精神科治療において薬物治療の選択肢がなかった時代、様々な学説が生まれそれに準じた精神療法が開発された。精神療法というものはそもそも個性がつよい。何をもって治療と呼ぶのか、判定は難しいが、治療である以上は病気か病的な状態、あるいはその人が本来あるべき生活能力の減退など、軽度から重度までとにかく不安定な状態が存在しなければならない。どこまでなら薬物療法でどこまでなら精神療法なのか、明確な境界はないが、現在の医療は薬漬けが優勢であることは間違いない、だからといって、精神療法だけで解決するわけでもない。そもそも一般の人が精神療法と聞いた場合、どういう場面を想像するだろうか。話でなにか、適切な「生き方」をアドバイスしてくれるかもしれない、と思うだろうか、今の精神科医療には精神科医自身がのんびり患者の話を聞いているヒマはない。もしそれに時間をとっていたら経営が成り立たない。そこでそれは臨床心理士に任せる傾向にある。それはなんか人生の指針などではなくて、指導ではなくて、とりあえず聴くという作業なのだが、それが何をもって精神療法なのか、よくわからない。私は精神療法家ではないし、どう説明していいのかもわからない。精神療法を否定しているわけではないし、なぜなら、いくら薬の使い方がうまくても、「なんだか嫌な人」治療を受けたくないし、そこにはなんらかの心理的過程が存在するのだし、結局、一般的な対人関係と一緒じゃないかとそういわれればそうなのだとも言えるし。とりあえず、わかっているのは明らかに病的な精神状態がしなければ、そもそも聴いて話し、理解するという過程が患者自身の側でできないことだ。そこにはしっかり薬が介入しなければならない。
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