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【カイロ=長谷川由紀】イラク軍報道官は1日、首都バグダッドの2か所の市場で同日起きた爆弾テロについて、いずれのテロも、何者かが知的障害のある女性2人の体に巻きつけた爆発物を遠隔操作で爆発させたことが原因であることを明らかにした。昔、アニメ(確か科学忍者隊ガッチャマン?)で、子犬に時限爆弾を飲み込ませて、人がその犬によってきたところで爆発するのを、主人公が間一髪で助ける、というシーンがあったように記憶しています。今回、この報道が事実なら、その卑劣さはこのアニメのシーン以上に酷いといわざるを得ません。テロリストに美学や品格を求めること自体が無理なのかもしれませんが、それにしてもこれは酷い。見方を変えれば「自爆テロ」の「なり手」がもういない(それこそ自爆テロのせいで皆死んでしまって人手不足?!)のかも知れませんが・・・。 |
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1)『デキる女とダメな男の脳習慣』(大島清)
2)『下流社会 第2章 なぜ男は女に“負けた”のか』(三浦展)
久しぶりに本屋へ行ったら、上記の2冊が気になって手に取った。全部読んだわけではないので、内容は正確さを欠いている部分があるかもしれないが、これらの本のタイトルにあるような「女性礼賛もの」は、文庫本・雑誌問わず、最近多いような気がする。
私が教育を受けた頃は、もう男女平等という概念が当たり前のようになっていたので、親などから「あなたは男なのだから」と言われたりすると、「えっ?それが何か・・・」と子供心に違和感を持ったが、現在の状況と言うのは丁度立場を入れ替えて、同じような違和感を覚えている。
上記の2冊もそうだが、女性、特に若い女性、というものを、マスコミをはじめとして、とにかく持ち上げすぎのような気がする。(若い)女性の側もそうした風潮を敏感に察知してか、自分たちが何か特別な生き物のように振舞っているようなフシがあるように感じるのは私だけだろうか?
学校の勉強、と言うことに限って言えば、女性は概して男性より真面目だから、平均的にはできる人が多かったように思う。私も医師と言う職業につく前は、当然医学部に在籍していたわけで、優秀な女性たちを目の当たりにしてきたつもりだ。ただ、社会人になれば、当然学校の勉強以上に、社会の基本的なルールを守らないと話にならない。仕事を急に休んだり、急に結婚退職したりしていたのでは、いくら学生時代に勉強ができても、社会人として失格である。
マスコミは普段、「学校の勉強がいくらできても云々・・・」という論調が多いくせに、こと若い女性の事となると、「女性万歳」のような論調が目立つ。特に、1)の著者の大島氏は京大教授という立派な肩書きの持ち主である。以前ならこうした人たちは、若い女性に説教をする側だったが、今や尻尾を振るところまで墜ちてしまったとは、何とも情けない気がする。本が売れれば(つまり金にさえなれば)なんでもありというわけか。大学も民営化されて、時流に乗っていると言われればそれまでだが・・・。
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久々のブログ更新となった。この間、世の中で様々な問題が起きていたが、私用でなかなか更新できなかった。この間、アクセスしていただいた方には、申し訳なかったと反省している。今回、産科救急患者の「たらい回し」で糾弾された大淀病院が、産科医療を中止するとの記事を読んだ。
話は急に飛ぶが、塩野七生先生が、15巻にわたって書かれた『ローマ人の物語』シリーズの最終巻が先日発売され、早速読んだ。最終巻なので、要はローマ帝国滅亡の巻になるわけだが、そこでは国家の功労者だった将軍たちが、無能な皇帝の決定によって、次々と殺されていくという、まさに滅亡にふさわしい内容になっている。ある国家の功労者だった将軍の処刑を決定した皇帝が、その正当性について、ローマの元老院議員たちを前に演説するのだが、その演説を聞き終わった元老院議員の一人が、皇帝に向かって言ったのが冒頭のタイトルだった。「陛下のされたことは、自分の右腕で自分の左腕を切り落とすようなものです」
今回の大淀病院をめぐる一連の動きも、これと同じようなものではないかと思う。同院の産科医療の閉鎖で、奈良県内の同地域の産科を扱う病院はなくなってしまうという。怒りに任せて訴訟を起こし続け、原告勝訴の判決を出し続ける裁判所・・・。ローマ帝国の最期と我が国の医療の最期が重なって見えてしまうのは私だけだろうか?
