どこもかしこも、禁煙になってきている。
自動販売機でタバコを買うときにも、カードがいるらしい、これからは。
また、アメリカのマネのようである。
わたしは吸わないので、別にかまわないし、はっきり言ってその方がよいが、しかし、なんか、堅苦しく、住みにくい世の中になってきつつある。監視社会、それがどんどん進んで行っている。
日本たばこは反論しないのだろうか。
税金も減るのだよ。
だから、中国餃子のような食料業界に進出したのだろうしなぁ。
タクシー、食堂、そのうち、タバコを吸っている人は所得税とか多くとられるかもよ。
医療保険をたくさんとろうという案はあるらしいね。
あるいは病院受診の時、診察料が高く設定されるとかね。
そういうことのための布石かもね。
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日本裁判官ネットワークという団体?を知っている人は少ないと思うが、この団体はおそらく、1960年代に、司法修習生の青年協という団体から裁判官のそれ、につながる司法界のながれに対して、政治的圧力が加えられ結果、「左翼的」とみられた運動が頓挫した経緯があり、より、弱い、団体としての呼称ではなく、ネットワークなどとして、集合した組織である。無論、この団体が政治思想を中心としたそれであるかは知らないし、おそらくそうではないと思う。ただ周囲はどうみるかというのは、また別だ。
おそらくこの団体に属している裁判官達は、業界のはぐれ者であることが予想できる。
しかし、それにしても、彼、彼女らの生活ははたして、これが人間の生活であろうか?
3年ごとの転勤。
地域、社会との交流はほとんどなく。
判決は自宅で、一人で、だれの干渉も受けずということ、しかも、最高裁に人事権をにぎられ、常にその目を気にして書く。
清廉潔癖が求められるため、酒のんで酔っぱらって、欠勤したり、部下の調査官とどんちゃん騒ぎしたり、なんらかの団体に属したり、政治的意見を言ったり、それがすべて、陰に陽に「上」からの注釈が入るというのである。そして、出世できずに、地方で一生終わる人がいると、給料も永遠にあがらず、、、。それはつまり反抗的な人種と思われたときだ。
昭和50年代の免田事件にはじまり、一連の死刑から逆転無罪判決が出まくった頃、検察による圧力がつよくなり、いまでは再審の道はほとんど閉ざされているという。
一人あたり、200から300の案件をかかえ、その処理の具合が裁判官の成績になるという。
質より量なのだ。こんなことがまかり通るのだろうか?
世間的には了解不能な判決が出たとしても、これは至極当然のことである。
裁判官には、出した判決によるその後の責任や被害者の立場、をまったく考慮する必要がなく、これにより罰を受けたり、減俸されることはない。つまり、完全に守られ、行為に対する責任から逃れているのである。無論、高裁、最高裁にのぼったときに最初の判決が断罪されることはあり、それがその裁判官の勤務評定、となることはあるようだ。
こう考えていくと、例えば、靖国裁判で違憲判決をだした裁判官が自殺したり、山口母子殺害事件で、無期懲役をだした裁判官が名指しで罵倒されたり、こういう構造の中では彼らでさえ悲惨な末路をたどるのだなと、それも当然の成り行きになってしまうのだなと、ため息をつく。
こういう事では、上や世論ばかりを気にして本来の法律に基づいた裁判などできるわけもない。
こんな職業を目指して日夜司法試験に励む、若者がいるとは。そもそも裁判官が好きだとして、その本来の業務がこの制度下では全うできるはずもないのだ。希望をもって入った人間ほど絶望するだろう。
医療業界の崩壊が叫ばれているが、司法業界は最初から崩壊していたのだと思う。それが訴訟社会を産まない土壌だとしても、こういう裁判官の生活がはたして、人間としてまともだと言えるだろうか?大いに疑問である。
それにしても、訴訟が医者をおどすようになってきたが、訴訟をおこされてもしょうがないような医者がたくさんいるなと感じるのはわたしだけだろうか?
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