福岡県筑前町の三輪中学校2年の男子生徒(13)が、11日にいじめを苦に自殺したとみられる事件。教師がいじめに関与していたことも明らかになってきており、改めて、現在の我が国の教育問題の根の深さが明らかになったと言える。
報道によると、この教師は、この生徒をいじめた理由について「いじめやすかったから」と答えたそうだが、本当にこうなるともう教師とは一体何なのか、と思ってしまう。この教師は、「受け狙い」の授業をしていたことも報じられており、つまりは「生徒の視線」に立って物事を考え、「生徒の声」を聞いて授業をしていた、と言える。次元が違うと言われそうだが、私はやはり自分の身に置き換えて考えてしまう。
これまで何度も書いたが、上記の「生徒」「教師」の部分を「患者」「医師」に置き換えると、マスコミ(あるいは一部の病院関係者)の理想とする医師像の出来上がりである。この教師は恐らく「お客様」である生徒が気に入るように行動し(今回のいじめも、一部の生徒が、自殺した生徒をいじめることを望んでいたことに沿った行動ともいえる)、上司からもそうするように常日頃から言われ、それが認められてめでたく学年主任になったのではなかろうか。とすれば、やはり問題はこの教師個人だけではなく、学校と言う組織の問題でもあり、友達のような先生像をやたらと理想化してきたマスコミの問題でもあるのではないかと思う。
考えすぎだと笑われそうだが、私は本当に医師という職業そのものの行く末が、教師と同じ結末になることを憂慮している。医師が医療そのものよりも、患者やコメディカルやマスコミの受けばかりを気にするようになれば、当然医療の質は下がらざるを得ない。今は医師不足が取りざたされているのでその可能性は低いが、ある程度数が充足してくればそのうち、枝葉のことばかりを問題にし、「医療行為が出来るだけでは良い医師とはいえない」などとほざく病院経営者が出てこないとも限らないと思う。
更に、今回の自殺の件に関して言うと、家族がかなり学校相手に怒鳴り散らしている様子が報道された。教師がいじめに加担したことは許されないことで、それに対する抗議は尤もだと思うが、本人が自殺するかもしれないと言う兆候に気づかなかった責任は学校だけにあるのだろうか?家族もまた、「気づいてやれなかった」「相談相手になってやれなかった」という自責の念があってもよさそうだと思うのだが、インタビュー等を見る限り、そうした思いは伝わってこなかった。不注意が元の事故で病院に担ぎ込まれた子供が不幸にして亡くなり、その病院を訴えるケースを思い起こさずにはいられないのは私だけだろうか。
子供の躾や教育は全て学校任せ、病気も全て病院任せで、「家庭」「親」がその役割を放棄して学校や病院を糾弾する、と言うのはどう考えても異常だと思う。家庭・学校・病院が本来果たすべき役割は何なのか、そこをもう一度社会全体で見つめなおし、コンセンサスを得るようにしないと、他人のせいばかりにしていては、この日本は究極の「無責任社会」になってしまうと思う。
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