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2008.10.04 17:31 |  診療  |  おっさん  | 推薦数 : 1

頭痛があれば、何でも頭部CTという流れ

例えば、クモ膜下出血の見逃しで、「そしょー。」なんつう、話しはいくらでもありますよね。

理学所見も、神経所見も、病歴も、医師の診察技術も、全部、どーでもいいから、とりあえず、頭部CTって、そういう、急性期病院、またそういう指導医と研修医って多いと思うんです。

でも、思うに、おそらく、人種も、経済力も、大人も子供も、男女も、そのとき、暴れていようが、全部関係なく、とりあえず、何でもいいから、「念のために」頭部CT(場合によっては頭部MRI)をとる国は、世界でただ一つ、日本だけだと思うのです。

それで、見逃したら訴訟で負ける、、可能性がつよい。

杏林大学の割り箸事件の影響も大きいだろう。

でもね。こういう事を忘れている。

・検査の7割は税金でまかなわれる。

・医者の診察技術はどーでもよくなり、下がる。

それで、つまり、何が言いたいかというと、まず、こういう医療は経済力がなければ、そもそも行い得ない、医療であるということ。訴訟をおこす患者の側は、「日本に住んでいる限りどんな人間でも世界最高の医療が受けられるものだ。」という、妄想にかられておりますので、また、どんな病院にも、どんな救急にも最高の医者がいる、と思いこんでおりますので、そういう事態になってしまう。死、そのものが、違法、なのだと、そういう感覚になってしまっている。

私自身は、日本が検査、薬、漬け大国になってしまった今、逆に生身の医者の診断技術はかなりおちてしまったのだろうなと、そう思う。たとえば、それは、検査器具がない慢性病院で、あるいは医院、等で試される。あるいは、なんでもいいから、救急におくってしまえ、的な医者が増え、それが、救急病院、勤務医の疲労をさらに増やす。

防衛医療。。。

いまの、こういう医療体制を維持するのには、国家政策的には、診療報酬を削るしかないという、ところなのだろう。国民がそれを選択したのだと、官僚側は思うことだろう。

医者の診察技術など、等の昔に信用されなくなっている。日本では診察技術で教授になった人はいない。だから、教えることもできなかったし、おそらく、日本のとくに国立の大学教授は米国のチーフレジデントクラスの医者にも、診察技術では勝てないだろう。患者は、いつも、自己判断で、あの薬くださいとスーパーでものを買うように訴え、自分は気管支炎なのだとか、そうことを、医者の前で言う。こういうことで、仕事が虚しいと感じる医者も少ないのではないか。患者様だから、当たり前だと。

しかし、わたしはこう思う。地球上で、おそらく日本しか、おこなっていない、特殊な医師、患者関係のなかでは、これがもしかすると、異常かもしれない、破滅への道をあゆんでいるのかもしれないと、感じることも必要ではないかと。

小さな異常がガン細胞のように大きくなりやがては、全体を蝕むのかもしれない。

2020年に日本の貯蓄と国債がイーブンになり、破滅すると、ミスター円の榊原が言っている。

おそらく、確実にそうなると思われる。

そのとき、医療は壊滅し、多くの医者は路頭に迷うだろう。

いま、この瞬間にもとられている、膨大な、頭部CTのフィルムは何を意味するのだろうか。

 

 

 

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