2007.11.06 18:11 |  仕事 / 職場  |  生活 / くらし  |  おっさん  | 推薦数 : 0

ベトナム戦争と朝鮮戦争

よく、日本は繁栄しているだとか、世界第2の金持ちだとか、経済大国だとかいわれているが、わたしのなかでなんだかいつまでたっても忙しく、せわしいと感じるこの国がはたして、はたしてそんな豊かな国なのだろうかと疑問に思っていた。

それで、物質的な豊かさと精神的な豊かさが相関するのかという問題につきあたるのだが、それはある程度まで相関し、しかし、その後乖離していくものだという、そんな印象を持っている。どういうことかというと、お金はあった方がいいが、あればあるほど幸せではなくて、ある程度のところで、物質的に導かれる幸福感はプラトーとなり、それ以上の幸福感というのは、もはやお金の力たりえないということ。それは社会学の本でも読んだことがあるが、だいたい年収800万以上が分岐点だと。もちろん、その800万が余裕の800万なのか、朝から晩まで働いて命を削りながらの800万なのかでだいぶ違うとは思うが。ようするにそういうことだと。

日本人はかつて、中流意識?というのをもっていた。いまそれは、見事なまでに崩壊し、富裕層と中間層と貧民層とでわかれてきている。その割合は当然のことながら富裕層ほど少ない。この3層はまたさらに3層にわかれるそうだ。一番下の人々はおそらく餓死するしかない。ご存じのように生活保護の打ち切りとして、報道されているとおりだ。

物質的な豊かさに赴くあまりおそらく、ヨーロッパ的な「人生の意味」だとか「哲学」だとか、「文化的な生き方」とか、そんなものはとりあえず忘れ去られ、時として嘲笑の対象であったと思う。しかしながらその弊害が、今たくさんの自殺者や世相の翼賛体制化として生じてきている気がしている。

日本人の鈍感さはおそらく、日本の戦後の繁栄が表題の戦争によってもたらされたということをまったく意識していないからだと、少なくともその一端はあると考えている。遠くでおこっていることは想像できないのだ。日本が前線基地となり、沖縄はなかでも重要な中継基地だった、アジアの人を共産主義の拡散を防ぐことを目的として殺しまくったのだ。戦後の特需はすべてアメリカ主体の戦争と結びついている。思想的には天皇制の保持である。経済的には冷戦構造の支持である。

もはやアメリカは日本を戦争協力者としてサポートする必要はなくなり、逆に奴隷化しいいなりになるよう、もっとお金を出すように、そういう関係作りをしている。軍隊を出す必要はなかったのだ。だから、冷戦構造が崩れるまでは9条の問題はおこらなかった。少なくとも表向きは。

しかし日本が本格的に戦争協力をするにあたって、それはまったく特需を誘発しない純粋な奴隷国家としての協力体制だが、したがっておそらくなんにもうまみはないだろうが、(というかないどころか、アラブの人からは敵視されてきている。)とにかく、平和呆けからの脱却と戦争してもよい国へ国民を教育することが急務なのである。小泉はおそらく、田中角栄が作った、イランとの石油ラインをねらい打ちする形でアラブ諸国との関係を切ったのだと思う。経済国家、軍事力というだけで戦争ができるだろうか、これでは太平洋戦争の焼き増しだ。物資がない。それが戦争に負けた最大の理由なのに。

冷戦構造より後におこったアメリカの戦争で、日本はなんら、特需を経験していない。バブルはプラザ合意によるもので、戦争とは直接は関係ないだろう。戦争でうまみを吸う時代が去ったにもかかわらず、つまりアメリカは日本を経済的には敵国としているにもかかわらず、あいもかわらずアメリカに寄りかかろうとするこの国の体質。おそらく、先の参議院瀬挙で、ある意味そうしたグローバリズムに反対を唱えたろうに、またテロ新法よろしく、野党の党首までもがアメリカの手先になろうとしている。国連の決議に基づく?国連がアメリカなのだ。

「日本人と戦争責任」斉藤貴男、森達也を読んでほしい。

 

固定リンク | コメント (1) | トラックバック (10)

おっさん
More プロフィール

Search

Calendar

<< 2007/11 >>
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30

トップページ

Doctors Blog

ブログの購読

新着コメント

新着トラックバック