冬季オリンピックが開幕する。もちろん、日本の選手をいつも応援はしているが、いつも期待外れに終わることが多い。
ただ、こちらも期待しすぎというか、マスコミに乗せられているような気がしないでもない。「メダル期待の・・・」などと報じられると、こちらもそれにつられてつい期待してしまうが、惨敗した後のその選手の実績を見てみると、到底メダルなど期待できない成績だったりしたことが過去にはよくあった。
毎年行われる世界選手権と違い、オリンピックは4年に1回。つまり、単純計算で、過去3年に世界選手権で金メダルをとったことがあって、初めてオリンピックのメダルが期待できる、ということになる。つまり、過去3年の世界選手権で銅メダルを1回しかとったことがなければ、オリンピックで8位入賞すら難しいということになる。
日本で1位だった、というだけでは、日本のオリンピック代表にはなれるかもしれないが、世界で戦えるかどうかは全く分からない。今回も前評判先行と思しき競技がいくつかあるような気がする。メダル10個、などと予想しているところもあるようだが、前回が荒川静香選手の金メダル1個だったことを考えれば、海外での日本の下馬評(メダル2個)のほうが、あたっているような気がする。もちろん、そうした予想が外れることを日本人の一人としては願いたいのだが・・・。
夏季オリンピックと比べると、冬季オリンピックのほうが白人有利な競技が多いようにも思えるが、かといって、同じアジア人の中国や韓国は2桁のメダルを毎回獲得している。一体この差は何なのだろう?共産圏の中国はともかく、経済規模も人口も日本よりはるかに少ない韓国にまでここまで水をあけられてしまう理由が、どうしてもわからない。
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民主党の小沢代表の不正献金疑惑で、それまで攻勢だった民主党が守勢に回り、逆に自民党が息を吹き返した状況になったが、新型インフルエンザやゴールデンウィークもあり、今は小康状態といったところだろうか。
小沢氏に関して言うと、彼が自民党を出て、逆に自民党の金権体質や過去のしがらみについて攻撃することに、私自身は以前から違和感を感じていた。なぜなら、彼自身が自民党幹事長だったこともあり、田中派、竹下派という「最も自民党的なもの」を持つ派閥の中心にいた人物だったからだ。今回の問題がなければ、恐らく次の総選挙では民主党が第一党となり、彼が首班指名される可能性が非常に高かった。民主党サイドは国策捜査だ何だと騒いでいるが、事実関係についての反論は聞こえてこない。要するに「身から出た錆」というわけだ。
もう一人、私が密かに注目している人物がいる。それは先に自民党を離党した渡辺嘉美氏だ。結局、自民党を出たもののいまだに同調者がないようで、今のところ「お気の毒」な状態にあるという。思えば、彼の父の渡辺美智雄氏も、一時は国民的人気を誇っていたが、結局総理になることなく逝ってしまった。小沢氏といい渡辺親子といい、どうも政治的センスのなさを感じる。これが個人のレベルや国内のレベルにとどまっている間は、被害を被るのはその関係者に限られるが、もし彼らが総理になっ(てい)たら、そのセンスのなさで被る被害は、日本全体に及ぶことになる。「加藤の乱」で物議を醸した加藤紘一氏にも、似た印象を感じる。
一方、政治的センスの良さという点では、最近では小泉元首相が一番だろう。また、渡辺美智雄氏の「親分」にあたりながら、その出世を影で邪魔したといわれている中曽根元首相も、政治的センスという点では、優れていたように思う。彼は在任中は「風見鶏」などと揶揄されていたが、結局のところ状況判断が素早く正確だった、ということだろう。彼らは首相在任期間が長く、対米関係も良好だったところなど、共通点も多い。
定額給付金も、法案の段階ではマスコミがこぞって攻撃したが、実際に支給が開始されると、皆も重宝しているようで、それを当て込んだキャンペーンなども目につく。それなりの効果はあったように思う。マスコミは小泉元首相をかなり攻撃する一方、小沢氏や渡辺氏らを過大評価するきらいがあったように思う。政治家の傍にいながら、彼らの政治的センスの良し悪しすらわからないとは、マスコミ関係者ほどいい加減な人種はいないように思う。
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最近、自民党で議員の世襲問題が持ち上がり、ちょっとした騒動になった。尤も、その後は例の「新型インフルエンザ問題」でかき消された格好にはなっているが・・・。
