2008.06.11 08:56 |  診療  |  おっさん  | 推薦数 : 1

秋葉原、無差別大量殺傷事件

正直、こんな事件が起こっていいのだろうかと、すごく胸がいたむ。

何の罪もない、また何の予測もできない、防ぎようがない形で命を落としてしまう。

自分が当事者だったらと、あるいは自分の身内が事件に遭ってしまったらと、こわい。

また、謝罪する両親も悲惨な運命をたどる。

宮崎勤の身内は何人か自殺している。

こういう事件が起こってしまうのは、なぜだろう。

視聴率稼ぎのテレビは適当な事を言う。

胡散臭い「精神科医」や「犯罪心理学者」が出てきて、自分の「空想」を物語る。

不況のせい?

学歴社会の中での挫折?

派遣を首になったから?

もしかすると、精神科の病気?(敏感関係妄想?)

弁護側が鑑定を申請するかもしれない。

しかし世論が、「心神喪失」をけして認めないだろう。

それこそ、裁判官は「天誅」で命を落とすかもしれない。

もし、わたしが被害者の家族であったら、犯人に復讐するかもしれない。今の法制度では被害者になんら、ケアがないからだ。

しかし、国としては、建前上、こういう犯罪が起こらないように、政策?を考えなくてはならない。

本村さんの事件にしてもそうだが、裁判が被害者の復讐の場になりつつあるのが今の世論だ。

しかし、それでこうした事件がまた起こらないと保証されるのだろうか?

被害者、あるいはその家族のケアをすることと、「復讐」は同じ土俵の上に立つべきではない、とわたしは思っている。

被害者の気持ちの整理なんて生きている間、つくわけない。つくわけないのだが、生きていくために、安心し理解しようとする。何でこんな事件が起こってしまったのかを知ることや、経済的補償もいるかもしれないし、あるいは、ポストベンション的に精神科が必要かもしれない。

とにかく、そういう、被害者のケアが今の法律では、なんら実行されていない。やられ損なのだ。

これを今の国の風潮は、被害者の復讐心を煽ることで、また司法もそれに答えることで、「不安の多い社会」「攻撃性のつよい社会」を作り、飛躍するようだが、警察権の拡大、訴訟の増加や軍事費の増大に拍車をかけようとしている気がする。

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