よく、メダカ社会といわれますよね、日本って。
宮沢元総理が死ぬ間際のインタビューで言ってた、日本人ってもうちょっと自分で考える癖をつけた方がよいのではないかと。何に対してそういっているのか、暴走した推理をすれば戦中の軍部の暴走に対してそういっているのか、誰もものを言えなかったそういう時代、ちょっと外側からみればおそらく、無意味な戦争だってわかってたのに、とか、いろんなことを考えた。
精神科に関してだけど、薬剤はもとより、治療構造とか戦略とかなんか、カタカナが多くて、「最近はこういわれている」というその「最近」のリソースがだいたい外国の治療法だったりする。ふーん、なるほど、と思うこともあれば、なんでこいつなんでもかんでも「海外では」をまくらことばにすんのかな、と疑問に思う演題もあるし。
他科はどうでしょうか。
アメリカの診断基準とか治療方針だとか、なんだかんだ言ってとりあえず、「アメリカ」って感じが、日本の医学ってあまりにもおおくないすか?
確かに、あの経済力とか自由な雰囲気(最近、そうでもない?)のなかではおそらく最新の研究という意味ではアメリカにまさる国はないでしょう。でもそれと同じくらい経済優先のいびつな医療と研究がされていることも、多くの書籍で指摘されているとおり。
日本人には発想がないと、ひがむ?しかし、理化学研究所だって、大河内伯爵ががんばって作って、ビタミン合成して、いまでいう産業と学問の橋渡しをした歴史だってあるのです。(ちなみに、このオヤジの姪がゴジラにでてた女優の大河内桃子です。ふるっ。)
日本でもたくさん個性のあるよい研究者が出てきていると思います。問題は、お金じゃねぇか、そんな風にも思うわけです。だって、とある会社の従業員がノーベル賞とるわけでしょ、田中さんがいかにすごいか、研究費じゃぶじゃぶの諸外国を押さえてとってんだよ、ほとんど一人の研究で、これはすごいでしょ。(ノーベル賞の是非は別にして。。)
わたしは、政府?の人みたいに、「個人の奮起に期待したい。」なんて言いませんよ。もうちょっと、臨床にしても基礎にしても個性をつくる土壌がほしいし、金がほしい。一県一医大性では無理?学位論文のための大学病院では無理?無理かも知らんが、こんなんじゃ、いつまでたってもアメリカのマネではないですか。やっぱり悲しすぎる。
いびつな形で企業がさらに大学へ侵出していると言えなくもない、あの治験攻撃です。こわいっすね。だいたい、大学病院に7対1の看護基準が達成できるわけがない。金もない、魅力もない、何もないところに看護士がばんばん来るだろうか。ま、それはいいとして。
とにかくもうちょっと日本発のアカデミズムを発信しよう。
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