1時間後死亡-大阪・富田林市
1月13日15時31分配信 時事通信
 大阪府富田林市で昨年3月、心肺停止状態で救急搬送を要請された同市内の女性=当時(77)=が12病院に受け入れを拒否され、約1時間後に搬送先の病院で死亡していたことが13日、分かった。同市では同12月にも、約30病院に受け入れを拒否された女性=同(89)=が死亡したケースが明らかになっている。
 富田林市消防本部によると、昨年3月14日午後9時50分ごろ、女性の家族から「風呂でおぼれて意識がない」と119番。同本部通信指令室は救急車到着までに11病院に要請したが、いずれも断られた。
この記事に論評がないので、受け入れ拒否した病院や医師を悪者にしたい、という悪意からなのか、こうした「医療崩壊」が進んでいることを何とかしなければいけない、という前向きな姿勢から出たものなのか、この記事を配信した側の意図はわかりません。しかし、このケースが昨年3月の出来事のようで、今回目くじらを立てて取り上げるような目新しい内容とも言えないように思います。
あと、医療側から言わせてもらうと、見出しの「心肺停止でも」という部分には悪意を感じます。「心肺停止でも受け入れ拒否」したのではなく、「心肺停止だから受け入れ不可能だった」というのが、恐らく受け入れ拒否した病院の偽らざる状況だったのではないでしょうか?
現在のような「魔女狩り」に近いような医療報道を垂れ流せば垂れ流すほど、「モンスターペイシェント」や「モンスターファミリー」があちこちで増殖することだけは間違いないように思います。「官僚」と「マスコミ」、この二大勢力こそが国民にとっての真の敵であり、「悪の枢軸」であることに、日本人が気づいてくれることを願ってやみません。

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昨今は、医師不足や医療崩壊がマスコミでもかなり取り上げられるようになってきた。昨日、TBS系の『ブロードキャスター』でも、その問題が取り上げられていた。その原因として、新離床研修制度や、研修医が訴訟の多い外科系を敬遠し、いわゆるマイナー系に流れていることが挙げられていた。

 

確かに現象面でみると、そういったことも理由の一つとしてあると思う。ただ、根本的な原因は、私は政府の医療費抑制策にあるのではないかと考えている。患者のニーズの高まりから、医療に求められるハードルは、この十数年で確実に高くなっている。にもかかわらず、政府は医療費抑制策を打ち出し、現在では、「医師の数は増えている」と強弁を繰り返す一方(前出のTV番組も同じことを言っていた)、「医療費抑制」そのものが目的になってしまっていて、「医療行政」や「医療政策」そのものをどうするか、ということが、殆ど頭に無いようにさえ感じられる。

 

もはや、「医療費抑制策」自体が破綻しているように思う。その結果起きているのが昨今の医療崩壊ではないだろうか?かつての「大本営発表」の如く、いつになったら政策転換ができるのかが、これからの鍵のように思う。

 

小泉改革をどんどん進めていって、「官から民へ」を「聖域」なく医療にまでこのままどんどん踏み込んでいくと、最終的には日本の医療も米国式になっていくだろう。ただ、そうなれば医師の仕事そのものは、今よりも楽になるかもしれない。支払い能力の無い人を診なくてよくなったり、一部の富裕層のみ相手にしていればよいようになれば、患者数そのものは大幅に減るものと予想される。ただ、そうなれば、今までの日本式の医療は完全に崩壊することになる。WHOからも絶賛されている「フリーアクセス」もなくなり、世界一の日本の平均寿命も、恐らく後退を余儀なくされるだろう。

 

かつて、日本の教育が詰め込みだと批判されて、授業時間数が減らされた。しかし今度は国際競争で順位が下がったと批判され、十数年かかってようやく方向転換となった。教育行政の二の舞は是非避けてもらいたい。

 

「ビジネス」や「マーケット」と言う言葉がもてはやされ、「不採算=悪」という変な図式が現在の日本ではまかり通っているように思う。どこまでを不採算承知で官がやり、どこからを民に任せるか、ということを、財政面からだけではなく、行政はもうそろそろ真剣に考え直さなくてはならない。いったん崩壊してしまったものを立て直すのは、遥かに時間と労力と費用がかかる。それとも、今度も外資にコテンパンにやられないと、目が覚めないのだろうか?丁度、第二次世界大戦や金融不安の時と同じように・・・。

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