掲示板で、「女性外来が不振」と言う記事を見つけた(元の記事は下記参照)。
http://www.toonippo.co.jp/news_too/nto2006/20061007095100.asp
2006年10月7日(土) 東奥日報
これなども広い意味で「患者の声」に流された結果の失敗ではないかと思う。自分の個人的な推測だが、多分、担当医師たちは真剣にやっていたと思う。横着さの目立つ女性看護師とは違い、女医さんは概して真面目な人が多いからだ。余分な仕事を押し付けられ、挙句の果てに「患者が減った」とこういう形で病院側から公表され、挫折感だけが残ったのではないだろうか?
これまで同様の趣旨のことを何度か書いたが、現在の日本の医療は、市場主義、グローバルスタンダードといった世の中の風潮に流され、「お客様」「顧客」をそのまま「患者」に置き換えて安直に考えすぎるきらいがあると思う。「患者様」と言う呼び方はその最たるものだ。「お客様は神様」をそのまま横滑りして考えれば、当然「患者様の言うことは絶対」と言うことになってしまう。
しかし、ホテルなどの接客業は、接遇そのものがサービスのかなり主要な部分を占めるのに対し、医療の場合は前提が全く違う。ホテルの客はあくまで快適性や接客サービスそのものに対してお金を払っているわけだが、患者はあくまで「病気を治す」ために来ている。患者の声を無視してよいとは思わないが、最近の医療機関の姿勢をみていると、明らかに患者に対して卑屈になりすぎていると思う。これは、かつて学校側が生徒(やその親)に対して卑屈になってきた歴史と同じではないか・・・。それで、患者の満足度があがって訴訟が減ったかと言うと、全くの逆で、訴訟は増加の一途、患者は増長するばかりで、「患者様」と言う呼称を止める病院も出てきたと聞く。
学校の問題が出たついでに言わせてもらうと、最近は「生徒が先生を評価する」のも流行だそうな。確かにやる気のない教師に奮起を促したり、授業内容に関する要望はあっても良いかもしれないが、学校は「先生が生徒に勉強を教える所」であって、その基本線だけは崩さないほうが良いと思う。長年の学校バッシングの結果、最近では教師の指導力はおろか、学力そのものまで怪しい人が出てきて、これなども枝葉末節論に流され続けた結果ではないかと思う。「生徒の自主性を尊重し」続けた学校も、いまや少子化で存続の危機に立っているところも多い。勉強そっちのけで、生徒の要望だけを聞いていたような学校は、むしろ最近名前を聞かなくなってしまった。逆に、補習の充実など、勉強を教えることそのものに努力してきた学校が評価されるようになっているように感じる。医療も、事態が深刻化する前に(もう深刻化しているのかもしれないが)、「本来のあり方」を一日でも早く取り戻すことを望みたい。一時は辛いかもしれないが、結局それが最終的に患者の信頼を勝ち取る(=病院として生き残る)道ではないかと思う。
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患者の権利意識の高まり、医療そのものに対する風当たりが増す中、「患者様」と言う呼称は最早一般的となり、「医療はサービス業だ」と言って憚らない病院経営者も多い。しかし、私はこうした風潮には疑問を感じている。恐らく、医師(特に勤務医)の中には、同じ考えをお持ちの方も多いのではないかと思う。
こうした考え方は、接客業を生業とするホテル業からヒントを得たものではないかと思われる。確かに、昔のように患者を怒鳴りつけたりするのは論外だが、だからと言って「病院がホテルのようになる」ことが、医療の質を上げることに繋がるのだろうか?
昔は、病院食は冷えていて当たり前、配膳時間も職員の帰宅時間に合わせるため夕食などは16:30頃、病室も大人数で薄暗く換気も悪い・・・、と劣悪な環境だった。今はそれでは病院そのものが立ち行かない時代で、そういう点では昔に戻るべきではないと思う。アメニティと言う部分では、病院をホテルに近づけるのは悪いことではないし、治療成績の向上にも繋がる部分が大いにあると思う。
しかし、問題はやはり接遇面だろう。最近ははっきり言って横柄な態度を取る患者が多い。自分勝手で権利ばかり主張、約束は守らない、気に入らないことがあると匿名で投書したり、代議士や病院の上層部に圧力をかけさせる・・・。こういう人は、確かに以前からいたが、明らかに少数派で、病院側もそれとわかって対応していた。しかし、今は、病院のほうがすっかり弱腰になってしまい、こうした声に無原則に妥協することが良いことだと勘違いしているように思えてならない。時々、患者向けにアンケートを実施している病院があるが、はっきり言って愚の骨頂だと思う。患者側は匿名で、医療従事者への攻撃を推奨しているようなものではないだろうか。
実際、接遇面でホテルを真似ていた航空業界も、安全な運行に支障をきたしかねない乗客に対しては、断固たる姿勢で臨むようになってきた。しかも、国際的には、墜落しても補償には上限が設けられているし、事故原因の究明のために乗務員が免責されることもある。それに比べると、やはり今の日本の医療は明らかに異常な状態といわざるを得ないのではないか?
特に日本人には、「サービスを受ける側」は「サービスを提供する側」に対してなら何をしても良い、と考えている節があるような気がしてならない。医療も、広い意味では「サービス」だが、ホテルのようなサービスではなく、むしろ、たける先生(今回トラバさせて頂きました:http://blog.m3.com/Dr_Takeru/)が言われるような「行政サービス」に近いのではないかと思う。米国では、消防士は尊敬の対象らしいが、日本ではそこまでではないだろう。何でも米国式にするのがトレンドだが、形式だけ真似ても意味はないと思う。そこに「尊敬」や「感謝」の念がない限り、どんな制度を作ったり真似たりしても、殺伐とした世界が広がるだけではないだろうか。
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現在、勤務医の不足が深刻に叫ばれるようになっている。看護師不足は以前よりあったが、それ以外の医療関係者のうちで、近年「不採算部門」として最も削減されてきたのは事務員だと思う。
思い出してみると、自分が研修医の頃は各病棟に一人ずつ事務の人がいたし、外来も1診に一人は事務の人がついていた。看護師は既に不足していて、2,3診を掛け持ちしていたように記憶している。もっとも、病院の規模により事情は様々だろうが、その後、時間が経つにつれ、まず病棟から事務員がいなくなり、外来は委託になり・・・とどんどん事務員がいなくなったように思う。
その結果、事務仕事はどうなったかと言うと、電算化により、結果的にその殆どは医師がやらされることになってしまったと思う。ある本で読んだのだが、企業で時給の高い人間に、それよりも低い内容の仕事をさせるのが、最も効率が悪いのだと言う。例えば、部長がコピーをとったりお茶汲みをするなどして、マネジメントなど部長としての本来の仕事をする時間が少なくなってしまう場合、そうした雑用時間は時給に見合った仕事をしていないことになるわけである。
現在、病院の医療現場で似たようなことが起きているのではないか。確かに、地方などでは絶対数そのものが足らないところまで追い詰められているわけだが、そもそも雑用が増えて、本来の医療行為に時間が避けなくなったことに嫌気がさして病院を辞めていった人も多いのではないだろうか。医師の数を急に増やすのは不可能だが、事務員の数なら、現在は殆どが外注だろうから、予算さえ確保すれば大幅増員も可能ではないだろうか。
特に、ある年代より上のDrになると、コンピュータの操作が極端に苦手だったり、非常に遅い人も多い。しかし、医療そのものの経験や知識は豊富だから、事務員をもっと増やして医師の雑用を減らせば、状況はかなり改善するのではないかと思う。
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