政治家の世襲というのは、基本的になくならないだろう。こうした問題がどうして急に持ち上がってきたのかはよく知らないが、世襲を認めないのは社会主義国に多い傾向で、そういう意味では危険な兆候ではないかと私は見ている。
考えてみると、医師というのも世襲が多い職業ではないだろうか?私自身は、親が医師ではなかったので、やはり親が医師という人が、ある部分ではすごく羨ましかった。ただ、診療科を選んだりするときに、開業医の子弟だとどうしても親の診療科を念頭に置かざるを得ず、選択の自由がないという点では、気の毒に思うこともある。
ただ、最近感じることは、開業医の先生が自分の子供に自分の医院ないし病院の跡を継がせるのは、全く問題がない、というより至極当然のことだと思うのだが、一方医学研究者に関してはどうだろう?当然、大学やある種の研究機関に属していなければ研究を続けることはできないのだが、こちらも案外世襲が多いように感じるのは私だけだろうか?大学や研究機関に有力者の子弟がたくさん残ってしまい、それらは一種の公的な機関であるにもかかわらず、そのポストが結局世襲されていく・・・。とすれば、それは政治家の世襲以上に問題が大きいように思う。なぜなら、それによって新規参入者は妨げられることになるし、何代も続けて優秀な研究者が出るとは考えにくいからだ。
しかも、政治家の場合は単に勉強ができればよい、というほど単純な仕事ではないが、研究者の場合はやはりある程度優秀な人間になってもらわないと、公的な機関だと研究費、すなわち税金の無駄遣いになっていまうし、日本の医学が国際競争に負けることにもなる。日本の官僚制度は、いつも批判の対象になるが、官僚になるための試験はかなり難しく、そのため簡単に世襲はできない。しかし、医師になるための試験は、官僚になるためのそれよりかなりハードルは低い。医師免許さえ手にしてしまえば、研究者になるか臨床医になるかは全くチェックがかからない。そこで世襲がおきているとすれば、やはり問題だと思う。
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以前、保護貿易が台頭してくるのではないかと妄想めいたことをブログに書いたが、どうやらそれが妄想とまでは言えなくなりつつある雲行きだ。
ロシアでは既に外国製品に高関税がかけられ、それまでロシアで売れていた日本の中古車が、今年に入ってからサッパリ売れなくなってしまったという。また、米国では、政府の支援金のおかげで、米国車だけ値下げが可能となり、ローン金利も0%で購入できる状況だという。いわゆる「Buy American」が法律だけでなく、政策レベルでも進行しているように思われる。
基本的にいままで貿易で稼いできた日本にとっては、深刻な状況だと思う。本当に第二次世界大戦前の状況にならないという保証はどこにもない。以前は、もし再び戦争になったら、日本は「勝ち組」に入らなければならない、と思っていたが、今は少し違う考えを持っている。
世界の中で、米国は唯一の超大国と言っていいが、国土の広さや世界に与える影響力という点から考えると、ロシア・中国はやはり大国だろう。日本は、海を隔てているとはいえ、この3国に囲まれているという見方もできる。強国に囲まれながら独立を保った国、という観点から歴史を考えたとき、スイスという国が自分の頭に浮かんだ。
現在は、欧州自体がひとまとまりになって、ようやく米中露に対抗しうる規模だが、第二次世界大戦前は、欧州各国は文字通り列強で、英仏独伊は一つ一つが大国だった。こうした国々の中にあって戦争に巻き込まれなかった唯一の国、それがスイスだと思う。山に囲まれているという自然の利点があるとはいえ、あのヒトラーでさえ手を出さなかった。
戦前、日本は米国の策略にひっかかって、戦争へと引きずり込まれて行ったが、今度同じ道を辿ってはならないと思う。スイスのように、永世中立国のようにはなれないものだろうか?スイスは戦争に巻き込まれなかったため、過去の蓄積が破壊されず、現在に至るまで非常に豊かな国だ。一方、各種国際機関の本部も置かれている。今の日本人は「国際」という言葉に弱いように思うが、もし今後日本がアジアでスイスのような存在になれば、国際機関の少なくともアジアの本部は、日本に置かれるようになるのではないか?
