最近の医療訴訟のニュースを見ていると、我々医療従事者からみて、どうも納得のいかない判決が出ていることが多い。人間も生物なので、いつか必ず死ぬわけだが、どうもその大前提を忘れたかのような判決が多いような気がする。当然、治療行為というのは、何がしかの介入をするわけだから、プラスの面とマイナスの面があるわけで、それらを相殺してゼロかプラスならもちろんOKなのだが、マイナスになったら全て医療ミスだ、説明不十分だ、生きる機会を奪われた、などと叫ぶのは、少々早合点が過ぎる。そうした「事件」になるほどの症例の場合、放置すれば確実に、しかも早期に死に至っていた可能性が高い。いくら結果責任といっても、例えば航空機事故でもパイロットの責任や航空会社の賠償額には上限が設けられているように、どこかで免責の線引きをしないと、医療関係者だけがこのまま「無限責任」をとらされるようだと、本当に医療そのものが萎縮してしまうのではないかと思う。
そこで思い出すのは、第二次世界大戦のときのわが国のありようである。軍部・大本営の上層部は全くの無能でセクショナリズムに陥り、無理な作戦を立てては失敗の連続、しかもその責任を問われることもなく出世していく・・・。丁度、現在の官僚機構とよく似ている。当時、米国の側は、パイロット一人を養成するのにかかるコストを冷徹に計算し、パイロットを無駄死にさせないようにする防御兵器(レーダーなど)を開発。結局、戦争を勝利に(我が国にとっては敗戦に)導いた・・・。
現在のような無茶苦茶な判決を出し続けて、医師をどんどん失職に追い込んでいけば、上記と同じような事態が起こってくるのではないか。それでも、そういう判決を出した裁判官、訴追した検事、原告の弁護士たちは、何ら責任を問われることはないだろう。厚生労働省も「医師が減れば人件費が減って医療費削減になる」などと考えていたら、見当違いも甚だしいのではないか。訴追されるほどの医師は、当然のことながら病院の主力でやってきている人たちであり、彼らと同じキャリアになるまでの医師を一人育てるのに、どのくらいコストがかかっているのか、そこから計算しないといけないのではないだろうか。「それは文部科学省の管轄で、ウチとは関係ない」とでも思っているのだろうか。またも歴史は繰り返すのだろうか・・・。
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