2007.09.24 15:44 |  恋愛 / 結婚  |  その他(一般)  |  枕流  | 推薦数 : 0

白馬の王子様と奴隷

昔から、未婚女性が憧れる結婚相手として使われる表現に、「白馬にまたがった王子様が現れて・・・」というのがある。勿論これはたとえ話なので、真に受けるようなものではない。しかし、少なくとも現代の日本の女性が、結婚相手に「白馬の王子様」を本当に望んでいるのか?というと、どうもそうでは無いような気がする。

 

街を歩いていれば、当然カップルとすれ違うこともあるし、スーパーマーケットに行けば、自分と同世代で家族連れ、と言うのも珍しくない。女性に比べ、ダンナ様たちの姿を良くみると、体型はいわゆるメタボ型で、イケメンとは程遠い間抜け面(僻みが入っているので気にしないように)、なんて人も少なくない。百歩譲って「白馬の王子様」だったとは、とても思えないような感じなのだ。かといって、女性が大幅に妥協したような様子でもない。

 

とすると、普段はやれ「イケメン」だの、何だのと騒いでいても、結局結婚している女性が相手に求めたのは、王子ではなく、むしろ自分の言うことを何でも聞いてくれる、いわば奴隷だったのではないか?と思えてくる。古代の奴隷は、生活費も稼いだというし、主人の言うことに逆らったりはしない。主人からみれば「優しい」存在だったのではないか。そういえば、昔の結婚条件は「三高」といわれたが、いまや「三低」が条件だと言うのも、なぜか妙に納得がいく。

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昨今は、医師不足や医療崩壊がマスコミでもかなり取り上げられるようになってきた。昨日、TBS系の『ブロードキャスター』でも、その問題が取り上げられていた。その原因として、新離床研修制度や、研修医が訴訟の多い外科系を敬遠し、いわゆるマイナー系に流れていることが挙げられていた。

 

確かに現象面でみると、そういったことも理由の一つとしてあると思う。ただ、根本的な原因は、私は政府の医療費抑制策にあるのではないかと考えている。患者のニーズの高まりから、医療に求められるハードルは、この十数年で確実に高くなっている。にもかかわらず、政府は医療費抑制策を打ち出し、現在では、「医師の数は増えている」と強弁を繰り返す一方(前出のTV番組も同じことを言っていた)、「医療費抑制」そのものが目的になってしまっていて、「医療行政」や「医療政策」そのものをどうするか、ということが、殆ど頭に無いようにさえ感じられる。

 

もはや、「医療費抑制策」自体が破綻しているように思う。その結果起きているのが昨今の医療崩壊ではないだろうか?かつての「大本営発表」の如く、いつになったら政策転換ができるのかが、これからの鍵のように思う。

 

小泉改革をどんどん進めていって、「官から民へ」を「聖域」なく医療にまでこのままどんどん踏み込んでいくと、最終的には日本の医療も米国式になっていくだろう。ただ、そうなれば医師の仕事そのものは、今よりも楽になるかもしれない。支払い能力の無い人を診なくてよくなったり、一部の富裕層のみ相手にしていればよいようになれば、患者数そのものは大幅に減るものと予想される。ただ、そうなれば、今までの日本式の医療は完全に崩壊することになる。WHOからも絶賛されている「フリーアクセス」もなくなり、世界一の日本の平均寿命も、恐らく後退を余儀なくされるだろう。

 

かつて、日本の教育が詰め込みだと批判されて、授業時間数が減らされた。しかし今度は国際競争で順位が下がったと批判され、十数年かかってようやく方向転換となった。教育行政の二の舞は是非避けてもらいたい。

 

「ビジネス」や「マーケット」と言う言葉がもてはやされ、「不採算=悪」という変な図式が現在の日本ではまかり通っているように思う。どこまでを不採算承知で官がやり、どこからを民に任せるか、ということを、財政面からだけではなく、行政はもうそろそろ真剣に考え直さなくてはならない。いったん崩壊してしまったものを立て直すのは、遥かに時間と労力と費用がかかる。それとも、今度も外資にコテンパンにやられないと、目が覚めないのだろうか?丁度、第二次世界大戦や金融不安の時と同じように・・・。

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2007.09.17 15:59 |  仕事 / 職場  |  映画 / 音楽 / 読書  |  その他(一般)  |  枕流  | 推薦数 : 0

女性論に対する違和感

1)『デキる女とダメな男の脳習慣』(大島清)

2)『下流社会 第2章 なぜ男は女に“負けた”のか』(三浦展)

 

久しぶりに本屋へ行ったら、上記の2冊が気になって手に取った。全部読んだわけではないので、内容は正確さを欠いている部分があるかもしれないが、これらの本のタイトルにあるような「女性礼賛もの」は、文庫本・雑誌問わず、最近多いような気がする。

 

私が教育を受けた頃は、もう男女平等という概念が当たり前のようになっていたので、親などから「あなたは男なのだから」と言われたりすると、「えっ?それが何か・・・」と子供心に違和感を持ったが、現在の状況と言うのは丁度立場を入れ替えて、同じような違和感を覚えている。

 

上記の2冊もそうだが、女性、特に若い女性、というものを、マスコミをはじめとして、とにかく持ち上げすぎのような気がする。(若い)女性の側もそうした風潮を敏感に察知してか、自分たちが何か特別な生き物のように振舞っているようなフシがあるように感じるのは私だけだろうか?