今回の世界規模の不況で、「少子高齢化」や「人口減少」といったことがあまりニュースにならなくなったが、私はむしろ日本の人口が減るのは望ましいことだと思う。高齢化して労働人口が減ることも問題視されていたが、雇用のない今となっては、むしろ追い風とさえいえる。これからの日本に必要なのは、これまでのやり方で戦後の繁栄を維持することではなく、産業構造を転換し、人員を再配置して、製造業と貿易一辺倒で稼ぐやり方から脱却することではないかと思う。
一時は、移民を受け入れてでも労働力を維持して、などと言われていたが、今回の不況でそうした意見は影をひそめてしまった。医療の現場でも、外国人看護師の受け入れが始まったが、やはり少し早まったのではないか?医療・介護ともマンパワーが不可欠なのに、慢性的な人手不足が続いている。高齢化が進むと言われているこの国で、明らかに成長が見込める分野ともいえる。やっと、医療費抑制政策の見直しが始まったようだが、今後は医療・介護に資金を投入すれば、雇用問題と高齢化問題を一挙に解決することができる。国民に優しい国、それこそが日本が目指すべき国家像ではないだろうか。
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来週、米国ではオバマ新大統領がいよいよ誕生する。その国務長官に就任するのは、彼と民主党大統領候補を争ったヒラリークリントンだと知った時には、随分驚いた。
今頃になってどうしてこんなことを書くかというと、先日ふと田中真紀子元外相のことを思い出し、よく考えてみると、ヒラリーとやや共通点があるような気がしてきたからだ。田中氏の場合は、父親が元首相で、自身は「改革なくして成長なし」のスローガンを掲げて登場した小泉政権で外相を務めた。一方、ヒラリー氏はというと、夫が元大統領で、今回「change」を掲げて登場したオバマ政権で国務長官、すなわち外相を務めることになる、という点だ。
どうも、私は以前からヒラリー氏のことが好きになれない。有能な女性であることは間違いがないと思うが、自己主張が強く、ヒステリックな印象を受ける。田中氏の性格ともダブるところがあるように思う。国務長官ということは、当然外交を担うわけで、日本とも関係してくる。夫のクリントン元大統領は「ジャパン・パッシング(日本飛ばし)」で中国重視の人物だった。彼女がどういう考えを持っているかはわからないし、最終決定は勿論大統領が行うわけだが、日本にとってあまり好ましい人物ではないような気がする。
ただ、過去の米国の女性国務長官としては、オルブライト氏とライス氏がいたが、2人ともあまりパッとした印象はない。特にライス氏は補佐官時代の方が存在感があったように思う。したがって、ヒラリー氏が、いわばかつての敵だった人物の政権下で、どのくらい実権があるのかはわからないが、私個人としてはあまり活躍しないことを密かに期待している。願わくば、田中氏と同じように途中でドロップ・アウトしてほしいと思っている。
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麻生内閣の支持率が20%を割り込んだ。政権としては早くも危険水域だが、また自民党内で首相が交代しても事態が改善するとは思えないし、仮に民主党が政権を取っても、自民党が最大野党として残れば、立場が逆転するだけで、これまた細川内閣の二の舞になる可能性も否定できない。
