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思わなかったですよ。

土下座して、「謝れ」だと、家族に言われて、自然な気持ちでそうしたと。

みなさん、土下座の経験あります?

 

もし、自分の立場だったらどうだろう。わからない。経験した家族の立場でないとわからないと思う。

わからないけど、加藤先生はほんとうに悪かったと思って、土下座しており、毎月、患者の命日に祈りを捧げている。

でも悪いのは、先生と言うより、もはや、防ぎようのない、事故というべき、事象なのだ。しかし、なにか悪かったかも、という、そういう真摯な気持ちで、謝ったんだと思う。

本来、病状説明で納得すべき話しだったかもしれない。部長もあわせて、説明に行っているわけだし。 

死亡診断書を書いた患者さんのために、毎月祈っている先生って、います?

いるかも。私は、そういうことはしてない。

とんでもない事故に巻き込まれたことはある。が、毎月そのために、祈ったことはない。

 

加藤先生ははたして、まともに仕事ができるのだろうか、いまの、乱発PTSDは問題だが、訴訟を受けた医師はそれに近い状態になる人がいるという。

加藤先生にも親がいる。

患者家族の「親としてどうのこうの。」というセリフが、かりにあったとして、じゃ、加藤先生の親御さんの立場からしたらどうなのだろうか。

無罪、その判決をかちとったのに、うちの息子をどうしてくれるんだと、こんなに、うちの息子を傷つけた、警察、検察、亡くなった患者の家族。

検察は控訴しないだろう。

もはや、医療費削減政策の「小泉内閣」ではないからだ。総理大臣にごますらんでいいし。

場合によっては、起訴した検察官はどっかに飛ばされるかもね。スケープゴート的に。かわいそう。おまえもある意味、政策の犠牲者やね。官僚の悲しさ。ウートウトウ。

実は、「病院に行けば、どんな人でも、どんな病気でも、いつでも治してくれる。」という、日本政府の誘導した、妄想的プロパガンダが、問題であり、それを追求するのが、本来の目的であるべきなのだが、そういうところに目はむけられず、怨嗟感情の応酬で話しが終わろうとしている。

これは、日本的事件のいつもの収束パターンである。

こんな希な妊娠でも、適切で高度な医療を施してくれるのが、当たり前であるはずという妄想を、患者とその家族はもっていたはずだ。しかし、それが、とんでもないウソで、もはや医療業界がそんな高度なことを迅速にできるはずもない、あるいは、よっぽど業界に詳しく、知恵を使わなければそんなことが不可能であることも、一部の国民は知っている。

もちろん、日本の医師の水準が、これまでの医局講座制、製薬会社の宣伝、検査第一主義などの弊害により、「ちょっと、えー、おっさん、こんなんでだいじょぶ?」みたいな感じになっていることは反省しないといけないが、加藤医師がそういう、問題のある人だった印象は、(あくまで印象だが。)ない。

だいたい、そういう医師は、毎月、おがんだりしない。

 

とりあえず、いろんな事を考えたが、、土下座までしたとは。

正直、それを聴いて、なんて真面目な先生なのだろうかと、感動する一方、そこまでやらされるのか、人間としての尊厳、プライドは?ということを考えてしまう。

 

昔であれば、「この経験をいかして、今後の医療の知見を発展させたいと思います。」で終わっていたものが、解剖もさせず、診断書の違反で、別件的に逮捕して、拘留、いじめまくると、これで、普通の、私のような図々しくない、真面目な先生が、今後ちゃんと仕事ができるのだろうか。

とても心配である。

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