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1) 『「新中流」の誕生』(和田秀樹 著)
2) 『格差社会の結末』(中野雅至 著)
所謂「一億総中流」が崩れ、日本も格差社会になったとよく言われる。それにまつわる本も書店に多く並ぶようになったし、雑誌などでも度々特集が組まれている。当然、このままほうっておけばよい、という意見は少ないが、格差社会を憂うだけのものが多い。上記の2冊は、では今後どうして行けばよいのか、という提言をしている点で、貴重だと感じたのでここで少し紹介させていただくことにする。
1)の著者は、ご存知の方も多いとも思うがあの和田秀樹氏。東大医学部卒の精神科医で、『受験は要領』という本で有名になった人だ。私自身が大学受験時には、この本はでておらず、社会人になってからこの本の存在を知り、読んだときは相当の衝撃を覚えた。その後の各種試験勉強には随分活用させて頂き、私にとっては恩人と言っていい人である。
2)の著者の中野氏は、同志社大卒でキャリア官僚になったという変わった経歴の持ち主。『投稿論文でキャリアを売り込め』『高学歴ノーリターン』などの著書があり、現在は兵庫県立大助教授の肩書きを持つ。
和田氏の主張は、今後の日本は北欧型の高福祉国家を目指して中間層を復活させるべきだというように、私にはとれたが、一方の中野氏は、富裕層・中間層・貧困層・企業それぞれが、応分の負担をしていく必要がある、と言う主張で、ある意味対照的であった。同じ医者という立場からみて、和田氏の主張はよくわかるのだが、ある意味理想主義的な面が強いように感じる。それに比べると、中野氏の主張のほうがある意味現実主義的で、官僚をやっていた経験から導き出された結論のようにも思えた。ただ、和田氏は、働きに報いる際に、報酬面のみでなく、名誉も大事な要素であることを指摘しており、この辺はさすがに『受験は要領』の著者だけあって、リアリストでもある所を示している。
というわけで、私はお二人とも非常に尊敬している。マスコミ等では、大衆迎合的な胡散臭い連中ばかりが露出しているが、彼らのようなまともな論客にきちんと意見を言わせるような番組が出てきて欲しいものだと切に願っている。
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最近家の近くに本屋がオープンしたので、良く立ち寄るようになった。中をうろついていると、上記の本が目に留まった。著者は辛口批評で有名なセルジオ越後で、つい買ってしまった。
日本のサッカー創生期からオシム就任までについて、著者の私見が語られているが、相変わらず歯に衣着せぬ内容だ。特に、日本サッカー協会に対しては辛辣で、「干されるんじゃないか?(もう干されている?)」と心配したくなるような内容である。
ただ、著者が指摘する日本サッカー協会の問題点と言うのは、日本の組織に共通する弱点のような気がする。残念ながら、自分自身の所属する、あるいは過去に所属した組織に、同様の芽が全くない、といえば嘘になるだろう。
最近、自分が買って読む本は、「日本」に関するものが多い。特に、日本人の勤勉さとか誠実さをテーマにしたものには弱い。「自衛隊がイラクから無事撤収できたのも日本人そのものに対する信頼が彼ら(自衛隊員)を守り・・・」などとあると、その本・雑誌には、つい手が伸びてしまう。しかし、上記の本は、逆に日本人の勝負に対する甘さをズバリ指摘してくれていた。
私自身、以前から、プロスポーツ選手の高額報酬には疑問をもっていたが、日本人のプロスポーツ選手の場合は特に、実力以上にもらっているような気がする。サッカーに関して言えば、日本の経済力のおかげで、Jリーグ選手の報酬は、世界基準で見た実力よりも多いと言えるのではないか。更に、その中で甘やかされ、海外に行くと通用しない・・・。今回のワールドカップでそのことが証明されたと思う。更にいけないのは、日本人の「忘れっぽさ」で、W杯での反省がなされないまま、もう「オシム・ジャパン」を持ち上げてしまっている。