そこで、以前から指摘されていることだが、地方分権を進めていくしか活路を見いだせないのではないかと思う。何か政策をひとつやろうとしても、1億3000万人の総意を得るような政策は、立案も実行も難しく、さらに時間を要する。迅速な意思決定が求められる現在のような情勢において、だからといって強力なリーダーの出現を望むのはむしろ危険で、地方への権限移譲によって、各地域の必要度の高いものから迅速に取り組んでいくのが現実的ではないかと思う。既に県知事レベルでは、「善政」を行っている、または過去に行った人が何人も出ている。
ただ、現在の都道府県が確定した時と現在とでは、交通・通信手段の発達度合いが格段に違う。それに県単位では、東京や大阪以外ではやはり影響力が小さい。そこで道州制ということになる。国から区割り案が3つ出ているが、どれでもよいので、現在の都道府県を廃止して、中央からの権限(人材や予算を含む)を委譲して、もう少し小回りの利く形にしてはどうだろう?意思決定が速く進む分、いい政策も出てきて実行されやすくなり、それを見た他の道州が真似をする、といういい循環が生まれるのではないかと期待する。
最も変わるように思うのは警察である。現在、警察は県警単位で、県をまたぐような犯罪には、警視庁(いわば東京都警)は別格として、かなり弱い。道州単位で警察ができれば、広域捜査などにもかなりの威力を発揮するはずだ。
ただ、逆に医療に関しては、都道府県単位の時よりも、施策の目が荒くなる可能性もある。それを補う意味でも、市町村がしっかりしてもらわなければならないが、「受け皿」となりうる自治体が、一体どれだけあるのだろう?いわゆる平成の大合併で、市町村数はかなり減ったものの、政令指定都市クラスはともかく、十分な施策を実行しうる規模を有している自治体ばかりではない。町村がなくなって市ばかりになればよいとまでは思わないが、各道州が目の届く程度の数にまで減らないと、現状では割りを食う地域が出てきても不思議ではないような気がする。
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最近はなかなか本屋に足を運ぶことができなかったが、年末年始の休暇に、やっと少しゆっくり本屋に足を運ぶことができた。
昨年9月の「リーマン・ショック」を受けてか、10月以降に発刊された本や雑誌は、概ね今年は世界的な不景気が更に深刻化し、ドルの価値が下落する、という論調のものが多い。
世界恐慌といえば、もちろんあの1929年10月に始まったそれを指す。当時と今とでは状況が大きく違うので、同じコースを辿るとは思わないが、「歴史は繰り返す」との諺もある。あの時は、結局、アメリカ・イギリス・フランスなどの「持てる国」が保護貿易に走って、ドイツ・イタリア・日本などの「持たざる国」が全体主義化し、世界恐慌から丁度10年後の1939年に第二次世界大戦が始まったのだった。そして、世界恐慌による不景気は、結局戦争という形で清算されたといってよい。
現在、全体主義、とまではいかなくとも、民主的でない国は、特に発展途上国には多い。北朝鮮などはその代表格だが、ただ実際に世界経済に影響を与えうる、という観点からすると、こうした国にそこまでの力はない。私が個人的に気になるのは、ロシアと中国である。この2国はまだかつてのドイツとイタリアのように連携はしていないが、この2国の経済情勢が深刻化し、欧米諸国との間に溝ができると、領土も広く、軍事力もあることから、本当に世界が戦争に巻き込まれる可能性も、全くないとはいえないような気がする。
その時、日本はどうしたらよいか?となると、勿論勝つ方につかなくてはいけないのだが、海を隔てているとはいえ、ロシア・中国は隣国でもある。アメリカと組めば(というより現在の構図ではそうならざるを得ないが)、この2国からミサイルや核弾頭が飛んでくる可能性もある。かといって日ロ中三国同盟など、第二次大戦の悪夢の再来である。
