この事件はあまりにも有名なので、みなさんもご存じだと思うが、精神鑑定の結果が鑑定人それぞれ、「人格障害」「解離性障害」「統合失調症」と割れたことでも評判になった。
この鑑定書は、秋本ハルオ元東大教授の「刑事精神鑑定講義」という本で読んだ。
わたし、思いますに、たぶん、世間では有名事件で精神鑑定が行われるたびに、「精神科医って、うそっぽい。」と思われているのではないかと。
私も、そういう意見にどう反論していいのかわからなく、なるときがある。
それと、自虐的にこの本にも、そうやって、鑑定が割れたことに対して、精神科への不信感がつのることを危惧している、一文が載っている。
いま、医療観察法という法律が施行されたせいで、実はちまたでは、「にわか、精神鑑定医」が増産されておるとききました。
全部が全部重大事件ではないというが、ぶっちゃけ、やはり、医者にもいろいろおるのは事実だし。
ほんとにおまえで大丈夫?みたいな人もおるし。
操作的診断学ではとてもじゃないが、司法精神医学は対応しきれないと思う。
いわゆる記述精神医学的なトレーニングを多くの精神科医は受けなくなったと思う。加えて、今の研修医のように、内科、外科をまわってない人も多いだろう。だから、だから、体は他科へまわせ、的な医者?も多いし、それが、診断力を下げている一因ともとれる。今の日本の教授選では臨床的能力を問われることはない。
若干の変革や私立大学では、そうでもないかもしれないが、多くの教授は「論文審査」をへて、教授になるのである。
だからそうやって、教授になってしまった人が、司法精神医学を教えきれるとはとうてい思えない。また関わろうともしないだろう。ますます、鑑定できない、しない、医者が増える。あるいは、にわか鑑定でしたとしても、その水準は時代と逆行するかのように、下がってしまう。
宮崎勤の鑑定人はいずれも、その筋では有名な人ばかりである。こういうひとたちでさえ、こうなってしまう現実の中で、なさけないやら、悲しいやら、でも精神医学は難しいのよ、とかすかな抵抗を試みたり。
個人的には、全部の鑑定書を読んだわけではないが、「解離性障害」を指摘した鑑定書にシンパシーを感じる。この先生は解離症状がある、と言っているので、基礎は、、不安、被害的な人格で、それに付随して、敏感関係妄想や解離症状が出現したと述べているのであって、解離障害、多重人格それそのものを単独診断名としてない。文章診断名というのは精神科ではよくあることなのです。それが世間的にはまどろっこしくて、理解されにくいため、「はやりの」この言葉が、流布してしまった、というのが現実だと思う。
そういう、世間的な流れまではおそらく予想できなかったのだと思う、この鑑定医の先生は。。
できないよね。
日本の病院病床の大枠をしめる、「精神科病院」。すなわち、精神科医療。。。
この問題は小さくないっす。
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