 

学校の勉強、と言うことに限って言えば、女性は概して男性より真面目だから、平均的にはできる人が多かったように思う。私も医師と言う職業につく前は、当然医学部に在籍していたわけで、優秀な女性たちを目の当たりにしてきたつもりだ。ただ、社会人になれば、当然学校の勉強以上に、社会の基本的なルールを守らないと話にならない。仕事を急に休んだり、急に結婚退職したりしていたのでは、いくら学生時代に勉強ができても、社会人として失格である。

 

マスコミは普段、「学校の勉強がいくらできても云々・・・」という論調が多いくせに、こと若い女性の事となると、「女性万歳」のような論調が目立つ。特に、1)の著者の大島氏は京大教授という立派な肩書きの持ち主である。以前ならこうした人たちは、若い女性に説教をする側だったが、今や尻尾を振るところまで墜ちてしまったとは、何とも情けない気がする。本が売れれば(つまり金にさえなれば)なんでもありというわけか。大学も民営化されて、時流に乗っていると言われればそれまでだが・・・。

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安倍首相が退陣を表明した。参院選敗北から2ヶ月、内閣改造から僅か1ヶ月での辞任。しかも、国会での所信表明演説の翌日の退陣表明に、殆どの人は呆れたと思う。

 

マスコミは、彼の掲げた「戦後レジームからの脱却」や「憲法改正」が国民に支持されなかったことを、政権の行き詰まりの第一要因に挙げている。しかし、私は少し違うと思う。

 

政府の役割の基本は、国民の生命と財産を守る、と言うことに尽きると思う。自分が医療関係の人間だからそう思うだけなのかもしれないが、国民の生命、とは結局のところ医療であり、国民の財産、とは今回の場合年金問題ではなかったか。医療崩壊・年金崩壊で国民の生命も財産も守れない。しかも、各方面から最初に追求された時の初期対応にも問題があって、結局政府の基本的な役割を、首相自身が認識できていなかったことが国民にバレてしまった。それで、もはや何を言おうが(「美しい国」などその最たる文言だと思う)、国民に信用されなくなり、衆議院で2/3の議席を持ちながら、憲法改正を口にすることさえおこがましい状況に追い込まれてしまったのではないかと思う。

 

私自身は、現行の憲法は改正すべきだと思っているが、年金や医療などの問題をそっちのけにして、「改憲」そのものにこだわるのは、やはり順序が逆だと思う。主張は逆だが、丁度護憲派が、現在の国際情勢を無視して「護憲」そのものにこだわっているのと、ダブって見えてしまう。

 

現代社会では、政府の果たす役割は大きいし、多くのことが求められている。だからこそ、物事の優先順位をきちんとつけることが必要だし、何が最も重要かの判断を誤っては政治の指導者は務まらない。そして、最終的にはその下にいる一般国民に災禍がふりかかることになってしまう。

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2007.09.02 18:28 |  医療事故  |  その他(医療関連)  |  枕流  | 推薦数 : 3

マスコミは中世の教会か?

奈良の妊婦の死産について、前回ブログに記事を書いた。その中で、改めてマスコミというものについて考えさせられた。

 

ヨーロッパの中世が典型例だと思うが、現代のような政教分離が当たり前の世の中になる前は、政治と宗教は必ずしも別ではなかった。神の御託宣を伝える神官たちは、為政者に対しても大きな権限を持っていたのである。

 

現代に当てはめてみると、神の御託宣は「国民の声」ということになろうか。神官はマスコミ。記者たちは良く、「これが国民の声だ」といって記者会見を開いている人に詰め寄ったりしているが、「これが神の御心です」と言っていたであろう神官たちと、どこかタブって見える。どちらも、「自分たちが絶対正しい」と思い込んでいる点も良く似ているし、「神の声」も「国民の声」も本当に聞いた者など誰一人なく、結局は神官やマスコミの腹一つ、と言う点も同じだ。今回の報道の仕方も、まるで魔女狩りのようである。

 

ルネサンスと宗教改革によって近代の幕が開けたように、今の医療の閉塞状況を打破するためには、マスコミから権力を取り上げることが必要なように思われる。宗教界の腐敗が宗教改革の引き金になったのと同様、マスコミ内部の腐敗情報が次々に出てくれば、次第に状況は変わってくるのではないか、と期待している。但し、そうなるまで医療の方が持ちこたえられるかどうか心配だが・・・。

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2007.09.01 20:27 |  診療  |  医療事故  |  その他(医療関連)  |  枕流  | 推薦数 : 4

たらい回し?

もう色々な先生がコメントされているが、またもや奈良県で妊婦が各病院から救急の受け入れを断られて死産したという「事件」があった。

 

昨年の10月に奈良県で妊婦が死亡する事件があり、その時にもこのブログに書いたのだが、他の先生も恐らく思いは同じだろうと思う。実際に被害者となってしまわれた方々には気の毒だが、とにかく医師の数が足らず、しかもその状況はどんどん悪くなっている。そんな中で、マスコミは「たらい回しにされた」と相変わらずの病院叩き。それでも最近では、「医師不足」という記事も書いておきながら、こういうことが起きると「待ってました」とばかりに、昔の記事をコピペしたような記事が紙面に踊るという有様・・・。

 

救急システムの手直しは確かに必要だと思うが、とにかく人も場所も時間も限られている状況では、優先順位をつけて事に当たるしかない。不幸な偶然が重なって起きた不可抗力的な事柄を、「事故」や「事件」に仕立て上げようとするメンタリティは、本当に呆れるばかりだ。医者になりたくてなれなかった連中がマスコミに流れて、今その意趣返しをしているのかな?と勘ぐりたくもなってしまう。

 

マスコミが医師に「医療に対する姿勢」を問いたいというのなら、こちらもマスコミに是非問いたい。あなた方の「報道に対する姿勢」はどうなのか、と。大新聞の見出しが、いつの間にやら三流週刊誌と同じレベル、いや、それ以下に成り下がってしまったと感じているのは私だけだろうか?

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