今月、アメリカではオバマ新大統領が就任する。各国の期待は大きいが、ブッシュ大統領がかつてのフーヴァー大統領だとすると、オバマはルーズベルトになれるだろうか?まずは、アメリカが保護主義にならないことを祈りたいが、この時期の共和党→民主党への政権交代といい、オリンピックの開催時期(夏季:ベルリン→ロンドン中止、北京→ロンドン;冬季:コルティーナ・ダンペッツォ中止、ソチ開催予定)など、過去との奇妙な類似点も多い。アメリカが北米で、EUがヨーロッパでそれぞれ保護貿易をやり始めたら、欧米の市場から締め出された日本が中ロに接近する可能性も皆無とはいえない。そうなれば、我が国には最悪のシナリオが待っているように思える。今度負ければ、今度こそ日本という国が、世界からなくなってしまうかもしれない。
・・・と、少し妄想が過ぎたかも。
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航空自衛隊の幕僚長だった田母神氏が、自身が発表した論文の内容が不適切だとの理由で更迭されたことは記憶に新しい。御本人が、昨日「TVタックル」に出演されているのを見た。
あの番組は、テレ朝がやっていて、大元があの朝日新聞なので、左寄りの出演者も混じっていたが、どちらかというとレギュラー出演者は右寄りの人が多い珍しい?番組である。
各コメンテーターは、それぞれの立場から、田母神氏を擁護もしくは批難していた。当然、共産党は彼を攻撃していた。立場からして当然だと思うが、それ以外の政党の議員の口からでる言葉の中で、私が最も奇異に感じたのは、「村山談話」に対する各議員の姿勢だった。
これは、1995年に当時首相だった村山富市氏が、戦後50年の節目ということで、東アジア諸国向けに行った、いわば謝罪の意味を込めた談話で、今回の議論では、この談話が金科玉条のように、あたかも「憲法九条」と同列であるかのような認識でいる議員が民主党内にもいたことに、私は少し驚きを感じた。村山氏は当時社会党委員長で、自民党・社会党・新党さきがけの連立政権下で首相だった。今の民主党内には確かに社会党や新党さきがけ出身者もいるせいなのかもしれないが、当時最大野党だった新進党の出身者も多いはずで、いわば当時敵だったはずの与党側の首相の談話を、今回のように錦の御旗にしているのは、どう見ても滑稽と言わざるを得ない。
また、田母神氏が触れた、自衛官が現在置かれている立場ということに関しては、どこか現在の我々医療関係者と似ているのではないかと感じた。政府は相変わらずのその場しのぎの対応に終始し、国民も無理解、というのは、まさに同じ構図ではないか。しかも、自分の信念を述べたらクビ、というのでは、全く浮かばれないではないか・・・。これが彼個人の特殊な思い込みではなく、一般の自衛官の声を代弁しているものだとすれば、政府・国民ともその重みというものを噛みしめなくてはいけないのではないか?
このほか、文民統制ということも議論になっていたように記憶しているが、今回問題の論文の審査委員長だった渡部昇一氏が雑誌か何かで書いていたのを見たが、あのヒトラーも文民だったそうで、文民統制さえしていれば万事OKというわけでもないようである。確かに、あのイラク戦争でも、開戦を主張したのはチェイニー氏やラムズフェルド氏といった文民であって、パウエル氏のような軍出身者のほうが開戦には慎重だった。
国防や医療は、その国の根幹をなすものだと言ってよい。そこに携わる人間やその意見が、この国ではかなりないがしろにされているのではないか?そして、どういうわけかマスコミは、そうした人間を敵視する傾向があるような気がしてならない。そう感じるのは思い過ごしだろうか?
