イスラエルからなにやら、とても「権威ある」文学賞を贈られたそうだ。
イスラエルのパレスチナ爆撃から、この受賞にたいし、とある団体から反対運動があり、村上春樹は説得されたそうだ。
しかし、彼はイスラエルに赴き、そして、演説した。
隠喩?の多いわかりにくい演説だが、はたして、いくつかのかれの行動パターンを考えるに、これが、かれの命を守る上ではベストだったのではないかと思われる。
もし、受賞拒否したら、きっと、暗殺されていただろう。
仮に受賞しても、直接的にイスラエルを批判すれば、やはり暗殺されていただろう。
しかし、イスラエルを賞賛し、受賞に歓喜あふれれば、日本に帰り、批判をあび、場合によっては作家人生を失うかもしれない。日本人は媚びるヤツが嫌いなのだ。(自分はアメリカに媚びるくせにね。)
そもそも文学賞を贈るイスラエルの団体や主義は、どちらかと言えば、人道的で、革新的であろうはずなのだ。だとすれば、戦争に否定的な立場をとるイスラエル人も中にはあろう。
すなわち、村上春樹が生きる道としては、文学者の仮面を思い切りかぶり隠喩で表現することが、かれの思想の本質は別にして、命をまもるためには適切だったと思う。
私は「ノルウェーの森」以外彼の本は読んだことがないが、これを読んで思ったのは、「そんなたいそうな作家じゃない」ということだ。
この本の本質は私的に言えば、「迷わすなら若者と女よ。年寄りは迷わんから。」と言うことになる。
だから、それを贈る賞も、そんなたいそうな賞じゃないだろうとは思うが、日本では受賞が大騒ぎになっているのではないか。
もし、本当に彼が「卵の殻の側に立つ」のであれば、どういう行動をすべきだったのか。
やはり、テレビなりマスコミで、「非人道的爆撃を繰り返すイスラエルの賞なんて、受け取れません。」と言うべきだろう。
「ノルウェーの森」的解釈では彼にそんな度胸はない。
無論、私にもない。
(おまえが一番、ひきょーだー。)
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