中国や韓国に「先の大戦についての反省と謝罪が・・・」などといわれると腹が立つが、サッカーに関してはもう少し「反省」が必要な気がする。それと、W杯の中継で、関係のないタレントを司会に起用するのは勘弁して欲しい。プロ野球でも、オールスター戦などではよく関係のない芸能人がゲストとして招かれたりするが、全く聞くに堪えない内容である。普段のシーズンの解説者(私は江川氏と掛布氏のファンです)は、「あ、そういうことだったのか」と気づかせてくれる解説をしてくれるが、サッカーにはまともな解説者がいないのか(それこそセルジオ越後だけ?)と思ってしまう。
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自分が浪人していた頃、この本が予備校で話題になっていて、実際に買って読んだ覚えがある。著者は保阪正康と言う評論家で、その内容には随分衝撃を受けた覚えがある。しかし、結局、その本から得た情報で自分の進路を変えることはなかった。
最近本屋に立ち寄った時に、同じ著者が『物語 大学医学部』と言う本を出しているのを目にした。内容は前著と重複する部分があるのものの、前後に現在の医療情勢を加筆してあり、全くの復刻版ではない。実際、この本の内容は、マスコミ側に属する人間が書いたものとしては、相当医療者側の肩を持ってくれているものだと感じた。
著者自身が病気をして、その病院の対応が非常に良かったこともあるのかもしれないが、「医師=悪者」と決め付けてかかっているマスコミや司法関係者とは、明らかに一線を画しており、前著とは違った意味で衝撃だった。宣伝するわけではないが、立ち読みでも良いのでぜひ一読をお勧めする。
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私が尊敬していた人物の一人に、今はもう亡くなられてしまったが、京大教授だった高坂正堯氏がいる。テレビ朝日系列で田原総一郎が事実上のメインキャスターを務める『サンデープロジェクト』に良く出ていた。あの独特の語り口と、鋭い洞察力にはいつも感心させられていた。もし、氏がご存命なら、先の同時多発テロとそれに続くアフガン・イラク戦争、現在の北朝鮮問題をどのように見るだろうと、時々考えることがある。
そんな氏の遺稿とも言うべき本の中に『世界史の中から考える』(新潮選書)がある。その中に、1990年におきた湾岸戦争とフセイン大統領に関する記述がある。少し拾ってみると、
「・・・しかし、彼(フセイン大統領)が非常識な作戦を決定し、それが行われるという事情は、むしろ彼の政権の弱みというべきであろう。それも道徳とか神を持ち出すまでもなく、政治的軍事的に言ってもそうである。・・・(中略)・・・というのは、そのことは独裁者にはその命令を批判したり、逆らう人がいないことを意味する。・・・(中略)・・・(クウェート侵攻以前にも以後にもフセイン大統領は多くの政敵や軍事部門の責任者を更迭・処刑したが)そういう状況でフセイン大統領の命令に逆らう人は出難い。しかし、そのことは、政治的軍事的に見て愚かな作戦を彼が考えたとき、それもまた実行されることを意味する。それは負けを早める。」
金正日とフセイン大統領を単純に同一視することは出来ないし、北朝鮮は後ろに中国がついているから、フセイン大統領のイラクよりも厄介ではある。しかし、独裁者に典型的な負け方、という点で、両者は共通項が多いようにも感じる。今回の北朝鮮のミサイル発射は、その象徴的な出来事になりうるかもしれない。
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