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小泉元首相が次期衆院選への出馬をしない意向を発表し、引退することが先日報じられ、私自身も非常に驚いた。
小泉氏に関してのマスコミの論調は厳しいものが多いように感じた。医療関係に関しても、彼は現在の「医療崩壊」に繋がるいくつかの政策を実行してきたという側面は、確かにあるように感じる。
しかし、あの時「小泉構造改革」をやらなければ、日本はどうなっていたか?おそらく、強者も弱者も、勝ち組も負け組もなく、一緒に沈没していたに違いない。確かに彼の政策には「弱者切り捨て」の一面があったかもしれないが、全体が沈んでしまうことを防ぐために、やらざるを得なかった部分はあったように思う。彼はそれを果断に実行したという点で、やはり日本を救った人物であり、高く評価されてしかるべきだと思う。
現職中は「サプライズ人事」など、数々の手腕を発揮したが、今回の引き際も見事だと思う。麻生内閣の、昔の自民党を彷彿とさせる組閣を見るにつけ、その思いはさらに強くなる。また、彼は強運の持ち主だったような気がする。当時、あらゆる面で世界最強と目されていた米国のブッシュ大統領との個人的な信頼関係を築き、米国と良好な関係を維持した。「米国の犬」などとマスコミは揶揄したが、あれだけ自衛隊を危険なイラクやアフガンに派遣しても、自衛隊からは誰一人犠牲者が出なかったし、自衛隊も一発も現地の人間に銃弾を発射せずに済んだ。
その後、イラクに大量破壊兵器がなかったことが判明し、イラク戦争の大義がなくなり、ブッシュ大統領の権威は大きく失墜した。サブプライムローン問題に端を発した今回の金融危機が起きるまで、もし彼が首相を続けていたら、それこそ彼はブッシュ大統領の「犬」と言われても仕方がないかもしれない。しかし、彼はその前に首相もあっさり辞めている。そういう意味では、小泉氏のような強運の持ち主を失ったブッシュ大統領のほうが、痛手が大きかったとはいえないだろうか。
ただ、今後の方向性としては、小泉改革で切り捨てられた部分の手当ては、どうしても必要だと思う。日本の金融機関も、今回は米国の金融危機を助ける側に回っており、そういう意味で以前のような危機は脱しているのではないか(尤も、預金金利を以前のような数%程度にまで上げずに暴利をむさぼっていたのかと思うと、許せない気もするが…)。小泉氏の引退は、小泉改革そのものを修正する時期が来ていることを、彼自身が示唆しているようにも思えてならない。とにかく、こういうリーダーを国難の時期にもてたことは、日本にとって幸運だったと思うし、その意味でやはり敬意と感謝の念を抱かずにはいられない。本当にお疲れ様でした・・・。
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先日、4年ぶりにパソコンを買換え、Windows Vistaパソコンを購入した。これまでVistaについてはあまりいい評判がなく、正直なところ不安だった。それでも買い換えようと思ったのは、前のパソコンがシングルコアだったためか、ウイルススキャンなどの時間になると、ほとんどこちらの言うことをきいてくれなくなるためだった。
まだあまり時間がたっていないのでこれから評価が変わる可能性もあるが、巷の評判とは裏腹に、今度のVistaはやはり素晴らしいと思う。特にネットワークの設定などがXPの時より遥かに楽だし、Office2007とはやはりXPよりもVistaとのほうが相性が良いように感じる。また、XPからのデータ引き継ぎも、Outlookの予定表以外は難なく引き継ぐとこができた。
やはりこうした機械類というのは進歩するもので、前のバージョンのほうがよかった、ということは殆どないのではないか?むしろこちらの慣れの問題が大きいように思う。
今のところ、新しいパソコンの唯一の不安は、HDがC disc1枚しかないことだ。前のパソコンはCとDの2枚だったので、大事なデータをDのほうにバックアップするなり、最初からDのほうに格納するように設定を変えていたのだが、今度はもしコンピュータがクラッシュしてリカバリが必要になると、大事なデータが全て消えてしまう可能性がある。一応手持ちの外付けHDにバックアップを取るようにはしたが、やはり不安だ。こうしたことはカタログ等にあまり記載されていないので注意が必要かもしれない。
もうひとつやや期待外れだったことは、HDMI経由でTV画面にパソコン画面を映し出したときのことだ。やはり普通のモニタに比べると画質が良くないように感じる。確かに、カタログ通りの解像度にはなるものの、TVに映し出したパソコン画面は見にくい。「新聞紙を壁に貼って読むようなもの」と書いてあった雑誌があったが、本当にそういう感じがした。もう1台あるXPパソコンを買い替える時には少し考えたほうがよいかもしれないと感じた。
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